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京都の桜2010

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京都の乃木神社と境内の桜
 
  乃木神社は、伏見桃山陵(明治天皇陵)の南の麓にあり、明治天皇に殉死した乃木希典を祀る神社として大正5年に創建されました。
 
 境内には、少年時代を過ごした長府の乃木旧邸が復元され、また、日露戦争のときに第3軍司令部として使用された民家が移築されています。
 
 また、境内には、乃木将軍にあやかっているものと思われますが、絵馬は「勝ち栗絵馬」、境内に沸く水は「勝水」、社務所で売られている甘栗は「勝ちま栗」など、勝つことを強く意識したものであふれています。
 
 乃木神社の境内は四季折々の花が見られますが、春は桜が境内を彩ります。
  
 
 
2 境内のようす
(1)神門
 樹齢3千年という台湾檜1幹で建てられた大門。
 
 乃木は第3代の台湾総督であった。
 
・桜と神門
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・土佐ミズキと神門
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花海棠と神門
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さんしゅゆと神門
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(2)本殿
花海棠と本殿
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(3)山城えびす神社
 乃木神社創建から7年後の大正12年に「静魂七福社」(しずたましちふくしゃ)として創建され、乃木静子夫人の御霊と七福神が合祀の形で祀られた。
 
 その後、乃木神社創建90年を期に、静子夫人の御霊は乃木神社本殿へ遷され、七福神のなかで唯一日本の神様であるといわれている「えびすさま」を祀る「山城えびす神社」として復興した。
 
・山城えびす神社と桜
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(4)境内の施設
①長府乃木旧邸
 乃木将軍が少年時代国元の長府で暮らしていたときの住まいを再現したもの。
 
②記念館
 日露戦争の旅順攻撃の第3軍司令部に使った中国の民家。神社創建時に、現地で家主から建物全体を買い上げ、そのまま移築したもの。
 
③宝物館
 将軍の書画、武具など遺品数100点を保存。
 
・宝物館と桜
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3 乃木神社について
(1)沿革
 明治天皇の大葬の際、京阪電車の会社代表であった薩摩藩出身の村野山人が、乃木夫妻の殉死を聞いて強い衝撃と感銘を受け、乃木希典の1周忌に会社の職を辞し私財を投じ、大正5年に明治天皇の陵の麓に神社を創建した。
 
 境内には、長府の乃木旧邸が復元され、また、日露戦争のときに第3軍司令部として使用された民家が移築されている。
 
(2)祭神
 明治天皇に殉死した乃木希典を祀る。
 
 
天ヶ瀬ダムのダム湖「鳳凰湖」と湖岸の桜
 
 
宇治市の縣神社前から平等院駐車場の前を通り、天ケ瀬ダム方向に宇治川に沿って車を走らせると、5分ほどで天ケ瀬ダムに着くことができます。
 
天ヶ瀬ダム宇治川流域に建設された高さ73.0のアーチ式コンクリートダムで、淀川の治水と宇治市への上水道供給、水力発電を目的とした特定多目的ダムです。
 
このダムによって形成された人造湖は鳳凰湖と命名され、宇治では平等院などと共に観光地になっています。
 
湖畔は桜が満開の頃は、絵のような美しさです。これから新緑の頃や秋の紅葉の頃もおすすめのところです。
 
 
1 場所↓
 
 
2 鳳凰湖と湖岸の桜
 
①鳳凰湖の説明板
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・名前の由来については、下流から望むと、鳥が翼を広げて飛び立とうとする姿に似ている、など書いてありますが、一番の理由は、すぐ近くに平等院鳳凰堂があることから「鳳凰湖」と命名したように思われます。
 
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 このあたりの湖岸の桜の景色は素晴らしいものがあり、車で宇治平等院周辺に出かける際には、このあたりも併せて訪れてみるというのもおすすめです。

山科川の桜

山科川の桜
 
 
 
山科川は山科盆地を山科から勧修寺のあたりを経て醍醐・六地蔵へと流れています。
 
途中、四ノ宮川、安祥寺川と合流して南へ流れ、高川、合場川、日野川と合流して宇治川に注いでいます。
 
山科区から伏見区にかけて、山科川沿いには沢山の桜が植えられて桜並木になっており、土手の上には散策路ができているので、川の流れに沿ってゆったりと花見をしながら散歩することができます。
 
●撮影地
①市営大受団地あたり↓
 
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②近鉄MOMOの横あたり↓
 
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●山科川の旧称:櫃川(ひつかわ)
・平安時代の和歌にも詠まれ、歌枕にもなっていた。
 
