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西陣の本隆寺と桜
本隆寺は西陣にある日蓮宗(真門流)の総本山で、今出川智恵光院の交差点から北に向かい、五辻通を越えた左手に山門があります。
正式名は「慧光無量山本妙興隆寺」といい、「本隆寺」は通称です。
また、天明8年(1788)の大火で本堂などが焼け残ったことから、「焼けずの寺」とも呼ばれています。
境内には「夜泣き止の松」と「千代野井」があり、それぞれ逸話が広く知られています。
本隆寺の桜は、本堂の東西に大きなソメイヨシノが何本かあり、満開に咲き誇るようすは、迫力さえ感じられました。
また方丈、信徒会館横のしだれ桜も素晴らしく、ここの桜はこのブログの管理人のお気に入りの桜です。
1 場所↓
2 境内の桜(撮影2010.4.5)
・本堂、祖師堂の周囲
・方丈、信徒会館前のしだれ桜
3 沿革
①長亨2年(1488)に妙顕寺の僧の日真上人が師と意見を異にしたことで六角西洞院に草庵を建てて独立、本隆寺を開山。
②その後、後柏原天皇等の支援を得て隆盛するが、天文の法難により諸堂は焼失し、泉州堺に避難。
③天文11年(1542)、現在の地に再興され、承応2年(1653)には大火により諸堂を失うが本尊は無事で、万治元年(1658)に再建された。
④天明8年(1788)の大火により、再び山門・鐘楼・方丈・塔頭を焼失するが、本堂・祖師堂・宝庫は焼け残り、このことから「焼けずの寺」と呼ばれるようになった。
⑤境内は広く、本堂(府指定文化財)、祖師堂(府指定文化財)のほか、番神堂、鐘楼、経蔵、宝物殿、方丈、信徒会館があり、また塔頭八支院が境内を取り巻くように立ち並ぶ。
4 境内のようす
①祖師堂前から見た山門方向
②本堂
・明暦3年(1657)に建てられた本堂は、「千代野井」が守ったおかげで天明の大火に焼け残ったと伝える。京都府指定文化財。
・大火を免れた本堂(府指定文化財)は日蓮宗京都十六本山の中で最古のもの。
・本堂には鬼子母神が祭られており安産祈願に訪れる人が多いという。
③「千代野井」
・本堂の前にある。西陣五井の一の名井・名水とされる井戸。
・本堂を大火から守ったという言い伝えがある。
・無外如大尼(むげにょだいに)が満月の夜、この井戸で水を汲んでいたとき、桶の底が抜け水面に映っていた月影が水とともに消えたことをきっかけとして、仏道に入ったと伝える。
④祖師堂
京都府指定文化財。
⑤「夜泣き止の松」(現在の松は3代目)
・祖師堂の前にある。
・夜泣きに悩む母親が、樹皮や松葉を持ち帰り枕の下に敷いたところ、子供の夜泣きが治ったという。
⑥境内墓地
黒川道祐の墓がある。
●黒川道祐:江戸時代初期の医者、歴史家。
『雍州府志』
京都の地理・沿革・寺社・土産・古跡等が詳しく記載されている。
⑦塔頭(八院ある)
是好院、玉樹院、本城院、正寿院、玉峰院、本法院、宣妙院、慶成院
5 京都検定の出題歴
(1)平成19年度3級
「・・・・また、不焼寺ともいわれる( )の境内にある「夜泣き止めの松」は、この木の葉を枕の下に敷くと子供の夜泣きが止むと伝えられる。」
【正解】本隆寺
6 練習問題
(1)法華宗( 1 )流の総本山。山号:慧光無量山。
(2)正式名:「本妙興隆寺」。俗称「( 2 )寺(やけずのてら)」
(3)本尊:十界曼荼羅
(4)沿革
長享2年(1488)に日真が六角西洞院に草庵を建てたことが始まり。天文法華の乱で焼打ちあった後、天正12年(1584)に現在地に再建。その後、享保・天明の大火に遭うが、明暦3年(1657)に建てられた本堂は焼け残った。これは本堂に安置されていた鬼子母神の霊験によるとして( 3 )寺(やけずのてら)と呼ばれるようになった。
(5)( 4 )の松
第5世日諦が一婦人より幼児の養育を頼まれ、その子が夜泣きをして困ったため題目を唱えながら松の木を廻ると泣き止んだという霊験譚から、この松の皮や松葉を枕の下に敷くと幼児の夜泣きがやむといわれた。
(6)( 5 )
無外如大尼(千代野姫)が満月の夜、この井戸で水を汲んでいたところ、桶の底が抜けて月影が水とともに消えたので、仏道に入ったという由緒を伝えている。
(7)墓地
黒川道祐、寿閑、千家十職黒田正玄歴代の墓。
【正解】
1 真門
2 不焼
3 不焼
4 夜泣き止め
5 千代野井の井戸
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京都の桜2010
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鴨川沿いの桜
1 鴨川の流れ
京都の市街地の地図を開いてみると、北から上賀茂神社のわきを賀茂川が流れ、北東から高野川が流れて、下鴨神社の南、出町柳あたりで合流して鴨川となって南へ流れ、さらに南西に流れて伏見区の下鳥羽の近くで西から流れてきた桂川に合流し、桂川はさらに宇治川と木津川が合流して淀川と名を変えて大阪湾に向かって流れていきます。
2 京都の中心市街地を流れる鴨川
①出雲阿国
四条大橋のたもとに阿国の像があります。
鴨川は京都の中心市街地あたりでは現在よりも川幅が広かったようで、広い河原では中世の頃から猿楽の興行が行なわれ、出雲阿国が演じたのもこの河原でした。
