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近江の赤こんにゃく

近江の赤こんにゃく
 
 
京都のスーパーでもよく見かける赤いこんにゃく。
 
滋賀県、特に近江八幡あたりではこんにゃくといえば赤こんにゃくが一般的だそうですが、初めて手にするときは、まるで赤レンガのような色をしているので、とても違和感を感じたものです。
 
琵琶湖畔の鮎家の郷でお土産にと思って一袋買ってきたときに、写真を写しておきました。 
 
●赤こんにゃく
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いったい、この赤い色はどうやってつけたのか。
 
唐がらしでも食紅で色をつけたのでもありません。
 
正解は、三二酸化鉄という鉄分で染めているのです。
 
 
赤こんにゃくの由来については、派手好きな織田信長がこんにゃくまで赤く染めさせたという説や近江商人が全国を行脚している際にこのような奇抜なアイデアを思いついたと言われる説などがありますがはっきりしたことは分かっていません。
 
 
●びわ湖検定出題例
(問)織田信長に縁があるとも言われる近江八幡の特産品で、全国的に見ても珍しい赤こんにゃくを独特の朱色に染めるのに用いられるものは、次のうちどれか。
①食紅  ②酸化鉄  ③梅  ④堂  (正解は②)
                    
びわ湖検定2級を受けてきました
 
 
びわ湖検定は、滋賀県の自然や歴史・文化、物産などの知識を問う内容で、2008年度にスタートし、1月29日は県内4か所の会場を使って第4回びわ湖検定が行われました。
 
その内の一つ、立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)に行ってきました。
 
南草津駅からバスで、途中の渋滞もあって約20分位かかりましたが、ここのキャンパスは立命館の衣笠キャンパスと違ってゆったりとしていました。
 
 
・南草津駅
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・駅前
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・立命館大学びわこ・くさつキャンパスと試験会場
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≪主な問題≫
 
今回は2級を受けましたが、100問のうち、過去問から出題されたのも結構ありました。
 
今回出題された中で、テキストにも過去問にもなかったのは、
 
三上山の標高は?
 
でした。試験を受けた帰りに大津駅の観光案内所で聞いて、正解は432mとわかりました。
 
 
そのほか、出題されたのは、次のような事項についてでした。
 
 
≪2級に出題された問題の中から≫
・伊吹山・金糞岳・霊仙山の標高の高い順に並べた正解は。
 
・日吉三橋は、大宮・走井ともう一つ、何橋か。(正解は二宮橋)
 
・県下での分布が非常に広く見られるトンボの種類は。(正解はノシメトンボ)
 
・滋賀県に源を持ち、伊勢湾に注ぐ唯一の川は。(正解は藤古川)
 
・琵琶湖の水位は5か所に設けられた水位計の平均値であらわされるが、高月、彦根、高島と、大津の三保ヶ崎ともう一つはどこか。(正解は堅田)
 
・滋賀県の「日本の都市公園100選」は湖岸緑地とどこか。(正解は金亀公園)
 
・琵琶湖に明治2年に就航した一番丸は大津とどこを結んでいたか(正解は海津)
 
・滋賀県の経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、彦根仏壇、信楽焼ともう一つは何か。(正解は近江上布)
 
・井口天神社の鳥居は何製か。(正解は銅製)
 
・彦根城で映画「たそがれ清兵衛」のロケ地はどこか。(正解は太鼓門櫓)
 
・大凧はどの市のイベントか。(正解は東近江市)
 
・国の天然記念物で源氏ボタルが舞う発生地がある米原市を流れる川(正解は天野川)
・「滋賀の食文化財」5点にふくまれないもの。
 
・大津京は壬申の乱によって何年で滅んだか。(正解は5年)
 
・どじょうの仲間で天然記念物は。(正解は鮎モドキ)
 
・草津宿本陣の大福帳に名前がないのは。(近藤勇)
 
・赤こんにゃくについて、朱色に染めるのに用いられるもの(正解は酸化鉄)
 
そのほか、近江の御代参街道、近江出身でない武将、イブキトラノオの花の色、ルリトラノオ、ヴォーリズの設計の建物、五箇荘金堂の近江商人屋敷、さざなみ街道、エコプラザ「菜の花館」、冨田人形は何市か、淡海湖、西教寺、三橋節子の作品、レーヨン工業、イサザ、ビワクンショウモ、オランダ堰堤、膳所焼と小堀遠州、神照寺で有名な花、糸賀一雄と障害者教育・・・・
 
