山本道鬼入道(勘助)百目録聞書 引用史料『甲斐志料集成』
《筆註》 本分は一貴賤老若……のようになっているが、引用など便宜的に
連番をつけた。また句読点や難字を口語にした。
1、
貴賎老若倶に朝目の覚何程おそしともむつくと起る事大にあしく、先仰向に
寝直り両足を踏揃左右の指をかがめ両の手にて胸より臍の下迄寛々と度々撫おろし、丹田を(臍より三寸下也)しかと押へて後に起あがるベし。如是すれば
其日いか様の異変にあふても胸突狼狽の事なし。毎朝の癖とすべし。
2、
枕を離れて寝床の上に安座して其日の用事を心にふくし、前後次第を分別し
て床を出づべし。
3、
寝床より出て妻子下人我心にそむきし事有とて怒り高聲に呵責すべからず。
夜中休め置きたる陽気を早朝に折きなば、終日陽気全からず心中迷惑ゆへ病を生じ身にとつて損多し捨てがたき事たり。其先は喰後迄も堪忍上下食事終つて後心を和らけ僉議すべし。萬事こらへ情なきは気随の其敷也。
4、
朝飯前口中へたまる唾(さんずいに垂)をみだりに吐出すべからず。夜中溜
またる津液なれば日是一身の潤いにて大切のもの也。幾度も呑入れてよし。但
し痰なれば吐出すべし
5、
朝起出て手水より前に千歳光と云目薬を用ひ養ふべし。塩をわづか口中へ含
みてぬるき湯か水かを含みて眼中を能潤すべし。老ても瞳の精血かわらずたと
へ流行の病眼邪気を排ひ、瞳の精たしかにて徳多し。鎮西府にて百四十才の唐
人口傳せし也。(勘助西国修業の折から受し傳と云)
6、
朝嗽手水して宗廟の御神々産神を祈念し天恩地恩父母の恩夫天恩は昼夜日月の運行明暗を知る。随時風雨に萬物生長し又地のは我住たき地に住居して五行を自由にし、五穀を以て身命を相続す。地恩広大也父母の恩を思ふに毎朝前へ出て安否を何ひ食事の好嫌を聞合せ夫々孝養を尽すべし。父母の死後には霊前へ向て生前に物云如く幼少より長ずる迄、海山深高の恩を報ぜすして別れたる残念を申訳し香花燈明茶其を霊前へ手づから備へ手向べし。人多く仕ふ共他の手にかけさすべからず。如是死後わすれす厚恩を運ぶ時は我身を終ふる迄冥加に叶高運也。冥加の二字闇より加ふると書也。爰を以て辯知すべし。
7、
髪月代は朝飯前に手早くすべし。公私の急用に付て他出其外共差支へず。喰
事は立ながらもしたゝめ安し是人の嗜と云也
8、
毎朝我指料の腰の物を改め見るべし。祓うに口しぶらば其日は用心すべし。
又中身に汁をかく気色あらば、終日禁足して他所より人来るとも対談すべか
らず。中身に汗をかくは我身に災の有を告ると知るべし。白刃を刃と云を以て
考へ合すべし。
9、
朝夕とも食事に向て心得あり。何程富貴なり共料理の精麁□(土偏に上に鹵
に下に皿)梅の淡濃心に応ぜず共慎で喰ふべし。前にも云天地の恵み心を信に
いただき認むべし。凡人と生るより一人前毎に食事を宛行ふ、是を天禄と云
也。此心なく奢に任せて美味味を好む人は初何ほど福徳有るの身たり共、終に
貧窮す則天道の照覧に背く故也。
10、
貴賤ともに家居心に叶ずとて無益の普請造作に金銀を脅すべからず。此古語を思出して口ずさむべし。
人雖食不過一升米 座三尺寐以六尺足
11、
他出するに何程急用たり共周章べからず。先支度して心を落つけ座につき茶
にても飲胸より下腹へ撫下ろし呼吸を得と定、用事の差別を分別し静に座を立
左りの足より踏出すべし。左右二足四足もゆるゆると歩行夫より欠走りてもよ
し。かくの如く常に心懸れば途中行先にて不慮の変事有りとも心気動転せず、
都て益多し。
12、
往還途中群集興ある事を見物する共立寄足を留めまじ。込合ひ鞘當の論まゝ
有こと多し。口論募り刃傷に及ぶ時は人留の糾明に遇ひなば、其日の用事も欠
け主人には是より見限られ、一生立身出世のさわりと成也。都て往来し気を配
るべし。
13、
途中にて召れたる下人、返り違ひに他所の人と口論に及ぶ時、主人も下人と
一同して先の相手を云すくめんと言葉戦ひ以の外あしく、終には登り詰め是非
を捨置打果すより外なし。論じ合むづかしと見ば、先我が下人を呵り遠のけ面
を和らげ耐忍し給へ奴は、急度呵り申就べしと宥め和らぐ時は先の相手も是を
しほとして立別れ無事に事済也。見聞人有とも強弱といはす堪忍の上手人と云
べし。
14、
途中にて知らざる人口論するに、一方は柔和一方はいかつに見へはたにて笑
止に思とも卒爾に扱ひ扱ひに不可入。若見知りたる人にて見遁し成たたくは、
最初より近きに徘徊せし人に口論の発端互ひの問答委細様子を聞合て扱ひに入べし。尤主人持たる人、親ある人は立寄らず。見遁しにするも是則忠孝の道を守るにして非強とは云べからず。
15、
途中にて牛朽の間を往べからず。殊に荷つけ馬糞を付けたる馬とは前後拾間
も隔たり往べし。分け馬はものに驚くこと早し。其時糞荷を振散し我身にあび
ても畜類の事なれば詮方なし。一つには不慮の怪我しても是非無也都而往来に
可心得也。
16、
往来は猶更在宿たり共科人行過ぎを時目見合すべからず。罪人は死刑に迷ひ正気転変する故あれこそ知る人にて罪科の次第を知れりなどと忘語ことあり。
其時は役人不捨置糾明する也。勿論云抜けする共見聞人の口は塞ぎがたし。主人あるものは、是より疑を蒙る也。是妻子下人にも能申ふくめ置可申也。凡て
災難に逢ふ時節到来とは甚僻事なり豫め慎心得有る人は不慮の災難を受ることなし。
17、
狭き小路又入ごみの場にて鞘当あること常也。後を振返り咎めべからず。互
ひに云募る時は刃傷に及也。たとへ切勝たり共堪忍の無き偏僻の士也。心有る
人は笑止に思ふ也。程克く挨拶し足早に往べし。
18、
行列勇々敷押行とも老人と小兒は馬を傍へ寄せ列を押行べし。
(此下解しかたし)
19、
暦の中断にきこと有日は本字鬼劫とて隠形の鬼神人を却す日也、他出なさば
前に暦を見て此日は山林谷間の幽地人通り小き所を通るべからず。必鬼神邪気犯さるゝ事あり叉病を受て治し難し。
20、
中春の節は二月中也。此頃川端を通るに魚水を離れてはね廻るを見て何心な
く取て喰べからず。中春の節は獺天を祭りて魚を備ふる也。其心なく喰する時
は天の罰を受て煩ひ付也。快気せすと云
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