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京都の桜2011

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妙顕寺と境内の桜

妙顕寺と境内の桜
 
 
 妙顕寺は、堀川寺之内の交差点から東へ、寺之内通を200mほど進んだところに、道路に面して北側に山門があり、参道がまっすぐ続いています。
 
 妙顕寺は山号を具足山と称する日蓮宗の大本山で、9つの塔頭があります。塔頭の一つである泉妙院には尾形光琳の墓があり、門の外からも見ることができます。
 
 お寺の沿革については、元亨元年(1321)に日像が後醍醐天皇より寺領を賜り、今小路に妙顕寺を建立したのが始まりと伝え、以来度々の法難や災禍のため寺地を転々とし、秀吉の命により天正11(1583)に堀川寺之内の東方の現在地に移転しました。
 
 妙顕寺は本堂が現在工事中ですが、堀川寺之内かいわいにある妙覚寺、本法寺、水火天満宮、報恩寺、などの社寺と同様に、境内の桜がとてもきれいで、花見の時期には全部セットで回ってみることがおすすめです。
 
 今年の妙顕寺の境内で見られた桜のようすです。
 
 
 
 
2 境内の桜
①山門脇のしだれ桜
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 山門前の石柱には、この寺に尾形光琳の墓があることが書かれている。
 
 山門から参道が続いており、正面突き当たりに本堂(工事中)があり、右側に三菩薩堂(手前)と尊神堂(奥)が建っている。
 
 
②鐘楼と周辺の桜
 
・鐘楼
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 天明の大災による焼失後に再建されたもので、もとは大門の東隅にあったが、昭和40年にかつて五重塔があった現在地に移築された。
 
 梵鐘は正徳3(1713)の鋳造。
 
 
・鐘楼周囲の桜
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本堂(現在工事中)
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天保元年(1830)の上棟で、瓦銘に天保10(1839)とあることから、この頃に完成したものと考えられている。
 
日蓮宗本堂の伝統的な平面形式、三宝諸尊が安置されている。
 
 
⑤庫裏としだれ桜
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3その他の建物
①三菩薩堂
 日蓮、日朗、日像の三祖を合祀している祖師堂にあたる建物で、三菩薩堂という。 
 三菩薩の由来は、延文3年(1358)、二世大覚上人による雨乞いの効験により日蓮に大菩薩、開山日像とその師日朗に菩薩号の勅賜をうけたことによる。
 
 日蓮大聖人・日朗聖人・日像聖人の三祖を合祀している。
 
・三菩薩堂(左)と尊神堂(右)
 
②尊神堂
 鬼子母神とは安産や子供の守護神、さらには災厄を除き福をもたらす神として、鬼子母神を祀っている。
 
 天皇自ら参拝されたお堂でもあり、天拝鬼子母神堂とも言われている。
 
 
③御真骨堂
 元々鐘眞窟と言い、日蓮大聖人、日朗聖人、日像聖人の御眞舎利を祀ったお堂。
 
 明治時代初期、妙顕寺第52世 福田日耀上人の代に再建された。
 
 
④慶中大菩薩
もとは、京都御所鎮護の守護神として、宮中に仕える女官たちが尊崇していたといわれている。
 
当山が後醍醐天皇の勅願寺として建立の際に、境内に祀られるようになり、願い事が必ず叶うという事で信仰を集めてきた。
 
 
 
4 庭園(現在、寺側の都合により、拝観中止が続いている)
客殿前庭:「龍華飛翔の庭」
 
書院前庭:「光琳曲水の庭」
 
 
 
5 沿革
・元亨元年(1321)に日像が後醍醐天皇より寺領を賜り、京都における日蓮宗最初の道場として御溝傍今小路(現在の上京区)に妙顕寺を建立した。
 
・建武元年(1334)には後醍醐天皇より綸旨を得て勅願寺となる。
 
2世妙実の時、暦応4年(1341)に四条櫛笥(現京都市中京区)に移転し、さらに明徳4年(1393)には三条坊門堀川(現中京区堀川御池)に移転し妙本寺と改称するが、永正16年(1519)には元の寺名に戻っている。
 
