さぶやんの”山梨歴史ジャーナル"

山梨は歴史・伝説・民話のふるさとです。

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甲斐国志・山本勘助記載事項
山本勘助(諸録名晴幸に作ル未考)軍鑑に天文十二年三月板垣借方ノ挙二由リテ、勘助ヲ駿州ヨリ招ク。勘助ガ為人垣黒抄眼手足不具ナリ。晴信見テ大二悦ヒテ云容貌如是ニシテ盛名アリ。其能可知トテ百貢ノ契約ナレドモ加倍之属卒二十五人、足軽隊将ト為ス。又、増五百貨卒五十人、旗本ノ足軽隊将原・小幡等ト列シ、五人衆ト称ス。
後信玄ト同シク除髪シテ号、道鬼斎。
知略絶倫兵法ノ微妙二達ス凡ソ後世武田家ノ兵法ヲ言フ者必ス勘助ヲ宗トス事ハ載諸録テ詳ナリ。
永録四酉年九月十日河中島二戦死ス。年六十九。身千八十六創アリ。知行八百貰二至ル。参州牛窪ノ人ナリト云。
按二勘助ノ死所ハ河中島八幡原トテ、八幡ノ小祠アル処ナリ。碑高畑村二在シガ、千曲河ノ涯崩レテ、今ハ芝村大宝寺二移シ、弥陀堂ノ傍二建ツ。旧物ニハ非ズ。山本入道鬼居士ト刻ス。銘文ハ略之。又、杵淵村輿厩寺ノ牌子ニハ神山道鬼居士トアリ。
一本系図二勘助ノ先験州源氏吉野冠者ノ後胤(鎮守将軍源満政ノ裔、本田重賢ノ男太郎重季号吉野冠者承久ノ乱二京方二在り。蓋シ是力。
今富士郡山本村吉野茂兵衛ト云者ノ所蔵天文永禄ノ間、今川家文書数通其外吉野氏ノ事間々見エクリ)
吉野浄雲入道貞倫累世山本村二住ス。八幡宮ノ祝戸ナリ。貞倫ノ二男弾正貞久、今川家二仕へ功アリ。更氏云、山本料ノ前立二八幡ノ神号ヲ彫ル家堅三巴ナリ。所領ハ山本ノ内三沢、石宮、参州加茂ノ内合三百貫、文明十戌年七月十二日戦死干参州「法名鉄関直入禅定門」、其男図書某(名亡)後改禅正妻庵原安房守妹也。
(異本ニ山本弾正ノ女庵原ノ妻トアルハ二代ノ安房守ナルヤ)
弾正ノ男数人アリ第四云源助貞幸年十二参州牛窪牧野看馬允ノ家令大林勘左衛門ノ養子トナリ改名勘助年二十二シテ、有故養家ヲ辞ス。諸州二偏歴スル事三十余年、後武田家=仕へ賜、諱字義晴幸時年五十二(戦死ノ事同前)
法名鉄岩這一禅定門、
駿州富士郡山本村宗持禅院二牌アリ。
北越軍談二勘助ノ父ハ牛窪ノ牧野新二郎成定ノ被官勘右衛門某也(又云半九郎)伯父山本帯刀左衝門成氏ニ従ヒ学兵法、又同州寺部ノ鈴木日向守重辰ニ兵法ノ奥秘ヲ伝へ参州加
茂都二帰り、今川ノ家老庵原安房守忠胤ニ倚ルトアリ。軍鑑ニモ庵原二倚居ス云。上京(但シ今川家二奉公ヲ望ミ庵原二頼ミ九年間駿州二在り云云。ト記シタルハ非ナリ。勘介原駿州ノ人庵原ノ近族ナル事ヲ知ラス。歯莽上玉へキ耳)
○ 山本某
○ 勘助ノ男ナリ名未詳。一本系図作二勘蔵信供。天正壬午ノ後云云ノ事アリ。軍鑑云子息両度場数モ有リシカト長篠ニテ討死ナリ(伝解源蔵二作ル)
源三郎ハ三国志ニモ見ユ幕府二奉仕壬午ノ起請文二同主殿助卜二人武田ノ近習衆トアリ、未夕勘助ノ男子ナリヤ否ヲ知ラス。又一系二饗場越前剰長ノ次男十左衛門頼元云者勘助ノ娘ヲ妻トシ山本氏ト改メ其男権平仕二永井信濃守森二山本勘助一上玉府中妙音寺過去帳二寛文十一亥正月二日
本覚院智証日意(山本勘助母)トアリ
○ 山本土佐守 
○ 所祖未詳。羞シ本州二旧ク伝ハル氏ナルへシ土佐ハ武河南営二住セシト言ウ。彼士庶部ニモ記セリ。軍鑑ニ小人頭十人ノ列、横目付衆ナリ場数十一度ノ証文アリ一本系図二土佐ノ男弥右衛門、弥三左衛門、三看衛門
(壬午ノ起請文二小人頭山本孫看衛門昼屏アリ大坂軍記等二千本槍甲陽ノ旧臣云云山本弥五右衛門ト記セリ何レカ誤写ナラン)
弥右衛門ノ女嫁石坂金左衛門其子為山本嗣云、弥鵜衛門子孫武州八王子二在り。又一本二土佐守政道ノ男山本与次左衝門政法ヨリ系スル者アリ
○山本大琳 軍鑑二伽衆トアリ医師ナリ幕府二奉仕ノ子孫有り

