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ミッドウェー海戦、必死に回避行動をとる帝国海軍空母「蒼龍」
ミッドウェー海戦は、大東亜戦争緒戦の優勢から一転、日本が劣勢に転落した歴史的な海戦である。日本は開戦直後、真珠湾攻撃で大きな戦果をあげたものの、肝心のアメリカ空母部隊を討ちもらしていた。この頃、海軍の主力は戦艦ではなく空母というのが世界の共通認識であり、次の目標はアメリカ空母部隊に定められた。日本がこれほど制海権にこだわったのは、南方世界で採れた石油などの資源を日本まで海上輸送する必要があり、このシーレーン(海上交通路)を脅かすのが、アメリカ海軍だったからである。
ミッドウェー海戦における日本海軍の作戦は、単純明快だった。ミッドウェー島のアメリカ軍基地を攻撃し、アメリカ空母部隊をおびきだし、一網打尽にする。何かにつけ、日本軍は逐次投入で各個撃破され、戦術がまずいと非難されるが、この作戦はまるで違った。南雲中将率いる第1機動部隊を中心に、空母6隻、航空機1000機が投入されたが、これは日本の連合艦隊のほぼ全戦力といっていい。これほど思いっきりのいい作戦は、歴史年表を捜してもそうそう見つからない。第二次世界大戦中、ドイツがロシアにしかけたバルバロッサ作戦もその一つ。1941年6月22日、ヒトラーの気合いの入った演説とともに、ドイツ陸軍がロシア領内になだれ込んだ。総兵数300万人、航空機1830機、戦車3580両、火砲7184門、この途方もない大軍は、ドイツ陸軍のほぼ全兵力であった。
話はもどって、ミッドウェーの海戦。日本は、このような大艦隊を投入したが、むかえ撃つアメリカ太平洋艦隊はたったの空母3隻。数の上では日本がアメリカを凌駕し、航空兵の熟練度もまたアメリカ軍を圧倒したのである。勝敗は火を見るより明らかだった。
この頃、ハワイの地下室には、アメリカの暗号解読班がおかれていた。ロシュフォート中佐をリーダーに、数学の才能がずば抜けた者が集められ、大学教授までも参加していた。この世界有数の暗号解読班は、すでに、日本の暗号『パープル』を解読し、日本艦隊のミッドウェー侵攻作戦も探知していた。この情報は、直ちに、ミッドウェー島にあったアメリカ軍基地にも報告され、彼らは準備万端、待ち受けた。
昭和17年6月4日午前3時15分、アメリカ軍の哨戒機が、侵攻する日本空母部隊を発見する。連絡を受けたミッドウェー島のアメリカ軍基地は、ただちにB17爆撃機9機を発進させる。しかし、B17は重爆撃機で、高々度から水平飛行により爆弾を投下する。地上にある静止標的ならいざしらず、艦船のように、小さくて動くものは、まずあたらない。実際この爆撃では1発の命中弾もなかった。
6月5日午前4時30分、今度は日本空母部隊がミッドウェー島の攻撃を開始する。日本の攻撃機100機が、ミッドウェー上空に着くと、すでにアメリカ軍の迎撃機26機が待ち受けていた。ところが、このアメリカ迎撃機は、日本のゼロ戦にまたたくまに撃墜される。このように、爆撃機はたいてい、ゼロ戦のような戦闘機の護衛を伴って出撃した。爆撃機は戦闘機にくらべ速度が遅く、鈍重なので、戦闘機の餌食になるからである。爆撃機が、爆弾を落とす前に撃墜されたのでは、洒落にならない。この事情は、第二次世界大戦中、他の戦域においても同じであった。
こうして、ゼロ戦は敵戦闘機を圧倒したものの、肝心の地上攻撃の戦果はいまいちだった。そこで、攻撃部隊は再攻撃の必要ありと、母艦に打電する。
この無線を受信した司令官の南雲中将は、ミッドウェー島を再度攻撃することを決断する。ところがその時、空母上の攻撃機には、空母を攻撃するため、艦船攻撃用の兵器が搭載されていた。艦船を攻撃するのと、地上の施設を攻撃するのでは、兵器が違うのである。午前7時15分、地上攻撃用に兵器を転換する命令がくだされた。ミッドウェーの地上攻撃のためである。こうして、ありえない大敗北の歯車が回り始めた。
