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ロバート山本の北九州発!企業訪問


【工場見学】
岡林さん
このロボット第1工場というところは24kgまで持てる小さい産業用ロボットを作っています。2つの工場で合わせて1500台。
この工場では月に1000台を作っています。

山本
(ラインを見ながら)
これは何を作っているんですか!?

岡林さん
これはロボットがロボットを作っています。
ロボットが自分の子供を作っているみたいな感じですかね。

山本
すげー!なんか動物みたいですね!

岡林さん
この生産ラインの前半部分ではロボットの各パーツを組み立てており、後半でそのパーツを組み上げ、ロボットの形にしてきます。
ここでも様々な技術を使っています。
例えばモノを掴む時に通常の機械であれば同じモノしか掴めないんですが、自社製のサーボモータを使うことでモノが変わってもしっかり掴むことができます。

山本
優しいな、持ち方。よーく見たら。丁寧に置くし。人間みたいですね。

岡林さん
ロボットの良さはやっぱり精度の高さですね。
繰り返しの動きも、ズレは0.1mm以下の精度で動くので、何度も繰り返す作業は人間よりもロボットが向いていると言えますね。
組み立てるだけではなく、作業の確認も行います。
途中でグリースという接着剤を使用する場面があるのですが、それがきちんと必要な部分に塗れているか確認するために、その接着剤の中に蛍光剤を入れて、その接着剤に紫外線を当ててカメラで確認し、ちゃんと接着剤が付いているかを確認することができます。
このロボットも色んな作業をしなきゃならないので、持つツメというのが色んな種類が必要になってくるんですけど、持つ部品によってこのロボット自身がツメを選択して付け替えることができます。

山本
料理する時のおたまに持ち替えたり、菜箸にしたり、それと一緒ですよね!料理によって変えるみたいな。
いや〜、スゴい可能性ですよね!
僕、もっと色んなたくさんのロボットが一つのことをやってると思ってたんですけど、このロボット一つで色んなことをやってるのにビックリしてます!職人ですよね!

岡林さん
このセルでは、3台のロボットが強調して作業を行っています。今、向こうのロボットがパーツを支えて、別のロボットがネジを締めていますね。

山本
本当に師匠と弟子の関係みたいになってるなぁ。
弟子が支えて、師匠が糊付けからドライバーに持ち替えて、2人で一つのロボットを作ってる、みたいな。
「お前はまだドライバーは早いよ!」とか、そういう関係性が見えてきますねぇ。

この後も様々な行程を見学させていただきました。
一つ感じたのは、ロボットがロボットを作る工場なのに、人がゼロではないな、という事でした。
その事を岡林さんに伝えると…

岡林さん
よくロボットが増えると人間の仕事を奪うんじゃないかということを言われますが、実はそうじゃなくて、人間しかできない仕事は人間がやる、というのが大事なんだと思うんです。それが人間とロボットが共存していくということだと思います。

山本
深いなー!この工場だけでドラマがありますよね!これだけで番組ができちゃいますよ!!

最後に岡林さんが館長を務める安川電機みらい館にお邪魔しました。

【安川電機みらい館】
岡林さん
この展示は、8台のロボットがそれぞれ液晶パネルを持って、一斉に動き出します。
是非正面からご覧下さい!

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の赤いロボット、1977年に当社が初めてお客様に納入した全電気式産業用ロボット「MOTOMAN-L10」です。
実際に、自動車のパーツメーカーさんの方で20年以上アーク溶接用として使われていました。
お客様の工場の設備更新の際に、お願いして譲り受けたものです。
当時は油圧式の産業用ロボットが主流だった中、当社が日本で初めて、全電気式の産業用ロボットを開発しました。
その実績が評価され国立科学博物館に重要科学技術史資料として登録され、昨年には産業遺産として登録されました。つまり日本の産業の中でも重要なものであるといえますね。

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岡林さん
こちらはディスプレイに映ったカードをタッチパネルから探し出すゲームです。

山本
うわっ!クソ!難しい!

