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遣隋使とは、聖徳太子から随(ずい・中国)への使者に任命された官僚。
飛鳥時代、当時随は強大で、日本は支配されるかもしれない立場でした。
それで聖徳太子は、「これからは日本と随は対等だよ」と
書いた手紙を、妹子に託したのです。
太子 「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。
恙無きや。」
随の皇帝は、この手紙を読んで激怒しました。 しかし妹子はひるみません。
日本と対等に交流することにしたのでした。 煬帝 「蛮夷(ばんい)の書、無礼なる者有り、復たもって聞する勿れ。」
と返答しました。
その妹子の古里が、ここ滋賀県大津市小野地域にあります。
池坊家祖先でもあった “小野妹子”
漢学者で優れた歌人であった“小野篁“
書道三跡の一人として名高い “小野道風”
その三人を奉る小野神社に始めてお詣りしました。
11:55 小野神社の参道に建つ道標に従い石神古墳群へ進む。
参道脇の小川の草花たち。
シャガ咲く舗装路を上り・・・。
突き当たると岩上神社の石碑がある。
12:22 奥に鳥居が見えるので入ってみましょう。
こじんまりした境内です。左脇に石棺のような石がある?
その奥の凸部にも岩があり…??
見ると石室のようです…??
矢印は先ほどの鳥居脇の石棺。
12:27 岩上神社を出て裏へ回ると道標がある。
ツルギキョウ。
古墳群は諦めて 次に小野道風神社へ進みましょう。
12:42 ヒノキと竹林の混林を抜けて・・・。
12:43 沢沿いの小さな棚田を見過ごし・・・。
12:44 ニョキニョキ顔出す竹の子たち・・・。
12:49 舗装道路に出るとパッと明るい広場に出ました。
道標に従い琵琶湖寄りへ
少し東へ進むと左に小野道風神社があります。
小野道風神社。
小野道風神社本殿。
13:13 お腹も空きました、食事処を探しに行きましょう。
北へ向かって長閑な街道をのんびりと・・・。
13:20 小野地区の北隣の和邇(わに)地区の古民家。
小野神社前を通り過ぎ・・・。
和邇川を渡る。
女人御嶽山の境内で花と実が同時に生っていたミカンをみっけ!。
地元の家具屋さんで食堂を聞いたところ
この近くではJR和邇駅の隣にある平和堂だけだという。
刺身とビールで軽く済ませ・・・。
次回の探訪は、妹子神社と唐臼山古墳(からうすやまこふん)を
訪ねることにしよう。
また、小野妹子の墓は、ここだけでなく
大阪府南河内郡太子町の、科長神社(しながじんじゃ)南側の塚にも
小野妹子のお墓があるという。 |
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