きままなひとりごと

貧乏暇あり、爺のきままな一人旅、百名山完登と徒然に訪れた地、止むに止まれぬ時々の思い等を発信しています。

ドライブ、旅と観光

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09年7月19日(日 ☂/☁;)
東北の山旅月山は激しい風雨で初日は天気待ちとなる。
日程を変更し観光日に、山形自動車道を鶴岡から山形へ山寺立石寺は曇りと小雨、人気の観光スポット多勢の観光客が訪れていた。
その1に続き回遊順にアップします。お付き合いください。

1) 性相院から上に続く階段と中性院
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2) 最上の奥の院と並立する大仏殿
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3) 奥の院下広場に立つ金灯篭
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4) 重文指定、三重小塔(格子戸の内に小塔はあります)と岩屋
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5) 同付近より下方、点在する山内支院と門前町
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6) 山寺開山堂と小さな経堂
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7) 開山堂脇から見る門前町
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8) 開山堂うえの五大堂(建つ位置が狭隘で険しく全景は撮影困難です)
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9) 五大堂から見下ろす門前町
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10) 五大堂欄干、下を見ると近寄りたくない頼りなさです。
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11) 岩の庇の下に建つ最上義光の霊屋
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12) 同付近から再び開山堂と経堂
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長々のお付き合い有難うございました。 <(_ _)>

山形、山寺立石寺

09年7月19日(日 ☂/☁;)
「しずけさや 岩にしみ入る 蝉の声」元禄二年(1689年)7月13日松尾芭蕉が「おくの細道」をたどり山寺を訪れ際の句、だれしもしるところである。
同じ季節訪れ、山寺立石寺を汗を拭きふき回遊したが、歌心の乏しい yamajiには、浮かぶ句の一つも無かった。  (~_~;) (~_~;)

1) 山寺登山口 (以下回遊順に)
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2) 根本中堂、数多の歴史を刻む天台宗の古寺、伝教大師が比叡山延暦寺に灯した不滅の法灯がともる
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3) 日枝神社(5月17日の山寺山王祭が行われるところ)
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4) 日枝神社境内のこけし塚
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5) 芭蕉と曽良の像
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6) 念仏堂(修業道場)と鐘楼
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7) 鐘楼脇から山寺山門(300円)
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8) せみ塚
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9) 弥陀洞を見る観光客(阿弥陀如来の姿が侵食によってとは言うが??)を上から見下ろす
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10) 弥陀洞を登った付近から見上げる仁王門と上の百丈岩
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11) 仁王門から見上げる観明院・性相院
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12) 性相院
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以下次号へ
09年7月19日(火 ☂/☁;)
致道博物館(700円) 沿革・・・・鶴岡市は江戸時代に城下町として発達した町です。
致道博物館は鶴ヶ岡城(現在鶴岡公園)の三の丸にあたり、庄内藩の御用屋敷となっていた所です。
庄内藩は徳川四天王の一人酒井忠次を祖とし、三代忠勝が元和八年(1622年)信州松代から十四万石で移封となってから明治まで酒井氏が治めていました。
明治後も酒井氏は鶴岡にとどまり昭和二十五年(1950年)郷土文化向上のために旧藩校致道館資料及び土地建物を寄付され、財団法人致道博物館として発足しました。
「致道」と言う名は庄内藩校「致道館」によるもので、その出典は中国の古典「論語」の一節「君子学んで以ってその道を致す」にあります。・・・・同館、入館のしおりより

1) 致道館前を通るR47号線より旧鶴岡警察署と赤門
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2) 同、旧西田川郡役所と駐車場
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3) 同、旧警察署アップ(県文化財)
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4) 旧警察署正面(内部は非公開?で入れません)
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5) 旧西田川郡役所正面(国重文。庄内の歴史と文化資料が館内展示されていました)
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6) 旧庄内藩主御隠殿(庄内藩歴史資料が展示されていました)の正面
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7) 田麦俣の旧渋谷家住宅(国重文。山村豪雪地多層民家、かや葺兜造り、二・三階は養蚕場)正面
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8) 同、側面
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9) 同、藩主酒井氏庭園(国指定名所)
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10) 同、
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11) 同、赤門の内側(激しい雨です)
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09年7月22日(水 高曇り)
上杉神社〜上杉博物館へ、開催中の「天地人博」を見学、米沢の町を走り、国重文指定「旧米沢高等工業学校本館」に立ち寄り、上杉家菩提寺「春日山林泉寺」を見学、天地人めぐりの最後に「上杉家御廟所」を訪ねた。ちなみに「春日山林泉寺」「上杉家御廟所」は史跡指定されていて一見の価値はある。
上杉家御廟所は歴代藩主の御廟で「正室・家臣団」は林泉寺が墓所と分けられている。
御廟所は参拝のしおりによれば「江戸時代の大名墓所の代表的なもので大名の墓制を知る上で重要である」と記されている。 藩主菩提寺は隣接する「八海山法音寺」とある。

1) 上杉家御廟所入り口(300円)
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2) 同、100m程有る参道
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3) 同、境内参道(左二代景勝廟・正面初代謙信廟・右三代定勝廟)
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4) 同、謙信廟アップ
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5) 同、謙信廟を中心に御廟左右順位表
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6) 同、向かって右、手前から五・七・九・十一代の御廟
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7) 同、向かって左、(手前から二・四・六・八・十・十二代の御廟)
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8) 上杉藩主菩提寺「法音寺」山門
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9) 同、寺宝の案内
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09年7月22日(水 高曇り)
大河ドラマ「天地人」によってにわかに時の人となった上杉家二代目景勝と家老直江兼続 ドラマ上では主従ながら一卵性双生児のごとく分かりあう二人として描かれている。
その死後はいかにと関心は高まる。上杉神社から米沢の町を走り、国重文指定の「旧米沢高等工業学校本館」(山形大学工学部)に立ち寄り、兼続の墓所、林泉寺を訪ねた。
目にして驚いた「山号は春日山、寺号も林泉寺」?? だった。
越後春日山林泉寺も現存している。
参拝のしおりによれば、景勝の会津、米沢移封とともに越後から会津、米沢へと移転建立されたとある。
この現存する二つの「春日山林泉寺」どう理解したものか・・・上杉家の菩提寺とはあるが景勝を始め歴代藩主は別の御廟所に祭られ、兼続や他の家臣団はこの地に眠っている。

1) 国重文指定、旧米沢高等工業学校本館
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2) 同、
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3) 同、
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4) 特別立派な山門でもなく静かに佇む林泉寺山門
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5) 同、本堂(参拝300円)
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6) 同寺の案内板
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7) 兼続夫妻の墓石(墓所の参拝100円)向かって左 兼続,右 お船
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8) 同、説明板
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9) 同、兼続墓所風景
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10) 同、葬られている上杉家累代正室のピックアップ名
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11) 同、正室の墓所風景と観光客
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上杉博物館では、09年1月〜12月まで「ドラマ天地人」に関連した展示スケジュールが企画されている。
この日、林泉寺を訪れる中で大いなるサプライズに遭遇、高曇りの中に部分日食が現れた。
ラッキーである。

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