シネマ観客席 キャピタリズム マネーは踊る 脚本・監督・製作 マイケル・ムーア 2009年 米国 資本主義は悪、取りかえようマイケル・ムーア監督の最新作『キャピタリズム / マネーは踊る』が東京・大阪で先行公開されている。これまでムーア監督は、失業、戦争、医療などをテーマに、米国社会の暗部に斬り込むドキュメンタリーを撮り続けてきた。そうした諸矛盾の根底にあるものとして行き着いたのが、キャピタリズム=資本主義だったというわけだ。 <合法化された格差? 「映像作家として20年間訴えてきたことの集大成として資本主義そのものをテーマにしたんだ」。本作品の狙いについてマイケル・ムーア監督はこう話す(12/17週刊文春 / 以下引用同じ)。 「根本的には資本主義に問題がある」との思いは、ゼネラルモーターズ社の大量解雇を告発した長編デビュー作『ロジャー&ミー』の撮影時からあったという。 映画の原題は「キャピタリズム / ラブストーリー」という。資本主義を描く映画がなぜ「愛の物語」なのか。「資本主義者たちが金を愛しているからさ。奴らは他人の金まで愛して欲しがっている。そしてアメリカの上位1%の富裕層が底辺の95%より多い富を所有する超格差社会になってしまった。それでも奴らは満足しない。もっと欲しがる。まるでケダモノだ」 2時間7分の映画には、資本主義の牙城たる米国の恥部がこれでもかと盛り込まれている。観終わった後、資本主義の正体が「合法化された強欲なシステム」(ムーア監督)であることを、あなたは理解しているであろう。 だから映画を観てほしいと言えば本稿の目的は足りる。とはいえ、それでは少々芸がない。作品中のエピソードについて、いくつか解説を加えておこう。 <金融資本が支配> 映画の冒頭に、ある家族が自宅に押し掛けてきた保安官に立ち退きを迫られる場面がでてくる。彼らはサブプライムローンの被害者だ。サブプライムローンとは、一口に言うと低所得者向けの住宅ローンのこと。銀行や住宅ローン会社は甘い言葉で貧しい人々を誘い、彼らの収入では到底返せないような支払い条件でローンを組ませていった。 こんな無茶な貸し付けが規制されなかったのか。映画に登場する大手住宅ローン会社の元社員は「会長の友人には無利子で融資を行った」と暴露している。要は、金融規制担当の役人や上院議員を買収し、見て見ぬふりをさせたということだ。 ローン回収が難しくなった途端、略奪的貸付契約の本性が現れる。担保となった住宅は競売にかけられ、住人は容赦なく追い出される。「銀行強盗でもしたい気分だ。奴らこそ強盗じゃないか」。自宅を奪われ、家財道具ごと放りだされた老人の言葉だ。 このほかにも、年収200万円のパイロットや社員が死ねば会社が儲かる生命保険など、仰天のエピソードが続出する。今の米国は建国の父たちが理想とした民主主義とは程遠い。どうしてこんなことになってしまったのか。 答えは簡単。一握りの金持ち、特にウォール街の住人が政治・経済の実権を握っているからである。歴代財務長官を見よ。その職に就いているのは、そろいもそろってゴールドマン・サックスなど金融資本のトップではないか。 狂乱のマネーゲームで世界経済を大混乱に陥れた彼らは、その責任をとることもなく、自らの救済法案を成立させた。金融機関に投入された血税、実に7千億ドル(当時のレートで64兆円)。もうおわかりであろう。「資本主義は自由競争」という金持ちの言い分は真っ赤なウソなのだ。 <闘えば変革できる> こんな不正を許していいのか−。いつもならムーア監督自身が「カメラ片手に責任者を直撃」となるところだが、本作品は米国世論の変化を描くことに力点が置かれている。そう、人々は金持ちのインチキに気がつき、怒りの行動を起こし始めたのだ。 たとえば、シカゴの労働者による工場閉鎖反対闘争である。会社(リパブリック・ウィンドウズ)は取引先銀行のBOA(バンク・オブ・アメリカ)に融資を断られ倒産。労働者は全員解雇された。だが、彼らは「銀行が救済され自分たちがクビというのは納得できない」として職場を占拠し闘い抜いた。 