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京都の桜2012

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山科川の土手の桜が満開です
 
  
山科川は山科盆地を山科から勧修寺のあたりを経て醍醐・六地蔵へと流れています。
 
途中、四ノ宮川、安祥寺川と合流して南へ流れ、高川、合場川、日野川と合流して宇治川に注いでいます。
 
山科区から伏見区にかけて、山科川沿いには沢山の桜が植えられて桜並木になっており、土手の上には散策路ができているので、川の流れに沿ってゆったりと花見をしながら散歩することができます。
 
ようやく、このブログの管理人の自宅マンションからすぐ近くにある山科川の土手では、桜が満開になりました。
 
 今朝から夕方まで雨でしたが、どうやら桜並木は満開のままで持ちこたえてくれました。
 
 週末は京都各地で花見のピークになると思います。
 
 
撮影地 近鉄MOMOの横あたり
 
 
山科川の土手の桜
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 この川はきれいな川で、このあたりから小野にかけて、かわせみの姿を見ることがあります。
山科にある大石神社と大きなしだれ桜
 
 
 大石神社は山科区の稲荷山トンネル出入口の近くにあります。
 
 もともと、現在の大石神社から岩屋寺あたりには、大石内蔵助の親類の進藤源四郎の田地・屋敷があったことから、内蔵助は赤穂城の明け渡しの後、源四郎の世話でこの地に移り、浅野家の再興をはかり、吉良邸討ち入りの準備を進めたところとされています。
 
 この地が大石内蔵助ゆかりの地であることから、昭和の初期に浪曲会の重鎮奈良丸等が中心となって、内蔵助を祭神とした神社の建立を関係方面に働きかけて、昭和10年に山科に大石神社が創建されました。
 
ここは主君の仇討ちという大願を果たした祭神に因み、「大願成就」のご利益があるとして、広く信仰を集めています。
 
 拝殿の前には、「大石桜」と名付けられた京都でも早咲きの大きなしだれ桜があり、京都で人気の花見スポットの一つとなっています。
 
 4月8日の早朝に訪れると、青空を背景に満開、見頃になっていました。
 
 
1 場所
 
 
 
2 満開のしだれ桜
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3 朝の境内
 
拝殿
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・拝殿の扁額
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本殿
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義人社
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 摂社として、討入のための武器を納入したといわれる天野屋利兵衛を祀る。
 
 
大石内蔵助胸像
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●合格天神牛
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3 大石神社の沿革
<説明板>
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・大石内蔵助隠棲の地
 大石内蔵助は、赤穂城の明け渡しの後、元禄14年(17016月下旬に、以前からこの付近に田地・屋敷を持っていた親類の進藤源四郎の世話でこの地に移り、翌159月まで京都に隠棲し、浅野家の再興をはかり、吉良邸討ち入りの準備を進めたところとされる。
 
 このあたりは交通の要所ではあったものの閑静で人目に付きにくく、密かに大事を計るに最適であったという。
 
・創建の経緯
 昭和初期、赤穂義士を熱心に崇拝していた浪曲師の吉田奈良丸が、内蔵助ゆかりの地に神社を創建することを計画し、関係方面に活動を行った。
 
 この結果、府知事を会長とする大石神社建設会などが設立され、募金によって昭和10年に社殿が竣工した。
 
京都御苑の旧近衛邸跡の大きな桜が満開です
 
 
 京都御苑の北側を占める地域は、江戸時代末まで、五摂家の一つ近衛家の屋敷があったところで、今でも当時の庭園の遺構が残り、池を中心に築山、橋などが柵越しに見られます。
 
 かつては、庭園の池の西側に近衛家の大きな屋敷があり、御所炎上の際には仮の皇居として使われたと伝えられています。
 
 かつての近衛家屋敷跡に、「糸桜」という早咲きの品種の大きなしだれ桜の木が何本か植えられていて、京都の桜のシーズンのさきがけとして、例年、ソメイヨシノが咲く前に見事な花を咲かせます。
 
