さぶやんの”山梨歴史ジャーナル"

山梨は歴史・伝説・民話のふるさとです。

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勘助の生活信条(5)

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91、
 妻を離縁するに五離の法有り。是は聖徳太子定め給ひし掟也とぞ。
  一、狐(口中の匂 惣身の中匂)有は懐妊せさるうち早く離別すべし。出
生の子に傳はる也。
  一、舅姑に不孝不埒は去るべし。
  一、娶ならば妾を抱へて子を出産させんとするに是嫉妬せは去べし。
  一、酒宴遊興を好遊山を好異見を用ひざるは去るべし。
  一、召仕の下男下女に親疎あらば去べし。


92、
 我心に応せず共離別ならざる五不離の捉有り。
  一、家督の男子を産たる妻は離別ならず。
  一、両親の病中を能介抱し、先途を見届呉たる妻は去がたし
  一、倹約を能守り家来の男女を労り、下知に伏し、恐敬する徳の妻は去が
たし。
  一、夫不行跡か主君へ不忠の筋に身命を拠って諫争する妻は去がたし。

93、
 諸芸の稽古古近代は古へと違ひ下より昇進する事をまたるく思ひ初心より上
達の心有は甚た悪し。下より段々上りてこそ益あり。勤仕する士の立身出世も
同じ事也。
 必打越して先を急ぐべからず。却て先を先をと打越し急ぐ時は人を掻退け悪
き邪心発起する也。童の手跡以呂波より書覚ゆると同じ順路を運ばざれば往く
べき所へは行れざる也

94、
 海川へ乗船するに心中に覚悟あるべきは我没水して果る死地は爰也と決定し
て乗る時はたとへ風波荒くして船中覆に及ぶとも舟暈なし。

95、
 洋中の大灘にて波荒船危く早没水の輩ありとも我壹人は心溺死せざる心得に
て早く纜近くへ立寄り上帯を纜へ引通し、手をはなさず拳をしかと抑へし船覆
へり。乗人荷物を海へ落し果ると般軽く浮くもの也。さすれば身命を保つ也。
 又纜へ立よりがたくば草籠やうの物に取つき離るべからず。何程重き荷物な
りとも沈み果る事なし。是にに抱き付しかと取付居れば水に没るゝ事なし。其
内には助船来てあやうきを遁るゝ也。此心得は北海より上方筋へ廻船渡世の船
頭某教へくれし事也。

96、
 近代一番鎗一群鎗の武功を流言ずる者は沙汰なし。但五十年も以前は三番鎗の名称始まれり。三番鎗と云事は前は聞かざる也。味方長柄之者敵江進みかゝる時は形を顯はし左右へ進み出る者是一番二番の鎗功名なり。然れども場数を多く踏たる輩は跡を引付鎗を入る故討死せず。場数を踏ざる者は只々武功手柄のみを心懸てはやり一番鎗入る時は跡の引付無故計死多し。

97、
 城乗の折柄一途に名誉を顯はさんと乗掛る故堀内より打出す鉄砲に当り塀へ
乗りかゝる所にて宜敷打落さるゝ者多し。全く心懸行届かざれば也。鎖羽織又
は常の羽織なりとも鎌に打かけ前楯となして塀へ乗かけべし。若鎌をはなしが
たくば手鎗を横たへそれへ羽織を打掛て楯とし乗べし。雨霞の如く来る箭玉に
ても身に受留ざる也。いか様にも気転をきかすべきこと也

98、
 城乗の心懸前方水沓を忘れすはくべし。何れの籠城にても堀を浚い深ふし水
を湛へ置もの也。當国は海何少し水馬鍛練なし。堀を是非とも越へざれば塀下
へ着がたし。都而一城の四方地面の高低立廻りの仕能き場所等豫め見積り心懸ざれば一番乗を仕損じなば残念の至り也。

99、
 若市中にて怨みの敵に出会討果して其場所を立退くとき人家へ入て腰の物の
血をぬぐはざれは退き果しがたし厠へ入て厠の下たみの中へ身を差込んでから
何にても拭ふべし。中身乃血跡よく取るもの也。

100、
 主君不意に召るゝ時あわてゝ出まじく先づ召の御答をして次の間にて胸より
臍下へ心気をしづめ二三度撫下ろしてしとやかに罷出べし。我思はざる寄事を
御尋り時胸突うろたゆる也。主君の内心あわて者と見限らるれは我立身の障り
と成也。
聾珂ヒ

101、
 毎度閑暇の折妻子下人を呼寄大下の法度は勿論國家の掟等を読聞かすべし。
度々聞すれば能覚へて法度を背くことなし妻子や下人法度を背き犯すは主たる
者の精麁なる故也。

102、
 人生れながらにして麁相なるものなし。只心の動静によるもの也。動くもの
は危く静なるものは安し。
  斉家者在脩身脩身者在誠意誠意者在正心


此百目録者永禄元年正月雪降積りし日御陳間々歴々衆御伽に相詰山本道鬼入道焼火之間に控居處御前より曽根内匠を以て道鬼入道江被仰下ば当時戦國たる故弓馬兵術の稽古無暇は未練之若輩修身斎家の道に難取者容易に可心得條々を書記し與へよとの仁命有之道鬼入道再三辞退也。又々被仰下ば若輩の諸士修身斎家の道に至る時は信玄満足潤色也。
 必辞すべからすとの御懇命奉感て御前へ罷出奥祐筆宗白を招次第不同御詐容有べしと右之條々水の流るゝ如く舌授して其に書て入ご覧に甚感歎ましまし所々御筆々加へられ當参昵近の歴々十三人に賜ふ也。

 土岐殿 一條殿 犬山鉄斎 遠江守 一花堂 小笠原慶安 跡部大炊介
 長坂長閑 武藤喜兵衛 三枝勘解由 曾根内匠 御同明春阿彌
  
 武田家之面々聞傳へ書冩珍重せんと望し者も有しかど戦國の世の中故篤實の人物希に而頑の意地合なる故冩し置傳ふる事各十三家の子孫断絶して今世に希也。中巻伊勢守幸に冩置しを代々秘蔵し予米齢の加歳若き輩の為に止むもの也。閑暇の折柄読覚へば武失心得方一助なるべし

   信州牧嶋在城 中巻伊勢守義貫
 五代 潜龍斎義保


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