○山本帯刀成行
○山本帯刀成行 始ヨリ幕府二仕フ烈祖成績云、永禄十一年辰三月命帯刀修築城郭改引間日浜松 (徳川歴代云帯刀甲州人勘介弟名重頼今従二松栄記事一)
参河風土記二帯刀ノ事載ス。始名ハ新四郎在越後、即チ勘助ノ弟ニテ兵学二達セシ由ナリ。後二幕府二奉仕シ賜五千石、但シ名頼重二作ル本州ニハ曽テ所聞ナシ。

勘助の生活信条(5)

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91、
 妻を離縁するに五離の法有り。是は聖徳太子定め給ひし掟也とぞ。
  一、狐(口中の匂 惣身の中匂)有は懐妊せさるうち早く離別すべし。出
生の子に傳はる也。
  一、舅姑に不孝不埒は去るべし。
  一、娶ならば妾を抱へて子を出産させんとするに是嫉妬せは去べし。
  一、酒宴遊興を好遊山を好異見を用ひざるは去るべし。
  一、召仕の下男下女に親疎あらば去べし。


92、
 我心に応せず共離別ならざる五不離の捉有り。
  一、家督の男子を産たる妻は離別ならず。
  一、両親の病中を能介抱し、先途を見届呉たる妻は去がたし
  一、倹約を能守り家来の男女を労り、下知に伏し、恐敬する徳の妻は去が
たし。
  一、夫不行跡か主君へ不忠の筋に身命を拠って諫争する妻は去がたし。

93、
 諸芸の稽古古近代は古へと違ひ下より昇進する事をまたるく思ひ初心より上
達の心有は甚た悪し。下より段々上りてこそ益あり。勤仕する士の立身出世も
同じ事也。
 必打越して先を急ぐべからず。却て先を先をと打越し急ぐ時は人を掻退け悪
き邪心発起する也。童の手跡以呂波より書覚ゆると同じ順路を運ばざれば往く
べき所へは行れざる也

94、
 海川へ乗船するに心中に覚悟あるべきは我没水して果る死地は爰也と決定し
て乗る時はたとへ風波荒くして船中覆に及ぶとも舟暈なし。

95、
 洋中の大灘にて波荒船危く早没水の輩ありとも我壹人は心溺死せざる心得に
て早く纜近くへ立寄り上帯を纜へ引通し、手をはなさず拳をしかと抑へし船覆
へり。乗人荷物を海へ落し果ると般軽く浮くもの也。さすれば身命を保つ也。
 又纜へ立よりがたくば草籠やうの物に取つき離るべからず。何程重き荷物な
りとも沈み果る事なし。是にに抱き付しかと取付居れば水に没るゝ事なし。其
内には助船来てあやうきを遁るゝ也。此心得は北海より上方筋へ廻船渡世の船
頭某教へくれし事也。

96、
 近代一番鎗一群鎗の武功を流言ずる者は沙汰なし。但五十年も以前は三番鎗の名称始まれり。三番鎗と云事は前は聞かざる也。味方長柄之者敵江進みかゝる時は形を顯はし左右へ進み出る者是一番二番の鎗功名なり。然れども場数を多く踏たる輩は跡を引付鎗を入る故討死せず。場数を踏ざる者は只々武功手柄のみを心懸てはやり一番鎗入る時は跡の引付無故計死多し。