闘いは地域の人々の共感をよび、労組だけでなく多くの市民が救援物資を持ってかけつけた。結果は労働者側の勝利。8週間分の賃金などに相当する解決金を勝ち取ったのである。 人々が団結し行動すれば社会は変革できる−−それが本作品のメッセージだ。映画の結論は「資本主義は悪だ。排除して取り換えよう」。ムーア監督が言うように、私たちには、私たちには「人民によって管理される新しい経済」を作り出す力がある。(東京・大阪で先行公開中。1月9日より全国公開)【MDS】http://www.mdsweb.jp/doc/1114/1114_08a.html 【映画サイト】http://www.capitalism.jp/ まだ観ていないが、面白そーダ☆
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転載記事
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国民はなぜ変革を求めるのかマスメディアに変わって。
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KIM
即位20年を迎えた明仁天皇は、若い世代が過去の歴史を忘れ、歴史から教訓を学ぼうとしていないと警告した。 特に、昭和時代の日本の歴史を学び、日本が犯した過ちを習うべきだと忠告した。 昭和天皇は最も困難な時代に生きて、平和が如何に重要かを衷心から理解されておられたと言われた。 軍国主義を支持している、戦争を知らない若い世代は、この言葉を傾聴すべきだ。 AP報道 http://news.yahoo.com/s/ap/20091112/ap_on_re_as/as_japan_royal_anniversary
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【写真】蓮池透氏(元北朝鮮拉致問題家族会事務局長) 蓮池透講演会(3) ―日本政府の4つの失態 2009/9/19(土) 午後 11:44投稿記事の転載です。 下記は、元拉致問題家族会事務局長の蓮池透さんが、高知で開催された講演会で、制裁強化では、拉致問題は解決しないとの考えを表明された中の一節を、転載元のネット9条高知のコスモスさんの了解をえて、コピー&ペーストで転載させていただき、字を拡大し、一部色付きにして紹介させていただきました。 本文は(1)〜(4)に分かれており、紹介するのは(3)に当たる部分です。詳細は、下記URLでご覧下さい。 【転載元】 コスモスネット9条高知 http://blogs.yahoo.co.jp/kinyousaron/60285644.html ●●●琵琶の独り言 元事務局長のお話だけに、話に重みがあります。 次の(4)では制裁一本槍では、事態は解決しないことを訴えておられます。 日本政府の4つの失態が北朝鮮をかたくなにさせ、問題の解決を困難にしてきました。この問題で政府の責任を明確にすることなしに、拉致問題が解決に向かうことはないと思います。 第1の失態は、日朝国交正常化を急ぐあまり、拉致被害者の人権をないがしろにしたことです。私は、平壌宣言が締結された9月17日は謀略の日だったと思っています。平壌宣言には拉致という言葉がなく、再発を防止するというだけで、拉致問題の解決が書かれていません。 生きている人はすぐ帰すとか、もし亡くなった人がいるならきちんと証拠を出して補償するとか、具体的に書いていれば、私の受け止め方も違っていたと思います。拉致被害者の人権がないがしろにされたことに世論が激しく反発し、日本政府は金正日総書記が謝罪すれば国交を正常化するという北朝鮮との約束を破る形になりました。 第2の失態は、拉致被害者の一時帰国のことです。一時帰国というのは来日にすぎず、政府は再び拉致被害者の人権をないがしろにする不条理な約束をしたのです。