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祇園祭の山と鉾(第12回 伯牙山)
 
 
京都では、祇園祭のクライマックスの山鉾巡行を前に、ら16日夜は宵山を迎え、大勢の人がその風情を堪能しました。
 
 伯牙山の名は、中国・周時代の琴の名人伯牙が、友人である鍾子期(しょうしき)の訃報を聞いて、悲しみのため琴の弦を断ったという故事に由来しています。
 
明治以前は,琴破山(ことわりやま)と呼ばれていた山で、戦後に町会所が無くなったため、綾小路に面した杉本家の表の格子を外し、お飾り場にしています。
 
①説明
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<故事>
明治以前は琴破山(ことわりやま)」ともいわれた。御神体は中国の晋時代、琴の名人伯牙とその友人鐘子期(しょうしき)との物語に取材、伯牙が鐘子期の死を聞いてその琴の絃(げん)を断ったという故事をあらわしている。
 人形は手に斧を持ち前に琴が置かれている。人形は天明以降の作と考えられている。
 
 
②場所
 綾小路通新町西入ル矢田町
 
 
③巡行前日のようす(2011.7.162009.7.16
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・杉本家住宅
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・杉本家に飾られた琴などの懸装品
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④巡行する伯牙山(2008.7.17)
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
祇園祭の山と鉾(第11回 函谷鉾)
  
 
京都では、昨夜、駒形提灯で山鉾を飾り、祇園囃子を奏でて祭りの雰囲気を盛り上げる宵山がクライマックスを迎えました。
 
函谷鉾は、四条通を烏丸通から西に入ったところにある鉾で、「くじ取らず」の鉾として、長刀鉾に次いで二番目に巡行します。
 
函谷鉾は、応仁の乱以前に起源を持ち、鉾の名は、中国戦国時代の四君の一人、斉の孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の声によって函谷関を脱出できたという故事にちなんで付けられたといいます。
 
鉾頭には、山の上に月をあしらっており、鉾頭の三日月と山形は、山中の闇をあらわすといわれ、真木のなかほどの「天王座」(てんのうざ)には孟嘗君が、その下には雌雄の鶏がまつられています。
 
 
①場所
 下京区四条通烏丸西入函谷鉾町
 
 
②説明
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③巡行前日のようす
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⑤巡行中の函谷鉾(2009.7.17、2008.7.17)
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
祇園祭の山と鉾(第10回 保昌山と縁結び)
 
 
京都では、祇園祭のクライマックスの山鉾巡行を前に、今夜16日夜は宵山です。
 
山鉾を駒形提灯で飾り、祇園囃子を奏でて祭りの雰囲気が盛り上がります。
 
土曜日ということもあって近年にない大勢の人出が見込まれています。
 
そこで、宵山に訪れるカップルのために、ぜひ訪れてほしい山をご紹介します。
 
この山は保昌山といい、四条烏丸から南東の方向、東洞院通松原上ルに、一つだけ離れた場所にある山です。
 
保昌山はこの山の故事にちなんで、縁結びの御利益があると信じられており、宵山では、縁結びのお守りが授与されます。
 
・「縁結び」と書かれた提灯
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各山鉾町で、それぞれの山や鉾の由来によってご利益の異なるお守りが売られていますが、縁結びのものは、ここだけです。
 
 
①説明板
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②保昌山の由来
<故事>
保昌山のご神体は平井保昌といい、武勇にすぐれ、和歌も堪能であった。保昌は恋する和泉式部のために紫宸殿前の梅を一枝折り、持ち去ろうとしたところ、武士に発見され、矢を放たれながらも、ほうほうの態でようやく紅梅を持ち帰って恋を実らせた。ご神体は、山は,紅梅を手折ってくる保昌の姿を表している。。宵山では、梅の花をあしらった縁結びのお守りなどが授与されます。
 
古くは「花盗人(はなぬすっと)山」と呼ばれていました。
 
・平安京の紫宸殿前には、はじめは左近の桜ではなく梅が植えられていたのが、9世紀中ごろに桜に植え替えられたといわれています。
 
 
②場所
下京区東洞院通松原上ル燈籠町
 
 
③宵山の飾り(2011.7.16撮影)
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・会所
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④巡行する保昌山(2010年の巡行のようす)
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 
祇園祭の山と鉾(第9回 北観音山) 
 
 
京都では、14日夜から16日夜まで、駒形提灯で山鉾を飾り、祇園囃子を奏でて祭りの雰囲気を盛り上げる宵山(宵々々山、宵々山、宵山)が始まりました。
 
北観音山は応仁の乱の時代から隣町の南観音山と、1年おきの交代で山を出していたといわれています。楊柳観音像と韋駄天立像を安置し、鉾ではないので真木の代わりに真松を立て、その松は、毎年鳴滝から2本届けられ、隣の南観音山とクジで所有を決めているそうです。
 