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岡林さん
私ね、これ一度も勝てたことが無いんです。

山本
うわあああああああああ!負けちゃった・・・。

岡林さん
次は子供達にモノづくりの面白さ、凄さを見せようというものです。
超小型の産業用ロボット6台が、6個のパーツを組み立ててミニカーを作る製造ラインです。

山本
うわっ、早っ!!あっという間じゃないですか!?
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岡林さん
1台約9秒でできます。
これは遊び方があってですね。普通の玩具は後ろに引くじゃないですか。
でもこれは前に押すと前に進むんです。
「安川電機には前にしか進まない」というメッセージですね。


山本
へー!いい話!
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岡林さん
次のロボットは非情に複雑で、周りのラインが動きながら止まらずに組み立てていきます。

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山本
どこで何をしてるかわからないくらい複雑ですよね。
うわわっ、あっという間に模型が出来上がっちゃいましたよ!

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岡林さん
じゃあ続いては、TOTOさんでエコについてお聞きしたとのことなので、ウチもエコを見てもらおうかなと思います。
こちらのパネルで弊社のエコへの取り組みを展示しているコーナーです。
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岡林さん
最後にもう一つ、我々はメカトロニクスボールと呼んでいます。
壁ってのは普通何も無いんですけど、安川電機の技術で壁を動かしてみました。
128キューブあるんですけど、キューブ一つひとつにサーボモータ2つを使って、全部で256台のサーボモータを使っています。それをコントローラ一つで動かそうというものです。それも精度よく、高速で動かすと。それにプロジェクションマッピングを入れてるわけです。これは世界初の取り組みです。
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山本
何だコレ!?すごい!!
オリンピックの開会式とかこれを取り入れたら皆驚くんじゃないですか!?
綺麗だなー。

岡林さん
最近ってやっぱりデジタルに走り過ぎてますよね。
これもデジタルなんですけど、アナログの動くものと融合していけばもっと面白いものが生まれるんじゃないかなと思ってます。

このみらい館には子供達をいっぱい呼びたいと思っています。
何故かというと最近理科が嫌いとかですね、理科離れとか製造業離れとかよく言うんですけど、私は日本というのは世界に冠たるモノづくりの国だと思います。
特に北九州というのはモノづくりの街なので理科とかモノづくりに興味のある子供を増やしたいなと。
だからそういう人達にできるだけここに来てもらって、最新のロボットを見てもらったり、モノづくりの凄さ、楽しさを知ってもらって、理系の道に進んでもらって、そのうち何人かに安川電機に入ってもらいたいという、そういう考えを持っています。

ん〜素晴らしい!
安川電機さん、これからも素晴らしいモノ作りに期待しております!

と言う訳で、「ロバート山本の北九州発! 企業訪問」はこれにて終了となります。
今回様々な企業さんに共通して感じたのは、「より良い世の中にしよう」という空気と「郷土愛」です。
北九州にはこんな真面目で、情の深い企業があるんだ!…と、群馬出身の私ですが、誇らしく思いました!

北九州市の企業の皆様、これからも北九州市を盛り上げていって下さい!

そして、読んで頂いた皆様ありがとうございました!

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この記事に

安川電機 ロボット村へGO!前編
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私ロバート山本が北九州市の企業を訪問するブログもいよいよ最後の企業さんとなりました。
ラストを飾るその企業さんは「安川電機」さんです!こちらでは何とロボットも製造されているということで、男の子心がくすぐられております。そして訪れたのは2015年6月1日にオープンしたばかりの、本社や工場などが集合したその名も「ロボット村」。まず本社棟のエントランスに入ってビックリ、そこには巨大な人型のモニュメントが!
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「…これがロボットなのか?」と思いきや、これは「創造の源泉」を
存在として知的活動を司る女神をモチーフにしたモニュメントだそうです。それにしてもデカイ!そして美しい!…つかみはOKです安川電機さん!
そして会議室で広報の市吉さんと、百周年事業室 社史編纂担当課長 氏原さん、みらい館 館長 岡林さんにお話を伺いました。
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市吉さん
まず、安川電機が行っている事業をご説明します。
モータをはじめ、モータを制御するインバータや、そのモータや制御装置を組み合わせてシステムを構築する、システムエンジニアリングという分野などに事業を広げています。鉄鋼の高炉システムにおいては、国内シェア100%を占めています。

山本
ロボットも作られてるんですよね!

市吉さん
はい。ロボットというとドラえもんやPepper君のような動いて喋ってというようなものを想像しがちですが、弊社では産業用ロボットということで、工場の中で働くロボットを主に生産しております。

山本
なるほど…

市吉さん
安川電機は3つの世界シェアナンバーワンを持っています。
ACサーボモータ、インバータ、産業用ロボットの分野で世界シェアナンバーワンとなっています。

山本
3つも世界一位!すごいじゃないですか!

