|
祇園新橋伝建地区 縄手通の東側、祇園新橋の御茶屋の建ち並ぶ地区で白川に面する辺り。 このあたりは、江戸時代から明治初期にかけて建てられた町家が整然と軒を並べる風情ある町並みが続きます。 白川の流れや石畳と調和し、四季折々の花の移り変わりなど、季節感の感じられるところです。 <伝建地区の家並> 1 祇園新橋重要伝統的建造物群保存地区(通称、伝建地区)について <説明板> 昭和51年に指定された。 2 祇園白川の吉井勇歌碑 (1)吉井勇 ・歌人、劇作家。1886年(明治19年)に東京生まれ。放蕩の生活を好み、北原白秋、石川啄木らと親交を結ぶ。 ・京都を愛し、1938年(昭和13年)から1960年(昭和35年)に肺癌のため京大病院で亡くなるまで京都で暮らした。 (2)歌碑 「かにかくに祇園はこひし 寝るときも枕の下を水のながるる」 ・この歌碑は吉井勇の古稀を記念して、彼と親しかった谷崎潤一郎や堂本印象、湯川秀樹博士等が発起人となって、昭和30年11月8日に建立された。 ・なお、この場所は文芸芸妓として知られ、また吉井勇と親交のあった磯田多佳女が女将を務めていたお茶屋「大友」の跡。 ・吉井勇は、都おどりの復興など祇園のために力を尽くしたといわれる。 (3)かにかくに祭 (11月8日) 祇園白川の吉井勇の歌碑の前で芸・舞妓さんの献花やお点前の披露が行われる。吉井勇の古稀を祝ったのが始まり。 3 季節のうつろい (1)正月の光景 (2)雪景色 (3)春‐都をどりの頃 (4)春‐桜 (5)夏‐百日紅の花 4 行事 (1)祇園放生会(毎年6月の第一日曜日) 祇園白川巽橋。 日々食している生き物の恵みに感謝する放生会。 読経の後、僧侶や舞妓、市民たちによって2,000匹の金魚などの稚魚が巽橋の上から、白川へ放流される。 (2)かにかくに祭(11月8日) 祇園を愛した大正・昭和期の歌人、吉井勇の古希を祝って始められた祭。 「かにかくに 祇園はこいし寝るときも 枕の下を水のながるる」の歌碑の前で祇園の舞妓・芸妓による献花などが行われる。 5 「重要伝統的建造物群保存地区」 (1)発足の経緯 昭和50(1975)年の文化財保護法の改正によって発足。 (2)目的 日本の各地に残る歴史的な集落や町並みの保存を図ること。 (3)運用 地方自治体の市町村は,伝統的建造物群保存地区を定め,国はその中から価値の高いものを重要伝統的建造物群保存地区として選定し,保存事業への財政的援助や必要な指導・助言を行っている。 (4)京都市内の伝建地区 ≪祇園新橋伝建地区(昭和51年選定)≫ 祇園の茶屋町。規模の大きな町家が通りに面して軒を並べて建つ。二階軒先にすだれを下げた独特の景観をもつ。 ≪上賀茂伝建地区(昭和63年選定)≫ 上賀茂神社前の明神川沿いの社家町一帯 ≪三寧坂伝建地区:(昭和51年選定)石塀小路含む≫ 円山公園〜高台寺下。八坂五重塔、二年坂を経て三寧坂に至る範囲 ≪嵯峨鳥居本伝建地区(昭和54年選定)≫
愛宕神社一の鳥居の前に形成された町並 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