97、
 城乗の折柄一途に名誉を顯はさんと乗掛る故堀内より打出す鉄砲に当り塀へ
乗りかゝる所にて宜敷打落さるゝ者多し。全く心懸行届かざれば也。鎖羽織又
は常の羽織なりとも鎌に打かけ前楯となして塀へ乗かけべし。若鎌をはなしが
たくば手鎗を横たへそれへ羽織を打掛て楯とし乗べし。雨霞の如く来る箭玉に
ても身に受留ざる也。いか様にも気転をきかすべきこと也

98、
 城乗の心懸前方水沓を忘れすはくべし。何れの籠城にても堀を浚い深ふし水
を湛へ置もの也。當国は海何少し水馬鍛練なし。堀を是非とも越へざれば塀下
へ着がたし。都而一城の四方地面の高低立廻りの仕能き場所等豫め見積り心懸ざれば一番乗を仕損じなば残念の至り也。

99、
 若市中にて怨みの敵に出会討果して其場所を立退くとき人家へ入て腰の物の
血をぬぐはざれは退き果しがたし厠へ入て厠の下たみの中へ身を差込んでから
何にても拭ふべし。中身乃血跡よく取るもの也。

100、
 主君不意に召るゝ時あわてゝ出まじく先づ召の御答をして次の間にて胸より
臍下へ心気をしづめ二三度撫下ろしてしとやかに罷出べし。我思はざる寄事を
御尋り時胸突うろたゆる也。主君の内心あわて者と見限らるれは我立身の障り
と成也。
聾珂ヒ

101、
 毎度閑暇の折妻子下人を呼寄大下の法度は勿論國家の掟等を読聞かすべし。
度々聞すれば能覚へて法度を背くことなし妻子や下人法度を背き犯すは主たる
者の精麁なる故也。

102、
 人生れながらにして麁相なるものなし。只心の動静によるもの也。動くもの
は危く静なるものは安し。
  斉家者在脩身脩身者在誠意誠意者在正心


此百目録者永禄元年正月雪降積りし日御陳間々歴々衆御伽に相詰山本道鬼入道焼火之間に控居處御前より曽根内匠を以て道鬼入道江被仰下ば当時戦國たる故弓馬兵術の稽古無暇は未練之若輩修身斎家の道に難取者容易に可心得條々を書記し與へよとの仁命有之道鬼入道再三辞退也。又々被仰下ば若輩の諸士修身斎家の道に至る時は信玄満足潤色也。
 必辞すべからすとの御懇命奉感て御前へ罷出奥祐筆宗白を招次第不同御詐容有べしと右之條々水の流るゝ如く舌授して其に書て入ご覧に甚感歎ましまし所々御筆々加へられ當参昵近の歴々十三人に賜ふ也。

 土岐殿 一條殿 犬山鉄斎 遠江守 一花堂 小笠原慶安 跡部大炊介
 長坂長閑 武藤喜兵衛 三枝勘解由 曾根内匠 御同明春阿彌
  
 武田家之面々聞傳へ書冩珍重せんと望し者も有しかど戦國の世の中故篤實の人物希に而頑の意地合なる故冩し置傳ふる事各十三家の子孫断絶して今世に希也。中巻伊勢守幸に冩置しを代々秘蔵し予米齢の加歳若き輩の為に止むもの也。閑暇の折柄読覚へば武失心得方一助なるべし

   信州牧嶋在城 中巻伊勢守義貫
 五代 潜龍斎義保

勘助の生活信条(4)

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71、
 姉何程親敷輩友たり共我心腹又寝勝手の左右を語るまじ。深く慎有事也左の
古語を常々口吟すべし。
  交人話三分常可残七分昨花令塵埃昔友今怨敵

72、
 金銀の差引より損得に付て懇意の中に隔呉越事卑劣の甚敷也。金銀を用立時合力の心入りにて真実實に用立べし。
 貸といふ心の返済を待故眞切を失ふ。此欲心をはなるゝ時は年久しく交りて
も争ふ事なし我が徳を失はず、
  晏平仲能人交人久敬之
 
