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安川電機 ロボット村へGO!前編
私ロバート山本が北九州市の企業を訪問するブログもいよいよ最後の企業さんとなりました。
ラストを飾るその企業さんは「安川電機」さんです!こちらでは何とロボットも製造されているということで、男の子心がくすぐられております。そして訪れたのは2015年6月1日にオープンしたばかりの、本社や工場などが集合したその名も「ロボット村」。まず本社棟のエントランスに入ってビックリ、そこには巨大な人型のモニュメントが!
「…これがロボットなのか?」と思いきや、これは「創造の源泉」を
存在として知的活動を司る女神をモチーフにしたモニュメントだそうです。それにしてもデカイ!そして美しい!…つかみはOKです安川電機さん!
そして会議室で広報の市吉さんと、百周年事業室 社史編纂担当課長 氏原さん、みらい館 館長 岡林さんにお話を伺いました。
市吉さん まず、安川電機が行っている事業をご説明します。
モータをはじめ、モータを制御するインバータや、そのモータや制御装置を組み合わせてシステムを構築する、システムエンジニアリングという分野などに事業を広げています。鉄鋼の高炉システムにおいては、国内シェア100%を占めています。
山本 ロボットも作られてるんですよね!
市吉さん はい。ロボットというとドラえもんやPepper君のような動いて喋ってというようなものを想像しがちですが、弊社では産業用ロボットということで、工場の中で働くロボットを主に生産しております。
山本 なるほど…
市吉さん 安川電機は3つの世界シェアナンバーワンを持っています。
ACサーボモータ、インバータ、産業用ロボットの分野で世界シェアナンバーワンとなっています。
山本 3つも世界一位!すごいじゃないですか!
市吉さん 安川電機の製品は日常生活の中で、なかなか目にする機会が少ないと思います。例えば、インバータがどのようなものかイメージできますでしょうか?実は私たちの生活にすごく身近な製品なのです。昔のエレベーターは停止するときに、ガタン、という衝撃を感じることがあったと思います。それは、エレベーターを動かすモータが一定の速さ・方向でしか回転することができないことが原因です。しかし最近のエレベーターは滑らかに動き出し、ゆっくり停まったりできます。その動きを制御するのがインバータです。インバータがモータの回転の速さ・向きを制御することで滑らかな動きを実現しているからなのです。
山本 そのモータとインバータが世界シェアナンバーワンなんですよね??
めちゃくちゃ儲かってるじゃないですか!?だってエレベーターなんて世界中にありますよ!!
市吉さん
2015年は当社創業100周年、ということでより多くの皆様に当社を知っていただくため、動画を作成しました!
こちらをご覧下さい。
実際の動画のURLです↓ 続いて見せて頂いた居合術の映像 山本
いや〜この居合の動画は凄いですね!是非皆さんにみてもらいたい!
岡林さん この動画で伝えたいのは、人間が師匠でロボットは弟子。ロボットは、師匠である人間に教えてもらいながら使い込んでいってようやく役に立つ仕事ができる。
人間とロボットは敵対ではなく、
両者が協力することで困難も達成できる、そういったことを言いたいビデオなのです。
そして最後は日本の企業として礼節を重んじ、お辞儀をして互いに敬意を表しています。
山本 僕も居合をやったことがあるんですけど、人間の手でも人に教えようがない感覚なんですよね。師匠も物理とはいえ人間の繊細な、切る感じのインパクトの入れ方とか、力でもないし、スピードでもないし、ザクっといく時のザクっの時の手応えを自分で覚えて、そこで合わせている。居合って。ものすごい繊細なんです。スゴいなと思いましたね。難しいことをやっているんだなと、やったことがあるんで本当にわかります。
取材スタッフ
このロボットと山本さんのボクシングで異種格闘技戦とか、そういう映像を作りません?
山本 俺はどこを殴れば良いんですか!ロボットは真剣でやるの!?再生回数はスゴいでしょうけど!
氏原さん 動画に出てきた安川敬一郎にも触れておきたいと思います。
安川敬一郎ですが、元々は徳永藤四郎という名前でした。幕末から明治維新の頃は、長男を除き養子に行って名前が変わるのが普通で、敬一郎は四男で安川家に養子に行ったんですね。安川家・麻生家・貝島家は炭鉱で財をなし、当時筑豊御三家と呼ばれました。敬一郎は、明治専門学校(今の九州工業大学)を作ったり、鉄鋼会社、鉄道事業などいろいろなことをやっています。そして、この敬一郎の五男坊が、安川第五郎、安川電機の創業者になります。1915年、100年前に創立したんですが、敬一郎からは、「資金は出すが、口出しはせぬ。」と言われたようです。
山本 むっちゃ儲かってるってことですよね。もうその時点で。まず。安川さんがスゴかったってことですよね。
氏原さん 第五郎はまず日立製作所に就職し、そのあとアメリカに留学しました。日本に戻って始めたのが安川電機なんです。現在の本社近くに事務所を開いた、1915年4月30日を創立記念日としています。それ以来ずっとこの場所でやっています。
山本 何でこの場所を選んだんですかね?
氏原さん 色々探し歩いて、この地を選んだという記録が残っています。
兄の安川清三郎・松本健次郎と3人で手弁当を持って探し回った結果、黒崎には工場に適した広い土地があり、当時工場が2軒しかなかった地元からも歓迎され、この地を選んだようです。 【歴史パネル】
山本
見て下さいよ!そうそうたる歴史ですよ!
学校を建てたりと当時からすっごい儲かってたんですねぇ。
氏原さん なぜこんなにお金があったかと言いますと、日清戦争や日露戦争で石炭がグンと売れたんです。これは自分のために使うわけにはいかないということで、世のため人のために使うことを選んだんですね。
山本 なるほど、その時から地域貢献をしてたわけですね。
氏原さん そうです。モノづくりとひとづくりには非常にこだわっています。
氏原さん 戦後、昭和天皇が九州を回られた時に弊社の工場に寄って頂いた歴史があります。
本社を1954年に建て、その設計をしたのはアントニン・レーモンドという人なんですが、この方が有名な設計家で、この貴重な建物を残そうと、現在改築工事をしております。
山本
へー、60年前のデザインにしては相当オシャレですよね。相当ハイカラな・・・。
氏原さん 1964年に東京オリンピックが開催されたんですが、安川第五郎が東京オリンピック組織委員会会長に就任しています。2020年東京オリンピック・パラリンピックでいう森喜朗さんのポジションです。
山本 えぇ!?めちゃくちゃスゴいじゃないですか!!東京オリンピックの会長ですよ!?スゴくないですか!?
氏原さん 前任の会長が辞任され4ヶ月くらい空席だったらしいんですが、同郷の議員さんが突然訪ねてきて、「会長をやってくれ」と言われ、“人に頼まれたら断りきれない性癖”ゆえに引き受けたみたいですね。開会式でブランデージIOC会長と一緒に写っている写真も残っていますし、閉会式では天皇陛下のご案内もしたようです。
氏原さん
オリンピックと言えば、弊社は40年前から陸上部がありまして、ロンドン五輪では弊社所属の中本健太郎が男子マラソンで6位に入賞しました。
山本 へぇー!ロボットだけじゃなくて陸上選手も作ってるんですね!
おそるべし、安川電機!
次回はいよいよロボット工場へ潜入いたします。
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