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京都の桜2011

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泉涌寺新善光寺と境内のしだれ桜
 
 
東大路通から泉涌寺道を上がっていくと、戒光寺と今熊野観音寺の間の左側下方に山門が見えるお寺が泉涌寺塔頭の新善光寺です。
 
写真左手は泉山幼稚園で、泉山七福神めぐりのときには臨時のお店などを出しています
 
 
・参道入口
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新善光寺の境内は、春のしだれ桜、初夏のしゃくなげ、アジサイ、夏の百日紅、秋の紅葉、サザンカ、冬の千両や椿など、四季折々の風情がすばらしく、庭も書院前には苔庭が広がり、普段は鳥の鳴き声しか聞こえないほどの静かで落ち着いたところです。
 
しかし、境内に愛染明王堂があり、ここに安置された愛染明王が泉山七福神の番外とされていることから、毎年成人の日に行われる泉山七福神めぐりのときには大勢の参拝客でにぎわいます。
 
4月初め、朝6時半頃に訪れると、中門近くに植えられた大きなしだれ桜が満開になっていました。
 
ここのしだれ桜は、泉山七福神めぐりで訪れた人や、口コミで伝え聞いた人などしか知らない、まさに京都人たちの秘蔵の見事な桜です。
 
なお、この日は、朝早すぎたために中門は閉められており、この奥にある本堂、書院、愛染堂、庭園などは見ることはできませんでした。
 
しかし、せっかくの機会ですから、境内について、今年の泉山七福神めぐりの時のようすを掲載して紹介させていただきます。  
 
 
1 場所
 
 
2 しだれ桜のようす
 
・山門から見たしだれ桜
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・しだれ桜
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3 境内のようす
<今年の泉山七福神めぐりのようす>
 
①山門への参道と山門
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②山門からしだれ桜の脇を中門へ
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③中門(右側)
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 この奥に本堂、書院、愛染堂、庭園がある。
 
 
④本堂
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 御本尊は、後嵯峨院の御念持仏であった善光寺阿弥陀如来の模刻鋳造仏と伝えられている。  
 
⑤書院と十三重石塔
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⑥愛染堂
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「除災招福」、「家庭円満」
 
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現在では恋愛成就の象徴になっているという。
   
 
4 沿革
・後嵯峨天皇が信濃の善光寺と同体同仏の阿弥陀如来を模刻鋳造させ宮中で祀っておられたのを、都の人々が遠い信濃まで参詣に行くのが大変であろうと新善光寺を開き、これを本尊として、一条大宮に寺院を建立したのが始まり。
 
・南北朝、室町時代に入ると庶民の崇敬を受け、寺領も整って寺勢は盛んであった。しかし応仁の乱で灰燼に帰し、その後、泉涌寺の山内に再建した。

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平安女学院のしだれ桜と昭和館と明治館と礼拝堂(聖アグネス教会)
 
 
 
烏丸通から下立売通を府庁方向に歩いて行くと、左側に平安女学院の校舎があります。
 
 
1 場所
 
 
 
2 平安女学院のしだれ桜
 
4月初め、通りに面した校門の両脇にしだれ桜がきれいに咲いていました。
 
<しだれ桜が咲く校門付近>
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2 平安女学院昭和館
下立売通に沿って少し歩くと、通りに面して「昭和館」と呼ばれる洋風建築があります。この建物は、アメリカ人ミッション建築家のバーガミニによって設計され、昭和41929)年に建設されました。
 
<昭和館>
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3 明治館
キャンパス内にある明治館は、イギリス人、ハンセルによって設計され、明治28年に建設されました。
残念ながら通りからは見ることができず、学校の入口で守衛さんに声をかけて、許可していただければ見ることができますが、それでも近づくことはできません。ここはとりわけ警備が厳しいようです。やはり女子校だからなのでしょうか。仕方ないので、望遠レンズで明治館の全景を撮影しました。
 
・建物の特徴
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世紀のイギリスの学校建築で流行した、「アン王女様式」とよばれる様式を取り入れていること。
 
「アン王女様式」
煉瓦をそのまま露出させて、上げ下げ窓をつけ、屋根を色々なデザインでにぎやかに飾る様式。
 
<明治館>
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4 日本聖公会聖アグネス教会
烏丸下立売交差点に、礼拝堂(聖アグネス教会聖堂)があります。
 
聖アグネス教会聖堂はJ.M.ガーディナーの設計により、明治31年に建設されたものです。
 
<教会>
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・設計 J.M.ガーディナー
 
・竣工 明治311898)年
 
・構造 煉瓦造平屋建て
 
・京都市指定文化財 
 
 
このほか、御所の近くには、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により昭和7年に建設された大丸ヴィラがあり、非公開ですが、烏丸通から外観を眺めることができます。
 
 
京都には市街地中心部にいくつも近代洋風建築が残されているので、市街地を歩く楽しみの一つとして、ぜひお奨めしたいと思います。
 

地蔵禅院としだれ桜

地蔵禅院としだれ桜 
 
 
地蔵禅院は、京都府の南部、井出町にある曹洞宗の小さな寺院です。
 
ここはJR奈良線の玉水駅から東へ約2kmの見晴らしの良い高台にあります。車で行く場合には、参道入口近くに公民館があり、ここから歩けば5分くらいで地蔵禅院に着きます。
 