73、
 我子不行跡を他人に頼て異見さする親は甚だ僻言也。愚か成子を他人披露するは親子情にあらず我分身の子なれば何が度も教訓すべし。再三教導して不聞入放埒無頼の者ならば見切りて勘当すべし。

74、
 我子放埒にて金銀を遣ひ捨ば能々ためし見届聞糺遊所狂ひ又は無益の美麗を好むかの事ならば側へ引つけ始終の損益世評の取沙汰天の御責等の恐身に取ての揖益能利懈を説聞すべし。只博奕勝負事にはまり不聞入体ならば親子の縁を裁って早く迫拂すべし。手後れにならば極めて後には盗賊と成者多し。

75、
 子の善悪邪正は親たる者の躾による事也。三歳己後言語を教へ五歳以上は起居動静を指南し、七歳よりは手習をすゝめ八歳よりは読書習はせ十歳に至ては身の行を第一主に忠親に孝他人たり共老を敬兄弟の差別は勿論子を慈むて教を能し人の応対送迎式礼を合点さすべし。貴賤ともに教導躾第一也。年頃に相成なま物知りに成ては時後れ也。

76、
 幼少の子供友たちを集遊戯するに可嫌友あり
  短気の生れ、悪口雑言、臆病、欲深き偽りを云、中言を云、懇意の友中を
  隔つ、他の噂譏、麁忽成、泣癖、盗心、美食美服を好、
 是は楠正成生立に安間某を介添としてケ條を書渡し育てさせ撰友の戒也とぞ。
77、
 懇意を見限り交りを断つに只一度にて見限べからず。三度迄は我心入をさと
しすゝむべし一度にて見限るは後悔する事有もの也。親類うち猶以の事也古語に、
  撰而後交則無恨 交而後撰則財恨

78、
 武士たる者人を討て迯立退は非強至極也。次第によって不得討果ば其意趣を
書記し腹切るべし。尤親有らば一旦立帰り親たちへ訳合を申述検使を受けて其
上に真気を静め、夫々へ挨拶し腹切るべし。

79、
 忠孝の二つ表と裏也。父兄の中に叛逆あらば一旦は諌言すべし。承引なくば
主君へ父の一命を乞受逆意の次第を明白に申佗其身は腹切て果べし。是則忠孝二つながら全き所なり。

80、
 人と交るに世上に何の望なきと云人に深く不可交貴賤ともに人望無と云事は
なし。望有ればこそ則今日の行跡を慎み不乱也。然るに何事も望無と云人は己
が心を本とし我慢気随成もの也。今日心能く交るとも明日は気随出て盡ると知
るべし。

81、
 人と予と理非を諭ずる折柄相手のみ非也と理を以云勝んと募る間敷連て間答
すべからず、理非間答に云募る上は互に討果より外なし。唯言を和らけ座を退
き再三了簡すべし。彌其許被申處理分にて某非義に極らばいかにも其許の心に可被任と遠ざかるべし。遠退て互に介別ある時は何事なく濟もの也。郁ての事一席一時に決行するは悪し心の琢磨第一なり。

82、
 武士は勿諭農工商の輩も天台真言の智識修験の行者へ便りて九字護身法の伝授を受べし。武士は戦場に臨で覚悟の外の犬死を逃れ転運の徳有又常に妖怪に浸されざるの益有る也。

83、
 毎夜臥す時此歌を吟じ枕神へ手向て吉。
  此うちへ来る人あらば名を告よ名字知らせよ我枕神
  胸江勝 腹江丞 臍江叶
 右の宇を指にて書へし。  
 
84、
 夜盗入ることあらば噪て聲を不可立静に起上定て此口より入べきと思ふ所へ
白刀を抜持提べし群有ば先最初に物見の盗人内の様子を伺に入也。とくと入済
して刺留べし。切るべからず。切りつけると聲を立るもの也。死骸を引退け脇
へ片付置べし。外に扣へ居賊は物見の賊立出て内の模様を告ざる故如何哉と忽入處を見済し是をも刺殺べしさのみ多人数来るものにもあらず五人にても六人にても我心を静めて壮遂べし。是に恐れ余は逃走るべし。心追ふべからす他聞に賞美せらるゝ也。治平の御世たり共邊鄙の住居は心懸べし。