市吉さん
安川電機の製品は日常生活の中で、なかなか目にする機会が少ないと思います。例えば、インバータがどのようなものかイメージできますでしょうか?実は私たちの生活にすごく身近な製品なのです。昔のエレベーターは停止するときに、ガタン、という衝撃を感じることがあったと思います。それは、エレベーターを動かすモータが一定の速さ・方向でしか回転することができないことが原因です。しかし最近のエレベーターは滑らかに動き出し、ゆっくり停まったりできます。その動きを制御するのがインバータです。インバータがモータの回転の速さ・向きを制御することで滑らかな動きを実現しているからなのです。

山本
そのモータとインバータが世界シェアナンバーワンなんですよね??
めちゃくちゃ儲かってるじゃないですか!?だってエレベーターなんて世界中にありますよ!!

市吉さん
2015年は当社創業100周年、ということでより多くの皆様に当社を知っていただくため、動画を作成しました!
こちらをご覧下さい。

実際の動画のURLです↓

続いて見せて頂いた居合術の映像

山本
いや〜この居合の動画は凄いですね!是非皆さんにみてもらいたい!

岡林さん
この動画で伝えたいのは、人間が師匠でロボットは弟子。ロボットは、師匠である人間に教えてもらいながら使い込んでいってようやく役に立つ仕事ができる。
人間とロボットは敵対ではなく、
両者が協力することで困難も達成できる、そういったことを言いたいビデオなのです。
そして最後は日本の企業として礼節を重んじ、お辞儀をして互いに敬意を表しています。

山本
僕も居合をやったことがあるんですけど、人間の手でも人に教えようがない感覚なんですよね。師匠も物理とはいえ人間の繊細な、切る感じのインパクトの入れ方とか、力でもないし、スピードでもないし、ザクっといく時のザクっの時の手応えを自分で覚えて、そこで合わせている。居合って。ものすごい繊細なんです。スゴいなと思いましたね。難しいことをやっているんだなと、やったことがあるんで本当にわかります。
取材スタッフ
このロボットと山本さんのボクシングで異種格闘技戦とか、そういう映像を作りません?

山本
俺はどこを殴れば良いんですか!ロボットは真剣でやるの!?再生回数はスゴいでしょうけど!

氏原さん
動画に出てきた安川敬一郎にも触れておきたいと思います。
安川敬一郎ですが、元々は徳永藤四郎という名前でした。幕末から明治維新の頃は、長男を除き養子に行って名前が変わるのが普通で、敬一郎は四男で安川家に養子に行ったんですね。安川家・麻生家・貝島家は炭鉱で財をなし、当時筑豊御三家と呼ばれました。敬一郎は、明治専門学校(今の九州工業大学)を作ったり、鉄鋼会社、鉄道事業などいろいろなことをやっています。そして、この敬一郎の五男坊が、安川第五郎、安川電機の創業者になります。1915年、100年前に創立したんですが、敬一郎からは、「資金は出すが、口出しはせぬ。」と言われたようです。
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山本
むっちゃ儲かってるってことですよね。もうその時点で。まず。安川さんがスゴかったってことですよね。

氏原さん
第五郎はまず日立製作所に就職し、そのあとアメリカに留学しました。日本に戻って始めたのが安川電機なんです。現在の本社近くに事務所を開いた、1915年4月30日を創立記念日としています。それ以来ずっとこの場所でやっています。

山本
何でこの場所を選んだんですかね?

氏原さん
色々探し歩いて、この地を選んだという記録が残っています。

兄の安川清三郎・松本健次郎と3人で手弁当を持って探し回った結果、黒崎には工場に適した広い土地があり、当時工場が2軒しかなかった地元からも歓迎され、この地を選んだようです。
【歴史パネル】
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山本
見て下さいよ!そうそうたる歴史ですよ!
学校を建てたりと当時からすっごい儲かってたんですねぇ。

氏原さん
なぜこんなにお金があったかと言いますと、日清戦争や日露戦争で石炭がグンと売れたんです。これは自分のために使うわけにはいかないということで、世のため人のために使うことを選んだんですね。

