京都検定合格を目指す京都案内

京都検定、がんばってください。ココロ京都、京都好きYahooブログもよろしく

京の名水

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

京都御苑内にある「祐井(さちのい)」と祐宮(後の明治天皇)生誕地
 
 
「祐井(さちのい)」は、京都御苑の北東、石薬師御門を入って200m程歩いた右手、黒い柵で取り囲まれた旧中山邸の中にあります。
にあります。
 
・「祐井」のある旧中山邸
イメージ 1
 
イメージ 2
 
旧中山邸の正面にある門のわきには、「祐井」と書かれた標柱があります。
 
・「祐井」と書かれた標柱
イメージ 8
 
柵の上から敷地の奥を見ると、「明治天皇生誕の地」と書かれた標柱が見え、奥の方に井戸が見えます。これが「祐井」です。
 
・「明治天皇生誕の地」と書かれた標柱とその奥に見える井戸
イメージ 9
 
 
「祐井」は「縣井」、「染殿井」とともに御所三名水の一つとされてきました。
 
 
1 場所↓
 
 
2 旧中山邸について
<説明板>
イメージ 10
 
この敷地は幕末期の公家権大納言中山忠能の屋敷跡でした。
 
中山忠能の娘で権典侍として孝明天皇にお仕えしていた中山慶子(よしこ)を母として、この地で嘉永5年(1852926日(新暦で113日)、祐宮(後の明治天皇)が誕生しました。
 
・「明治天皇生誕の地」と書かれた標柱
イメージ 11
 
祐宮の出産にあたり、中山家ではこの敷地の中に、うぶ屋を建てました。
敷地に向かって左手の奥に、当時建てられたうぶ屋が現在でも残されています。
 
 敷地の左手に塀に沿ってまわってみると、柵越しにうぶ屋の建物を見ることができます。
 
・柵越しに見えるうぶ屋の建物
イメージ 12
 
イメージ 13
 
イメージ 14
(特別公開時に撮影)
 
うぶ屋は木造平屋建てで、床面積は約70㎡(約21坪)あります。
 
祐宮はここで4年間養育され、御所に入りました。
 
   
3 「祐井」について
イメージ 15
 
イメージ 3
 
イメージ 4
(特別公開時に撮影)
 
敷地の正面から奥の方を見ると井戸が見えます。
 
この井戸は祐宮が2歳の年の夏、日照りが続いて当時の井戸が枯れてしまったため、新たに井戸を掘りなおしたものされ、井戸の名前は祐宮の「祐」の字をとって、「祐井」と名付けられたと伝えられています。
 
井戸の横に、石碑があります。この石碑は、明治の中頃,京都府知事であった北垣国道が、井戸の由来について書いたものだといわれています。
 
・井戸の由来
イメージ 5
 
イメージ 6
(特別公開時に撮影)
 
なお、うぶ屋と井戸の間には、当時は中山家の屋敷があり、ここで祐宮は、幼少期を過ごされたと伝えられています。
 
 
 
4 コンクリート製の支柱について
イメージ 7
(特別公開時に撮影)
 
正面から敷地を見ると、柵の近くにコンクリート製の柱が横たわっているのが見えます。これは、明治13年に、西本願寺が旧中山邸に対して鉄製の門扉を寄贈したときの門扉を支えるための支柱であったものだといわれており、その後の門扉の行方については不明であるとのことです。
 
   
5 参考メモ
(1)大内保存事業
・明治2(1869)年の東京奠都により公家町が荒廃。

・明治10(1877)年から同16(1883)年まで京都府による「大内保存事業」が実施
境界を北は今出川通,西を烏丸通,東は寺町通,南を内椹木町通(後に丸太町通まで拡大)に設定して、その周囲に石垣を築き、空地には芝生や樹木が植えられた。

・その後,大正4(1915)年の大正天皇即位大礼の際に大改修が行われた。

・昭和24年に国民公園として今のような景観が整えられた。
 
(2)中山邸跡
大内保存事業により屋敷は撤去されたが、明治天皇の産屋は残された。
さらに、明治13年、本願寺により、旧中山邸に鉄扉・鉄柵が献上された。
(現在の鉄柵とは異なる)
 
