茨城県住みます芸人『オスペンギン』の山中崇敬です。
昨日ひたちなか市でこちらの大会で、格闘家としてのデビューをさせていただきました。
第4試合でした。
相手はパラエストラ栃木というジムの『人間魚雷回天』選手。
名前にも見た目にもビビってしまいましたが、最後は練習の成果と先輩方からのアドバイスと皆様の応援と両親からいただいた丈夫な体で勝つことができました。
試合をしてくれた人間魚雷回天選手にも、初めてで頭が真っ白だったということもあり失礼な立ち振舞いがあったかもしれません。
この場を借りてお詫びします。
そして、試合をしていただいてありがとうございました。
本当に沢山の方にお世話になって掴んだ初勝利だと思ってます。
こちらの方は、ボクが所属しているジム『RーBLOOD』の代表で現役格闘家の『桜井隆多』さんです。
桜井さんとバッタリ銭湯でお会いしたことが全ての始まりでした。
2年ぐらい前、住みます芸人として『売れたい』『TVに出たい』『茨城をもっとPRしたい』という目的の為、何か新しいことを始めたいと思っていました。
名案が思い付かず、考え過ぎて疲れた!と相方のでれすけと近所のスーパー銭湯に行ったら、桜井さんがいました。
何度かお会いしたことはありましたが、じっくりお話するのは初めてで、格闘技のことを色々と聞きました。
そして名案が思い付いたんです。
『山中が格闘家芸人になったらどうだろう』
新しい売りにもなるかもしれないし、『茨城の野菜や肉や魚を食べて強くなりました!』と言ったら、茨城のPRにもなる。
なにより茨城は、実は格闘家の名産地でもあるんです。
華やかな経歴の数々を持つ茨城産ファイター達が大勢います。
これだ!と思い『RーBLOOD』に入門しました。
このころは実際、自分が試合をするということが、あまり現実として受け入れられてませんでした。
もちろん当時はそれなりの覚悟を持って臨んではいましたが、実際の試合直前と比べると、とてもとても大きな差があったんです。
そして『茨城の野菜や肉や魚を食べて強くなりました!』と言いたい山中の最初の問題は、減量でした。
フェザー級(65.8キロ以下)と決めた山中ですが、その頃78キロぐらいあったんです。
野菜も肉も魚も、食べる量を減らしました。
本当に少しずつしか食べませんでした。
とはいえ、少しの量でも美味しくて栄養がある茨城の食べ物のおかげで、減量は乗り切れました。
なので、やっぱり茨城の食べ物のおかげで勝つことができました。
もちろん勝てた要因は他にもたくさんあります。
『RーBLOOD』の皆様との練習は、間違いなく山中を強くしてくれました。
そして、こんなに強い人たちと練習してるんだから試合にビビる必要はない!と思わせてくれました。
皆さん、とても気さくな方々で、アドバイスをくれたり、励ましてくれたり、リラックスさせてくれたり、格闘技を始めたのが『RーBLOOD』で本当に良かったです。
そしてこちらの試合用のパンツ。
こちらにパンツスポンサーになってくれた『蕎麦居酒屋 十座』さん、『安重水産』さん、『マルトウ青果』さん、『飯島畜産』さん、『すぎやま工房』さん。
本当に色々な形でお世話になったので、良い報告をできることが、とても嬉しいです。
こんなノボリを作ってくれた方もいました。
いや、ノボリよりこのピンクの女性。
この『セコンドガール』と名乗る女性にも、とても迷惑をかけました。
もしかしたら山中よりも今回の勝利を喜んでくれてるような感じだったので、それも嬉しいです。
そして、なんといっても今回の大会の主役で山中のデビュー戦のきっかけをくれたこの方。
川崎泰裕さん。
感動的な勝利とセレモニーで大会と格闘技人生を締め括っていました。
カッコよすぎでした。
お疲れ様でした。
この29歳の川崎さんが引退した日に、35歳の山中がデビューしたわけです。
なんだか不思議な気持ちです。
チケット買ってくれた方々も、本当にありがとうございました。
頑張ってと言ってくれた方々も、本当にありがとうございました。
ポスター貼ってくれた方々も、本当にありがとうございました。
気にかけてくれてた方々も、本当にありがとうございました。
今回の勝利で、胸を張って『格闘家芸人』を名乗ることができます。
次の試合がいつになるのか、有るのか無いのか、まだ何も決まってませんが、しばらくはゆっくりジムに通いながら、本業のお笑いもフンドシ絞め直して取り組んでいこうと思います。
なんてったって、勝ってからのセコンドガールと山中のリング上でのマイクパフォーマンス、ありえないぐらいスベってたんだもん。
リングには
やっぱり魔物
住んでいた
(山中"オスペンギン"崇敬)