85、   
 治乱倶に飯米の出納に小役人を撰び、ひそかに申合二人前の扶持米を計る時壹勺づゝ除き置べし。拾人分米にて壹合也。百日除け置ば飯米壹斗也。百入分は壹石也。残戦國籠城してもはや兵糧払底と云時此除米を出し見れば士卒驚きまたも余計有るべしと心たしかに勵見彌力戦一ときは働く也。又冶世には連年不作の時は貢穀少し此時に件の除米を取出し用益すべし。尤出納の役人を能く可撰事也。其人を選ぶにはさまざま人に性分有り先可嫌は、
  物を惜ぬ生 酒を好む生 情愛深き生 無算用生 賄賂好生
 右之人品を楠正成兵糧奉行の五禁と定置れし也。

86、
 夜中の心懸には、四季ともに毎夜紙帳を二ケ處に釣置半夜づつ入れ替え寝べし。何れの紙帳に臥る哉家来共は勿諭妻子にも知らせまじ。是意昧事也。

87、
 近代家督の実子無き時は養子を貰て家督を繼せるに木意の事あり。又不本意
の養子あり、たいていの人情は時勢つよき家より迎ふる事不本意の養子なり。

88、
 先祖の霊魂祭亡霊も祝着あらん。血脈断絶を憂るは知れたること也。貴も賤
しきも手前親族の中より迎取養ふべし。尤父方の筋目有は順道也。父方に無ば
母方迎取べし。我が妻の続より迎取は逆の筋目也。家名の相続は先祖へ対しての信義是より重き事なし。血脈絶るも是非なし。男女ともに養子を迎へば父方
を第一とすべし。

89、
 妻女を迎ふるに血筋正しく貞操の聞へ有るを吟味すべし。是又近世は濁世の
刃傷皆容色美麗のみを撰て筋目貞操は糺ず只々美(眉)目麗はしきを第一とす
ろは心得違也。古語に、
  妻者可撰箸 妾者可撰形
 媒の云事を信ずべからず。手づるの者を尋穿鑿すべし。第一親立へ孝目上を
敬ひ召仕の者共へ仁憐帝は質素の姓分か、花麗を好か、生姓寛なるか、急成
か、血筋と箸とを可味事容色の事は捨て又悪敷病の症等を聞糺すべし。

90、
 妻縁極り入嫁して式正の祝儀相済閨へ入り妻に同て詞を和らげ左のケ條を能
く申聞せ其返答を聞べし。
  一、今日より両親の腰元と改て萬専用向を達べし。
  一、内縁を頼て他向より申来ること麁忽に取次間敷事。
  一、手前召仕男女親疎之依怙有間敷事。
  一、産神詣先祖の墓参の外出間敷事。
  一、衣装に風流を不好質素に行跡有るべき事。
  一、遊芸を好て芸人を招まじき事。
  一、元上戸なりとも禁酒すべし。
  一、其事の理を云ふとも当座に憤り言葉返答有べからず。

勘助の生活信条(3)

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41、
 海川に臨て渡賃をかれこれ惜み時剋をうつすは悪し。一寸の間に風雨の大変
有は不得止事逗留して用向後れ迷惑するもの也。

42、
 駅馬に荷物を付下す時、下人計りに任せず自分能く見分すべし。馬借は正直
にても道中は灰賊之廻り心切に見せて手傳掠取同類江手早く渡し隠るゝ也。

43、
 道中泊宿を取るに心得あり。心安きを取得として宿外れの小家に泊るべから
ず。極めて悪當の落今集る處と知べし。駅の真中の宿を泊とすべし。

44、
 泊りの宿につかば其旅装束のまゝにて立廻り見所は束西南北より庭口雪隠裏
庭等抜道座敷間取萬事胸に心得べし。是火事地震盗賊の為也。

45、
 何れ泊宿にて床の間の懸物あらば立寄掛物をまくり楊後ろを能く改め見るべ
し。又押入等も襖を明て見るべし。板壁に切抜の穴ひよわき板壁等いぶかしと
見ば少も驚かず扨急用を思い出したりとて食事を急ぎしたゝめ駅馬に荷物を付
させ夜に入ても立出二宿も行過て泊るべし。
 此あやしき一事は手前家来にも語るべからず。宿にて推量する時は却て災の
発る事有也。往還の横道又山家の旅宿には如是場所有事也。

