山の子の唄

心の求めるままに、常識にとらわれない充実した毎日を過ごしたい。

雑感

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端午の節句(2017/4/29)

4月29日は、ちょっと早めの端午の節句のお祝い。すっかりジジばか!(笑)

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世のジジババ連を見ていて自分は違うと思っていましたが、実際生まれてみると私もメロメロ。かわいいなー!

子守の一日(2017/4/10)

4月10日は女房と二人で一日中、孫の子守でした。

10日ほど前、息子から電話があり息子夫婦が外出するため子守を頼まれる。ジジババとしては一日中孫と遊べるのは願ってもないことで、喜んで引き受けます。

7:00に息子の家に到着。まだ孫は寝ているうちに息子夫婦は出かけました。
家の中は結構きれいにしているが、言い方をかえれば生活感がなく、これで不便なく暮らしていけるのか、ちょっと心配です。
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10:00頃、孫がお目覚め。両親がいないので泣かれるのではないか、と心配でしたが、きょとんとした顔はしていても特に泣くことは無く平穏。まず第一関門はクリアです。

女房は部屋の掃除や食材作成など、色々忙しいので孫の世話はおおむねジジの役割。生後5ヶ月ですが体重は8Kg近く。普段、上半身の筋肉をほとんど使っていない非力なジジにとっては抱っこが重くて大変。

ずっと家の中にいても飽きるし、すこし疲れさせた方が良いと思い、ベビーカーに乗せて、買い物がてらのお散歩。慶応日吉キャンパスの桜が良い加減に咲いていて気持ちいい。孫はまぶしいのか終始しかめっ面です。
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午後も無事に過ごします。布団の上に寝かそうと試みますが、布団に置こうとすると泣きだすので、また抱っこ。ずっと抱っこしているジジの腕が疲れてきた。

夕方18:00頃、予定より早く息子夫婦がかえってきました。それまで平気だった孫がママの顔を見た途端、大泣!!

平気なように見えてもやっぱり緊張していたんだ。良く一日頑張ったね。

孫にとっても、ジジババにとってもチャレンジな一日でした。息子よ、これで一応の自信がついたので、子守が必要なときはいつでもどうぞ!
2017年3月17日は、努めている会社の最終出社日でした。これで1979年4月以来、約38年間続いたサラリーマン人生に一区切を付けることになります。

良い機会なので、これまでの会社人生を振り返ってみることにしました。

38年前、大学は何とか卒業したけれど成績劣悪な私は、会社を選ぶような贅沢をいえる立場ではなく、たまたま学校の成績ではなく、適性検査を重視して採用を決めていた情報処理会社があったのでそこに就職。それまでに1浪・2留と、散々親に心配をかけて来た後ろめたさから解放され「これでやっと親に負担をかけないで済む」という安堵の気持ちでいっぱい。しかし、社会に出た自分が、社会のなかで一体何をしたいのか?何をするべきなのか?さっぱりわからない、という状態で始まった会社人生でした。

こうして始まったサラリーマン生活でしたが、ほどなく仕事が忙しくなり、そんなことを考える暇もないまま、毎日の仕事に追われるようになります。学生時代ろくに勉強もせず、専門的な技術や知識は全く持ち合わせていなかったので、当時の私は与えられた仕事をこなしながら、その過程で自分の存在価値を作り出そうとしていましたが、実際には仕事の内容が2〜3年で次々と変わっていき、どれも中途半端で終わってしまいます。色々と小器用にはなっていくものの、なかなか他人から認められるような自分ならではの存在意義を作り出すことができませんでした。

また、人付き合いが苦手で一人よがりな性格が災いして、仕事がいつも単独プレイになってしまいます。部下が数人までであればそれでも良いのですが、それ以上の人数になるとマネジメントしてチームをうまくまとめることができず、徐々に行き詰まりを感じるようになりました。

そんな状態で結婚し子どもが生まれます。家族を持つと、家族が暮らせるだけの収入を維持することが必要条件となり、やみくもな冒険はできなくなりますが、それでも行き詰まり感は増していくばかり。ついに我慢ができなくなり、42歳の時に家族の暮らしにリスクがあることは承知で、現在の会社に転職することにしました。

この会社は某電気メーカーの情報子会社で、それまで親会社のシステム開発・保守運用・情報インフラ提供を主な事業としていましたが、その当時は親会社の仕事だけでなく、あらたに一般市場向けの「外販ビジネス事業」を展開しようとしていました。ところが今まで社内向けの仕事ばかりしていた会社ですから、一般市場向けに事業展開するにあたりノウハウがまったくない。この会社の中であれば、私の経験が「価値」になると考えました。

転職してしばらくの間は、いつ解雇されるか不安を感じつつも充実した時期でした。呆れるような非常識や、技術的に危険な綱渡りも数多く経験しましたが、毎日のピリピリするような緊張感と、その緊張感の要(かなめ)に自分がいる、という緊張感は楽しいものでした。

ところが転職2年目頃、親会社の業績好調のためIT要員が不足し、外販ビジネスの要員を親会社の仕事に振り向けることが決定しました。外販ビジネスはクローズし、自動的に私の存在意義がなくなります。ここでどうするか悩みましたが、年齢の事もあり、結局再度の転職に踏み切ることはできませんでした。