祇園祭は昭和41年まで「前祭」(717日)と「後祭」(724日)の2回に分けて山鉾巡行を行っていた経緯があり、「前祭」では山に加え豪華絢爛な鉾が多数巡行するのに対し、「後祭」では鉾の巡行が無く山9基のみの小規模な巡行だったことから、「後の祭り」という諺が言われるようになったという説もあるそうです。
 
北観音山は「上り観音山」ともいわれ、後の祭の山鉾巡行の先頭に立つ山です。
 
 
①場所
中京区新町通六角下ル六角町。
 
 
②説明
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・文和2(1353)創建といい、応仁の乱の時代から隣町の南観音山と、1年おきの交代で山を出していたといわれる。もとはかき山だったが、後に曳き山になった。
 
・「あとのまつり」の先頭に立ち、「上り観音山」といわれる。
 
・楊柳観音像と韋駄天立像を安置する。
 
・鉾ではないので真木の代わりに真松を立てる。
 
 
③会所のようす
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③宵山のようす
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⑤巡行中の北観音山
 
・「後祭巡行列」ののぼりが先頭に立つ
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祇園祭の山と鉾(第8回 太子山と秦家住宅)
 
 
京都では、14日夜から16日夜まで、駒形提灯で山鉾を飾り、祇園囃子を奏でて祭りの雰囲気を盛り上げる宵山(宵々々山、宵々山、宵山)が始まりました。
 
太子山は、下京区油小路通仏光寺下ル太子山町にあり、聖徳太子が四天王寺を建立するにあたり、自ら良材を求めて山中に入り、老人に大杉の霊木を教えられ、六角堂を建てたという伝説に由来しています。
 
 
<説明板>
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御神体(人形)に聖徳太子を祀り、山鉾の真木は松を立てるのが通例ですが、この山だけは真木に杉を立てています。
 
山に飾る太子像は少年像で、右手に斧、左手に衵扇を持っています。
 
宵山では、知恵のお守りが授与され、ちまきは知恵のご利益があるといわれています。
 
太子山の前には、古い京町家があり、二階のむしこ窓の前には屋根付きの大きな看板を掲げています。
 
ここが、秦家住宅といい、元治元年(1864)におこった元治の戦いによって焼失後、明治2年(1869)に再建されたと伝えています。
 
秦家住宅は、下京の伝統的商家のおもむきをよく残しているとして、昭和58年に京都市有形文化財に登録されています。
 
表に奇應丸の看板が架かり、印象的です。
 
 
①場所
下京区油小路通仏光寺下ル太子山町
 
 
②宵山のようす
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③秦家住宅
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⑤巡行中の太子山
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祇園祭の由来
 
 祇園祭は古くは祇園御霊会、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ぶ八坂神社の祭礼で、7月1日の吉符入(きっぷいり)という神事始めから29日の神事済奉告祭、さらに31日の夏越祓まで1か月にわたるさまざまな行事や祭儀をまとめて祇園祭と呼んでいます。
 
 祇園祭の始まりについては、平安時代の貞観11年(869)、都を中心に疫病が流行したとき、これは牛頭天王(ごずてんのう)の祟りであるということから、当時の国の数66か国に準じて、鉾66本を立てるとともに、神泉苑で疫病退散の神事を行ったことが始まりとされています。
 
 祇園会は天禄元年(970)より毎年行われるようになり、途中、保元・平治の乱や応仁・文明の乱などで一時中絶したものの、明応9年(1500)には町衆の力によって、先祭として26基、後祭として10基の山鉾が巡行し、復興を遂げました。
 
 その後、第二次世界大戦の影響で昭和18年から4年間巡行は中止になり、昭和22年に復活し、同31年には先祭戻り西進コースを松原通から御池通に変更し、同36年には四条通から北進するコースを寺町通から河原町通に変更しました。
 
 さらに、昭和41年から、17日の先祭と24日の後祭を統一して17日に巡行することとなり、現在では32基の山鉾が巡行しています。
 
 祇園祭は大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つに挙げられ、昭和54年には国の重要無形民俗文化財に指定され、平成9年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)政府間委員会により、「京都祇園祭の山鉾行事」が、無形文化遺産に登録されました。
 
 
 
山鉾巡行(17日)の順番
 
 7月2日、京都市役所の市議会本会議場で巡行の順番を決める「くじ取り式」が行われました。
 
 「くじ取り式」は、巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9年(1500)に始まったとされる伝統行事で、江戸期には六角堂で行われていました。
 
 「くじ取り式」では慣例で巡行順が決まっている「くじ取らず」の8基(長刀鉾、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾、北観音山、橋弁慶山、南観音山)を除く24基の代表が、門川大作京都市長、祇園祭山鉾連合会理事長、八坂神社宮司らの立ち会いのもと、くじ引きを行ないました。
 
 先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てました。
 

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