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素堂、「芭蕉の後継者に去来を」関連記事『去来抄』
1)去来抄
今年素堂子、洛の人に傳へて曰、蕉翁の遺風天下に満て漸々變ずべき時いたれり。吾子こゝろざしを同じうして、我と吟會して、一ツの新風を興行せんとなり。
去来答云、先生の言かたじけなく悦び侍る。予も兼而此思ひなきにもあらず。幸に先生をうしろだてとし、二三の新風を起さば、おそらくは一度天下の人をおどろかせん。
しかれど、世波、老の波、日々うちかさなり、今は風雅に遊ぶべきいとまもなければ、唯御残多おもひ侍るのみと申、
素堂子は先師の古友にして博覧賢才の人なりければ、世に俳名高し。近来此道うちすさみ給ふといへども、又いかなる風流を吐出されんものをと、いと本意なき事なり。
行ずして見五湖煎蠣の音を聞 素堂(煎蠣…いりがき)
なき人の小袖もいまや土用ぼし 芭蕉
素堂子の句は深川芭蕉庵におくり給ふ句なり。先師の句 は予が妹の身まかりける頃、美濃の国より贈給ふ句なり。
ともに其事をいちなむたゞ中に来れり。此頃ある集(異本『古蔵集』)見るに、先師の事ども書ちらしたるかたはしに、素堂子の句をあげ、いり蠣のたゞ中に来ることをもて、名人達人と誉られたり。云々
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