 
(3)中山 慶子について
父:侯爵 中山忠能
母:園 愛子(権中納言 園基茂の養女・平戸藩主 松浦清の女)
1835
1才) 京都石楽師に生まれる〔1128日〕
1851
17才) 典侍御雇として孝明天皇(21)に入侍、名を安栄(あえ)と賜わる(3)、典侍に任官、権典侍と改称(5)
1852
18才) 中山邸で皇子祐宮(明治天皇)を出産(9)
1854
20才) 督典侍と改称
1856
22才) 祐宮(5)、中山邸より宮中に入り、慶子の局に住む
1859
25才) 病により典侍を辞し、祐宮付きとなる(号・新宰相)
1860
26才) 祐宮(9)、准后女御夙子の実子と公称される
1866
32才) 孝明天皇(36)没、明治天皇即位
1867
33才) 典侍に再任される(4)、宰相典侍と称する(8)、督典侍と改称(10)
1868
34才) 従三位・三位局の称及び、食禄五百石と屋敷地を賜わる
1870
36才) 東京に移居(9)、参内し、従二位に叙せられる
1879
45才) 嘉仁親王(大正天皇)の御養育御用を命ぜられる
1900
66才) 大患により、従一位に叙される
1907
73才) 東京青山南町の邸にて薨去〔105日〕
(豊島岡墓地に葬られる)
 
典侍、権典侍
天皇の側室。御所に部屋をもらい、天皇の身の回りの世話をしていた。
大正天皇によって廃止された。
 
京の名水と「左女牛井」(醒ヶ井)
 
 
1 京都の地下水と「名水」
京都盆地の地下には琵琶湖の水量に匹敵する211億tもの地下水が貯えられていて、その規模は東西12km、南北33kmにおよび、南部に行くほど深く、最深部はかつての巨椋池の下で約800mにもなるそうです。
 
 ※関西大学の楠見晴重教授の発表された「古都1200年の雅を支えた地下水の解明」
 
この調査結果を見ると、
 
・平安京造営当時の大内裏の場所は粘土分が多く、水を得にくい所にあったが、一方、現在の御所のある場所には高級官吏の館があり、庭にあった池には地下水が使われていたと考えられ、平安中期の現在地への御所移転には、地下水が関係していると思われること。
 
・また、茶道の三千家、美しい庭園のある二条城、神泉苑、伏見の酒蔵、京友禅、とうふ、湯葉など、京都盆地の地下水が京都の文化を今も支えていること
 
などと書かれており、京都の地下水は京都の文化の発展にとって密接に関連し、現在に伝えられてきました。
 
中には「名水」として保存、継承されてきたものも京都には数多くあります。
 
代表的なものとしては、
①京都三名水
・染井、左女牛井(醒ヶ井)、縣井
 
②御所三名水
・染井、縣井、祐井
 
③西陣五水
・染殿井、桜井、安居井、千代野井、鹿子井
 
のほか、伏見八名水、宇治七名水などがあり、まだほかにも「名水」と呼ばれているものは数多くあります。
 
 
2 「左女牛井」について
 
 古来より、染井、縣井とともに、京都三名水の一つといわれてきた「左女牛井」についてまとめてみました。
 
①場所↓
地図を見ると、六条通が堀川通と接する北側に、左女牛井町という町名が残っています。
 
②現状
堀川通を西本願寺の駐車場東端に沿って歩いて行くと、「左女牛井」の標柱が立っています。
 
このあたりは、第二次大戦末期の空襲に備えて建物疎開が行われたため、かつてあった「左女牛井」の井筒も薮内宗堅の銘文を刻した石碑も全て失われてしまいました。
 
<標柱>
イメージ 1
 
イメージ 2
 
・側面に彫られた標柱の由来
イメージ 3
 
「源義経堀川御所用水と称えられ、足利時代既に名あり
 
 元和二年在銘の井戸枠、第二次世界大戦に際し、昭和二十年疎開のために 撤去・・・・」
 
 
③説明板
イメージ 4
 
・京の名水として平安時代より知られ、源氏の邸いわゆる六条堀川館の中に取り入れられていた。
 
・室町時代には南都の僧村田珠光がこの畔に住み茶道を興し足利義政も来遊したという。
 
・江戸初期元和二年五月、織田有楽斎はこれを改修した。
 
・内径二尺四寸の丸井戸であった。
 
・その後天明の大火で埋もれたが、寛政二年、薮内家六世によって修補され、その碑が七世によって建てられていたが、丸井戸碑とともに、第二次大戦末期の民家の強制疎開とともに撤去された。
 
