自然と山岳を…♪

2011.03.11大震災を忘れずに・・・共に復興を目指しましょう。

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大台ケ原と明神平の紅葉登山を終え、
今日は、久しぶりに奈良・多武峰にある
談山神社へやって来ました。
談山神社の御祭神は藤原鎌足公。


当時、舒明天皇と皇后・皇極天皇の二代天皇の世。
蘇我蝦夷と子・入鹿が
勢力をのばし政治をほしいままにしていた御代でした。
 


この時、中臣鎌子(後の藤原鎌足)は、
国家の正しいあり方を考えていました。


飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会があった時、
天皇の子・中大兄皇子(なかのおおえのおうじ/後の天智天皇)にまみえ、


西暦645年の5月、二人は多武峰(とうのみね)の山中に登り、
「大化改新」の談合を重ねました。


後に、この山を「談山」「談所ヶ森」と呼び、
談山神社の社号の起こりとなりました。



ここに鎌足公は、真の日本国を発想し、
日本国が世界に誇る国家となるため、
一生涯を国政に尽くしました。


鎌足公の病が重いことを知った天智天皇は、
天智天皇8年(66910月、みずから病床を見舞い、
大織冠(たいしょくかん)を授け内大臣に任じ、
藤原の姓を賜りました。


藤原の姓はここに始まります。


鎌足の没後、長男の定慧和尚は、
留学中の唐より帰国、父の由縁深い多武峰に墓を移し、
十三重塔を建立し大宝元年(701)には神殿が創建され、
御神像を祀り 今日に至ります。
 


車中泊の宿、道の駅・宇陀路大宇陀を発ち、
大峠トンネルを潜り、
県道37号線に出合うと談山神社東大門に着く。
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東大門横の道(一方通行)を上ると・・・。

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道脇に摩尼輪塔が建っている。
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少し上がると左側にある駐車場に駐車して
参道脇の茶店で甘酒と串コンニャクを食した後、
神社入口を右に見送り、観光ホテルを通過して
南山荘前の展望地へ。



展望地から談山神社境内を望む。

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紅葉には、まだ少し早いようです。
先に、談山神社の社号の起こりとなった 
「談山」へ行こうと思う。


南山荘前の展望所を通り抜け、
竹藪の中を登ると県道155号線に出合う。
右折し明日香村石舞台へ向かって峠へ登る。


峠から右の林道へ進む。
左・明日香石舞台、右・増賀上人墓の
分岐を右へとり登る。

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風にそよぐススキ野原♦♫♦*:..大和盆地らしい風景が広がっていた

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フユイチゴ。
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林道をゆっくり30分ほど登ると
談山神社への分岐に着く。

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談山神社への道を右に別け、真っ直ぐ進む。
 


100m余行けば鎌足公が眠る御破裂山に着く。

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裏へ回ると大和盆地西部の街並みが樹間に浮かぶ。

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次は、中大兄皇子と鎌足が「大化の改新」を
語り合ったと言う談山(かたらいやま)へ行きましょう。


先ほどの談山神社への分岐まで戻り
談山神社への道を下ってゆく。


 
やがて談山への道標が建ち、

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その道標に従い小さなピークへ階段を登る。

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こんもりした樹間に、如何にも談合の場所らしい
静謐感を想わせる広場にぽつんと石碑が佇んでいる。

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先程の道標へ戻り、談山神社神社への道を下る。

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道標から5分ほどで談山神社境内に建つ
末社・比叡神社本殿横に降り立つ。

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談山神社境内に続く。 


 


 



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