 今年は4月2日には見頃になっていました。
 
当日早朝に撮影した写真をアップします。
 
 
 
 
2 旧近衛邸跡と糸桜のようす
 
 ここの「糸桜」は昔から有名で、孝明天皇も次の歌を詠まれました。
 
「昔より名にはきけども今日みれば むへめかれせぬ糸さくらかな」
 
 現在見られる桜はどの木も大木で勢いがありますが、いずれも明治以降に植えられたものだそうです。
 
 それでも、在りし日の近衛邸の春の光景を想像させてくれます。
 
 
≪糸桜のようす≫
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ここは京都御苑の北端にあり、ここに大きな早咲きのしだれ桜があることは、観光客の中には知らない人も多いようです。
 
かつての近衛家庭園跡の池や土橋を背景にしだれ桜が咲き乱れるようすはとても素晴らしく、この時期には毎年欠かさず訪れたいところです。
 
平野神社の「魁(さきがけ)桜」が咲き始めました
 
 
 平野神社は、京福北野線 の北野白梅町駅 から西大路通に沿って北へおよそ500mのところにあります。
 
 創建の起源については、平安遷都の際に平城京で祀られていた今木神・久度神・古開神・比売神を勧請したのが始まりとされ、歴代天皇の崇敬も厚く、源氏や平氏をはじめ公家の氏神にもなっていました。
 
 本殿は江戸時代の寛永年間の造営で、一間社春日造の社殿を4つ並べ、2殿ずつを合いの間で連結するという独特の様式で、「比翼春日造」とも、神社名より「平野造」とも呼ばれ、重文に指定されています。
 
 また、「接木の拝殿」とも呼ばれる拝殿は、東福門院(後水尾天皇中宮・徳川秀忠の娘)よりの寄進と伝え、拝殿に飾られた三十六歌仙の絵は、海北友雪によって描かれ、近衛基煕の書と伝えられています。
 
 平野神社の桜は、江戸時代には「平野の夜桜」として庶民にも親しまれ、京都で有数の花見の名所として親しまれてきました。現在、桜園には名木、珍種など約50種類400本の桜樹があるそうで、平野神社の神紋は桜です。
 
 毎年、京都の本格的な桜の季節はここの楼門のわきにある「魁(さきがけ)」という名のしだれ桜が咲くことから始まります。
 
 京都でも桜の開花が遅れていますが、331日夕方、ようやく「魁桜」が咲き始めていました。この週末は満開になるものと思います。
 
 
※場所
 
 
1 魁(さきがけ)桜
 
 「魁桜」は、京都の桜のシーズンの幕開けといわれていますが、場所は楼門に向かって左手です。331日夕方のようすです。
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 魁桜は早咲きの平野神社の代表的品種で、花は一重で白っぽい枝垂れ桜です。
 
 質素な楼門に桜が映えています。
 
 
平野神社の桜の種類
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 平野神社の桜は平安時代より植樹され、現在約50種400本あり、貴重な珍種をはじめ約1か月半もの長い間、桜を楽しめるのが特徴です。当社に珍種が多いのは、臣籍降下した氏族の氏神であったことから、各公家伝来の桜を奉納したからといわれています。江戸時代には庶民にも夜桜が許され、「平野の夜桜」は京都を代表する花見の名所となりました。
(現地の説明板より)
 
●桜園
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 こちらはまだつぼみです。
 
 
 
2 境内
楼門
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拝殿
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 慶安3年(1650)に、東福門院が寄進したもの。
 
 拝殿は「接木の拝殿」といわれています。拝殿はクギを1本も使わず、木を組み合わせて作ったとされています。
 
・拝殿の三十六歌仙の額
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 寛文期(16611672)に平松時量による寄進で、海北友雪の画、近衛基煕の書とされています。
 