 
3 亀屋良長本店角の「醒ヶ井」の井戸
・場所↓
 
四条堀川から少し東へ歩いた醒ヶ井通の角に亀屋良長本店があります。
 
・亀屋良長本店
イメージ 5
わきの通は、醒ヶ井通
 
亀屋良長本店の角に、「醒ヶ井」の井戸があります。
イメージ 6
 
・説明板
イメージ 7
 
六条堀川にあった「左女牛井」とは少し離れたところにありますが、お店のわきに醒ヶ井通という同じ呼び名の通に接していることもあり、平成3年に社屋を新築したおり、昭和37年の阪急地下鉄工事の影響で枯れていた井戸を掘り直し、「醒ヶ井」と名付けて再び菓子づくりに用いるようになったそうです。
 
この店の和菓子は地下80mから汲み上げる「醒ヶ井」の水が使われています。
 
 
4 醒ヶ井通(さめがいどおり)
京都市内の南北の通りの一つで、北は六角通から南は五条通まで。途中蛸薬師通と錦小路通の間で堀川高校敷地により分断されている。五条通以南では、西隣の堀川通が東よりに拡張されたためにこれと重なり消滅した。
 
平安京には存在せず、豊臣秀吉による天正の地割で新設された通りである。堀川五条にあり名水として知られた井戸「佐女牛井」(さめがい)が通り名の由来である。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より引用)

開く トラックバック(1)

京都御苑内にある「縣井(あがたい)」と一條邸跡
 
 
京都御苑の北西の端に近く、乾御門から御苑の中に入ると、南側は、江戸時代までは一條家の屋敷地が広がっていました。
 
<一條邸跡>
イメージ 1
 
この一角には、大きな銀杏の木がありますが、その手前の散策路を南に向かって歩くと、すぐに、「縣井(あがたい)」があります。
 
井>
イメージ 2
「縣井」は、かつて染井、醒ヶ井とともに京の三名水の一つといわれ、また、染井、祐井とともに、御所三名水の一つにも数えられてきました。
 
「縣井」のあるあたり一帯も、江戸時代までは一條家の屋敷地でした。
 
京都御苑の中でもこのあたりは宮内庁京都御苑事務所の裏側にあたり、少しわかりにくいところかもしれませんが、樹木の多い気持ちのいい散策路となっています。
 
 
1 場所↓
 
 
2 「縣井」のようす
イメージ 4
 
イメージ 5
 
イメージ 6
 
イメージ 7
 
イメージ 8
 
イメージ 9
 
イメージ 10
 
イメージ 11
 
 
3 由来
<説明板>
イメージ 3
 昔この井戸のそばには、縣宮(あがたのみや)という社があり、地方官吏として出世を願う者は、井戸の水で身を清めて祈願し、宮中に参内したといいます。
 
この付近は江戸時代まで五摂家の一つ、一條家の屋敷地内となっており、井戸水は明治天皇の皇后となった一條美子の産湯に用いられたともいわれています。
 
「大和物語」では病気を治す水とも紹介され、井戸とまわりの山吹の風情は、後鳥羽院などの歌にも詠まれました。
 
 蛙なく縣の井戸に春暮れて 咲くやしぬらん山吹の花  後鳥羽院

 
梨木神社の新緑と「染井」
 
 
<清和院御門と山吹の花>
イメージ 1
 
 梨木神社は京都御苑の東側に隣接しており、御苑から清和院御門を出たところに、神社の入口の一の鳥居があります。
 
<一の鳥居と山吹の花>
イメージ 2
このあたりは、もともと明治以前は三條家の邸宅があったところで、その邸宅跡に明治維新に功績のあった三條実萬を祭神として明治18年(1885)に梨木神社を創建したのが始まりで、その後、実萬の子の実美を合祀しました。
 
一の鳥居から参道を歩いていくと、神門手前の左側に手水舎があります。
 
ここが「染井」の井戸と呼ばれ、京都三名水の一つであり唯一現存している井戸といわれています。
 
ここではペットボトルを持参して水汲みに来る人が多く、行列になることもあります。
 
なお、梨木神社は昔から、別名「萩の宮」とも呼ばれるほどの萩の名所ですが、それ以外の時期は、静かな境内を散策することができます。
 
境内にはカエデの木が多く、初夏の境内では素晴らしい新緑を堪能することができます。
 
 
 
