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祇園祭の山と鉾(第16回 霰天神山)
 
 
京都では、17日は祇園祭のクライマックスの山鉾巡行と夕方には神幸祭が行われ八坂神社を出発した3基の神輿が市内の氏子地域を練り歩きました。
 
山鉾巡行には沿道に20万人もの見物客が詰めかけたと、地元の京都新聞が伝えていました。
 
 今年の山鉾の巡行の順番を決める「くじ取り式」が7月2日に行われ、先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
霰天神山は錦小路通室町西入ルにあり、その由来について、次のように伝えられています。
 
永正年間15041520年)、京都が大火にあった際、急に霰が降り、たちまち猛火は鎮火したが、霰とともに小さな天神像が降りてきた。そこで、火よけの神様として祀られたのが始まり。
 
霊験はあらたかで、多くの山鉾が焼けた天明、元治の大火にもこの山だけは残りました。
 
このため、雷(らい)よけ火よけのご利益があると信仰され、宵山にはそのお守りが授与されます。
 
 
①説明板
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②場所
中京区錦小路通室町西入天神山町
 
 
③宵山の飾り
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④会所の飾り
・会所入口
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・懸装品
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④巡行する霰天神山
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
●祇園祭の主な日程
7月1日の「吉符入り」ではじまる。
 
2日には山鉾巡行の順番を決める「くじ取り式」が京都市役所で行われる。
 
10日ごろから鉾建てが始まり、12日ごろには鉾の「曳初(ひきぞ)め」がある。15日の宵々山、16日の宵山を経て、17日は山鉾巡行が行われる。
 
17日夕方には神幸祭があり、八坂神社の祭神を乗せた3基のみこしが四条寺町の御旅所に向かい、24日にはみこしが御旅所から神社に戻る還幸祭が行われる。
 
 29日夕方、八坂神社で神事済奉告祭が行われ、祇園祭の終了を奉告し、神恩を感謝する。
 
 31日、八坂神社境内の疫神社で疫神社夏越祭が行われ、参拝者は鳥居に設けられた大茅輪をくぐって厄気をはらい、護符を授かる。
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
巡行前の長刀鉾と会所のようす
 
 
祇園祭の山鉾巡行はきのう17日、京都市の中心部で行われました。
 
午前9時に四条烏丸から長刀鉾を先頭に32基の山鉾が祇園囃子を奏でながら、都大路を進みました。
 
今年は6年ぶりに日曜日と重なったこともあって、20万人(府警発表)という大勢の見物客が沿道を埋め尽くしたと地元の京都新聞が伝えています。
 
巡行前日の16日、長刀鉾でちまきを買い求めたときに、鉾に上がって写してきた写真を紹介します。
 
 
1 長刀鉾
場所
下京区四条通東洞院西入ル。
 
 
説明板
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・鉾先に大長刀をつけていることから「長刀鉾」と呼ばれている。
 
・長刀には疫病邪悪を払う故事が多く残り、もとは名刀剣工三条小鍛冶宗近が、娘の病気平癒を祈願して八坂神社へ奉納したものといわれる長刀が使われていたが、現在は宝物として保存され、軽い木製に銀箔を張った模造品が用いられている。
 
・長刀鉾は古来より「くじ取らず」で、毎年巡行の先頭に立ち、四条麩屋町では、長刀鉾稚児による「注連縄(しめなわ)切りが行われる。
 
・真木は全長20mあり、長刀の正面は八坂神社や内裏を向かないように、南向きに向けられている。
 
・現在、生稚児が乗る唯一の鉾である。
 
 
③巡行前日のようす(朝9時頃)
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・会所の中のようす
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・鉾に上がる
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 入口にある掲示です。女性は上がれません。
 
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2 祇園祭
 
祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 
 
 
3 山鉾巡行(17日)の順番と長刀鉾
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
 なお、長刀鉾は、「くじ取らず」で先頭を進む唯一の稚児が乗る鉾です。
   
 
 
4 祇園祭の主な日程
7月1日の「吉符入り」ではじまる。
 
2日には山鉾巡行の順番を決める「くじ取り式」が京都市役所で行われる。
 
10日ごろから鉾建てが始まり、12日ごろには鉾の「曳初(ひきぞ)め」がある。15日の宵々山、16日の宵山を経て、17日は山鉾巡行が行われる。
 
17日夕方には神幸祭があり、八坂神社の祭神を乗せた3基のみこしが四条寺町の御旅所に向かい、24日にはみこしが御旅所から神社に戻る還幸祭が行われる。
 
 29日夕方、八坂神社で神事済奉告祭が行われ、祇園祭の終了を奉告し、神恩を感謝する。
 
 31日、八坂神社境内の疫神社で疫神社夏越祭が行われ、参拝者は鳥居に設けられた大茅輪をくぐって厄気をはらい、護符を授かる。
祇園祭の山と鉾(第15回 占出山)
 
