自然と山岳を…♪

2011.03.11大震災を忘れずに・・・共に復興を目指しましょう。

山陰・中国地方の山

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<パート1>

昨5日、弥山に続いて今日は、三鈷峰登山です。
7:10。大山橋南詰め駐車場に して
<7:27大山寺〜大神山神社〜二俣分岐〜下宝珠越〜中宝珠越>
と歩き三鈷峰を目指します。

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<パート2>

中宝珠越〜上宝珠越10:10〜ユートピア小屋分岐11:30〜三鈷峰山頂11:50〜12:10。
登山道は、崩壊ガレ場が多く、稜線中腹の雪渓斜面横断トラバース道は
落下100m一直線にビビル

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<パート3>

2011年5月6日 金曜 晴/曇。


本日の宝珠山稜線コースは、展望抜群スリルあるコースだ。
大山の北面は、崩壊が激しく絶壁がつづき、
特に雪解け時期の崩壊が頻繁なようだ。


三鈷峰から大山(象ノ鼻、天狗ヶ峰、剣ヶ峰、弥山)の峰々を望む。
イメージ 1
手前のガレ場は、三鈷峰登山道。
中間の稜線は、宝珠山への稜線登山道。


下山の途中、後続の若者たちの一団とすれ違い、互いの無事を祈念して別れる。


三鈷峰を登る若者たち。
イメージ 2


ズームしてみましょう。
イメージ 3


ユートピア小屋分岐(左の柱)とユートピア小屋。
イメージ 4


12:30〜13:15 1505mユートピア小屋で昼食。
イメージ 5


後続の若者たち4人も部屋へあがって食事タイムです。


13:18 1495mユートピア小屋分岐へ戻り、雪渓斜面をトラバース。
イメージ 6
上宝珠越・砂スベリ分岐まで踏み跡窪みはあるものの、
谷下へ約100m絶壁状の急傾斜は膝のあたりにビビリが走ります


13:40 1405m上宝珠・砂スベリ分岐から登路の宝珠山稜線を右に別け、
元谷へ崖状の上宝珠沢を慎重に下降します。


元谷から大山北壁を見上げる。
イメージ 7
右に宝珠山稜線の崩壊壁が迫り、左後方からは北壁の雪崩たガレが谷を埋め、
雪渓上はガレキが堆積しています。

何時雪崩てくるか・・・・足早に退散〜〜


崩壊ガレがない雪渓までホ〜ッ〜・・・・・・展望を楽しみます。


元谷を俯瞰。
イメージ 8
第三堰堤、豪円山スキー場、孝霊山が遠望される。


左上部に昨5日に登った夏山道稜線と六合目避難小屋が望まれる。
イメージ 9
昨日は、あの六合目避難小屋から落ちる雪渓を、直滑降で行者谷まで下ったのだなぁ〜。
雪山の楽しい一コマとして思い出に残ることだろう。


振り返りみると・・・北壁の荒々しい絶壁が迫っていた。
イメージ 10


14:10 1110m元谷小屋上部のケルン。
イメージ 11
新緑の樹林帯の優しさと荒涼とした北壁とのコラボ


素敵な光景を後にして、第二堰堤、第一堰堤を下り、大神山神社裏の樹林帯を下山します。
イメージ 12


イメージ 13


14:38 935m下宝珠分岐を経て、南光へ15:00 760mに無事下山。

ありがとう


淀江の温泉で汗を流し、一路、九州別府へ向け高速道をひた走る。


22:35 壇ノ浦SAにて、ライト輝く関門橋。
イメージ 14


<おしまい>



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<パート1>

昨5日、弥山に続いて今日は、三鈷峰登山です。
7:10。大山橋南詰め駐車場にて
<7:27大山寺〜大神山神社〜二俣分岐〜下宝珠越〜中宝珠越>
と歩き三鈷峰を目指します。