山本
なるほど、その時から地域貢献をしてたわけですね。

氏原さん
そうです。モノづくりとひとづくりには非常にこだわっています。

氏原さん
戦後、昭和天皇が九州を回られた時に弊社の工場に寄って頂いた歴史があります。
本社を1954年に建て、その設計をしたのはアントニン・レーモンドという人なんですが、この方が有名な設計家で、この貴重な建物を残そうと、現在改築工事をしております。
 
山本
へー、60年前のデザインにしては相当オシャレですよね。相当ハイカラな・・・。

氏原さん
1964年に東京オリンピックが開催されたんですが、安川第五郎が東京オリンピック組織委員会会長に就任しています。2020年東京オリンピック・パラリンピックでいう森喜朗さんのポジションです。

山本
えぇ!?めちゃくちゃスゴいじゃないですか!!東京オリンピックの会長ですよ!?スゴくないですか!?

氏原さん
前任の会長が辞任され4ヶ月くらい空席だったらしいんですが、同郷の議員さんが突然訪ねてきて、「会長をやってくれ」と言われ、“人に頼まれたら断りきれない性癖”ゆえに引き受けたみたいですね。開会式でブランデージIOC会長と一緒に写っている写真も残っていますし、閉会式では天皇陛下のご案内もしたようです。

氏原さん
オリンピックと言えば、弊社は40年前から陸上部がありまして、ロンドン五輪では弊社所属の中本健太郎が男子マラソンで6位に入賞しました。

山本
へぇー!ロボットだけじゃなくて陸上選手も作ってるんですね!

おそるべし、安川電機!
次回はいよいよロボット工場へ潜入いたします。
 

この記事に

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山本
そう言えば、東さんも、南さんもお肌がつるつるですよね。
シャボン玉石けんを使用されてるんですか?

東さん
はい、私は髪の毛を洗うのも全部自社製品を使用しています。自社製品が好きすぎて、逆に勉強のために他社製品を使わくてはいけないのですが、なかなか使えないです。一番好きなところは何も入っていないというところです。アレルギー体質なので。

南さん
私も自社製品で衣類も食器も洗います。実はシャボン玉石けんの社員は匂いがしないんです。人工的なの匂いが。OLさんとかだと良い匂いをつけますよね、当社は天然のものだけを使ってるので匂いがしないんです。逆に良い匂いがすると「あれっ?」と思いますね。

山本
自然の人間の匂いですね。匂ったとしたらフェロモンですね。
でもそれが良いですよね。今色んなキツイ匂いが多い中、それが一番良いですよね。

南さん
柔軟剤の香りとか、隣の家の柔軟剤の香りとかで気持ち悪くなったりします。
社員だけでなく、一般の方にも柔軟剤やコンディショナーなどの匂いで気分が悪くなってしまう方がいるという話はよく聞きますね。

松永さん
人工的な匂いは不自然な匂いですよね。石けん生活をしていると気付きやすくなりますよ。
そういう意味では匂いや香りには敏感になるかもしれないですね。

山本
ボクシングやってたんで、食べ物もそうなってくるんですよ。添加物の多い食べ物を食べてると疲れやすくなってくるんですよ。で、体力も持たないんですよ。でも無添加の食べ物を食べてる方が体力が持つんですよね。あと30秒動ければっていうギリギリのレベルでやってるんで、体に入れるものは無添加のほうが良いんだなってわかるようになりましたね。皆さんは元々石けんに興味があったんですか?

東さん
元々は合成洗剤を使っていて、石けんが良いということを全く知りませんでした。何か良い洗浄剤はないかなとずっと探し続けてた時にシャボン玉石けんの工場見学に来て、知識がついたところで石けんと合成洗剤は違うんだと気づいた時から石けんユーザーになりました。ですので入社したのも工場見学がきっかけです。

南さん
石けんの良さを知らないままに入社したのですが、働きながら石けんについて勉強したり、お客様の感謝のお手紙などを読んでいるうちに無添加石けんの良さに気付きました。

松永
自分自身もそうですし、妻や娘、そして、犬や猫などの家族も使いますし、親戚や友達にも自信を持って自社商品を勧められるのは嬉しいですよね。もちろん、商品をご購入いただくお客様に対しても。売り上げが伸びれば伸びるほど社会貢献できているのかなと思ってます。

山本
石けんもそうですけど、松永さんをはじめ、働いてる方々の心も綺麗なんだなと思いました。
皆さん、心が無添加ですよね。
ちなみに無添加にすることって難しいんですか?