・日蓮宗の洛中法華21ヶ寺の中心として栄えるが、天文5年(1536)に天文法華の乱で焼失し、堺に避難する。
 
・天文11年(1542)に帰洛を許され、二条西洞院に再建したが、天正11年(1583)に豊臣秀吉の命により、現在の地に移転する。
 
・天明8年(1788)には天明の大火により焼失するがその後再建された。
 
・「四海唱導」「四条門流」と呼ばれる。また妙顕寺、妙覚寺、立本寺の三寺で「龍華の三具足(りゅうげのみつぐそく)」と呼ばれている。
(フリー百科事典「ウィキペディア」より転載)
 
 
6 練習問題
(1)山号:具足山。正式名「( 1 )」
 
(2)京都における法華宗寺院の草分け。関西法華宗団の根本をなす寺院。
 
(3)開祖:( 2 )。日蓮の孫弟子で、日朗の弟。
 
(4)沿革
元享元年(1321)、( 3 )より寺地を賜り創建。建武元年(1334)には同天皇により、勅願寺とされた。日蓮宗最初の勅願寺として、洛中法華寺院の先頭に。また、後光厳天皇により北朝が当寺を宗内最高の地位と公認。以後、「四海唱導妙顕寺」と号する。その後天文法華の乱などの法難にあう。現在地には、天正11年(1583)、( 4 )の命により移建された。天明の大火による類焼以降、堂宇が再建された。
 
(5)建造物
本堂、三菩薩堂、鬼子母神堂、書院など。
 
(6)三菩薩堂
宗祖日蓮(大菩薩)、開祖日像、その師日朗に菩薩号が与えられたことから、三祖を合祀。
 
(7)尾形光琳・乾山
当寺の檀信徒。塔頭泉妙院には( 5 )の墓がある。
尾形光琳筆「( 6 )」図三幅を所蔵。
 
(8)文化財
重文:日蓮自筆の書他、妙顕寺文書。
京都市指定有形文化財:狩野山楽筆「楼閣山水図屏風」
 
(9)庭園
客殿前庭:「( 7 )の庭」
書院前庭:「( 8 )の庭」
 
【正解】
1
四海唱導妙顕寺
2
日像
3
後醍醐天皇
4
豊臣秀吉
5
尾形光琳
6
松竹梅
7
龍華飛翔
8
光琳曲水

哲学の道と桜

哲学の道と桜
 
 
「哲学の道」は琵琶湖疎水の支流に沿って、銀閣寺橋から南へ、若王子町まで続く全長約1.6kmの散策路で、「日本の道100選」に選ばれています。
 
その名前の由来は、大正から昭和にかけて、哲学者西田幾多郎や河上肇、田辺元らが思策に耽りながら歩いた、という逸話から名づけられたといわれています。
 
また、この道は、春は桜、秋は紅葉の名所として知られ、特に、「関雪桜」と呼ばれる桜は、近くに居を構えた日本画家、橋本関雪の夫人が大正年間に京都市に苗木を寄贈したものです。
 
今年の桜が満開となった週末、大勢の花見客が訪れていました。
 
 
1 場所↓
 
 
2 桜が満開の哲学の道
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3 西田幾多郎の歌碑
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  哲学の道の途中、法然院の下の洗心橋の一本南側の橋のたもとに鞍馬石に刻まれた歌碑があります。
 
「人は人吾(われ)はわれ也とにかくに吾行く道を吾は行(ゆく)なり」
と刻まれています。碑の建立は昭和56年(1981)で、この道を散策した西田幾多郎が晩年につくったという歌です。
 
西田幾太郎 (18701945) は、明治43(1910)に京都大学哲学科の助教授に就任して以後、昭和3年(1928)に定年退官するまで、大学のすぐ近くに住んでいたそうです。
 
 
 
4 「日本の道100選」選定プレート
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≪北白川の疎水の桜≫
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 銀閣寺付近から西へ。ここも桜がきれいです。
 
 
5 京都検定公式テキストに記載されている「京都の散歩道」
「半木の道」のほか、次の9ヶ所の散歩道が記載されている。
 
①「きぬかけの路」
金閣寺から衣笠山に沿って龍安寺を通り、仁和寺を過ぎて周山街道と合流する道。観光道路として知られる。なお、「きぬかけの道」ではないことに注意。
<京都検定出題例>
【問】京都市北区にある「衣笠山」は、天皇が夏に雪を見たいと言い出し、山全体に白絹をかけて覆い雪景色に見せたという故事から名づけられた。この天皇は誰か。
(ア)宇多天皇  (イ)醍醐天皇  (ウ)花山天皇  (エ)白河天皇
 
