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加太は、和歌山市街地の西東10kmにあり、
万葉の時代から「潟見の浦」と詠まれていた景勝地で、 紀淡海峡に面し美しい海岸線が波打っています。 魚釣りのメッカでもあり、鯛の一本釣りは有名です。
加太漁港。
漁港の南に淡嶋神社があり、
多くの観光客が参詣に賑わっています。
御祭神は、少彦名命(すくなひこなのみこと) 大己貴命(おほなむじのみこと) 息長足姫命(神功皇后)(おきながたらしひめのみこと)
[伝説]
その昔、神功皇后が三韓出兵からお帰りの際、 瀬戸の海上で激しい嵐に出遭い、 沈みそうになる船の中で神に祈りを捧げると、 「船の苫を海に投げ、その流れのままに船を進めよ。」 とお告げがありました。
友ヶ島にたどり着く事が出来ました。 島には、少彦名命と大己貴命が祀られていて、 皇后さまは、お礼の気持ちを込めて、 持ち帰ってきた宝物をお供えになりました。
友ヶ島に狩りに来られた時、経緯をお聞きになり、 この島では何かとご不自由であろうと、 お社を加太に移され、ご社殿をお建てになったのが、 ここ淡嶋神社の起こりと伝わっています。
淡嶋神社。
加太の海に流す雛流しの神事が行われます。
2万体ともいわれる無数の人形が壮観だ。 (人形の写真は、あえて撮影しませんでした。)
昔、紀州徳川家では、姫君誕生の初節句に 一対の人形を奉納する習慣があり、 10代藩主・治宝(はるとみ)が造った雛蔵に 姫や腰元が遊んだ道具が代々納められ、 今は、宝物殿に保管されています。
本殿
要衝にあたり、神社の建物には一部、 木造船の部材が再利用されている。
「紀伊続風土記」は紀伊国屋文左衛門の出身地、
そしてそのみかん舟・梵天丸の出帆地が 加太浦であると伝え、 文左衛門の家に祭られていたと伝わる稲荷社も 境内に鎮座する。
薬の神様・少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られ、
婦人病や安産祈願など「女性のための神様」としても 昔から信仰を集めています。
針塚。
淡嶋神社は針供養の神社としても有名です。 祭神・少彦名命(すくなひこなのみこと)は、 裁縫を初めて教えた神様です。
毎年2月8日に「針供養」が行われ
この塚に針を納めます。
「他を抜く・・・たぬき」の語呂合わせの 縁起招来で佇んでいた狸も、 年季明けお役御免になり、 奉納され供養されて狸も満足な表情。
日本各地の商店や家庭で、 集客や財運を願って大切にされていた招き猫。
おびただしい量の人形たち。 市松人形、日本人形、七福神などの 人型の人形だけでなく、 招き猫、海外の仮面、かえる、だるま、熊の木彫りなど 種類はさまざま。 パワースポットとしても見所満載です。
紀文の帆柱
紀国屋文左衛門のミカン船の帆柱。 願い事を唱えながらこの柱の穴を潜り抜けると、 願い事が叶うと言われています。
供養人形の供養受付所。
左・沖ノ島、中・虎島、右・地島と沖ノ島に隠れた神島、
コウノ巣山120mは1等三角点が埋設されている。
野奈浦桟橋に降り立つとそこは南国の楽園。 友ヶ島は第2次大戦の終わるまで旧日本軍の軍用地で 今も未舗装で風情ある道路を巡ることが出来ます。
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和歌山の山
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頂上13:00に下山スタートする。
頂上から標高差70mほど降りただろうか
右に小さな標識が建ち「蛇紋原」とある。
その細道を右へ、踏み跡を辿ると断崖絶壁の展望の良い岩場に出る。
「蛇紋原」展望岩場から下を覗くと目も眩むような絶壁だ。
遠くに紀の川市街地、右奥に金剛山が望まれる。
先ほどの分岐まで戻り更に下る。
標識に惹かれて辿って行くと・・・。
明神岩。
裏に回って明神岩越しに見る紀の川市街地。
登山道へ戻り下ります。
適宜に建つ標高標識。
後は、林道を辿り、展望を楽しみながら田代コース登山口駐車地へ。
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道の駅「紀の川・万葉の里」で朝を迎え、
陽光に急き立てられる様に龍門山へ向かいます。
今回のコースは、田代コース登山口305mから山頂756mを経て
中央コース登山口360mへ下山し、
林道で駐車地の田代コース登山口へ。
今日も暑そうです。
駐車地・田代コース入口の湧水流れる小沢を跨ぎ、
小尾根上の窪みを登ってゆく。
ドーム状の鉄骨が空き地に放置されている?
何なのだろう?
可愛いキノコが鈴生りだ〜!
朴葉が陽光に輝き、緑のシャワーを放射する。
早朝の樹林帯は癒される。
何を祈ったのか・・・路傍のお地蔵さん?!
