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ロバート山本の北九州発!企業訪問

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ゼンリンにロバート山本が潜入!

<前編はこちら

地図制作の現場を見せてもらった後は小倉にある「ゼンリン地図の資料館」へ移動。
ここでは地図にまつわる様々な展示を楽しむことができます。
資料館に入ってすぐに我々の目の前に飛び込んできた風景がこちら!

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伊能忠敬の地図(伊能中図)を、 原寸大で複製して床に展示したもの。
この資料館が伊能忠敬の九州測量の起点・常磐橋のたもとに位置することや、ゼンリン自体が忠敬と同じように「歩く」ことを基本に調査・地図制作に取り組んでいる姿勢とを重ね合わせてとの事。
これを見た私は子供のようにはしゃいでしまいました!私の伊能LOVEが伝わるでしょ!

山本「衛星からの日本列島を見ても、この伊能図とそんなに変わらないですよね。ここまで正確な地図を作るのって、当時ではめちゃくちゃ大変なことですよね。」

そうなんです。
日本中を歩き回るだけでも大変なのですが、歩幅一つにしても一歩一歩意識して歩かないと正しい測量とは言えません。
伊能忠敬は二尺三寸(70㎝)の歩幅を保ちながら日本中を歩いたとされています。
ちなみに現在、マーチングでの歩幅が65㎝。
女性自衛官の場合は70㎝で、男性自衛官が75㎝とされているとのこと。
訓練すれば同じ歩幅で歩き続けることは可能らしいですが、マーチングで歩くのは平坦な道。
でも伊能忠敬が歩いたのは補修もされていない凸凹な道だったはず。
少し歩いただけで歩幅がズレそうな道なのに、ここまで正しい地図を作った伊能忠敬。
やはり歴史に名を残すというのは凄いことなんですね!

資料館では、所蔵する国内外の各種地図の中から古地図など60点余りが常設展示されている他、全国の住宅地図帳や楽しみながら地図に親しめる「体験コーナー」など、多彩な展示を行っています。子供達も楽しめるのではないでしょうか。

ではここからは私のサービスカットをお楽しみ下さい!
伊能中図と日本史を照らし合わせて興奮する山本。

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初対面のゼンリン佐々木さんと歴史の話で盛り上がる山本。

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実家を見つけて喜ぶ山本。

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では最後に、伊能忠敬の記念碑での1枚でお別れです!

伊能殿。貴殿の蒔いた種は今やゼンリンさんがしっかりと花を咲かせております。ご安心くだされ。
…ロバート山本
 
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました\(^o^)/

どうもロバート山本です!私は群馬県出身ですが、相方達が北九州市出身なんで本当に良く北九州市でお仕事をさせてもらっております。多分群馬県出身タレントでNO.1かと…。
このブログでは、他県出身者ならではの目線で、北九州市にある世界に誇る企業におじゃまし、徹底レポートしてみたいと思います。そして私は歴史が大好きなんで、歴史的観点からも色々調査してみたいと思います。どの企業もアッと驚く事ばかり!どうぞ楽しんで読んで下さいね。

ゼンリンにロバート山本が潜入!

皆様、ゼンリンという会社をご存知でしょうか?
北九州市が全国、いや、世界に誇ると言っても過言ではない、地図制作会社のゼンリン。
今回はどのようにして地図が作られているのかを調査してきました!

まずは会議室にて、広報担当の方からゼンリンの歴史を教えて頂きました。

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ゼンリンは、不動産屋や官公庁等で使われている、1軒1軒の表札氏名が細かく記されている住宅地図を主力として制作しています。
昔は手書きで作っていたそうですが、今は完全にデジタル。
今では、住宅地図データを元にカーナビのデータ提供、そしてGoogleやYahoo!などの地図のポータルサイトを持っている企業にも地図データを提供しているのです。

山本「実は今日もそれを見てここまで来たんですよ!運転手さんが頼りなかったのでこっそりスマホで確認しながら(笑)」

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実はGoogleマップを開くと、右下にしっかりと”ZENRIN”と書かれてるんです!皆さんはご存知でしたか??
(スマホでは表示されないのでパソコンからチェックしてみて下さいね!)

山本「海外のカーナビとかもゼンリンさんがやってるのもあるんですか??」

ゼンリンは海外では地図を作っていないので、海外の地図メーカーの地図を仕入れて、それを日本の自動車メーカーが使える形にフォーマット変換しているとのこと。
その為にドイツやサンフランシスコ、近年では経済成長の著しい東南アジアなどに海外拠点を置き、海外進出を進めているのだそうです。
現地に駐在している社員さんもたくさんいらっしゃるらしく、皆さん知らない土地で頑張っているんでしょうね〜。

山本「吉本興業もアジアに展開してて各地でアジア住みます芸人が活躍してますから共通する部分がありますね!」

そんなゼンリンは1948年の戦後間もない頃、大分県別府市で創業。
創業者の大迫正冨氏が最初に手がけたのは純粋な地図ではなく、大分県別府市の観光案内用の小冊子「年刊別府」と「観光別府」でした。
その観光小冊子の巻末に地図を添付したところ、その地図が評判となり、地図に乗っているお店などに観光客が殺到したそうです。
それを知った大迫氏は地図だけを作る会社に方向転換していったのです。

ではどのようにして地図を作られているのでしょうか。

山本「実は僕、伊能忠敬が好きで、伊能忠敬博物館にも足を運んでるんですよね。」

ここで私が名前を出した伊能忠敬、17年の年月を掛けて日本中を歩いて『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人物なんです。
言わば地図業界のパイオニアとも呼べる伊能忠敬ですが、実はゼンリンさん、伊能忠敬とほとんど同じやり方で地図を作っているそうなんです。
毎年1000人の調査スタッフが日本中を歩いて回り、1軒1軒を調査しているそうです!

山本「1000人!?現代の伊能忠敬が1000人もいるんですね!」

歴史好きな山本は現代の伊能忠敬がたくさん居ると知ってテンションが急上昇!
では実際に作業している姿を覗いてみましょう!

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全国1000人の調査スタッフが調べたデータが北九州市の制作拠点に集約され、そのデータをもとに地図の修正などを行っています。
オペレーターさんが地図の上を機械でなぞっていますが、これは地形や文字を修正する作業。
ハンドデジタイザと呼ばれる機械を地図の上に置くと、パソコン画面にも同じ場所が表示され、簡単に直すことができるというシステムなんです。
地図は複数のレイヤで構成されており、建物や道路などが別データとして作られており、複数のデータが重なって一つの地図になっているんです。

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そして我々が何よりも驚いたのが「ドアツードア」と呼ばれ、全ての建物の出入り口をデータ化する、というもの。
全ての建物の出入口をデータとして把握しておくことで、ナビを使う場合には建物の出入り口まで案内してくれるんですね〜。
確かに目的地の近くまでは着いたけど、建物のどこから入れば良いのかわからないってことも多々ありますよね!これは便利!

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全国各地、何かしら変化があるとすぐにその変化情報がこの北九州の制作拠点へ集約されて、修正を行う。
常に新しい地図へと更新されている背景にはゼンリンの方々の並々ならぬ努力があるわけですね!

<後編へ続く!>

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