南さん
そうですね、難しいと思います。香料や着色料、保存料などを使用していないので、添加物でごまかしができませんね。また、原料の天然油脂を使用してつくるので釜炊き職人は、お酒の杜氏さんのように、熟練の経験や技を必要とします。

東さん
当社の製法で石けん素地100%の無添加石けんにするのは1週間ほど掛かりますが、添加物を入れると短時間でできます。微妙な変化などを人の目で見て調整するなど、継承された技術も必要なので非常に難しいです。

山本
だから添加物を入れると短縮できちゃうってことですよね。多くの商品を開発できるし、大量に出せるし、泡もバシバシ立てて、とろみもあって、しかも安くて、使い心地だけを追求すると添加物を入れたら良いですもんね。

松永さん
一般的には4,5時間で作る製法が主流です。天然油脂からグリセリンという成分を抜くと脂肪酸になり、そこにアルカリ剤を混ぜるとすぐ石けんになります。しかし当社の製法では天然油脂とアルカリ剤を混ぜますので、天然油脂に含まれるグリセリンが邪魔をしてなかなか石けんになりません。そのため出来上がるまで1週間から10日ほど掛かるんです。でも出来上がったものは天然の保湿成分であるグリセリンが石けんに残ったままなのでさっぱり洗えるのにしっとりするんですね。

山本
いや〜無添加にこだわるって大変ですね〜。

 

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この記事に

どうも!新婚ホヤホヤのロバート山本です!

 

今回お邪魔する企業さんは!

♪青いお空がほしいのね。飛ばしてごらん 

シャボン玉♪のCMで有名なシャボン玉石けん株式会社さんです。
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シャボン玉石けんといえば…無添加!

私も極力無添加にこだわった食事をしているので

無添加の良さは知っているつもりです。

あと森三中の大島に赤ちゃんが生まれたとき、

シャボン玉石けんのベビーシリーズを贈ったら凄く喜んでいました。

まずは会議室で、 マーケティング部の松永さん、南さん、東さんにお話しを伺う事になりました。まず気になったのが皆さんの笑顔。本当に相方じゃないですけど「接しやすーい」笑顔なんです!そんなお3人さんと和やかな空気に包まれた中インタビューを始めました。
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山本:最初からシャボン玉石けんという名前でスタートしたんですか?

 
松永さん:創業は1910年なので、今年で創業105周年を迎えました。創業者の名前から現在の「シャボン玉石けん」ではなく、「森田範次郎商店」として現在の北九州市若松区で創業しました。若松は炭鉱地の飯塚や田川から運ばれてくる石炭の積出港でとても栄えており、当時は石けんも含めて日用雑貨の卸や小売をしていました。
1960年代の高度成長期に入ると石けんではなく、いち早く合成洗剤を取扱い始めました。当時、洗濯機が普及してきて、その流れに乗って売り上げを伸ばしたようです。
 
山本:そこからなぜ無添加の石けんを作るようになったんですか?
 
松永さん:当時の国鉄(現JR)から機関車を洗う無添剤(無添加)の石けんの注文を受けました。当社が納品していた合成洗剤で列車を洗うと金属がさびやすく、無添加の石けんだとさびにくいということでした。試行錯誤の末、純度の高い石けんを作ることができました。その試作品を当時社長だった森田光が自宅に持ち帰り、洗濯や体洗いに使ってみると、長年悩まされた湿疹がたちまちきれいになるという体験をしました。湿疹の原因が自社の主力製品である合成洗剤であったことを知り、とてもショックを受けました。しかし、「身体に悪いと分かった商品を売るわけにはいかない」と一大決心をし、今から41年前の1974年に無添加石けんの製造販売に切り替えました。当時は合成洗剤が急激に伸びていて、いまさら石けんという時代だったため、発売翌月の売上は100分の1以下に減少、従業員も多い時で100人いたのが5人まで減ったりと、苦しい時期が続きました。しかし「肌荒れが良くなった」というお客様の声を聞き、無添加石けんは世間に必要とされているという信念を貫いてお客様に喜ばれる商品を作り続けてきました。商品が売れない苦しい時期も全国で講演会を行い、地道な石けんの普及活動をしていきました。そして17年間赤字が続きましたが、18年目にやっと黒字となりました。近年では「シャボン玉石けんって、安心安全、肌にやさしく、環境にもやさしいよね」と評価されてきて、小売様での取り扱いも増えてきているという状態ですね。
 
山本:CMも全国で流れてますよね?
 
