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江戸時代に書かれた甲斐のおhなし(10)
一、甲州祐成寺の来由 新著聞集(著者不詳)
ある旅僧、独一の境界にて、複子を肩にかけ、相州箱根山をこしけるに、日景、いまだ午の刻にならんとおぼしまに、俄に日くれ黒暗となり、目指もしらぬ程にて、一足もひかれざりしかば、あやしくおもひながら、是非なくて、とある木陰の石上に坐し、心こらして佛名を唱ながら、峠の方をみやるに、究竟の壯夫、太刀をはき手づからの馬のくつ草鞋をちり、松明ふり立て、一文字に馳くだる。跡につゞき若き女おくれまじとまかれり。あやしく守り居るに、壯夫のいはく、法師は甲斐国にゆくたまふな。われ、信玄に傳言すべし。通じたまはれ。某は曽我祐成にてありし。これなるは妻の虎、信玄は我弟の時宗なり。かれは、若年より此山にあって、佛經をよみ、佛名を唱るの功おぼろげにあらずして、今名将なり。あまたの人に崇敬せられ、又佛道にたよ
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正しい山本勘助 歴史を創作する人々(1)...
2007/9/9(日) 午後 6:16
<山本勘助資料集>
◎ http://sky.geocities.jp/yamamotokannsuke2003/
山本勘助が可哀想
何故かというと
今年で死ぬのです。
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江戸時代に書かれた甲斐のおはなし(4)
2007/8/15(水) 午前 6:04
31、一、武田番匠 秉穂録(岡田挺之)
通志に、今之庸俗以ク船輸善揄レ材。凡古屋壮麗ナル者、皆曰魯船造ルト。殊不レ知、船為二何代之人一と、此士にも、飛騨の工、武田番匠が建たるといふ事多し。似たる事なり。
32、甲
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江戸時代に書かれた甲斐のおはなし(3)
2007/8/15(水) 午前 6:03
21、甲斐国都留郡の縫之丞のこと 閑田次集(伴 蒿蹊) 享和二年(1802)十二月の末つかた、甲斐国都留郡小明見村の民縫之丞なるもの、其隣人の黄疸に悩みけるを、両親ふかく悲しみ、又代るべき兄弟もなければ、いかにもして病を癒しめんとおもふに
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