45歳になって、技術もなく、人脈もなく、業務ノウハウもない社内の仕事を行うのはつらいことでした。また、相変わらずの性格もあり、マネジメントとして立ち回るのも難しかった。自分で仕事のシナリオを作ることができないので、指示されるままに仕事をせざるを得ず、その仕事が際限なく増えていくのを止められない。毎晩、日付が変わったあと帰宅し、子供たちの寝姿を見ることだけが当時の楽しみでした。

数年間、こんな状態が続いた結果、ついに破綻します。何か失敗や不正をしたわけでなく、単に仕事の量が多すぎて処理しきれないことが問題となり、始末書を書かされます。これには参りました。

結局降格し、今までの仕事を別のメンバーに引き継ぎますが、なぜか同じ仕事をこなすのに私が担当していた時の数倍の陣容になる。なぜもっと前にそうできなかったのか?不思議な会社の仕組みを思い知りました。自転車と出会ったのもこのころで、当時、自転車にはずいぶん助けられました。

結局、何とか首はつながって、その後、技術部門から管理部門に異動。異動したあとは責任のない立場であることも幸いし、可もなく不可もなく、平穏な状態で今まで過ごしてきました。

改めてこうして振り返ってみると、よく無事に今まで切り抜けてこられたものだという思いが強くわいてきます。私の会社人生をブルベでいえば、認定外完走というところでしょうか?

今は永年背負ってきた背中の荷物(退職のあいさつでは「重さ15kg」と表現)を降ろした気分。しばらくは腑抜けになってのんびりしながら自転車などの趣味を楽しみたいと思います。この生活が第三ラウンドの始まりなのか、それとも第三ラウンド開始までのインターバルタイムなのか、今はまだわかりません。







旧友と再会(2015/12/26)

37年ぶりに、学生時代の同級生(K太郎)と再会。


同じ研究室の同期で、机を並べて卒論を書いた仲間。単位を取るための勉強を教えてもい、おかげで落ちこぼれだった私も何とか卒業できた、という恩人でもあります。
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駅の改札で待ち合わせでした。それらしい「おじさん」がいるのですが様子がすっかり変わっているので確信が持てず横目でちらちら。声をかけて一言話すと、あっという間に昔の顔に戻りました。



K太郎はスリランカに17年間も単身赴任しており、あと1年半は頑張りたいそうです。野毛の飲み屋で一杯やりながら、家族のこと、仕事の事、遊びの事、研究室のメンバー消息、と話は尽きません。



半年後の再開を約束して別れました。それまで元気で頑張れよ!

5月5日は長男の結婚式でした。相手は同じ歳、二人は高校時代から始まる8年間の長い付き合いです。


すべて新郎新婦が企画した式だったので、内心少し不安もありましたが、実際にはシンプルで過不足なく、心温まるとてもよい結婚式になりました。特に息子が今まで築いてきた学校・サークル・職場での交友関係が、親から見てもしっかりとした関係であることが感じられ、こんな親なのによくここまで育ってくれた、と山の子は感激ひとしおでした。

新婦の花嫁姿も大変美しく、新婦のお兄さんは私の息子にはもったいないと思ったようですが、その気持ちも理解できるような気がします。


式が始まる前、新婦のお父さんと二人で並んだモーニング姿。花嫁のお父さんは体もしっかりしていて似合っていますが、一方の私はひょろっとしていて、「かかし」みたい。(笑)
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式場で新郎新婦の入場を待ちます。緊張の時間。
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まず、新郎が神父と一緒に入場し、花嫁を待ちます。その後花嫁の入場。父親にエスコートされた花嫁が息子の手に渡されたとき、花嫁の父の顔がとても印象的でした。仲が良かった父と娘の関係が凝縮された顔です。息子と私はこの顔を忘れてはいけません。



式が終わってから、庭で記念撮影タイム。2〜3日前までは雨の予想でしたが、当日は良く晴れてくれました。良い天気で本当に良かった。
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この後披露宴になります。司会(+余興)をしてくれたA君、祝辞(+余興)をいただいたI君、それぞれ子供のころから知っている顔ですが、見違えるような立派な青年になっていました。



披露宴ではケーキ入刀が定番ですが、最近はそれだけでなく「ファーストバイト」なんてこともやるんですね。
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和やかに披露宴が進み、親族代表のあいさつとなり私の出番。

振り返ってみると、私はいろいろと問題のある親でした。それでも息子が結婚できるまで成長できたのは、今まで息子とかかわっていただいたすべての方のおかげです。新婦は立派なご両親をお持ちですが、それでも親類や友人・職場の方に育てていただいたという一面はあるでしょう。

この席を借りて二人に係わりを持ったすべての方に対してお礼を申し上げました。いままで二人を育ててくれて本当にありがとう。


最後が息子の謝辞ですが、正直言って、余り内容はよく覚えていない。ただ、それなりにきちんとした挨拶はできていたように思います。



披露宴が終わりお客様を送りだした後の二人。末永く、幸多きことを心から祈ります。(実家にもできるだけ遊びに来てね。)
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