 
 
松永さん:はい。当時社長の森田光徳はまずは世間の人に認知してもらおうと、全国でテレビCMを放送しました。会社名も現在のシャボン玉石けんに変え、自分の娘をモチーフとしたイメージキャラクターの「シャボンちゃん」を作りました。CMソング「青いお空がほしいのね。飛ばしてごらん シャボン玉」という歌詞も本人が作詞をしているんです。高付加価値商品で安売りをせずに販売する価格戦略、工場見学や全国での講演会、会社名やイメージキャラクター、TVCMソングなどのブランドづくりなど、天才的なマーケターだったと思いますね。
 
山本:なかなか売れてたものを止めて普及してない新しいものをやるって、信念だけではできないですよね。普通信念だけじゃできないじゃないですか。お金も伴ってないと。スゴいなぁ〜。
 
松永さん:最近になって思うのは会社の企業理念というのはとても大切だなと。
当社の社員は毎朝唱和しているので企業理念を覚えているんですよ。
 
山本:では東さん、お願いします。
 
東:あ、はい!【理念】我々は、健康な体ときれいな水を守るため、人と環境にやさしい商品づくりを通して、社会に貢献し地球環境の保全を図り、次の世代に住み良い地球と社会を残すよう努めます。
 
山本:完璧じゃないですか!
 
松永さん:このように、健康な体と綺麗な水を守るという企業理念が社員はしっかりと身についています。会社の企業理念やビジョンで英語でカッコ良いものはたくさんありますが、それが直接商品やサービスにつながるということは多くはありませんよね。社員は当社の企業理念をもとに、人と自然にやさしい商品を提供し、石けん生活のライフスタイルを提供することに誇りを持っています。当然我々は家でも自社商品を使っていますし、皆様にも自信を持っておすすめできます。


続きは次回へ!

 
 

この記事に

 
さらに進むと、便器をつくるときに職人さんが使う道具や、当時の営業マンがカタログ代わりに持ち歩いていた製品のミニチュアが展示されています。
ミニチュアとはいえ、全部陶器で作られているので重量感も半端じゃありません!
トイレを売り込む為にこのミニチュアを毎日持ち歩く営業マンの苦労たるや・・・、恐れいります!

■トイレのミニチュア
 
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歩みを進めるとトイレがずらりと並ぶエリアに。
ここではトイレを中心に水まわりの歴史がわかりやすく展示されていました。

おーっ!ここでは日本のトイレの進化がわかるんです。
 
 
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縄文〜弥生時代 川屋
「厠(かわや)の語源に!良い子はまねしない様に!」
 
奈良〜平安時代 樋箱(ひばこ)「おまるみたい!」
 
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江戸時代 惣後架(そうこうか)
「長屋ではこうだったんだ!」
 
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大正時代 非水洗の和風便器
「おばぁちゃんの家にあったよ!」
 
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戦後〜高度経済成長期
水洗の和風便器
「初めて流した時は爽快だっただろうな〜」
 
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水洗の腰掛便器

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そしてとうとう(・・・・)ウォシュレットの誕生です!
 
ちなみに初代ウォシュレットは1980年に発売したそうです。
僕が生まれたのが1978年なので、ロバートとウォシュレットはほぼ同世代なんですね〜。
でも、その頃からウォシュレットが存在していたなんて知りませんでした!
そして現在、ウォシュレットという言い方が一般名称のように使われているんですが、実はTOTOの商品名。ニュースだと『温水洗浄便座』という言い方になっているそうです。

 
館長「当時作った時の話でですね、どこを目掛けてお湯を出せば良いか、当然お尻の位置のデータなんて世の中にありませんので、まずはどこにお尻があるのかを調べようということで、社内で300人モニターを募って、便座に糸を貼って、一人ひとり座ってもらって、距離の平均値だったり、ノズルの角度だったりと研究に研究を重ねて作ったという背景があります」
そこで、ふと思い浮かんだ疑問が・・・。
山本「ずっと気になってたんですけど、何でウォシュレットって名前なんですか?」
館長「実はですね、お尻を洗おうという英語“Let’s wash!”という言葉をひっくり返すと・・・」
皆さん、わかりましたか?
レッツウォッシュ→ウォッシュレッツ→ウォッシュレット→ウォシュレット!
レットってLet’sのレットだったんですね!ガッテンガッテン!!
ちなみにウォシュレットを含む温水洗浄便座全体の世帯普及率は77.5%だそうで、35年をかけてここまで浸透したんですね。