といったぐあいで、初めて見た人はほとんどわからない問題ばかりですが、3年分の過去問と2冊の解説集を繰り返しやり、20点まで加点されるスタンプラリーをまわれば、十分に合格ラインの8割に届くと思います。ぜひ受けてみましょう。
 
合格者の特典は、去年の場合は県内の社寺や資料館などの割引優待ということで、あまり大きなものはありません。
 
まして、1級は環境白書が大きなウェイトを占め、県の環境政策についての知識やさまざまな統計データと数値の暗記力が問われるため、観光振興とはかけ離れた難問ばかりになっていると思います。
 
それでも、今年のびわ湖検定の受験申込者数は、1級は70人、2級は336人、3級は682人の合計1088人となり、昨年と比べて全体として増加しました。
 
滋賀県は京都や奈良との歴史的な結びつきが強く、京都や奈良を理解する上で、滋賀県について幅広い知識はあった方が良く、そのためであれば、1級までは必要ないですが、2級については取得する価値はあると思いました。
 
なお、問題の持ち帰りは禁止になっていたので、合否は試験結果発表の3月21日を待つしかありません。
ヴォーリズ設計による豊郷小学校旧校舎
 
 
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(18801964)は、アメリカのカンザス州に生まれ、英語教師として来日後、大正から昭和にかけて日本各地で西洋建築の設計を数多く手懸け、日本の近代建築に大きな足跡を残したことで、高く評価されています。
 
また、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもあります。
 
現在でも、京都や滋賀県内などには、学校、教会、YMCA、病院、百貨店、住宅など、多彩で美しい建築が各地に残っています。
 
京都では、
京都メソジスト教会(京都御幸町教会)大正2年(1913
・東華菜館 大正15年(1926
・大丸ヴィラ 昭和7年(1932
・駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)昭和2年(1927
・同志社啓明館 大正4年(1915
・旧京都帝国大学YMCA会館 大正2年(1913
 
などがヴォーリズ建築として知られています。
 
 
一方、滋賀県内にも近江八幡市にあるヴォーリズ記念館(ヴォーリズ夫妻旧自邸)をはじめ、数多くの建築が残されています。
 
今回は、滋賀県豊郷町にある豊郷小学校旧校舎をご紹介します。
 
 
※場所↓
 
 
 ●豊郷小学校旧校舎
 
この建物は、昭和12年、豊郷町の先人といわれた、商社「丸紅」の専務であった古川鉄治郎氏が、「国運の進展は国民教育の振興にある」と考え、60万円(現在の物価では数10億円)という私財を寄贈して建設されたものです。
 
この小学校はアメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計による堂々とした美しい建物で、建築当時は「東洋一の教育の殿堂」といわれました。
 
平成213月に、大規模改修工事が竣工し、美しい姿がよみがえりました。
 
新幹線の車窓からも、注意していれば、見ることが出来ます。
 
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・水彩画
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・内部
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 意匠が素晴らしいですね。 
 
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 現在、内部は町立図書館や子育て支援センターなどに活用されています。
  
 
●滋賀県内のヴォーリズの代表建築
(1)教会関係
・日本基督教団堅田教会(大津市) 昭和5年(1930) (国の登録有形文化財)
・日本基督教団水口教会(甲賀市)昭和5年(1930) (国の登録有形文化財)
・日本基督教団今津教会会堂(高島市)昭和8年(1933) (国の登録有形文化財)
・アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館)(近江八幡市)昭和10年(1935) (国の登録有形文化財)
・ヴォーリズ記念病院礼拝堂(旧近江サナトリウム)(近江八幡市)昭和11年(1936) (国の登録有形文化財)
・日本基督教団近江金田教会(近江八幡市) 昭和34年(1959
 
(2)学校関係
・旧豊郷町立豊郷小学校校舎(豊郷町)昭和12年(1937
・滋賀大学陵水会館〔旧彦根高等商業学校同窓会館〕(彦根市)昭和13年(1938)(国の登録有形文化財)
・滋賀県立八幡商業高等学校本館(近江八幡市)昭和15年(1940
 