ミッドウェー島から出撃したアメリカ軍の哨戒機(しょうかいき)は、午前5時30分、日本の空母部隊を発見する。この報告を受け、ミッドウェー基地のすべての攻撃機が発進した。午前7時10分、アメリカ攻撃機は、日本の空母部隊の攻撃を開始。ところが、日本空母部隊の上空には、直衛のゼロ戦隊が待ち受けていた。アメリカ攻撃機10機は、このゼロ戦隊に1機のこらず撃墜される。午前7時40分、アメリカのドーントレス急降下爆撃機16機が攻撃を開始するが、一発も命中せず、ゼロ戦隊に8機まで撃墜される。こうして、この海戦は、当初の予測どおり日本の優勢のまま進む。情報戦に勝利し、先手を打っても、アメリカの攻撃機は、空母直衛のゼロ戦に手も足も出なかったのである。
ところが、午前8時30分、哨戒機から日本空母部隊に驚愕すべき情報が入る。近くに、アメリカ空母部隊を発見したというのだ。甲板では、兵器を地上攻撃用に転換する作業の真っ最中である。今度は、地上攻撃をとりやめ、艦船攻撃の兵器に変更しなければならない。日本空母部隊はパニック寸前に陥った。
アメリカ空母部隊の司令官スプルーアンス少将は、午前5時34分に日本空母部隊発見の連絡を受け、午前7時に攻撃部隊116機を出撃させる。ホーネット雷撃隊は、午前9時18分日本空母部隊に雷撃を敢行したが、上空直衛のゼロ戦隊に全機撃墜される。雷撃は、爆弾を艦船に直接落とすのではなく、海に落とした魚雷で艦船を水平攻撃する。午前9時49分、今度はアメリカ空母エンタープライズの雷撃機14機が攻撃したが、ゼロ戦隊に10機が撃墜される。午前10時15分、次にヨークタウンの攻撃隊29機が襲いかかるが、やはりゼロ戦隊の餌食となった。
日本が世界に誇るゼロ戦は、歴史的名機と言われる。航続距離が長大で、強力な機銃を装備し、旋回性能は抜群で、ドッグファイトでは無敵だった。一方、操縦が難しいというパイロットの証言もあるが、この問題はゼロ戦パイロットたちの猛訓練で解決された。上空から、きりもみ状態で落下するのを見て、墜落だ!と叫ぶと、いとも簡単に機体を立て直す。ほぼ、直角に急降下し、激突する!と思った瞬間、上昇に転ずる。そのとき、練習機の後輪がわずかに大地をかすめるのだという。寒気がするほどの神業だ。幼い少年航空兵が憧れたのも無理はない。このような魔術師に操られたゼロ戦は、大空ではまさに『神の子』であった。
ところが、そのとき奇跡が起こる。無敵のゼロ戦隊は、おもしろいようにアメリカ機を追いつめ、それにつられ、低空におりてきた。上空ががら空きになったのである。午前10時過ぎ、エンタープライズの急降下爆撃30機と、ヨークタウンの攻撃機17機が、日本の空母部隊を発見する。上空にいるはずの、ゼロ戦隊がいない。アメリカ攻撃機は、猛然と攻撃を開始した。日本空母部隊の旗艦『赤城』には500キロ爆弾2発が命中し、空母『加賀』にも4発、『蒼龍』には3発の500キロ爆弾が直撃する。
問題は、そのときの日本空母の甲板の状態であった。爆弾を満載した攻撃機が並び、格納庫には、先に述べた兵器の交換で、はずされたばかりの爆弾まであった。甲板で爆発したエネルギーは格納庫にまで飛び火し、誘爆をくりかえし、手のつけられない状態に陥った。日本空母部隊は、ほぼ一瞬にして3隻の空母を失ったのである。結局、この海戦で日本側は4隻の空母を失ったが、アメリカ側の損害は空母1隻と駆逐艦1隻にすぎなかった。日本海軍の信じられないような大敗北であった。
何ということ・・・・・・・・・この敗北がなければ、大東亜戦争の年表はまた違うものになっていた・・・・・・・
哨戒機を飛ばさなかったり、司令部の命令ミスがあったり・・・・・・・・・・・・・・・・・
もっと的確な指示が出せていればこんな結果にはならなかったろうに・・・・・・・・英霊に合掌
ではこの辺で
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