  
京都では、今日、祇園祭の山鉾巡行が行われました。
 
今年は6年ぶりの日曜日の巡行となり、20万人(京都府警発表)もの見物客が沿道を埋めました。
 
 錦小路通室町東入にある占出山は、かつて神功皇后が九州・肥前の国松浦で鮎釣りをし、戦勝を占ったという伝説に由来し、釣り竿と釣り上げた鮎を持った人形は神功皇后の姿を表し、「鮎釣山(あゆつりやま)」の別名があります。
 
神功皇后は古くから安産の神として祀られ、山鉾巡行のくじ順が早いとその年はお産が軽いといわれ、宵山には安産の御守りと腹帯とが授与されます。
 
今年の巡行順は32基の山鉾のうち、11番目でした。
前懸と胴懸は日本三景を描いた綴錦で天保2年(1831)の製作、水引は三十六歌仙を描いた刺繍です。
 
 
①場所
中京区錦小路通室町東入占出山町
 
 
②説明
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③巡行前日のようす
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④会所の飾り
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⑤巡行中の占出山
 
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
占出山は、2011年は11番目に巡行しました。
祇園祭の山と鉾(第14回 月鉾)
  
 
京都では、今日、祇園祭の山鉾巡行が行われました。
 
今年は6年ぶりの日曜日の巡行となり、20万人(京都府警発表)もの見物客が沿道を埋めました。
 
 今年、9番目に巡行した月鉾は四条通室町西入にあり、江戸時代末期の元治元年の大火にもわずかに真木を失っただけで、ほとんどの装飾品が焼失からまぬがれ「動く美術館」と称される豪華な鉾といわれています。
 
鉾頭に、横40㎝、上下24㎝の金色の三日月を付け、真木の中程の「天王座」に月読尊(つきよみのみこと)を祀っています。
 
屋根裏の金地彩色草花図は、天明4(1784)円山応挙の筆とされ、破風蟇股の波と兎の木彫り彫刻は、左甚五郎の作と伝えられています。
  
 
①場所
下京区四条通室町西入月鉾町
 
 
②説明
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<鉾の名前の由来>
 『古事記』によれば、伊弉諾尊(いざなきのみこと)が黄泉の国から戻り、禊祓いをされたとき、左眼を洗って天照大神、右眼を洗って月読尊、このあと、鼻を洗って素戔鳴尊を生んだとされ、月読尊は夜を支配した神だが、水徳の神でもあり、月鉾は、この故事に由来します。
 
③巡行前日のようす
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⑤巡行中の月鉾
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
祇園祭の山と鉾(第13回 菊水鉾と菊水井) 
 
 
京都では、16日の夜、駒形提灯で山鉾を飾り、祇園囃子を奏でて祭りの雰囲気を盛り上げる宵山がクライマックスを迎え、大勢の人が訪れました。
 
菊水鉾は、町内に古くからあった菊水井にちなんで名づけられた鉾で、天明の大火、元治元年(1864)の兵火で焼失した後、戦後の昭和27年に88年ぶりに再興されました。
 
稚児人形は菊の露を飲んで長寿を保ったという謡曲の「枕慈童」で能装束の舞姿であり、他の鉾と異なり屋根が唐破風造りで、音頭取りが烏帽子をつけ菊の葉の形の団扇を持っています。
 
 
①場所
中京区新町通六角下ル六角町。
 
 
②説明
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 室町時代、ここに夷を祀る社があり、社殿の隅に名水「菊水の井」があった。
 
  茶道の始祖千利休が師事した、茶人の先覚者武野紹鴎は、この井をこよなく愛し、ここに庵を結び、茶亭を大黒庵と称した。
 
菊水の井と呼ばれる所以は、能楽「菊慈童」から着想「菊の葉より滴る露を飲み、長寿を得た」という中国の故事に起因する。
 
ビルの建設に当たり、跡地に旧井戸より発見された「菊水」の文字入りの井桁組石等を利用して建立した。
 
菊水鉾はこの「菊水の井」に因んで名づけられた。
 
 
菊水の井跡
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・武野紹鴎邸址
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武野紹鴎は、24歳で上京しここに居を構え、お茶をたてるのにこの井戸水を使ったといわれている。
 
現在は、標石と「菊水」と彫られたかつての井戸枠が残されている。
 
菊水鉾は、祇園祭になるとこの標石の前に建てられる。
 
 
④宵山のようす(2011年、2010年)
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⑥巡行中の菊水鉾(2008年、2010)
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