 
(3)個人宅
・旧伊庭家住宅(郷土館)(近江八幡市)大正2年(1913)(市指定文化財)
・池田町洋館街(近江八幡市)
(旧吉田邸 1913、旧ウォーターハウス邸 1913、ダブルハウス 1921
・ヴォーリズ記念館(ヴォーリズ夫妻自邸)(近江八幡市) 1931(滋賀県指定有形文化財)
 
 
(4)その他
・旧醒井郵便局局舎(米原市) 1915(国の登録有形文化財)
・ヴォーリズ記念病院ツッカーハウス(近江八幡市) 1918
・旧八幡郵便局(近江八幡市) 1921
・旧百三十三銀行今津支店(今津ヴォーリズ資料館)(高島市) 1923 (国の登録有形文化財)
・旧寺庄銀行本店(滋賀銀行甲南支店)(甲賀市) 1924
・旧今津郵便局(高島市) 1934
・ヴォーリズ記念病院五葉分館(近江八幡市) 1936(国の登録有形文化財)
国宝の大笹原神社と境内にある「餅の宮」と呼ばれる篠原神社
 
 
今回は滋賀県にある「鏡餅発祥の地」と伝わる大笹原神社とその境内にある篠原神社をご紹介します。
 
大笹原神社がある野洲市大篠原一帯では、うるち米を植えてもち米になったといわれ、その米で太陽を模した像を作ったところ、鏡のようになったことが「鏡餅」の発祥と伝わっています。
 
また、大笹原神社の境内社の篠原神社は、うるち米に感謝して造営されたとされ、別名「餅の宮」と呼ばれています。
 
なお、大笹原神社本殿は華麗な彫刻の施された建築として知られ、国宝に指定され、境内社の篠原神社本殿は重文に指定されています。
 
大笹原神社と篠原神社のある場所は、JR琵琶湖線の篠原駅の南、約3kmのところ、自動車だと国道8号線の大篠原から南に入り、村田製作所の工場の南側の林の中にあります。
 
ちょっとわかりにくいところにありますが、このあたりはとても静かで、その建築は見事で、すぐ脇には底なし沼といわれる池があり、一見の価値は十分あるところです。
 
 
※場所↓
 
 
 
2 境内
●参道
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・参道の脇で咲いていたフジバカマの花
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・手水舎
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●境内の配置
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境内には、中央に拝殿とその奥に大笹原神社本殿(国宝)があり、向かって左側に、「餅の宮」と呼ばれる境内社の篠原神社本殿がある。
 
また、拝殿・本殿に向かって右手には「寄倍(よるべ)の池」という底なし沼がある。
 
 
●拝殿
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●狛犬
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大笹原神社本殿(国宝)
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 彫刻が凝っている。
 
 
・蛙股の彫刻
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室町時代(1414年)建立。三間社入母屋造、檜皮葺。
 
外部に施された装飾性に富む彫刻は、華麗な東山文化の粋を極めているとされる。
 
 
大笹原神社本殿(右)と篠原神社(左)
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●篠原神社(重文)
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 室町時代(1425年)建立。石凝姥命(いしこりどめ)を祀る。
 
一間社隅木入り春日造、檜皮葺。
 
別名「鏡の宮」という。この地域は良質のもち米が穫れ、鏡餅発祥の由来から、鏡餅の神を祀る。
 
 
 
●寄倍(よるべ)の池
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 水深が深い底なし沼で、その昔水不足から御輿を二基沈めて祈願したところ、日照りが続いても枯れたことがないといわれる。
 
 
 
3 説明板
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●祭神
 大笹原神社は、須佐之男命(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしなだひめ)ほか五神を祀る。
 
 
 
●沿革
・寛和2年(986)、越知諸実が社領を寄進し、社殿を造営したと云われる。
 
・応永21年(1414)、岩倉城主馬淵定信が現在の社殿を再建した。
三井寺法明院とフェノロサの墓
   
 
JR湖西線 の大津京駅 の西、皇子が丘公園の南側の長等山(354m)の中腹に三井寺の塔頭の法明院があります。
 
ここには、明治11年に招かれて来日した、当時のお雇い外国人の一人、フェノロサの墓があります。
 
フェノロサは、東京大学で政治学、哲学、理財学(経済学)などを教えるかたわら、当時の日本で西洋文化崇拝の時代風潮の中で見捨てられていた日本美術の価値を高く評価し、広く紹介し、日本美術の振興と文化財保護に大きく貢献したことから日本美術界の恩人と高く評価されています。
 