・山科川の源流は醍醐山地の千頭岳に発する。近世中期までは櫃(ひつ)川とも呼ばれた。
 

向日神社と桜

向日神社と桜
 
 
向日神社は向日市の向日丘陵南端部に鎮座する神社です。
 
神社の東側を走る、通称「アストロ通り」に面して鳥居があり、ここから社殿に向かって、桜並木の緩い石畳の長い参道が真っ直ぐに伸びています。
 
本殿は応永25年(1418)の建築で、室町時代の流造を代表するものとして、国の重文に指定されています。
 
また東京の明治神宮の本殿は、ここの本殿を1.5倍のスケールにして設計されました。
 
境内には、参道や本殿のまわりなどに桜が多く、4月初めに訪れたときには満開でした。
 
 
1 場所↓
 
 
2 境内の様子
①参道入口の鳥居と桜
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②参道と桜
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③舞楽殿
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 寛永2年(1625)の建築。
 
 
④拝殿
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 寛永2年(1625)の建築。
 
・拝殿と桜
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③本殿
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・応永25年(1418)の建築。
・三間社流造
・室町時代の流造を代表するものとして、国の重文に指定。
・明治神宮本殿は、当社本殿をモデルとして、1.5倍のスケールで設計した建物。
・現在は、東面して建っているが、江戸時代の「山洲名跡志」などには南面して描かれている。
 
 
④境内社
・勝山稲荷社
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・勝山不動尊
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・五社神社
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・御霊社
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⑤鶏冠木(かえるで)の苑(その)
 
 本殿の背後に、石碑がある。
<説明版>
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・ここには約170年前まで本殿があり、その後は山桜と楓の神苑となり、戦前まで土俵があった。雑木を切り払い、通路を付け替え、石舞台を作って元の神苑に戻した。
 
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「鶏冠木(かえるで)」は「楓」の古名に由来する。
 
 
3 沿革
①元々は、同じ向日山に鎮座する「向神社」(上ノ社)、「火雷神社」(下ノ社)という別の神社だった。
 
②向神社は御歳神(向日神)が向日山にとどまり、稲作を奨励したことに始まるという。また火雷神社は神武天皇が大和国橿原から山城国へ遷った際、当地に火雷神を祀ったことに始まると伝える。
 
③火雷神社は養老2年(718)の社殿新築にあたり玉依姫命と神武天皇を合祀したが、中世に至ると衰微、建治元年(1275年)には向神社が併祭することとなり、向日神社と社名を改めて今日に至る。
  
4 寺宝
・日本書紀神代巻の下巻(重文)
・小野通風の筆による「正一位向日大明神」の額
・豊臣秀吉および徳川歴代将軍の御朱印状
など。

粟生光明寺としだれ桜

粟生光明寺としだれ桜
 
 
 光明寺は、阪急の長岡天神駅から北西に2.5kmほどの西山の麓、粟生にあります。
 
 ここは西山浄土宗総本山で、地名から、粟生光明寺と呼ばれています。
 
 建久9(1198)、法然上人の弟子の蓮生(熊谷次郎直実)が、師のすすめにより、この地に草庵を開いたのが始まりで、後に弟子たちに受け継がれていきました。
 
 総門を入ると道は二手に分かれ、右手は「女人坂」と呼ばれる緩やかな坂道の参道が御影堂(本堂)まで続いています。また、左手は通称「紅葉参道」と呼ばれる大きな楓の木が数多く植えられた参道となっており、このあたりは特に紅葉と新緑の時期は、素晴らしい景観を堪能できるところです。
 
4月はじめの境内では、総門の前、御影堂(本堂)、阿弥陀堂のまわりでソメイヨシノが満開で、勅使門のわきの大きなしだれ桜が見事な花を咲かせていました。
 
 
 
 
2 境内と桜のようす(2010.4.5撮影)
境内は2万坪と広大で、建物数32棟を数える洛西随一の大伽藍といわれている。
 
①総門
天保15年(1844)建築の高麗門。
 
・総門の前にある「浄土門根源地」の石碑
正親町天皇より「法然上人の遺廟、光明寺は浄土門根源の地と謂いつべし」
という綸旨を賜ったことに由来する。
 
<総門前の桜>
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 奥に総門が見える。
 
 
②参道
正面の参道は総門から御影堂に向かう幅の広い緩やかな坂道(通称「女人坂」)で、左側の参道は総門から薬医門を経て庫裡に通じる参道(通称「紅葉参道」)で、樹齢150年を超える楓の木々が数多く植えられている。
 
<女人坂の桜>
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③閻魔堂
総門を入ってすぐ左手の小堂で、かつて閻魔院の本尊だった閻魔王を祀る。
  
④観音堂
御影堂の手前、右側にある。宝暦3(1753)の再建。
 
<観音堂と桜>
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⑤御影堂(本堂)
 御影堂には法然上人の自作と伝える「張り子の御影」が祀られ、御影堂の背後には法然上人の遺骨を納めた本廟(非公開)がある。
 
<御影堂(本堂)と桜>
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⑥法然上人の石棺
御影堂の横にある。光明を発したという伝説がある。
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⑦経蔵と法然上人袈裟掛けの松
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⑧阿弥陀堂
石棺の横を奥へ向かい、突き当たりにある。
 
