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先日の「紅白歌合戦」は色々なことを教えてくれた。 WBCの2連覇以来、感動したことはあまりなかったが、感動の本質を見せてくれたような気がする。 私自身、歌で感動したり勇気をもらった経験がないわけではないし、人生に影響を与えた歌がないわけでもない。 しかし私は、音楽を含めたあらゆるエンターテイメントは、娯楽としての要素以外には現実逃避や自己陶酔の手段にはなりうるものの、その虚構の世界の中では、本当の意味での感動を与えることはできないと思ってきた。まして、人を救うことなどできるはずがないと考えていた。 私も音楽を少しかじった人間だから、音楽では、例えば、WBCの決勝戦のような緊迫感や一瞬の歓喜を表現するにはどうしたらよいのか考えたことがあったからだ。 やはりエンターテイメントは、そこが限界なのだろうと勝手に思っていたし、特に近年の流行歌には、メロディの類似性や内容の乏しい歌詞にうんざりすることさえあった。 しかし、その考えは間違っていた。 例年なら見るはずもない(普通なら裏のガキ使を見ている)、ただのテレビ番組である紅白歌合戦がそれを証明してくれたのだ。 西田敏行をはじめ多くのゲスト審査員が涙を流し、口を揃えて「歌を力」を強調した。確かに歌番組で緊張感を感じ、これほど感動したことは今までなかったが、その理由としては正しくない。 すばらしいのは、歌ではなく、歌う「人の力」だ。 歌手の歌唱力、表現力、そして何より人間性は間違いなく進化し、孤高の域にまで達しているかのように思えた。 象徴的だったのは、絢香だった。 絢香はバセドー病で、この紅白で無期限の活動休止は知られていたところだが、その歌う姿に見とれ、言葉を失った。 流れる汗の量は尋常ではなかった。明らかに病気の影響だろう。それでも苦しさや無念の思いを内に秘め、表現していたのは「感謝」だった。私にはそう見えた。 そんな境地にどうやったら立てるのか。あのパフォーマンスは、どんな名勝負にも引けを取らない感動を与えてくれた。 そして、スーザン・ボイルは、確かに美しい声だった(ポール・ボッツよりも美しい声に聴こえた)が、やはり彼女の容姿が伴っていなければ、感動できなかったかもしれない。 また、普通のテレビ番組であれば至って普通であるはずの嵐やSMAPでさえ、完成された振り付けと個々の表情にエンターテイメントに生きる人たちの凄さのようなものを感じた。 その意味で、人を感動させる歌やエンターテイメントには、表現者の人間性という要素が必要不可欠であり、やはり「歌の力」というよりも「人の力」であると言いたい。 歌を通して、その人の人間性に触れることができるからこそ感動できるし、歌が心に響いてくるのだろう。 この日私は、それを生み出した「紅白歌合戦」という番組の凄さを知った。 ただ、納得できないのは、ベテランの歌手やグループはどうして、歌の途中途中に「ヘイ」とか「一緒に」とか連呼するのか? 自分のコンサートじゃないんだから、それこそ「歌の力」を下げるだけで、見苦しいというほかない。 そして最後にもう一つ、大トリのサブちゃんは仕方ないにしても(「まつり」はどうかと思うが)、紅組のトリは絢香でしょ。 +++++++++++++++++++++++++++++ 芸能人ってホントに凄い。 |

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そのとおりである。
2010/1/2(土) 午前 10:17 [ mik*nn*da*ki ]