【正解】(ア)
 
・衣笠山
宇多天皇が夏に雪を見たいと言い出し、山全体に白絹をかけて覆い、雪景色に見せたという故事で知られる。
 
・堂本印象美術館
近代日本画の大家堂本印象の美術館。昭和41年に「きぬかけの路」に建て
られた。内装から外装に至るまで画伯自身の意匠により彩られている。
 
 
②「せせらぎの道」
川端通と縄手通の間を三条通から四条通付近まで続く散歩道で、松並木に沿って人口の小川が作れている。
 
 
③「半木(なからぎ)の道」
賀茂川の北大路橋と北山大橋の間、京都府立植物園の西側堤防上に沿って紅しだれ桜が800mに渡って植えられ、「半木の道」として散策路が整備されている。
 
ここに紅しだれ桜が植樹されたのは1972年〜1976年の間であり、すっかり大きくなった桜が満開になる4月には、半木の道は桜のトンネルとなり、京都で有数の花見スポットとなる。
 
 
「ねねの道」
東山の高台寺から円山公園へと続く石畳の道。高台寺道ともいう。途中から石塀小路が西につながる情緒あふれる散歩道。
<京都検定出題例>
【問】ねねの道とは、(  )の正室が高台寺で余生を送ったことにちなんで名づけられた。
(ア)明智光秀  (イ)織田信長  (ウ)豊臣秀吉  (エ)徳川家康
 
【正解】(ウ)
 
 
⑤「維新の道」
ねねの道の南端から東へ、護国神社へと続く坂道。近くに維新を飾った人々ゆかりの品々のある霊山歴史館や正法寺がある。
 
 
⑥「さわらびの道」
宇治橋から宇治川の東岸を川に沿って続く道。
 
朝霧橋の手前から宇治神社の方へ曲がると宇治十帖ゆかりの「早蕨」の史跡があり、さらに宇治上神社を通って源氏物語ミュージアムまで続く散歩道。
 
 
⑦「あじろぎの道」
宇治の平等院前から宇治川の左岸(西側)に沿って、府道大津南郷宇治線に
合流する地点までの小道。宇治十帖ゆかりの古跡に往時の面影を偲ぶ散歩道。
 
<京都検定出題例>
【問】宇治橋から宇治上神社を経て、源氏物語ミュージアムに至る散策路を何というか。
(ア)さわらびの道 (イ)あじろぎの道 (ウ)千代の古道 (エ)せせらぎの道
 
【正解】(ア)
 
 
⑧「千代の古道」
歌にも詠まれ平安時代から親しまれてきた古道。京福北野線鳴滝駅 北側から、音戸山の西側に沿って広沢池に出る道。
 
 
⑨「鳥と遊ぶ道」
西京区の桂坂にある桂坂野鳥遊園の裏山に設けられた3つのコースからなる探勝路で、土・日のみ歩くことができる。
 
天寧寺の「額縁門」と境内のしだれ桜
 
 
 天寧寺は鞍馬口通から寺町通に入り、南に向かってすぐ左手にある曹洞宗の寺院です。
 
 ここは、通称「額縁門」と呼ばれる山門が有名で、天気がよければ山門を通して比叡山と境内があたかも額縁に入れた絵のようにみえます。
 
 山門から境内に入れば、左手に観音堂が、さらにその奥には表門と本堂があり、境内奥に広がる墓地には、江戸時代の茶人として有名な金森宗和と薩摩の剣術の流派である示現流の祖といわれる善吉和尚の墓があります。
 
 また、境内は四季折々の花が咲き、参拝者の目を楽しませてくれます。
 
 とりわけ、境内に植えられた紅しだれが咲くようすは艶やかで、「額縁門」を通して比叡山と境内で咲くしだれ桜の見える光景は、まるで絵そのもので、禅寺の張りつめた空気に包まれた境内を、この時ばかりは華やかにしています。
 
 寺町通沿いでは、ここの紅しだれ桜は早咲きの本満寺のしだれ桜とともに、ファンの多い桜で、このブログの管理人も大好きなしだれ桜の一つです。
 
 
1 場所
 
 
 
