さぶやんの”山梨歴史ジャーナル"

山梨は歴史・伝説・民話のふるさとです。

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一、安田遠江守義定後裔   松屋叢話(小山田與清) 

余が實父は武蔵国多摩郡小山田の里人にて、田中忠右衛門源本孝といふ。安田遠江守義定の子、田中越後守義資(よしすけ)の後にて、世々越後国にすめりしが、永世元年に、大炊介義綱はじめて武蔵国にぞうつりすみける。義綱より弾正義昌、和泉義純、宗右衛門某。喜四郎政喜、佐次右衛門政カツまで、六代歴て本孝にいたれり。本孝字は笠父。號をば添水園とぞいひける。うの庵に名づくる説は橘千陰が書たり。詞はわすれたり。 歌は、
  小山田の山田のそぼかくしつゝ
 秋てふ秋にたちさかえなん
 本孝和漢の書にわたりて、詩歌俳諧に心ぞふかめたる。云々

 一、甲斐国の百姓が名歌よみたる話 松屋叢話(小山田與清)

 享保の頃、甲斐国の民がよめれし歌に
  おもひかね心の花のしをれつゝ
 夢にわけゆくみよしのゝ山
 といへるは、こよなうめでたきよし、世にもてはやしとぞ。

 一、新羅三郎義光 笙の事   松屋叢話(小山田與清)

 清和天皇四代満仲之子曰二頼信一。其子頼義。于レ時将軍任ス二伊豫守ニ二。其子有二四人一。一人出家快誉。一人ハ義家。鎮守府ノ将軍號ス二八幡太郎一。一人義綱。號二加茂次郎一。一人號二義光一。是新羅三郎也。この義光は、かくれなく笙に得たる名人也。豊原の時元の子時秋といひし、幼稚にして父をうしなひければ、秘蔵の事をもえきかで有しに、時秋道に深くや有けむ。永保のとし、義光、武衡、家衡を責んとし、戦場に趣給ひしとき、江州かゞみの宿まで跡をしたひて馳参じ、御供仕むといひけるを、義光深く諫給ひけれども、猶参まゝに足柄山もでこえてけり。義光仰られしは、此山は関所もきびしく有べければ、かなひがたかるべきと懇に申給ふをもきかで、さらにとゞまるべくもあらねば、義光かれが思ふ所をしろしめし、馬よりおり人を退、芝をはらひ、楯など敷て、大食調の譜を取出して、時秋につたへ給ひけり。時秋相うけて帰り、豊原の家を興しけるよし、橘の季茂が記にみえぬ。むかしの人の、道のこゝろふかゝりける事、かくまで殊勝にこそ有けれ。
 
一、進言の玉言の事   松屋叢話(小山田與清)

 武田信玄大夫晴信の金言に、人は大小によらず、七八歳より十二三歳までに、大名ならば、能き大将の行儀作法を、語りきかせて、育てるがよく。また小身ならば、大剛のものが、武勇の働き、其外忠心の善き業作を語りきかせて育つべし。総じて人の心は、十二三歳の時聞入て本附たることが、一生の間失ずして、谷水が川水になり、川水が海の水になるごとく、人の智慧も、若輩のとき聞たることが、次第に廣大になる計也。十四五歳より後は、婬欲をさへたしなめば、人になるもの也とぞ。

 一、大河内藤蔵記事、丙戌三月九日異聞 兎園小説外集(瀧澤馬琴)

 私儀生国甲斐国山梨郡藤木村御代官小野田三郎右衛門様御支配、百姓甚左衛門忰にて、去々申年中御當地へ罷出、知人深川八幡前佃町家主彦兵衛世話にて、去酉年八月中、一橋様御小姓組頭瀧川主水方へ侍奉公罷出、相勤罷在候處、傍輩中間三平と申者、常々手荒成者にて口論等仕、其上博奕致候に付、當三月五日、主人より暇差出候處、衣類等にも差支候間、差置呉候様取計の儀相頼候に付、主人方へ取繕いたし遣し差置候處、主人用向相辨兼候に付、右體の儀にては難二差置一候間、其趣當人へ申聞候様、一昨七日主人申付候間、其段三平へ申聞候處、取用不レ申、其上今朝帰り不レ申候に付、奥方へ其段申聞候へば、先私挟箱持市助に草履を為レ持、両人計、迎に罷越候様申付候に付、則同道仕神田橋中屋敷へ罷越、主人退散を相待候處、三平罷越候に付、何方へ罷趣越候哉と承候處、一旦暇出候身分の儀に付、何れへ罷越候共、勝手次第の儀に有レ之旨申、主人始私儀を悪口雑言等申掛候へ共、平日手荒成者敢不レ申、程能及二挨拶一候處、猶々聲高に申募り候故、種々理解申聞候へ共聞入不レ申、若年者と侮り、理不盡に打掛り打擲に逢、殊に主人外聞にも相 り候に付、餘り残念に存、不レ得二巳事一刀抜放し候處、猶又罵り打掛候故、腕切落し候得ば、門外へ欠出し候間、追懸か罷出候處、又候私へ打掛り、其上御屋敷前溝の下水へ蹴込候に付、旁心外に存起上り、無二是非一打果申候。此外可二申上一儀無二御座一候。以上。
   三月九日   瀧川主水家来 大河内藤蔵 戌十七歳
 御徒士目付 
   依田源十郎殿
   神谷昇太夫殿
瀧川主水草履取 三平 戌四十四歳  疵 所
 左り二の腕臂(ひじ)際より切落、
 面部左りの方、竪に三寸程切下げ、同所横三寸程一カ所、胸 に突疵二カ所、右の腕中指の間より竪三寸程切割、止め咽一 カ所、(中略)
 一、藤蔵みずからうふ。享保九子年以前は、松平美濃守吉保、   同伊勢守吉里、甲州府中領主の節迄、藤蔵先祖は二百五   十石にて家来なりしよし、柳沢国替以来郷士に被レ成候。   今は百姓になりしとぞ。云々
 

一、文政九年、著作堂展覧目録(抜粋) 兎園小説外集(瀧澤馬琴)  

 甲州巨摩郡韮崎合戦図 写本
   甲州巨摩郡新府中城図 写本
   武田流采配   写本
 一、異年號辨 兎園小説外集(瀧澤馬琴)

 甲州巨摩郡布施庄  小池圖書助 
   西 国 三 十 三 巡 禮
  時弥勒二年丁卯吉日
 (文安四年の丁卯か、永禄十年の丁卯なるべし)
 足利の季世、天下に亂れ、菅家の人々諸国に縁をもとめて、流客となり給ひしこと多くありければ、京家の人の甲斐国に住したるならんか。
 武田家の侍の中に、小池主計助、(山懸衆)小池玄審など云人、甲陽軍艦に見えたりといへり。(中略)
 又甲斐国都留郡妙法寺奮記に永正四年を弥勒二年としるしたり。云々


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