自然林の尾根道を西へ緩やかに登ります。
干上がりかけた大キノコ! 一円玉を載せてみた(笑
可愛いね〜!
黒川集落へ下る穂落コースを左に別け登ります。
11:25 磁石岩に着く。
磁鉄鉱を多く含み磁気を帯びた蛇紋岩です。
11:40 龍門山756mに着く。
山頂付近のギボウシ。
紀伊シモツケ。
和歌山県だけに分布する植物で蛇紋岩地帯に好んで生育し、 6月上旬頃、白い花を咲かせます。
県の天然記念物に指定されている。
アザミ。
山食を戴き
13:00 下山します。
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昨夜は、天然温泉「湯の里」で汗を流し、
道の駅で車中泊。
5:17 道の駅・「くどやま」にて。
早朝の道の駅、近所のおじさんたち4人組が木陰で井戸端会議中。
九度山近辺の情報収集のため、仲間に入れてもらう。
おじさんたちに急き立てられ
8:00 参詣道/町石道出発点の慈尊院へ向きスタートする。
8:05 慈尊院門前町。
正面の石段を登れば慈尊院境内。
お日様ジリジリ・・・
今日も一日暑くなりそうだ。
8:10 慈尊院山門から多宝塔を望む。
8:12 慈尊院境内。
8:13 多宝塔縁起。
8:15 本堂(弥勒堂)。
本尊・弥勒菩薩は、鎌倉時代後期の宝形造で、
国の重要文化財であり、世界遺産でもあります。
8:15 乳房型絵馬の奉納と
有吉佐和子 小説「紀ノ川」の一節。
慈尊院では女性のシンボル乳房の絵馬を奉納して
「子宝・安産・授乳・乳癌平癒」などを祈願する習わしがあります。
8:18 慈尊院境内奥の石段百十九段を登れば、丹生官省符神社です。
石段中間の一ノ鳥居横に町石トップバッターの
百八十町石が建っている。
石段縁起。
トップバッター百八十町石。
石段・百十九段最上段に建つ二ノ鳥居。
夏越大祓の茅の輪が設けられている。
一ノ鳥居縁起。
拝殿。
境内は清々しく、参詣者も多く
紀ノ川・和泉山脈が一望され、九度山の集落が眺められます。
また、神社社頭より霊峰高野山を遥拝する事ができ、
高野山町石参詣道が右奥からスタートします。
丹生官省符神社縁起。
8:39 割掘りの林道を登ります。
8:50 右前方に広域農道・新池橋とアンテナ鉄塔。
8:54 広域農道角に建つ百七十三町石。
8:55 右前方アンテナ鉄塔下の山腹を 参詣客が、
おしゃべりしながら登ってゆく姿を追い ひと休憩。
9:38 さぁ〜再出発だ! 竹藪に建つ百七十一町石を左に見越し・・・。
9:45 百七十町石を振り返る。
10:03 右、柿畑の樹間に紀ノ川流域の集落が一望される。
10:04 紀ノ川に架かる九度山橋と
手前に屋根だけ見える道の駅「くどやま」。
ホタルブクロ。
10:10 百六十七町石を左上に見過ごし・・・展望台へ進みます。
<パート2 展望台へ続く>
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近畿地方の山は、近いのにあまり登っていない。
今回は、一週間ほど和歌山付近の山を 訪ね歩こうと思う。 世界遺産の高野山を中心にして
紀ノ川に沿った山並みを辿ることにして 道の駅「くどやま」をスタートステーションに 歩くことにした。 6月30日 道の駅「くどやま」 九度山は、真田幸村が関ヶ原の戦い後、
徳川家康に高野山蟄居を命ぜられ 14年間の隠棲生活を送った場所だ。 道の駅にある「九度山・真田ミュージアム」と 「世界遺産・高野山ミュージアム」。 7月1日 道の駅「くどやま」から望む、 町石道が辿る雨引山(赤白の鉄塔の後方)。 町石道180尊(退蔵界)は始まり、
高野山根本大塔の1尊まで続く。
根本大塔からは奥之院までの
36町石を設け金剛界37尊とした。
慈尊院。 境内を通り抜け
丹生官省符神社への石段途中に180尊・町石が建つ。
町石・180尊。 180尊から179尊〜1尊へと続く町石道。 166尊を過ぎ 分岐を右へ進むと
「赤白の鉄塔」の直下にある展望台から
紀ノ川畝ねる九度山町の展望が開ける。 7月2日 道の駅「紀ノ川万葉の里」の朝焼け。
日帰り温泉「八風の湯」で汗を流し
夕食を済ませ車中泊。
翌7/2龍門山へ向かう。 田代コース登山口から田代峠〜龍門山山頂〜 蛇紋原展望所〜明神岩〜中央コース登山口〜田代コース登山口と
時計回りで周遊した。
龍門山山頂は、樹木で囲われ展望はない。 台風7号が来るということで急遽予定を変更して 帰省の途につき 3日早朝に帰宅しました。 詳細は後日に・・・。
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