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大津の正法寺(通称「岩間寺」)
正法寺は、京都府宇治市と滋賀県大津市の境にある標高443mの岩間山の山頂近くにあり、西国三十三ヵ所霊場第12番札所で、正式名は岩間山正法寺という真言宗醍醐派の寺院です。
縁起によれば、元正天皇の病気平癒祈願を成就した泰澄大師が、霊地を求め岩間山中を訪れた際に、桂の大樹から千手陀羅尼を感得し、その桂の木で等身の千手観音立像を刻んで、元正天皇の念持仏である金銅千手観音像をその胎内に納め祀ったのが当寺の初めとされています。
本尊の千手観音立像(秘仏)は、人々の苦しみを救うため、毎夜地獄を巡り汗を流すとされるので「汗かき観音」あるいは開山の泰澄大師が雷に落雷をやめさせたという伝説に因み「雷除け観音」とも呼ばれています。
ここでは、開山の泰澄大師が等身の千手観音像を刻んだと伝える桂は、本堂前の桂の木とされ、現在、その切株から芽生えたという木が大樹となり、御霊木として保存されています。また、この霊木は、別名「夫婦桂」といわれています。
ここはまたぼけ封じにも霊験あらたかといわれ、鐘楼前にはぼけ封じ観音が立っています。
また、本堂の脇に、松尾芭蕉が有名な句「古池や蛙飛び込む水のおと」を読んだと伝えられている池が残っています。
なお、正法寺までの交通手段としては、一般的にはマイカーに頼るか、毎月17日のみ運行されるバスに乗るしかありません。
1 場所↓
2 境内のようす
①駐車場から山内へ
②参道
③鐘楼
④仏足石
⑤ぼけ封じ十楽観音
・ぼけ封じ近畿十楽観音霊場
⑥境内から北西方向の眺望
⑦大師堂
⑧大師堂近くから見た本堂前の光景
⑨稲妻龍王社
⑩本堂
本尊の千手観音立像(秘仏)は、人々の苦しみを救うため、毎夜日没時に厨子を抜け出て百三十六地獄を駆け巡って人々を救済し、日の出とともに岩間山へ戻る際には汗を流すという伝承があり、「汗かき観音」と呼ばれている。また開山の泰澄大師が雷に落雷をやめさせたという伝説に因み「雷除け観音」とも呼ばれている。
普段拝観できるお前立ちの千手観音像は、江戸時代の作といわれている。
⑪本堂横にある古池
この池は、「芭蕉の池」といわれ松尾芭蕉(1644-94)が「古池や蛙飛び込む水の音」という名句を詠んだといわれている。
・芭蕉真筆の句碑
・石碑
観音霊験記によると、俳聖松尾芭蕉は当山の観音を信仰して参籠し、供養塔を建立した。たちまちにして霊験を蒙り、この名句が世に出た。」
⑫不動堂
⑬霊木「夫婦桂」
⑭桂の大樹
このほか、雷が爪で掘った雷神爪堀湧泉は"不老長寿の水"と呼ばれ、健康長寿ぼけ封じを願う参拝者も多く訪れる。
3 沿革
真言宗醍醐派の寺院。西国三十三箇所観音霊場第12番札所の他、ぼけ封じ観音第4番札所となっている。
<説明板>
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滋賀
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安土町の浄厳院
浄厳院はJR 安土駅 の南西、歩いて10分位のところにある浄土宗の寺院です。
ここは、織田信長が安土城を築城するとともに、伊賀と近江の浄土宗総本山として建てた寺院で、天正7年(1579)に浄土宗と日蓮宗との問で浄厳院本堂を舞台として宗教上の論争(「安土問答」または「安土宗論」ともいう)が行われたことで知られています。
境内には、桃山時代の建築とされる丹塗りの楼門、もとは多賀(現近江八幡市多賀町)にあった興隆寺の弥勒堂を移築したものとされる本堂、天保10年(1839)建立の釈迦堂、寛保2年(1741)建立の鐘楼などが建ち並び、本堂には、丈六の木造阿弥陀如来像(本尊)が安置されています。
1 場所↓
2 境内のようす
①楼門
・楼門と手水舎
・楼門と不動堂
②本堂
本尊の阿弥陀如来は、天正6年に愛知郡の二階堂から移された平安時代の丈六像で、重文に指定。
・扁額
③不動堂
・説明板
元禄16年(1703)の建築。宝形造、桟瓦葺きで禅宗様を取り入れた小堂。
④観音堂
⑤鐘楼
・説明板
県内には珍しい袴腰付の大型鐘楼。寛保2年の建築。
・鐘楼と釈迦堂
⑥勅使門
⑦書院方面
明治期の建築。
⑧墓地とその向こうに見える東海道新幹線
⑨北門
3 沿革
<説明板>
現在の浄厳院の地には、正平年間(1346年 - 1370年)近江守護佐々木六角氏の佐々木氏頼より建立された天台宗寺院の慈恩寺威徳院があった。
慈恩寺はその後文明3年(1471)、元亀元年(1570)と二度の兵火に遭い、一時は廃寺となった。
天正5年(1577)、織田信長は徳の高いことで慕っていた近江国栗太郡金勝山(現・栗東市)の浄土宗の僧・浄厳坊応誉明感を安土に招き、明感は慈恩寺の旧地に浄土宗金勝山浄厳院として再興した。
信長は、浄厳院の本堂として多賀村(現・近江八幡市)の興隆寺の弥勒堂を移し、本尊として愛知郡から阿弥陀如来坐像を移した。
天正7年(1579)には、信長の命により浄土宗と日蓮宗の僧による仏教論争(いわゆる「安土問答」または「安土宗論」ともいう)が当寺で行われたことで知られる。裁定の結果、宗論は日蓮宗の敗北と決したが、この裁定の背後には信長の強い政治的意思があったといわれている。
4 安土問答(安土宗論ともいう)