②鴨川の氾濫
京都は北と南の高低差が大きいことから、昔の鴨川は氾濫を繰り返していました。
かつて後白河法皇が思うままにならないものとして「鴨川の水、双六の賽、山法師」の3つを挙げています。
鴨川は昭和22年の大規模な河川改修工事により穏やかな川に変わりましたが、まれに、北山のほうで大雨が降った後に鴨川の流れが激流となっているのを見ることがあります。
③鴨川と東山
かつて江戸時代の作家、滝沢馬琴は、京で良きものとして「女子」、「寺社」とともに「鴨川」をあげています。
鴨川と東山の眺めというのは、昔も今も京都の景観を代表するものであり、四季折々の風情は心にしみるものがあります。
東山のおだやかな山並について、江戸時代の俳人で芭蕉の門下の服部嵐雪は
「ふとん着て寝たる姿や東山」
と詠んだことは広く知られています。
3 鴨川沿いの桜の光景
春の京都を代表する景色の一つとして、市街地中心部である丸太町から七条にいたる川沿いに植えられた桜と鴨川の景色があります。
鴨川沿いにはソメイヨシノやしだれ桜などが沢山植えられており、桜を眺めながら、鴨川の流れに沿って散策することができます。
四条大橋や三条大橋を遠望する景色も京都らしい雰囲気があり、休日には大勢の人たちが散歩しているのが見られます。
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高瀬川沿い木屋町通の桜
木屋町通は先斗町の西側、高瀬川に沿った二条通から七条通までの通りです。
高瀬川の川岸に沿って桜並木が続いています。
もともと、高瀬川の水運とともに発展してきた通りで、材木の倉庫が建ち並ぶようになり、いつしか木屋町の名が付いたといわれています。
このあたりには、幕末の勤皇志士の坂本龍馬や桂小五郎らの潜居跡などもあり、幕末の史跡散策も楽しめるところです。
現在の木屋町かいわいにはレストラン、料亭、スナックなどが多く、昼間も素晴らしいのですが、夕方、ライトアップされた桜と高瀬川の雰囲気もまた捨てがたいものがあります。
4月4日、木屋町の高瀬川沿いの桜は満開で、「高瀬川さくらまつり」が開催中で、会場の旧立誠中学前では舞妓さんの姿も見られました。
1 高瀬川沿いの木屋町通の桜(2010.4.4)
・「高瀬川さくらまつり」
舞妓さんの「花かんざし」は、4月なので「桜」です。
2 木屋町通について
フリー百科事典「ウィキペディア」には、次のような記載があります。
・慶長年間の角倉了以の高瀬川開削に伴って整備された。開通当時は、「樵木町」(こりきまち)と呼ばれていたが、高瀬舟が運んでくる材木の倉庫が立ち並ぶようになったため、いつしか「木屋町」という名称に変わったという。
・江戸時代中頃にはこの通りを往来する旅人や商人を目当てに、料理屋や旅籠、酒屋などが店を構えるようになり、酒楼娯楽の場へと姿を変えた。
・幕末には勤皇志士が密会に利用したため、坂本龍馬や桂小五郎らの潜居跡や事跡の碑が繁華街のあちこちに立っており、大村益次郎や本間精一郎、佐久間象山などが殉難している。
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近衛邸跡の糸桜
京都御所を取り囲む現在の京都御苑のあたりには、かつて、宮家や公家の邸宅が建ち並び、京都御苑の北側を占める地域には、公家で五摂家の一つ、近衛家の屋敷がありました。
ここには「糸桜」という早咲きの大きなしだれ桜があり、満開のようすは、在りし日の近衛邸の春の光景を想像させてくれます。
(2)近衛邸跡について
フリー百科事典『ウィキペディア』には、次の記載があります。
・江戸時代に近衛家は、京都の烏丸今出川の京都御苑内にあった。その場所は、同志社大学今出川キャンパスの向かいに位置する。
・築地塀や建物はないが、大池を囲む庭園は保存されており、九条家の九条池に対し近衛池とよばれている。池の周囲には、有名なしだれ桜である「近衛桜」があり、御花見シーズンには市民でにぎわう。
・奈良の西大寺には寝殿造りである近衛家の政所御殿が移築され、愛染堂として使用されている。愛知の西尾城には近衛家の数奇屋棟と茶室棟が移築されている。
<説明板>
・近衛邸は、かつて御所炎上の際には、仮の皇居となった。
・ 池のほとりは、昔から糸桜の名所で、孝明天皇も次の歌を詠まれた。
「昔より名にはきけども今日みれば むへめかれせぬ糸さくらかな」
※現在の糸桜は、後年、植樹されたものだそうです。
(3)糸桜のようす
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京都御苑の「出水の桜」
京都御苑の桃林の南側に、出水の小川と呼ばれる水路がありますが、その向かいに、「出水の桜」と名付けられた早咲きの大きなしだれ桜があります。
京都御苑では、御苑の桃林の花が満開の頃、この「出水の桜」と近衛邸跡のしだれ桜、皇宮警察京都護衛署のしだれ桜が見ごろになります。
なお、近衛邸跡のある御苑から今出川通を渡ったところにある、冷泉家のしだれ桜もまた、同じ頃に満開になる早咲きのしだれ桜です。
1 場所↓
2 「出水の桜」
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