フェノロサの墓がある法明院の境内からは琵琶湖を一望することができ、池泉回遊式の借景庭園があります。
 
生前、フェノロサは、法明院からの景勝をこよなく愛し、「どうしても琵琶湖の見えるこの土地で死にたい」という生前の遺言を残していたといい、フェノロサはその遺言どおり、この地に墓が作られました。
 
なお、法明院には生前愛用した天体望遠鏡・地球儀・テーブルなどが保存されているそうで、事前連絡をすれば拝観可能だとのことです。
 
12月半ばに訪れた際には、山門の周りの紅葉がとてもきれいでした。
 
 
1 場所↓
 
 
2 法明院
・山門と紅葉
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・庫裏
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・書院
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・庭園
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3 フェノロサの墓
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4 フェノロサの親友で日本の美術界の発展に貢献したビゲロー博士の墓
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5 フェノロサについて
フリー百科事典「ウィキペディア」には、次の記載がある。
 
・アーネスト・フランシスコ・フェノロサ(1853-1908)は、アメリカ合衆国の東洋美術史家、哲学者で、明治時代に来日したお雇い外国人。日本美術を評価し、紹介に努めたことで知られる。
 
・マサチューセッツ州生まれ。ハーバード大学卒。先に来日していた動物学者エドワード・シルヴェスター・モースの紹介で1878年(明治11年、当時25歳)に来日し、東京大学で政治学、哲学、理財学(経済学)などを講じた。フェノロサの講義を受けた者には岡倉天心、井上哲次郎、高田早苗、坪内逍遥、清沢満之らがいる。
 
・フェノロサの専門は政治学や哲学であり、美術が専門ではなかったが、来日前にはボストン美術館付属の美術学校で油絵とデッサンを学んだことがあり、美術への関心はもっていた。来日後は日本美術に深い関心を寄せ、助手の岡倉天心とともに古寺の美術品を訪ね、天心とともに東京美術学校の設立に尽力した。
 
・フェノロサが美術に公式に関わるのは1882年(明治15年)のことで、同年の第1回内国絵画共進会で審査官を務めた。同年には狩野芳崖の作品に注目し、2人は以後親交を結ぶことになる。芳崖の遺作であり代表作でもある『悲母観音』(重要文化財、東京藝術大学大学美術館蔵)は、フェノロサの指導で、唐代仏画のモチーフに近代様式を加味して制作したものである。フェノロサは狩野派絵画に心酔し、狩野永悳(えいとく)という当時の狩野派の画家に師事して、「狩野永探」という画名を名乗ることを許されている。同じ1882年には龍池会(財団法人日本美術協会の前身)にて「美術真説」という講演を行い、日本画と洋画の特色を比較して、日本画の優秀性を説いた。
 
・フェノロサは当時の日本の美術行政、文化財保護行政にも深く関わった。1884年には文部省図画調査会委員に任命され、同年には岡倉天心らに同行して近畿地方の古社寺宝物調査を行っている。法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像を開扉したエピソードはこの時のものである(1886年とも)。それ以前、1880年と1882年にも京都・奈良の古社寺を訪問したことが記録からわかっている。
 
1890年に帰国し、ボストン美術館東洋部長として、日本美術の紹介を行った。その後、1896年、1898年、1901年にも来日した。1908年、ロンドン滞在中に逝去。
 
・生前、仏教に帰依している。1896年には滋賀県大津市の園城寺(三井寺)で受戒した。その縁で同寺塔頭の法明院(滋賀県大津市園城寺町246)に葬られている。
 
・廃仏毀釈を経て、また西洋文化崇拝の時代風潮の中で見捨てられていた日本美術を高く評価し、研究を進め、広く紹介した点は日本美術にとっての恩人ともいえ、高く評価されている。フェノロサが参加した古社寺の宝物調査は、文化財保護法の前身である古社寺保存法の制定(1897年)への道を開いたものであり、東京藝術大学の前身の1つである東京美術学校の開校にも関わるなど、明治時代における日本の美術研究、美術教育、伝統美術の振興、文化財保護行政などにフェノロサの果たした役割は大きい。また「国宝」(national treasures)の概念は彼が考えた。

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