2 境内としだれ桜
(1)山門
≪通称「額縁門」≫
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 道路から山門を眺めると、山門の中に比叡山があたかも額に入ったように見えることから名付けられたもの。
 
 
・山門から見た境内と比叡山としだれ桜
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(2)観音堂(左)
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 後水尾天皇の念持仏と伝える聖観音像と東福門院の念持仏とされる薬師如来像を安置。
 
 
(3)本堂
 文化7年(1810)に上棟された方丈形式の建物。
 本堂前の大きなカヤの木には、天明の大火の際に焼けた跡がある。
 
 
・本堂としだれ桜
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(4)庫裏としだれ桜
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(5)鐘楼としだれ桜
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(6)しだれ桜と境内
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(7)境内、しだれ桜の近くから見た山門
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3 沿革
<説明板>
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・山号は萬松山と号し、曹洞宗に属する。
 
・当寺は、もと会津(福島県)城下にあったが、天正年間(15731592)に、天台宗松陰坊の遺跡といわれるこの地に移転されたと伝えられている。
 
・その後、天明の大火により堂宇を焼失したが、本堂は文化9年(1812)に、書院は天保14年(1842)に再建された。
 
・本堂には、仏師春日作と伝える本尊釈迦如来像を、観音堂には後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師如来像を安置している。
 
・境内墓地には、江戸時代の茶人として有名な金森宗和、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚らの墓がある。
 
・また、山門を通して眺める比叡の秀峰は、あたかも額縁に入れたように見えるところから、山門は「額縁門」と呼ばれて親しまれている。
 
 
※補足
①天正年間に楠木正成の八男、傑堂能勝和尚が会津城下に創建。
 
②その後焼失するが、文禄元年(1592)、祥山和尚がこの地に移し、直江兼続や京都所司代板倉勝重の援助で堂宇を整備。
 
 
 
4 京都検定の出題歴
平成19年度2
【問】比叡山の眺望を一幅の絵のように見ることができる「額縁門」を持つ寺院はどこか。
(ア)上善寺 (イ)天寧寺 (ウ)西園寺 (エ)正伝寺
 
【正解】(イ)
 
 
 
5 練習問題
(1)山号:萬松山。本尊:釈迦如来。
 
(2)沿革
南北朝時代に楠正成の末男傑堂能勝が会津に創建。文禄年間(159296)、京都に移築。京都所司代の( 1 )の援助を受ける。天明の大火後、再建。
 
(3)観音堂
( 2 )の念持仏とされる薬師如来像を安置。
賀茂川沿い(左岸、上賀茂橋から御園橋まで)の桜並木と桜のトンネル
 
 
賀茂川沿いの桜は植物園西側の半木(なからぎ)の道のしだれ桜の並木が有名ですが、半木の道を北へ、北山大橋東詰からさらに上流に向って行くと、上賀茂橋から御園橋に向って大きな桜の並木が続きます。
 
このあたりの桜の木は大きなものが多く、これが一斉に満開になり、土手の桜並木の下の道は、満開の桜の下を散策する人たちの姿が見られました。
 
また、土手の上の道は、青空を背景に素晴らしい桜のトンネルになりました。
 
ここは、京都に暮らす人たちの秘蔵の花見スポットとなっているようです。
 
 
1 場所↓
 
 
2 賀茂川沿いの桜
①北山橋東詰から見た桜並木と上賀茂橋
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②上賀茂橋から御園橋へ
・賀茂川と桜
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・桜並木の下の道
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・桜のトンネル
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 素晴らしい桜のトンネルです。 
賀茂川土手の「半木(なからぎ)の道」と桜並木
   
 
賀茂川の源流は棧敷ヶ岳に源を発する雲ヶ畑川であり、鞍馬・大原方面からの高野川と下鴨の南にある鴨川デルタで合流し、「鴨川」と名を変えて、南へ流れていきます。
 
 
半木の道は、賀茂川の北大路橋と北山大橋の間、京都府立植物園の西側堤防上に沿って紅しだれ桜が800mに渡って植えられ、「半木(なからぎ)の道」として散策路が整備されています。
 
・場所↓
 
ここに紅しだれ桜が植樹されたのは1972年〜1976年の間であり、すっかり大きくなった桜が満開になる4月には、半木の道は桜のトンネルとなり、京都で有数の花見スポットとなります。
 