 
2 染井の水
神門手前の左側にある境内の手水舎の井戸が「染井」であり、京都三名水の一つとされる。
イメージ 11
 
イメージ 20
 
イメージ 21
 
イメージ 22
 
イメージ 23
・この井戸は、かつて文徳天皇の皇后明子の方の里御所の跡にあり、宮中御用の染所の水として使われていた。
 
・口に含むと無味無臭で、まろやかな味。ペットボトル持参で、水汲みにくる人が絶えない。
 
 
3 新緑の境内
南北に細長い境内で、参道を進むと神門があり、神門の奥に拝殿(舞殿)、その後方に本殿が建っている。
 
(1)一の鳥居
・山吹の花
イメージ 25
 
 
・ツツジ
イメージ 24
 
 
(2)参道を神門に向かう。
・参道の新緑
イメージ 3
 
イメージ 4
・両側に萩が植えられており、花の咲くころは素晴らしい。
 
 
③茶室
イメージ 5
・参道を進むと、境内の左側にある。この茶室は、元京都御所の春興殿(賢所)の神餞殿を改装したもの。
 
 
⑤愛の木
イメージ 6
 ・染井(そめのい)の近くにある桂の木で、梨木神社の神木になっている。
・その葉が愛らしいハート形をしていることから、いつの頃からか愛の木と呼ばれるようになったという。
 
 
(3)神門から本殿へ
①神門
イメージ 8
 
 
 
 
 ②拝殿
 イメージ 7
 
イメージ 9
 
イメージ 10
 
イメージ 12
 
 
③本殿
イメージ 13
 
イメージ 14
 
 
(4)境内の石碑めぐり
①天壌無窮の石碑
イメージ 15
 
  三條実萬が祈念していた軸の言葉を石に刻んだもの。
 
 天壌無窮とは、天地とともに窮まりのないこと。永遠に続くこと。(広辞苑)
 
 
②上田秋成の歌碑
イメージ 16
「ふみよめば 絵を巻きみれば かにかくに 昔の人の しのばるるかな」
 
境内の一の鳥居のそばに、江戸後期の国学者で雨月物語の作者、雨月物語の作者として知られる上田秋成の歌碑がある。
 
上田秋成は晩年、梨木神社の東南の羽倉信美宅で没した。墓は南禅寺の近く、西福寺にある。
 
 
③湯川秀樹の歌碑
イメージ 17
「千年の昔の園もかくやありし木の下かげに乱れさく萩」
 
 日本最初のノーベル賞学者で京大出身。また、梨木神社「萩の会」の初代会長。
   
 
4 神社の由緒(沿革)
<説明板>
イメージ 18
 
イメージ 19
①祭神:明治維新に功績のあった三條実萬(さねつむ)・実美(さねとも)親子。
 
②もともとこのあたりは、明治以前は三條家の邸宅があったところで、その邸宅跡に三條実萬を祀るための社殿を造営し、明治18年、このあたりの地名である梨木町からとった梨木神社と名付けて創建した。
 
③大正4年、大正天皇即位を記念して、子の実美を合祀した。
 
④萩の名所
 境内には約500株の萩が植えられており、別名「萩の宮」とも呼ばれており、9月中旬〜下旬には萩祭りがおこなわれ、多くの参詣者で賑わう。
 
 
5 京都検定の出題歴
(1)平成16年度2
(問)「歌人」と「その歌人が詠んだ歌碑の建っている場所」の組み合わせのうち、誤っているものを選びなさい。
(ア)上田秋成・梨木神社 (イ)太田垣蓮月尼・神光院
(ウ)吉田兼好・仁和寺  (エ)与謝野鉄幹/晶子夫妻・鞍馬寺
 
【正解】(ウ)
 
(2)平成16年度3
花の名所について、次の記述について、誤っているものを選びなさい。
(ア)梨木神社は萩の名所である。
(イ)長岡天満宮はキリシマツツジの名所である。
(ウ)大田神社はカキツバタの名所である。
(エ)法金剛院は椿の名所である。
 
