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真如堂塔頭、吉祥院の菊 真如堂の山門を入って三重塔の手前、右側にあります。 ここは、四季折々の花の美しいところで、先月までは秋明菊が咲いていました。 見事に咲かせています。これだけの花を管理するのは大変なことと思います。 2 見事に咲いた菊の花 |

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真如堂塔頭、吉祥院の菊 真如堂の山門を入って三重塔の手前、右側にあります。 ここは、四季折々の花の美しいところで、先月までは秋明菊が咲いていました。 見事に咲かせています。これだけの花を管理するのは大変なことと思います。 2 見事に咲いた菊の花 |
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乃木神社の菊の花 2 乃木神社 明治天皇の大葬の際、京阪電車の会社代表であった薩摩藩出身の村野山人が、乃木夫妻の殉死を聞いて強い衝撃と感銘を受け、乃木希典の1周忌に会社の職を辞し私財を投じ、大正5年に明治天皇の陵の麓に神社を創建した。 境内には、長府の乃木旧邸が復元され、また、日露戦争のときに第3軍司令部として使用された民家が移築されている。 3 境内の菊の花
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勧修寺 菊花展(第2回) 嵯峨菊が咲き始めています。今度の週末には、大覚寺の嵯峨菊の見ごろが紅葉の見ごろ開始と重なって、大混雑になると思います。静かに嵯峨菊を見ようと思えば、ここ勧修寺のほか、西本願寺か嵯峨鳥居本に行くことをお勧めします。 勧修寺の菊花展の最新の様子です。 |
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大石神社の菊の花 <大石神社> <社殿と菊の花> 2 大石内蔵助と大石神社 ・大石内蔵助は赤穂城明け渡しの後、以前から山科のこの辺りに住んでいた親類の世話で、妻らと暮らすことになったそうです。 ・山科のこのあたりは、交通の要所ではあったものの、閑静で人目に付きにくく、隠棲して、吉良邸討ち入りの準備を進めるには適したところであったといいます。 3 大石神社 (1)創建の経緯 昭和初期、赤穂義士を熱心に崇拝していた浪曲師の吉田大和之丞(奈良丸)が、内蔵助ゆかりの地に神社を創建することを計画した。府・市など関係方面に活動を行った結果、府知事を会長とする大石神社建設会などが設立され、募金によって昭和10年(1935年)に社殿が竣工した。 (2)大石桜 境内にある、御神木の桜の大木です。糸桜という早咲きの品種です。 (3)「大願成就」の神徳 多くの人の信仰を集めている。 (4)義士大祭 毎年、12月14日には討入りを記念して義士大祭が執り行われ、山科区から選ばれた赤穂浪士47士など350人が練り歩き、ここが「義士行列」の最終目的地になっています。 (5)摂社「義人社」
境内にはがあります。ここは義士討入りに必要な武器等を調達した天野屋利兵衛が祀られています。 |
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萱尾神社の菊花展 <萱尾神社の鳥居と菊花展> 国宝の阿弥陀堂のある法界寺や親鸞の生誕地として知られている日野誕生院の北東、林の中に萱尾神社があります。地図にもない、地元の人しか知らない神社です。 2 萱尾神社 萱尾神社は、江戸時代までは法界寺の鎮守社ともなっていたといい、本殿は慶安5年(1652)再建の一間社流造の社殿で、京都市指定有形文化財に指定されています。 <説明板> <本殿> 2 菊花展 木立に囲まれたひなびた神社の境内に、「日野自治会」と書かれたテントを張り、ささやかな菊花展が開かれていました。近所の方々が日頃丹精してこられた菊鉢が並べられていました。 <菊花展> ●キリシタン灯籠 本殿正面にキリシタン灯籠があります。石灯籠の中央部分が丸く、その下にマリア像と思われる像が彫られています。このあたりでは大変珍しいものと思います。 <キリシタン灯籠>
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