・今年の咲き始めの頃に対岸から見た様子
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なお、賀茂川の東岸の京都府立植物園内には、自然林「半木(なからぎ)の森」があり、この中に半木神社があります。「半木(なからぎ)の道」の名前は、この半木神社に由来しています。洪水で流されてしまったのをきらって「半」の字をあてるようになったともいわれています。
 
半木の道と賀茂川の河川敷は、春だけでなく、四季おりおり楽しめるところで、散歩したり、サイクリングやジョギングしたり、木陰で本を読んだり、お弁当を広げたりと、思い思いの時間を過ごす人たちの姿が見られます。
 
 
≪半木(なからぎ)の道と桜並木≫
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●そのほかの「京都の散歩道」
 
京都検定公式テキストには、京都の散歩道として、「半木の道」のほか、次の9ヶ所の散歩道が記載されています。
 
1 「きぬかけの路」
金閣寺から衣笠山に沿って龍安寺を通り、仁和寺を過ぎて周山街道と合流する道。観光道路として知られる。なお、「きぬかけの道」ではないことに注意。
<京都検定出題例>
【問】京都市北区にある「衣笠山」は、天皇が夏に雪を見たいと言い出し、山全体に白絹をかけて覆い雪景色に見せたという故事から名づけられた。この天皇は誰か。
(ア)宇多天皇  (イ)醍醐天皇  (ウ)花山天皇  (エ)白河天皇
 
【正解】(ア)
 
①衣笠山
宇多天皇が夏に雪を見たいと言い出し、山全体に白絹をかけて覆い、雪景色に見せたという故事で知られる。
 
②堂本印象美術館
近代日本画の大家 堂本印象の美術館。昭和41年に「きぬかけの路」に建て
られた。内装から外装に至るまで画伯自身の意匠により彩られている。
 
 
 
2 「せせらぎの道」
川端通と縄手通の間を三条通から四条通付近まで続く散歩道で、松並木に沿って人口の小川が作れている。
 
 
3 「哲学の道」
銀閣寺橋から南へ、琵琶湖疎水の支流に沿って、若王子町まで続く全長1.6kmの散策路。
 
大正時代に活躍した京都帝国大学の西田幾多郎や経済学者川上肇などがよく歩き、思索にふけったことから命名されたといわれている。
 
春の桜、初夏の蛍と屈指の観光コース。関雪桜がある。
 
 
4 「ねねの道」
東山の高台寺から円山公園へと続く石畳の道。高台寺道ともいう。途中から石塀小路が西につながる情緒あふれる散歩道。
<京都検定出題例>
【問】ねねの道とは、(  )の正室が高台寺で余生を送ったことにちなんで名づけられた。
(ア)明智光秀  (イ)織田信長  (ウ)豊臣秀吉  (エ)徳川家康
 
【正解】(ウ)
 
 
 
5 「維新の道」
ねねの道の南端から東へ、護国神社へと続く坂道。近くに維新を飾った人々ゆかりの品々のある霊山歴史館や正法寺がある。
 
 
6 「さわらびの道」
宇治橋から宇治川の東岸を川に沿って続く道。
朝霧橋の手前から宇治神社の方へ曲がると宇治十帖ゆかりの「早蕨」の史跡があり、さらに宇治上神社を通って源氏物語ミュージアムまで続く散歩道。
 
 
7 「あじろぎの道」
宇治の平等院前から宇治川の左岸(西側)に沿って、府道大津南郷宇治線に
合流する地点までの小道。宇治十帖ゆかりの古跡に往時の面影を偲ぶ散歩道。
 
<京都検定出題例>
【問】宇治橋から宇治上神社を経て、源氏物語ミュージアムに至る散策路を何というか。
(ア)さわらびの道 (イ)あじろぎの道 (ウ)千代の古道 (エ)せせらぎの道
 
【正解】(ア)
 
 
8 「千代の古道」
歌にも詠まれ平安時代から親しまれてきた古道。京福北野線 鳴滝駅 北側から、音戸山の西側に沿って広沢池に出る道。
 
 
9 「鳥と遊ぶ道」
西京区の桂坂にある桂坂野鳥遊園の裏山に設けられた3つのコースからなる探勝路で、土・日のみ歩くことができる。

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