この寺は仏教史上有名な浄土宗と日蓮宗の教義上の論争が行われた寺としても知られている。この宗教論争は織田信長の命により行われ、織田信長は、他宗をそしり、事あるごとに他宗と衝突する日蓮宗を抑えようとして、浄土宗側に有力な裁定を下したといわれている。日蓮宗側は処罰され、これ以後他宗への法論を禁じられた(自ら慎んだという説もある)という。
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岩間山正法寺の桂の大樹と彼岸花 正法寺は、京都府宇治市と滋賀県大津市の境にある標高443mの岩間山の山頂近くにあり、西国三十三ヵ所霊場第12番札所で、正式名は岩間山正法寺という真言宗醍醐派の寺院です。
縁起によれば、元正天皇の病気平癒祈願を成就した泰澄大師が、霊地を求め岩間山中を訪れた際に、桂の大樹から千手陀羅尼を感得し、その桂の木で等身の千手観音立像を刻んで、元正天皇の念持仏である金銅千手観音像をその胎内に納め祀ったのが当寺の初めとされています。
本尊の千手観音立像(秘仏)は、人々の苦しみを救うため、毎夜地獄を巡り汗を流すとされるので「汗かき観音」あるいは開山の泰澄大師が雷に落雷をやめさせたという伝説に因み「雷除け観音」と呼ばれています。
ここでは、開山の泰澄大師が等身の千手観音像を刻んだと伝える桂は、本堂前の桂の木とされ、現在、その切株から芽生えたという木が大樹となり、御霊木として保存されています。また、この霊木は、別名「夫婦桂」といわれています。
1 場所↓
2 本堂前の霊木「夫婦桂」
・本堂
・霊木「夫婦桂」
境内をさらに奥へ進むと、日本随一といわれる桂の大樹があります。谷底から大きく幹や枝をのばしていて、とても迫力があります。
3 桂の大樹群
・桂の大樹群への案内板
上醍醐寺への案内板があるのには驚いてしまいますが、次の札所への巡礼道であり、現在ではハイキングコースです。
・大樹群
このあたりは、大津市ではなく、京都の宇治市です。
そういえば、境内から、醍醐の京都国際カントリークラブが間近に良く見えていました。
・醍醐の京都国際カントリークラブ
9月末に訪れたとき、境内では彼岸花が良く咲いていました。
・彼岸花
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道の駅しんあさひ風車村と水質浄化と「ムヒ」のホーロー看板
道の駅は滋賀県内に14か所あり、このうち、しんあさひ風車村はオランダの田園風景をイメージした村内に、高さ約18m、6枚羽根のジャンボ風車があります。
ここは、琵琶湖総合開発によって整備された湖岸堤(湖周道路)付近に緑地帯を造る事業の一環として観光施設として整備されたところで、その後、道の駅に登録され、現在に至っています。
ここにある風車は、もとは単なるシンボルではなく、羽根の回転による風力発電で、曝気水車を回し、琵琶湖の内湖である菅沼の浄化を目的として、昭和63年に設置されたものでした。
なお現在は老朽化のため、水車を回す機能はなくしているそうですが、風車のある道の駅として人気があります。
レストランをはじめ、地元の野菜を売るお店や広い公園などがあり、特に毎年6月頃には花菖蒲園にある250種20万株100万本の花菖蒲が見事に咲き誇ります。
帰り道に、懐かしい「ムヒ」のホーロー看板を発見しました。
1 場所↓
2 しんあさひ風車村
・案内図
・ジャンボ風車
・レストラン
・ショップ
・アイリスハウス
3 「ムヒ」のホーロー看板
今津の近くで見つけたもの。
※ムヒについて(ウィキペディアより引用)
越中の売薬商人だった池田嘉市郎によって創業。かゆみ止め用外用剤「ムヒ」で世界的に知られている。「ムヒ」は同社を代表する商品で、他に比べる物がない「無比」から来ている。社名の由来は「社会の模範になろう」という意味から。
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近江八幡のでっち羊羹と「滋賀の食文化財」
近江商人のふるさとといわれる近江八幡の古い商家が残る新町通や永原町の町並みは、滋賀県下で初めて重要伝統的建造物群に選定されました。
この通りの近くに、和菓子の老舗「和た与」があります。
ここは近江銘菓として有名な、でっち羊羹発祥の老舗としても知られています。
1 和菓子の老舗「和た与」
・店内
2 でっち羊羹
小豆あんを小麦粉と練り合わせたものを竹の皮に包んで蒸した和菓子。
高島市や甲賀市では、寒天を混ぜた水羊羹風のものが作られる。
近江八幡は、近江商人発祥の地といわれ、昔から関東や関西へ丁稚奉公に出る人が多く、彼らは薮入りで帰郷すると、おみやげに、この羊羹を奉公先へ持ち帰ったという。でっち羊羹と呼ばれるようになった由来は、丁稚でも買える羊羹ということから名付けられたといわれている。
●「和た与」のでっち羊羹(1本260円)
3 滋賀の食文化財
滋賀県は平成10年(1998)に、県無形民俗文化財として、「湖魚のなれずし」、「湖魚の佃煮」、「アメノイオ御飯」、「丁稚羊羹」、「日野菜漬け」の五点を滋賀の食文化財として選定した。
なお、「湖魚のなれずし」は、フナずしに代表される琵琶湖で獲れた魚を塩漬けにし米とともに発酵させた料理であり、「アメノイオ御飯」は、ビワマスの炊き込みご飯、「日野菜漬け」は「日野菜」と呼ばれる細長いカブの漬物で、ピンク色をしているのが特徴。
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