【正解】(エ)
 
(3)平成17年度2
【問】次の「神社」と「井戸」の組み合わせのうち、誤っているものはどれか。
(ア)大原野神社・瀬和井
(イ)北野天満宮・梅の井
(ウ)梨木神社・染井
(エ)松尾大社・亀の井
 
【正解】(イ)
 
(4)平成18年度2
【問】梨木神社にある歌碑「ふみよめば 絵を巻きみれば かにかくに 昔の人の しのばるるかな」の歌を詠んだのは誰か。
(ア)上田秋成 (イ)吉井勇 (ウ)与謝野鉄幹 (エ)富岡鉄斎
 
【正解】(ア)
 
(5)平成18年度3
【問】梨木神社では9月に、献句や献詠の短冊を飾り、花をめでる祭がある。その花はどれか。
(ア)ハギ (イ)キク (ウ)キンモクセイ (エ)キキョウ
 
【正解】(ア)
 
(6)平成19年度2
【問】「歌碑の建立場所」と「歌の作者」のうち、誤っているものはどれか。
(ア)鞍馬寺大仏次郎  (イ)哲学の道西田幾多郎
(ウ)蹴上浄水場与謝野晶子  (エ)梨木神社湯川秀樹
 
【正解】(ア)
 
 
6 練習問題
(1)祭神:三条実万・( 1 )父子(明治維新の功労者)。
(2)明治18年(1885)、三条家の邸宅跡の東に創建。
(3)「( 2 )」
萩の名所として知られ、毎年9月第3土・日曜に萩まつりが行われる。
(5)「( 3 )」の井戸
京都三名水の一つといわれる名水。
 
【正解】
1
実美
2
萩の宮
3
染井
 

「飛鳥井」と白峯神宮

「飛鳥井」と白峯神宮
 
 
<今出川通と白峯神宮>
イメージ 1
 
白峯神宮は、堀川今出川の交差点から今出川通を東に50mほどのところにあります。
 
ここは保元の乱に敗れて讃岐に配流された崇徳天皇の慰霊のため、明治元年に明治天皇によって飛鳥井家の屋敷跡に創建されました。
 
その後、道鏡により淡路に流されその地で亡くなった淳仁天皇(淡路廃帝)を合祀しました。
 
白峯神宮の社地は、蹴鞠・和歌の宗家であった公家・飛鳥井家の屋敷跡であり、摂社の地主社に祀られる精大明神は蹴鞠の守護神であり、現在ではサッカーのほか、球技全般およびスポーツの守護神とされ、こうしたことから、スポーツ関係者の参詣も多い神社であり、最近、サッカーワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に出場する日本代表を応援しようと、大型の絵馬が登場しました。
 
境内には、樹齢800年といわれる小賀玉の木があり、その近くに、名水として平安時代から知られた「飛鳥井」があり、今でも清水が湧いています。
 
 
1 場所↓
 
 
2 飛鳥井
今出川通から表門を入ると、右手に大きな小賀玉(おがたま)の木が見える。
 
その手前の手水舎の水が、名水「飛鳥井」である。
イメージ 2
 
イメージ 13
 
イメージ 20
 
イメージ 21
・平安の頃から名水として知られていた。
 
・枕草子には、次の9つの名水の井戸が書かれており、飛鳥井が唯一現存する井戸とされる。
「飛鳥井、ほりかねの井、走り井、山の井、玉の井、少将ノ井、櫻井、后町の井、千貫の井」
 
・献茶式(1123)
煎茶道方円流の宗匠がご奉仕され、飛鳥井を汲み上げてお茶が奉献され、お茶席も設けられる。
 
 
3 境内
(1)表門
イメージ 22
 
 
(2)拝殿
イメージ 23
 
・左近の桜
イメージ 24
 
イメージ 25
 
・右近の橘
イメージ 26
 
イメージ 3
 
 
 
(3)本殿
イメージ 4
 
 
4 地主社
以下の神を祀る。
イメージ 5
 
イメージ 6
 
(1)精大明神
蹴鞠の守護神。摂社の地主社に祀られている。
 
現在ではサッカーのほか、球技全般およびスポーツの守護神とされている。
 
サッカーをはじめとするスポーツ関係者の参詣も多い。我が国唯一の御守り「闘魂守」を求めて全国から参拝者が訪れる。
 
(2)柊大明神(厄除・延命長寿の神)
 