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<パート2>

2011年5月6日 金曜 晴。

<中宝珠越〜上宝珠越〜ユートピア小屋分岐〜三鈷峰山頂>

中宝珠のコルを通過し、剣谷源流部の雪渓をトラバースして
ピーク1325mに登り着く。


剣谷源流部を登り上げ、ロープ設置のガレ場を登る。
イメージ 1 


上宝珠越直下は、崩壊ザレ場の稜線だ。
イメージ 2
展望は良いが、積雪期、雪崩の多い所だ。


上宝珠越から登って来た宝珠尾根を振り返る。
イメージ 3
登山者の姿が蟻んこの様・・・。


上宝珠越から三鈷峰を望む。
イメージ 4
大山・象の鼻から落ちる尾根上にユートピア小屋が望まれ、
その尾根先端の向こうに三鈷峰が覗く。

登山道は、尾根中腹にトラバースされ雪渓を横断して小屋と三鈷峰の中間稜線へ登り着く。


上宝珠越からユートピア小屋分岐稜線へのトラバース道のケルン。
イメージ 5
積雪時には目印に都合がよい。


ユートビア小屋分岐から大山の峰々を望む。
イメージ 6
北壁は男性的である、また崩壊の轟音が響き渡っていた。


ユートピア小屋分岐から三鈷峰を望む。
イメージ 7
ユートピア小屋は、復路に寄るとして、先に三鈷峰を目指す。
ハイマツ混じる低木の繁茂する道を進む。


三鈷峰の登山道。
イメージ 8
要所にロープが設置され、忠実に三点確保を守れば困難はない。


三鈷峰登山道のガレ場。
イメージ 9
左へ雪崩落ちた絶壁は、奈落の底・剣谷へ落ち込んでゆく。


三鈷峰頂上から北を望む。
イメージ 10
360°の展望
昨日とは違い、少し霞んで日本海は確認できない。


三鈷峰頂上から南・大山を望む。
イメージ 11
左から象の鼻・天狗ノ峰・剣ヶ峰・弥山が一望される。


三鈷峰山頂から北部の展望。
イメージ 12


復路は、ユートピア小屋に寄り、上宝珠越分岐から砂スベリを経て元谷へ急降下し、
大神山神社へ下山します。



<パート3へ続く>



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2011年5月6日 金曜 晴/曇


昨5日、弥山に続いて今日は、三鈷峰登山です。
7:10。大山橋南詰め駐車場に して
<7:27大山寺〜大神山神社〜二俣分岐〜下宝珠越〜中宝珠越>
と歩き三鈷峰を目指します。


7:42 935m。二俣分岐(左)から延びる小沢と林道出合い(右)7:55 970m。
イメージ 1
沢には積雪、腐れ雪で歩きつらく、小尾根の雪のない所を登る。
以外に時間をとられ、宝珠山寄りの尾根へ登り着く。


8:46 1135m。下宝珠越分岐。
イメージ 2


宝珠尾根は気持ちの良いブナの自然林だ。ルン!ルン!
・・・が、右も左も切り立った崖で崩壊が激しいと地図にある。


左の谷を隔てて目標の三鈷峰が見えてきた。
イメージ 3
時折、三鈷峰西壁の崩壊落石の音が響く。


8:54。1145m。宝珠尾根から右下に元谷小屋を俯瞰。
イメージ 4
昨日、弥山下山の時に通った道だ。
昨日のことなのに、何だか懐かしくさえ思う。


中宝珠越手前のピーク1242mは、左も右も崩壊が激しく転落事故が多いと言う。
特に右側・元谷への斜面は崩壊の崖。クワバラ!クワバラ!