弟と話をしたら、米帝のアフガン侵攻はけしからん、小国を圧倒的な軍事力で攻撃する米帝は許せん、日本は過去に何をやったんだ、と盛んに言います。お前は被害者だ、その認識をしっかり持てと、私はよく喧嘩しました。 弟は今度は平壌で会おうと言う。私はどうやったら弟を日本人に戻せるか、本当に苦労するとと同時に、何でみんな止めてくれないのか、悲しく思いました。最後は、親をとるのか子どもをとるのかと、究極の選択を迫られました。 弟は両方をとりたい、日本に残ってわずかな確率でも子どもたちを日本に呼ぶしかない、と決断してくれました。その決断を政府に伝えると、政府は大慌てでした。安倍さん、中山さんが必死に止めたという美談は大うそです。弟たちは北朝鮮に戻らず、日本政府は再び北朝鮮との約束を反故にしました。 第3の失態は、家族の帰国をめぐる問題です。小泉首相が再訪朝して5人の子どもたちを連れ帰ってきました。死亡とされた8人について、北朝鮮が再調査結果を示すことになりました。北朝鮮もこれで拉致したと認めた被害者と家族をすべて帰すことになる、と期待したと思います。 ところが、家族会が「子どもの使いか」「プライドはあるのか」と小泉さんを大バッシングし、それがテレビに流れました。家族会も国民から非難されました。あれで小泉さんは拉致問題解決の情熱を失い、真剣に動いてくれる政治家はいなくなりました。政府は身動きがとれなくなり、国交正常を進めるという北朝鮮との約束をまたしても破りました。 最後が、横田めぐみさんの「遺骨」問題です。めぐみさんが死んだというのなら証拠を出せと日本が迫り、北朝鮮がこれに応じて「遺骨」を出しました。警察では鑑定不能となりましたが、帝京大の鑑定で偽物と判定されて国民の怒りが沸騰し、日朝交渉を進める雰囲気はなくなりました。 ただし、帝京大の鑑定結果をめぐって、科学雑誌『ネイチャー』が疑問を呈し、鑑定した本人を警察が警察職員にして外部と接触させないなど、いろいろ議論があります。 こうして、4回の政治決着はことごとく失敗に終わり、いずれも日本政府が北朝鮮を裏切る形になりました。それ以来、北朝鮮は日本政府を相手にせず、拉致問題は終わったとして、両者の間に長い膠着状態が続くことになりました。 去年8月、ようやく日朝協議が行われ、制裁緩和と調査委員会設置を同時にやると合意しましたが、斎木局長が日本に帰ると、ハードルを上げる話が出てきて、これも反故になりました。 「日本の進路」より転載 蓮池透講演会 日 時 9 月26 日( 土)午後2時 場 所 高知県人権啓発センター 主催 サロン金曜日@高知 URLhttp://saron-kinyoubi.cocolog-nifty.com/ Mail: saron.kinyoubi@ymail.plala.or.jp |
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私は数社の中小零細企業(どちらかと言うと零細企業ばかり)の下請けをしている。
仕事の納品に行くと何時も色々な会社の社長さん達の言う言葉 “何処が景気は底打ちだよ?”“何時になったら、こんな不景気は解消されるの?”“仕事がないから早じまい!”“このまんまじゃ年末までもつか?” 今年の初めから、この言葉ばかり・・・もう、今年も残り2ヵ月・・・ 何も改善されていない・・・それどころか、益々状況は厳しくなっている。 大企業は倒産しそうになると、“社会的不安を煽る”と次から次へと国民の血税を投入し救済して貰える。 今話題のJALも然り。散々、殿様商売してきた癖に・・・ 放漫経営した癖に、イザ危なくなると、何とか救済しようと色々な方策を考えている・・・ 銀行も自分たちで、本来の業務から逸脱した投資を行い、それによって出た損失の為に危なくなり、多額の血税を投入して救済して貰った・・・ 大企業は未だ大幅な減税が行われ、その上赤字を理由に、平気で労働者をモノの様に切り捨ている。その割に株主・投資家にはそれなりの配当金は払っている。 どんなに不景気になろうとも、大企業だけは保障されている。 “公的資金”だ“補助金”だと、あの手この手で保護している。 もっともふざけているのが、本来企業が払うべき人件費にさえも血税を投入している“雇用調整助成金” あきれ果てる! “雇用調整助成金”を貰う為の派遣切りか? 派遣切りをして、内部留保をたっぷりと貯め込み、“雇用調整助成金”を貰い、株主・投資家には配当金を払う・・・何か可笑しくないか??? 何かが間違っていると思うのは私だけ????? あらゆる手を使って(税金を投入され)保護された大企業を基に“景気の下げ止まりを実感” 誰でもこれだけ、何の苦労もなく保護されれば、、、そりゃ〜、“景気の下げ止まり”を実感するだろう!? しかし、中小零細企業はどうだ? 本末転倒な経営をしている大企業には、いくらでも金を貸し、本当に困っている中小零細企業には金を貸さない銀行。 保証協会などを利用し、保証人なしで融資して貰えるのは、ほんのわずかな金額だけ。社員の給料を払ったら無くなってしまう位の・・・ 運転資金の為に大金を借りたくても、その段階になると銀行は二の足を踏む。本部の許可が取れないと断る。 中小零細企業の社長たちは、消費者金融(街金)に手を出し、自分の保険を解約し資金繰りに充てる。大企業の様に、血も涙もない無責任な労働者の解雇はしない。 例え社長自身、自分の給料が貰えなくても・・・! 自分の会社に“縁あって来てくれた社員の為”にと何とか頑張る。 そして、頑張り過ぎた社長は・・・悲しい現実 日本には約430万の中小零細企業があり、それは日本の全体の企業数の99.7%を占めている。そこではたらく労働者は約2800万人、日本の労働者全体の71%に上るそうだ。 しかし、日本の政府はこれまで、大企業や銀行に対しての“支援策”しか講じてこなかった。 古くから、日本の製造業、モノづくりを支えてきた日本の中小零細企業の事は見て見ぬふりをしてきた。 そして国民の血税で支えられ助けられてきた、大企業や銀行は何をしたか? 大企業は、ここ数年、利益を追求し安い労働力を海外に求め、中小零細企業には、下請けの単価の値下げを迫り、それが飲めなければ発注を打ち切る。 銀行は、中小零細企業に対しての貸しはがし、貸し渋りばかり行い、中小零細企業の経営は瀬戸際に追い込まれている。 Give and takeの政治、儲かる政治をする事ばかりを考えた政治家達の為に、日本の中小零細企業は、切り捨てられてきた! その為に今、中小零細企業の経営状況はますます深刻になり、倒産に歯止めが掛らなくなっている!
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[[attached(6,center)]] この歌は、通常、2番までしか歌いません。 (1) 静かな静かな 里の秋 お背戸に木の実の 落ちる夜は ああ 母さんとただ二人 栗の実 煮てます いろり端 [[attached(1,center)]] (2) 明るい明るい 星の空 鳴き鳴き夜鴨の 渡る夜は ああ 父さんのあの笑顔 栗の実 食べては 思い出す [[attached(2,center)]] この歌詞からは、田舎の家で、母親と子供が働きに出掛けている父親のことを思い浮かべている情景が頭に浮かびます。 しかし、3番の歌詞を見ると、全く違う意味であることに気がつきます。 [[attached(3,center)]] (3) さよならさよなら 椰子の島 お舟にゆられて 帰られる ああ 父さんよ 御無事でと 今夜も 母さんと 祈ります [[attached(4,center)]]
この歌は、南方へ出征した父親が無事に引き上げてくることを願う歌で、
何故か意図的に、3番の歌詞は歌われなくなりました。1945年12月、NHK「外地引揚同胞激励の午後」という番組で発表された曲です。 平和の尊さを語る上でも、3番の歌詞は切り捨てるべきではないと思います!
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