46、
 旅行の前に用心鈴(四つ・五つ)又竹(釘十本程)用意すべし。泊布我寝所
入口々へ右の竹釘を打鈴を糸もて釣し置べし。目さとき人にても旅の労に神心
たよわく成也。

47、
 泊宿大家にて座敷穂広くとも壁際戸障子襖際江は寝べからず。外より殺害の
災有もの也。宿のもの寝床を敷取とも跡にて自分取直すべし。座歎の広くとも
先は眞中へ寝べし。働き自由也。

48、
 宿より燈を消へざる様にさし置とも自他の輩寝しづまりて後燈火を吹消すべ
し。是は利有て害なし

49、
 何程急用の旅行なりとも上下三人迄は余り未明に立べからず。灰賊強盗共朝
立小人数の旅人を待伏する事あり。たとへ切抜るにもせよ。此方に手負之者出
来る時は引合に相成又関所番所に而引留られ用辮のさまたげに成也。とかく旅
宿屋にてはいか程早くとも旅人を立せさへすれば、用向済事故不実の宿屋多
し。横道は猶東也。東の白むを待べき也。

50、
 念を入るゝには朝出立の食事争調る砌旅籠代を拂説宿へ申付昨夕宿着の刻限等手形立を書出さずべし。道中前後の場所刃傷の事変れる珍事有時往来を止めて旅人を改る時には右の手形を出して證據を云述通るに益有。

51、
 旅行は勿論常々宮寺へ参詣し茶屋等へ立寄り休息の折から不知人と馴々敷物語して長居すべからず。いか様の事出来し見捨がたき事あり慎べし。

52、
 下女下男を召抱に分別あり。男は尋常の手形にて宜し。下女の證文は念を入
べし。左の文言を入させべし。此女未縁邊々之約束無之何方より、茂搆無之御
安心可被召仕候勤仕候中懐妊致候共親類より、御主人江六ケ敷義不可申掛相手同志の相封に可仕候。

53、
 下人を召抱るに第一生国を尋べし。寒国の生の者の暖國にて仕よし。暖国に
て生の者は寒國にては仕難し。是等の心得あるべし。

54、
 数年召仕譜代恩顧の男女たりとも寝床へ呼付まじ不得止事用事有ば老女か少女へ用事申付べし。取分金銀出し入の所を見せまじ。下人は有信無義目にふれ己が一念発起の欲心より邪の悪事仕出す事あり。

55、
 召仕の男女若密曾の不埒あらば双方とも斬罪と古今とも武家の重き定法也と
云共色情は富貴の名主も下賤の者も陰陽合体の道人たる者にかわりなし。右様の事あらば主人勘弁して双方召出し当座のたわむれ歟夫帰の契約歟聞届べし。

 死生とも申合契りたりとの事ならば宥免し罪の程をゆるし所帯を持すべし。
 左候へば男女共心魂に徹し忝き事に思ひ込事有時先途の用に立事有べし。□今川了俊の條目に為恩死者は少く為情死者は多しと書れし也。

56、
 下人を召仕ふに心得あり。大寒大暑風雨の砌遠方へ使に遣し帰宅遅しとて呵
べからず。天気柑別而太義也食事して休候へと賞すべし。左すれば下人疲れの
心なく追々重る用事有りても進んで勤るなり。下の忠不忠は主たる者の心中心
にあり考へ見るべし。

57、
 上たる者時に応じ遊興酒宴せば下々の者共へ相応に何成共手当すべし。
   兵書云上下哀楽供ニスレバ無不成

58、
 主人不行跡か了簡違非義有時家人諌る推参也、と以の外に呵れ主従にほこるべからず。自分恥かしとて勘弁ぜず怒るべからず。諌言の始終を聞屈べし。不及とも聖代の諌皷を思ひ合すべし。

59、
 召仕の家人多少ともに心得あり。夫々得手不得手を見分け役前用事を可申付
其者不得手の用向不行届とて心に怒り立腹するは気随主人まゝ有もの他。何成り共人に勝れたる業有者は常不益たり共、不可拾既に楠正成常に不用の泣男を扶持して一戦に大功を立たり。
   良将ハ不棄人良匠不拾木