ここが有名なのは、境内、鐘楼の横にある樹齢約280年のしだれ桜が見事であり、京都や奈良方面からも、多くの人が花見に訪れます。
 
ここのしだれ桜は、江戸時代享保年間に植樹されたと伝えられており、円山公園の先代のしだれ桜と親木が同じで、京都府の天然記念物に指定されています。
 
またこのしだれ桜の子桜が2本、鐘楼下の畑には植えられていて、いずれも樹齢100年になるそうです。菜の花と満開の桜のコントラストがとてもすばらしいところです。
 
なお、境内からは井手町の集落から奈良方面が一望できます。天気がよければ遠く金剛山・葛城山・二上山などが見えるそうです。
 
 
1 場所↓
 
 
2 地蔵禅院としだれ桜
①玉津岡神社の参道
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②しだれ桜の子桜
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③菜の花としだれ桜
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④紅梅
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⑤山門
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⑥鐘楼としだれ桜の古木
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<説明板>
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・享保12年(1727)に植樹。
 
・幹周りが2m40cm余、高さが約10m。南山城地域では他にこのような歴史ある枝垂れ桜の大樹が無いそうです。
 
 
⑦境内
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⑧裏山の白もくれんと桜
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3 地蔵禅院の沿革
<説明板>
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・曹洞宗の寺院で、詳細な創建は不詳。
 
・明治16年の綴喜郡の寺院明細帳によるとこの地は元南都東大寺の華厳宗の旧跡だったようで、寛永5年(1628)に曹洞宗に改めたと伝わる。
 
・本尊の地蔵菩薩は、江戸時代の山城国(京都)の地誌「雍州府志」によると、この地を治めていた井手左大臣・橘諸兄(684757)の持仏だったと伝える。
 
京都市武道センター旧武徳殿としだれ桜
 
 
<旧武徳殿>
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 京都市武道センターは、平安神宮の西隣にあります。
 
武道センターの敷地には、明治32年(1899)に建てられた旧武徳殿があります。
 
旧武徳殿は、平安遷都千百年記念に際して設立された大日本武徳会が建築した武道場で、設計は京都府庁舎旧本館、京都ハリストス正教会聖堂を設計した、当時京都府技師だった松室重光が行いました。
 
この建物は、日本の武道史における貴重な建造物であることから平成87月に国の重要文化財に指定されました。
 
また、敷地には、早咲きの大きなしだれ桜があります。
 
京都の桜を紹介するパンフレットなどにはほとんど書かれていない、知る人ぞ知る、とても勢いのある見事なしだれ桜です。
 
 
 
 
 
(2)旧武徳殿のしだれ桜
 
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(2)建設の経過
・明治32年、平安遷都千百年記念事業の一環として、大日本武徳会が往時の平安宮大極殿を模して建設した。平安の都、ときの桓武天皇が武技を奨励し、宮西に武徳殿を建立し、日本民族の発展の礎石としたという故事に習ったもの。
 
・大正13年、この地に大日本武道専門学校が開設し、我が国における武道の中心的殿堂であった。
 
・戦後の一時期、駐留軍により接収されたが、昭和26年京都市所有となり京都市警察学校を開校するなど幾多の変遷を経てきた。
 
・昭和586月、明治期の大規模木造建築で我が国武道史における貴重な建造物であるとして、京都市指定有形文化財(建造物)に指定された。
 
・平成8年には、国の重要文化財に指定した。
 
・第二次大戦までは、東の講道館(柔道)に対して、西の武徳殿(武道)といわれるほど、武道の大本山だったという。
 

本満寺のしだれ桜

本満寺のしだれ桜
 
 
本満寺は、寺院が建ち並ぶ寺町通の上立売通の南にある日蓮宗六条門流の本山で、広宣流布山本願満足寺といいます。
 
ここは江戸時代には徳川家の祈願所でもあったという由緒ある寺院です。
 
境内には早咲きの大きなしだれ桜があり、西陣の妙覚寺や御所の旧近衛邸の桜が咲く頃に見事な花が咲くことで知られています。
 
 しだれ桜は、去年より1週間あまり遅れて330日には、見ごろを迎え始めたところでした。
 
しだれ桜の後は、ソメイヨシノ、さらに八重桜が咲き、ゴールデンウィークの頃には、境内の各所でさまざまな色の牡丹が咲き誇ります。
   
 
 
1 場所
 
 
2 しだれ桜のようす
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3 沿革等
・応永17年(1410)本圀寺から分立し、関白、近衛道嗣の子、日秀が近衛殿(現在の同志社新町校舎)の南側に建立した。
 
・その後、後奈良天皇の勅願寺となる。
 
・徳川吉宗の病気平癒を祈願し江戸幕府の将軍家祈願所となる。
 
・その後、焼失、再建を繰り返し、現在地に移転。
 
・現在の本堂は昭和2年の再建。
 
・山内には塔頭が四院ある(法泉院、守玄院、一乗院、實泉院)。

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