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京都の通称寺 嘉祥寺(通称「深草聖天」) 深草十二帝稜のわきにある寺院で、日本最古の歓喜天を祀る。境内には明治以前、深草十二帝稜を管理していた安楽行院(深草法華堂)にあった十二帝供養塔がある。 2 沿革 <駒札> <嘉祥寺由緒> <深草聖天縁起> (1)嘉祥4年(851)、文徳天皇が先帝、仁明天皇の菩提を弔うために陵の傍らに清涼殿の建物を移築して寺とし、年号にちなみ嘉祥寺としたのが始まり。 もとは真言宗の寺院だった。その後、南北500mにも及ぶ境内を有する大きな寺院となったが、平安時代後期には衰微して仁和寺別院となり、応仁の乱で焼失した。 (2)江戸時代の寛文年間(1661〜73)、かつて深草十二帝陵の管理をしていた安楽行院を大僧正空心が再興し、その際、境内に聖天像を祀る嘉祥寺も再興した。なお、再興した嘉祥寺は位置も旧寺域と離れ、その名を継ぐだけのものとなっている。 (3)嘉祥寺は本堂に歓喜天、別名は聖天を祀ることから、通称「深草聖天」と呼ばれている。今は天台宗の寺院。 3 境内 (1)「日本最初の歓喜天」の標石 参道にある。 ●本尊の聖天像(大聖歓喜天) 日本最古の歓喜天といわれている。本尊の聖天像の顔と人の体を持つ。商売繁盛の神様としてきんちゃく、大根が聖天様のシンボルとされている。福運の聖天として室町時代から幅広い信仰を集めている。 (2)門 (3)境内 (4)本堂 (5)かつての安楽行院の十二帝供養塔 こぢんまりした境内に大きな石塔が目立つ。 4 公式テキストの掲載 なし。 5 京都検定の出題歴
なし。 |

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