(3)糸元大明神(織物繁栄・和装の神)
 
(4)白峯天神(学業成就の神)
 
(5)今宮大神(無病息災の神)
 
 
5 潜龍社
イメージ 7
 
イメージ 8
白峯龍王命・紅峯姫王命・紫峯大龍王命を祀る。
 
この神は、昭和30年(1950年)、本殿にて御火焚祭の斎行中、炎の中に出現した三柱の龍神である。水・醸造の守護神とされていて、名水の潜龍井がある。
 
潜龍社の脇にある潜龍井の水を飲むと、諸々の悪縁を断ち、災難除・病気平癒などに霊験ありとされる。
 
 
6 「伴緒社(とものおしゃ)」
イメージ 9
 
イメージ 10
「保元の乱」のとき、崇徳上皇についた源為義(父)と、敵対する後白河天皇についた源為朝(子)の父子が祀られていて、武道・弓道上達の神として信仰されている。
 
 
7 蹴鞠の碑
イメージ 11
飛鳥井家は古来より蹴鞠の宗家であったところから、境内の末社に蹴鞠の神である精大明神が祀られ、近年はサッカーブームで球技の神としての信仰が起きた。
 
明治36年に明治天皇のご下賜金により、有志による保存会が結成され、2003年に蹴鞠碑が建立された。
 
 
8 「小賀玉(おがたま)の木」
京都市内で最大で、京都市の天然記念物に指定されている。
イメージ 12
 
イメージ 14
 
イメージ 15
樹高約13mで、樹齢800年ともいわれている。
 
飛鳥井家の邸宅であった時代に植えられたものと考えられている。
 
春には白い芳香のある花を咲かせる。
 
 
9 本殿前の「鬱金(うこん)桜」
イメージ 16
毎年4月中旬になると、本殿の前の「鬱金(うこん)の桜」が淡黄緑色の花を咲かせる。
 
名前の由来は、ショウガ科のウコンの根を染料に用いた鬱金色に由来するといわれる。
 
 
10 崇徳天皇御廟の管理
祇園花見小路の祇園甲部歌舞錬場の東側に崇徳天皇廟がある。白峯神宮ではここも管理している。
 
御廟の南にある安井金比羅宮は、崇徳天皇を祭神としている。
 
 
11 祈願絵馬、スポーツ上達・必勝祈願祈祷
イメージ 17
 
イメージ 18
 
 
12 沿革
<駒札>
イメージ 19
・明治元年、明治天皇は父孝明天皇の遺志を継ぎ、保元の乱に敗れて、讃岐国(香川県)へ配流になった崇徳天皇の慰霊のため、讃岐の白峯陵より神霊を迎え、飛鳥井家の屋敷跡に当神宮を創建した。
 
・次いで明治6年には、藤原仲麻呂の乱に巻き込まれて淡路に配流されてそこで亡くなった淳仁天皇(淡路廃帝)の神霊を淡路から迎えて合祀し、官幣中社とした。
 
・昭和15年に官幣大社に昇格し、神宮号の宣下を受けて白峯神宮となった。
   
 
13 例祭
淳仁天皇祭(414日)・崇徳天皇祭(921日)。蹴鞠や薪能の奉納がある。
   
 
14 京都検定の出題歴
●平成17年度1
【問】かつて白峯神宮の地に邸宅があり、和歌の宗家であるとともに、蹴鞠の宗家としても知られているのは何家か。
 
【正解】飛鳥井家
 
 
15 練習問題
(1)祭神:流されてその地で没した崇徳天皇、淳仁天皇を祀る。
(2)慶応4年(1868)、明治天皇が讃岐の白峯から( 1 )の神霊を、その後、淡路の天王森から( 2 )の神霊を皇室鎮護の神として当地に移して創建。
(3)( 3 )家の邸宅跡
この地は、蹴鞠・和歌の宗家である( 3 )家の邸宅跡。末社の地主社に( 4 )道の神である精大明神を祀る。
(4)( 5 )(末社)
源為義、為朝を祭神とする。
 
【正解】
1 崇徳天皇
2 淳仁天皇
3 飛鳥井
4 蹴鞠
5 伴緒社

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
みやこ鳥
みやこ鳥
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事