 
本殿(重文)
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寛永年間の造営。一間社春日造の本殿が2殿一体となり、南北に2棟建てられている。「比翼春日造」とも、社名より「平野造」とも呼ばれる。
 
1、第2殿が寛永3年(1626)、第3、第4殿が寛永6年(1629)に建立され、重文に指定。
 
 
ご神木
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 拝殿のすぐ傍に、樹齢400500年という御神木のクスノキが立っています。高さ25mもあるそうです。
 
 「ご神木の周囲をまわり、活力・生命力を戴き、本殿へお参りしましょう」
と書いてあります。
 
 
 
3 沿革
<説明板>
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・延暦13年(794)、桓武天皇による平安京遷都にともない、平城京で祀られていた今木神・久度神・古開神・比売神を勧請したのが始まり。
 
・天皇家の崇敬も厚くそれに伴い、源氏、平氏、大江氏、菅原氏などの公家の氏神にもなった。中世には二十二社の一社となった。
 
・応仁の乱をはじめたびたび社殿が焼失し、そのたびに再建を繰り返し、天文法華の乱によって、社殿および社領は完全に荒廃したといわれる。
 
 
 
4 京都検定の出題例(18年度3級)
【問1】比翼春日造の本殿をもち、桜の名所として有名な神社はどこか。
(ア)北野天満宮 (イ)平野神社 (ウ)梨木神社 (エ)大田神社
 
【正解】(イ)
 
 
 
5 練習問題
(1)祭神:今木神、久度神、古開神。相殿に比売神。
 
(2)沿革:平城京の田村後宮から長岡京を経て、平安遷都のときにこの地に移され、以後朝廷に崇敬され、源氏・平氏をはじめ諸氏の氏神としても崇められた。
 
(3)本殿:寛永年間の再建で重文。( 1 )造、あるいは( 2 )造とも呼ばれる。
 
(4)拝殿:( 3 )が寄進したもので、接木の拝殿といわれる。三十六歌仙の額は海北友雪による。
 
(5)境内の桜園:名木、珍種など約50種類400本の桜樹がある。( 4 )天皇がお手植えされて以来、桜の名所として名高く、江戸時代には平野の( 5 )として庶民にも親しまれた。
 
【正解】
1 比翼春日
2 平野
3 東福門院
4 花山
5 夜桜

山科川と満開の寒緋桜

山科川と満開の寒緋桜
 
 
 
山科川は山科盆地を山科から勧修寺のあたりを経て醍醐・六地蔵へと流れています。
 
途中、四ノ宮川、安祥寺川と合流して南へ流れ、高川、合場川、日野川と合流して宇治川に注いでいます。
 
山科区から伏見区にかけて、山科川沿いには沢山の桜が植えられて桜並木になっており、土手の上には散策路ができているので、川の流れに沿ってゆったりと花見をしながら散歩することができます。
 
山科川の川べりで、例年よりも1週間以上遅れて寒緋桜が満開になりました。
 
このブログの管理人の自宅からすぐ近くにある山科川の土手では、ソメイヨシノの並木はまだつぼみばかりですが、濃いピンク色の寒緋桜はとても鮮やかで、青空によく映えていました。
 
 
※撮影地 近鉄MOMOの横あたり
 
 
●川べりの寒緋桜
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・シラサギ
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寒緋桜とは
もともと中国南部から台湾にかけて分布する桜であり、沖縄や奄美では一般的に見られる。釣り鐘状の花が特徴。各種の桜にさきがけて開花し、かつ鮮やかな濃いピンク色の花なのでとても目立つ。日本では園芸品種とされる
(フリー百科事典「ウィキペディア」参照)
 
 
山科川の旧称:櫃川(ひつかわ)
・平安時代の和歌にも詠まれ、歌枕にもなっていた。
 
・山科川の源流は醍醐山地の千頭岳に発する。近世中期までは櫃(ひつ)川とも呼ばれた。

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