ここから本文です

書庫全体表示

記事検索
検索

全173ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

突きのモード

以前ほどではありませんが、未だに胸横に拳を構えると脳が迷います。
肘を外側に出そう出そうとどこからか声が聞こえてきます。

速く突こう、強く突こうと思うとさらに脇が空いてしまいます。

無想会の基本の突きの構えを確実に行うと広背筋以外では腕は操作できません。

この心の声を消すには、正しく構え、技に気持ちが入らないようにしなければなりません。

同じように空突きでは、正しく突けてもいざ何かを突いてみると脇が開いてしまうのも
同様の理由です。

イメージ 1

突き基本、蹴り基本、回し蹴り、足上げ、股関節を開放しながら型。復習してます。

昨日は東広島代表I先輩に稽古つけてもらいました。I氏は、日本で無想会を早くから始めれていた方です。

足上げばっかりセミナーでしたようですが、これが基本のコアになってます。

無想会の非常に重要な部分をしっかりと押さえてらっしゃるゆえぶれません。

正中線、重力落下、という特筆すべき部分を理解し体現しているので私のできていない所をバシバシ指摘してもらえました。

おおきな収穫は突きの構えで腕があそんでいる、と脚が軽い、の二点です。

どう、稽古すればよいかわかりました。これはまちがったことを何万回稽古してもできません。新垣師範曰く「答えなき反復は、意味がない。」

美作 宮本武蔵生誕の地を訪れています。

イメージ 1




五十四歩

この型の存在は、知っていました。五十四歩の意味を聞いたこともありましたが明確な答えをえることはできませんでした。

単純に五十四歩、歩いて終わるのかなと思っていました。

当時は、覚えようとも思いませんでした。

新垣師範から正式に伝授されるまで、演武線が5本くらいあるのかなと思いましたが、実は逆T時です。

そして数学的幾何学的に見事な整合性のある型であると知りました。

武術の型なのでこれは禁句かもしれませんが、非常に美しい型です。

華のある美しさでは、なく究極の機能美といってもよいかもしれません。

最近だまし絵で有名なエッシャーの作品展をみる機会がありまして、彼の版画は、低級な興味本位な作品ではなく極めて数学的に計算されつくしたものであることを確認しました。しかも観察力が半端ではない。

そして彼の芸術観には重力と境界線の概念が色濃くあります。

さらにフラクタル理論の概念もとりいれています。
このフラクタル理論は、日本剣術の一つの太刀に通じるものがあるのではないかと個人的には考えています。

永遠に上り続ける階段、永遠に下り続ける階段。

五十四歩にエッシャーの作品のイメージがかさなります。



イメージ 1





小学生の卒業するときの作文みたいなテーマですが、仮想の重心は常に未来の位置にあります。

レーザーポイントで標的を捉えるのに似てるかもしれません。

仮想の重心なので瞬時に変更可能です。

それは、お腹で歩きます。

イメージ 1



全173ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事