ここからは完全に余談ですが、私山本のウォシュレット初体験を・・・。
新しく建て直したばかりの叔父さんの家に初めて行った時の話なんですが、ウォシュレットがあるって聞いて、トイレに入ったんですけど、イマイチ使い方がわからなくて戸惑ってたら、急に水が出てきてビッチョビチョになっちゃって、今度は止め方がわからなくておじいちゃんを呼んだんですけど、おじいちゃんも止め方がわからなくて・・・、おじいちゃんが手で一生懸命止めようとしてたのが記憶に残ってますね・・・。

あと、余談で書きますと、たまに外での仕事中でトイレに行きたくなることがあって、そういう時に近くにある建物のトイレをお借りするんですけど、温水洗浄便座が付いてないとテンションが下がる私。あと未だに和式トイレがあってビックリすることがありますよね。そんなことを普段から感じている私がこんな質問をしてみました。

山本「ちなみにですけど、和式タイプのウォシュレットって無いんですか?」
館長「ありましたよ。」
えええぇ!?冗談半分で聞いたつもりだったのに想定外の答えが返ってきました!
自分で聞きながらも「さすがに無いですよね〜」って言う準備もしてましたよ!存在しちゃうんですね!!
んっ、でも「ありました」って過去形?
館長「すでに廃番になったウォシュレットWという商品なんですが、やっぱりどうしても和式のスタイルが良いというご年配の方々も居ますので、そういう方々に合わせた商品として販売してましたね。」
へぇー!そういうニーズがあったんですね。
でも和式でウォシュレットって距離感が難しいですよね。狙い所とか。
ウォシュレットWのように作るのが難しいように思える商品も全てはお客様のニーズの為。
社員一人ひとりの努力があって、はじめて製品を作ることができるのですね!ブラボー!
 
1964年の東京オリンピックを機に誕生した日本初のユニットバスルーム(JIS規定による)も展示されています。
ホテルニューオータニから移設したものが展示されているのでこれも必見ですね!

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さらに国会議事堂に納品された便器と洗面器も見ることができます。
 
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そんな国会議事堂についていた便器をジーっと見つめる山本。
どうしました??
山本「あれっ、館長さん!この便器、傷だらけじゃないですか?」
 
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どうやら当時は腰掛式の便器が珍しく、使い方がわからない議員が続出。
便器の両縁に革靴で乗って用を足していて、しかも靴底がすり減らないように鉄板を貼っている方もいた為に傷が付いてしまったらしいという話なのです。
「それにしてもトイレって色んな種類があるんですねぇ〜」と仕事を忘れて展示を楽しむ私。

■変わった形のトイレ写真

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 おやっ、大きさの違う便器が3つ・・・?
 
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とりあえず一番大きいサイズに座ってみました!

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デカっ!!お尻がすっぽりとハマっちゃいそう!!
実はこの便器、お相撲さんが使う力士用腰掛便器なのです!
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便座を持ち上げてみると通常の便座よりも頑丈に作られていることがわかります。

 
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すごいんですよ、これ!
密度が全然違うっていうか、頑丈なのが触っただけでわかりました。
この力士用の便器、通常販売はしておらず、受注生産となっているそうですよ。
きっと両国周辺の相撲部屋にはこのタイプのトイレがたくさんあるのでしょうね!




そして最後は世界の水まわり商品が展示されているグローバルギャラリー。
  
世界中で活躍するTOTO製品はそれぞれの地域の特徴や嗜好に合わせて作られています。
例えば中国では・・・
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ピカピカ!金!GOLD!
実際に中国には金色を好む方が多いのだそうですよ。
では、続いてヨーロッパを見てみましょう!
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便器が浮いているの、わかりますか!?
実はヨーロッパではトイレが壁にしっかりと取り付けられているんです!
ヨーロッパでは頑丈な石造りの家が多いので、壁に取り付けても大丈夫なんだそうです。
日本ではちょっと考えられないですよね(^^;)


 
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そんなこんなでTOTOミュージアムを回り終えました!
これらの写真以外にも様々な展示物があって楽しく学べました。私はとうとう(・・・・)トイレ博士になった気分!
皆さんも是非TOTOミュージアムに足を運んでみて下さいね! 

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