阿弥陀堂には、熊谷次郎直実(蓮生法師)が、琵琶湖堅田の浮御堂の千体仏中尊であったのをお迎えして、法然上人が開眼された霊像で恵心僧都作と伝える本尊の阿弥陀如来像が安置されている。
 
<阿弥陀堂と桜>
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⑨法然上人廟
阿弥陀堂の左手奥にある。ここには法然上人の分骨した一部が納められている。非公開であり、ここは阿弥陀堂の近くから垣間見るのみ。
 
 
⑩鐘楼
御影堂(本堂)の前にある。万治2年(1659)の建築。
 
  
⑪勅使門
万延元年(1860)の建立で、前後唐破風のついた四脚門。
 
左右の築地塀は文化7年(1810)の築造。
 
 
⑫庫裏
御影堂(本堂)の左側にある石段を下ったところにある。
 
<庫裏と勅使門の間にある大きなしだれ桜>
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⑬法然上人荼毘所
 安貞2年(1228)、法然の17回忌に、ここで遺骸を荼毘に付した。
 
<三つ葉ツツジと庫裏>
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 右下に見えるのが法然上人荼毘所。
 
 
⑭柏槙の巨木
法然上人の火葬跡前に献樹されたものといわれる。
 
「イブキ」とも称する樹齢400500年の巨木。長岡京市の指定天然記念物。
 
 
⑮薬医門
参道の両側には大きなカエデの木々が続く。
 
 
3 沿革
光明寺のある粟生広谷は浄土宗の開祖法然上人が日本で最初の念仏を唱えた地。浄土宗寺院の中でも聖地とされる。
 
法然を慕い帰依した、弟子の蓮生(熊谷次郎直実)が、建久9(1198)に法然所縁の当地に、法然を開祖と仰ぎ、念仏三昧堂を建立したのが始まり。
 
ここで法然の遺骸を荼毘に付し、廟堂が建てられた。法然の石棺から、まばゆい光明が発せられたという。仁治3年(1242)四条天皇はそのことを聞いて、「光明寺」の勅額を与え、これ以降寺号は光明寺と改められた。
 
永禄6年(1563)、正親町天皇から「法然上人の遺廟光明寺は浄土門根元之地と言ってよし」と賜り、光明寺が「浄土一宗の御本廟」と定められ、「浄土門根元之地」といわれることとなった。
 
光明寺は開創後、応仁の乱、そして元亀の乱、天正の乱の兵火に遭遇。さらに享保19年(1734)に火災を起こして伽藍のほとんどを焼失し、以後、再建された。
 
 
4 寺宝
阿弥陀如来像
・阿弥陀堂に安置。
・蓮生法師が弟子入りする時に背負って持ってきた、江州堅田の浮御堂千本仏の中尊仏であり、恵心僧都の作と伝える。
 
木造十一面千手観音立像(重文)
・恵心僧都の作といわれる像高約1.mの観音像。
(現在は、京都国立博物館に寄託中)
ほか。
 
絹本着色二河白道図(重文)
・東京国立博物館。
 
など
 
 
5 浄土宗と京都の主な寺院
 
①法然を開祖とする。
 
②本尊は阿弥陀如来。脇侍は、左脇侍が観音菩薩、右脇侍が勢至菩薩。
 
③教義は、専修念仏を中心とする。
 
④京都の主な寺院
 
≪鎮西派≫
【総本山】
・知恩院(正式名称「華頂山知恩教院大谷寺」)
 
【大本山】
・金戒光明寺(正式名称「紫雲山金戒光明寺」)
・百萬遍知恩寺
・清浄華院
 
≪西山派≫
法然の弟子の證空を祖とする。
【西山禅林寺派総本山】
・永観堂禅林寺(正式名称「聖衆来迎山無量寿院禅林寺」)
 
【西山深草派総本山】
・誓願寺
 
【西山浄土宗総本山】
・粟生光明寺
 
 
6 京都検定の出題歴
(1)平成19年度2
【問】蓮生(熊谷直実)が法然の勧めにより開いた念仏三昧院に始まる長岡京市の寺院はどれか。
(ア)願行寺 (イ)単伝庵 (ウ)粟生光明寺 (エ)円福寺
 
【正解】(ウ)粟生光明寺
  
 
7 練習問題
(1)( 1 )総本山。山号「報国山」。院号「念仏三昧院」
 
(2)本尊「阿弥陀如来」
 
(3)沿革
 法力坊蓮生( 2 )が、法然の勧めにより建久9年(1198)に念仏三昧院を開いたことが始まり。
 
(4)「( 3 )」
法然自作。
 
(5)「( 4 )」
法然が初めて念仏の教えを説いた。
 
(6)建物
法然上人像を安置する御影堂、阿弥陀堂、信楽庭、勅使門など。
 
(7)境内
女人坂と呼ばれる高麗門からつづく石畳の参道。楓の紅葉。
 
【正解】
1
西山浄土宗
2
熊谷次郎直実
3
張子の御影
4
浄土門根元地

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