60、
 主人より家人江物を給ひ褒賞する時いか程気に入たり新参たり共先にすま
じ。古参の者を先に賞すべし。下の者己より目上主を敬ふよふに成也。

61、
 其家に奮功ある家人の子孫法度を背く事有とも吟味の筋卒爾にすべからず可
成丈助命捌勘考すべし。不得止事を罪なり共密々能く喩し迯すべし。

62、
 我手鎗持ものゝ指料又馬の口取し者の腰の物を吟味したしか成業物を指さす
べし。軽き者にても主人の側にはなれざれば也。
    
63、
 無是非次第出来我家来を手打にせんとする時先實儀の家人壹人呼次の間へ扣させて一方を明ケ置手討せん者を呼出し、しかじかの訳を申聞せ得とくさせ聲
をかけ討果すべし。我が怒りに乗じせき込ば打損じ取迯す時は水神汚名々得て
人前の交り後ち指をさゝるべし。又強勇の家人は却て主人を討て立退く事あ
り。然る時は子孫永々の恥たるべし。

64、
 山林を通る時夜中は猶更持鎗を心付べし。木の枝に鞘を引かけ抜る時は白刃
にては持せかたし。何にても常に替鞘を用意心懸べき事也。

65、
 夜道には必銘々着たる羽織を脱べし。若理不尽に切かけらるゝ有時持たる羽
織を曲者の面へ打かけ目隠として先を討べし。

66、
 夜中は手拭を腰に巻くべし(以下読み難し。文の終わりに三の徳有と也)
 (一本「寒夜は惣面をまき悪党を縛る時又ものを持つによし」とあり)

67、
 主人独り寝の所へ下人出るに間近く来る用向有らば四方々初め萬事眼を配る
べし。腰物を指て来らば猶更野心の程油断有べからず。不意の事有は笑種也。

68、
 朝タ馬の飼料は主人倶に世話ぬけめなく、下人江差圖可申付厩の下人は物毎手荒く不行届也。毎朝乗責前に飼料厚く行届いたわり遣は畜類とても自然と人の面を見覚え歓ぶ也。此恩を知て先途の用に立ちたる古来より例し有也。
   
69、
 紙縷(こより)を壹尺計り澁にていため所持すべし。白刃を交る時の柄へ巻
結びべし。血手のうちへ傳りても手心よし。

70、
 藁を和らかに打って二筋三筋懐中すべし。下人無き時はき物の緒切れ困る時
用意の藁にて緒をいか様にもすげベし。凡そ壹里程は用立也。

勘助の生活信条(2)

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21、
 往来の人途中にて人をゲ討て欠込み圍ひ給はれと頼とき、武士役と心ひ穿鑿
なくうかと圍ふべからす。得と子細を尋べし。君父の敵を討しや、又は私の遺
恨有ゆへか口論よりのことかを糺すべし。君父の仇を報じて討たりとあらばか
くまふべし。私づくのことならば圍ふべからず。自他ともに大切の命人を害し
迯退は己が命を全ふせんとの心は武士道の本意にそむけて甚尾籠也。其次弟により場所を去らず腹切て果べきを立退来るは非強至極也。圍ふべからず。

22、
 買調ふ品有て市店へ行主人か男共不居して女の居る家へ立寄りいか様愛相会釈する共上へ揚り座すべからす。調ひものゝ用事辨ぜば立去るべし。尤畿内洛中等は猶更慎むべし。繁花の場所は悪者の多く集り難題を工み云懸れば也。

23、
 夜道に知られざる女の同道を頼とも伴ふべからず。又知る人たりとも心得あ
るべき事也。夜道に及ぶべき用向何故の事にや。荒かたせんさく有たし。男壮
年には柔弱の心より戯れの言葉より横変の災有もの也。
   
24、
 他所は勿論我家にても酒食にむかひ改もせず、其儘飲食いたすまじ先品々の
色合匂ひを心付べし。常に変わる色嗅気等有ば必食べからず豫毒を防。
規云、水にても茶にても酒にても呑む時我か顔の写らざるには必ず毒有と云。
自然水気ににごれる白気ある故顔うつらず。因に云船に乗るまぎはに小便をし
て色合を見るべし。濁れる色あらば乗まじ、小便清けれは子細なしと聞く。