ピーク1242mから望む。三鈷峰西壁の崩落が激しい。
イメージ 5
木々が登山道脇に生い茂っていなければ、こんなザレ道は歩きたくない


中宝珠越から振り返り見るピーク1242m。
イメージ 6
宝珠尾根は、瘠せた馬ノ背状の稜線が続き、気を許せない。


中宝珠越を過ぎ、稜線左の剣谷斜面・雪渓をトラバースする。
この雪渓斜度が半端じゃなく、ビビりながらピーク1330mに辿り着く
イメージ 7


登り着いた前方に大山の峰々の雄姿が聳え立つ。
イメージ 8
北壁の崩壊や絶壁の荒々しさが一望される。


右へ目をやると、昨日登った夏山登山道の尾根が望まれた。
イメージ 9
あの雪渓を行者谷へ直滑降したのだなぁ〜。懐かしささえ覚える・・・。


        フキノトウや背丈の低いショウジョウバカマが咲いていた。
イメージ 10
              荒れた道・・・・心癒される瞬間だ。


何時まで見ていても飽きない風景。
イメージ 11
雪深い季節!紅葉の季節!再訪したいものです。



<パート2へ続く>



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2011年5月5日 木曜 晴。


イメージ 1


本文説明は、大山下山中で順番が逆行しています。


第十五番札所 大山寺 下山観音堂
イメージ 2
昔、楼門からは霊域とされ、庶民は大山に登る事が出来なかったと云う。

楼門から石段を登った広場に下山観音堂が建ち、本堂はまだ一段高い位置に建つ。
なぜか観音堂前に稲荷の様な狐が首に縄を巻いて両側に座っている。


護摩堂。
イメージ 3
石段を挟んだ反対側にあり、後方に大山の峰が覗く。
御本尊不動明王のもとで、天台密教の修法「護摩」を焚くお堂です。


観音堂から見下ろす楼門。
イメージ 4


昔、庶民はこの楼門から上には、霊域とされて入ることは
許されなかったそうだ。


楼門を潜り少し下ると左にお墓の様な一角がある。


信濃坊源盛の碑。
イメージ 5
南北朝時代武将・伯耆守名和長年公の弟・源盛は大山寺の別当でした。
元弘三年、兄・長年が後醍醐天皇を船上山に奉じた際、
僧兵数十人を引き連れて義挙に加わり各地を転戦した。

正平十三年・五十七歳で戦死されたが、その功により後年、
宮家ご下賜金をもってこの碑が建立されました。


参道の土産物店などを楽しみながら門前町を下山駐車場へ進む。


佐陀川に差し掛かると左岸に大山が望まれた。
イメージ 6
なゝ何と!佐陀川右岸、大山橋北詰にmont・bellがある。
覗いて登山用鍔広帽子を購入し駐車場へ。



明日6日は、大山・三鈷峰を踏破する予定です。



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2011年5月5日 木曜 


元谷小屋から第一大堰堤を過ぎ、緑萌える原生林を過ぎると大神山神社境内の横に出る。


大神山神社奥宮(おおがみやまじんじゃおくみや)
イメージ 1
大神山とは、大山の古名です。

奥宮に大国主命(大黒さま)が祀ってあります。
社殿は、1796年に焼失し、文化二年(1805)の再建立といわれ、
本殿・拝殿・幣殿を一体化した複合社殿で、
権現造りの特徴を持った国文化財の神社です。


神門を上部から望む。
イメージ 2
門の表裏が反対になっていることから「後向き門」と言われ、
国文化財に指定されている。


大神山神社鳥居。
イメージ 3
この鳥居から門前町まで、日本一長い石畳の道が続く。


日本一長い自然石の道。
イメージ 4


吉持地蔵。
イメージ 5
新緑に輝く自然石の道を下ってゆくと道脇に大きな石がある。
看板に、
『江戸中期、会見郡の長者吉持甚右衛門が経悟院住職の豪堅に
仲介してもらい寄進したもの。』
とある。
大山寺の地蔵の中で自然石に刻まれた数少ないお地蔵さんです。


その横奥に役行者に似た地蔵さんが祭ってある。
イメージ 6


自然石の道を左へ入り、大山寺の本堂へ。


天台宗別格本山・角磐山 大山寺本堂。後方に大山が覗く。
イメージ 7
奈良時代に金蓮上人が建て、地蔵菩薩を祀り、修験道場として開きました。

平安時代になり、慈覚大師が教えを広め、天台宗の寺に属し、
江戸時代、幕府より三千石の寺領を許され隆盛を極めた。

度重なる火災にあい、昭和二十六年に再建されたものです。

隆盛期には100を超える寺院と3000人以上の僧兵を抱え、
比叡山、吉野山、高野山に劣らないほどの隆盛を極めていました。

しかし、明治初期の神仏分離・廃仏毀釈で10寺院に衰退したと言います。


本堂境内にいろいろなものが見られる。


鐘楼(開運の鐘)。
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宝牛。
イメージ 9
牛の霊を慰める為に寄進されたもの。

「撫で牛」と呼ばれ、一つの願いを念じて撫でると、願いが叶えられると言う。


鐘楼横の地蔵さん。
イメージ 10


地蔵さんの群れ。
イメージ 11


サクラとカタバミ。
イメージ 12





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