25、
 他所はより帰りたる時すみやかに家内へ入るべからす先づ我が構ひの屋敷四方八方へ心を配り巡見すべし。破損の場所あらば早く修復すべし。主人斯心付は家内の上下油断なし萬事益多有る事也。

26、
 在宿の安座無益の雑談酒興遊興に夜を深すべからず。寸暇春夏は五時、秋冬は四時を限り家内の男女残らす寝させ、主人は跡に残り第一火の元よりよりを巡見し寝所に入るべし。男女召仕多しとも自分の役とすべし。

27、
 寝所に入る前厠へ行、両便の間其日の用向忘れたる事無し哉より心に繰出し
若忘却の事有は直様書留枕元に覚置明日最初に埒明べし。

28、
 寝所に入前に庭へ出風は何方より吹くぞと心得て寝るべし。夜中近火の節足
弱の老少財宝等の始未風の模様によりて指図有べし。
 規云闇夜大火の時女子供を逃がすに闇き方々へ逃る様に教ゆべし。道に迷ひ明るき方を當に往ときは火に近づく也。烈風の時は猶更道路に迷ふもの也。楽鑵なり土瓶なり水を入て持行べしと古老の語りき。

29、
 表裏の口々へ用心鈴を忘るべからず。糸にて戸へ懸下べし。又寝所の入口は
我枕の通りへひきく釣べし。尤鈴の懸はづし成丈ケ自分すべし。

30、
 寝所へ入て日記を留べし。無益の様に見ゆれど自他ともに萬事失念有て、争
ふ折柄日記を見出し記有る時は其疑を晴したしか成證文落着するなり。尤其日
々の晴雨を記すべし。

31、
 夜寝るときにも、前に云朝の如く胸より臍下丹田へ寛く撫下し、陽気を納て
寝べし。夜中変動有りても迷惑せざる益有り。

32、
 枕は木枕をすべし。臥す具は袖のつきたる夜着を用いず布団々着るべし。袖
夜着を着ては不意に上より押へられたる時身をぬけがたし。蒲団ならば上下左
右へぬけ安し。

33、
 毎夜夜半に屋敷内を見廻るべし。下人の臥所燈火等を伺ふべし。若他所の者
入交じり居らば追ふべし。手前下人は翌日異見すべし。深くにくみ非を出す時
は却て夜盗の手引等する也。主命背き異見を用いずば手打にすべし。
 規云此手打戦国の折柄なれば左もあるベし。治平の御代の時ならば身の害な
るべし

34、
 夜分枕元に腰の物を置に心得有下ケ緒々寝床の下へ引込置べし。指添も下緒を枕の下へ敷入りべし。自分の指物にて害せらるゝ時は末代迄の恥辱、子孫迄悪評消がたし。

35、
 手鎗は穂首石突を細き糸にて結び下ケベし。異変有時起ながら糸を引切提出
るに手廻しよし。

36、
 夜毎枕尤に置ベき品々乾飯一袋、烏目員数心任せ、梅十ケ袋に入べし。樫ノ
六尺棒、突へし、草鞋二足程、右之品々常には無盆の様なれ共、公私の急用戦
国治世なるとも遠方へ過急の用向出来しても周章することなし。俄に支度する
に及ばす。

37、
 常に香仁を細末にして懐中すべし。自他共に病犬にかまれし時早く疵口にぬ
るべし。犬にかまれ捨置は災の元也。
   
38、
 又貝母を細末にして持べし。鼠に呀れ又は爪にて疵を付られし時早くぬるべ
し。又鼠尾草をかげ干にして煎じて呑べし。犬鼠の毒は一命にかゝる也。

39、
 他の者と手前の下人と若口論の上互に言葉つのり白刃を交て刃傷に及ぶとも
主人抜身にて切分るは悪し捧を持て打分べし。

40、
 旅行するに撰可同道人
  朝寝好人 近道を好人 大酒を好人 美食好人 女色好人 
 威晴成生れの人
  短気成人 我慢強き人 言葉咎する人 夜道好人
 付而云、猶此餘有べし。規及間一眼黙みに菊座の姉く赤き筋有る人自然工み
に見へる悪相の人旅の同道はすまじと。
 右は楠正成早瀬右衛門を鎌倉へ間者に下す時、手前何程慎でも必意を背き事遂ず夫が為に難義すること有と教訓せし也。

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