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日本最古の写真館 「富重写真所」が、熊本市新町にあります。
新町・古町シリーズで、ここだけが許可が下りず(失礼ながら、ご高齢の上品な奥さまがブログとは何かをご存知なく)、いままで更新できず残念でなりませんでした。
このたび大きな展示会がありましたので、更新することにしました。
熊本市新町の145年つづく富重写真所の現在の入口
二つのプレートが入口に付いています。
坪井川にかかる万歳橋から見た反対側で、奥行きがあり、
写っていないところは住まいも繋がっています。
展示会場に昔の模型がありましたが、とても広い敷地だったようです。
中は撮影禁止です。緑色で囲んであるのは、三角港(西港)の築港の様子です。
私にとって、この写真がこの箇所に出してあったのは嬉しいことでした。
撮影禁止ですから、チラシでご覧いただきましょう。
この熊本城は、西南戦争で焼失する前の貴重な写真といえます。
日本の写真の歴史は、江戸末期オランダ人より伝わったそうです。
長崎の上野彦馬という化学者の研究によって、日本初の写真局が設立されました。
1837年、福岡県柳川市に生まれた富重利平は、17才のとき長崎へ向かい、
弟子の一人として学び、1866(慶応2)年に柳川で「富重写真所」を開きました。
上京しようとした際、陸軍少将が熊本城の撮影を依頼したことがきっかけとなって、
県と軍の写真師として、熊本市に「富重写真所」を開きました。
(右下をクリック、拡大できます)
チラシの裏です。せめてこの写真しかブログではお見せできません。
五高に勤務していた頃の、小泉八雲や夏目漱石、その右が三角港(西港)で、
私に関係してくる三角西港の写真は3枚あり、当時と現在を比較して見ていました。
現在、継いでいる方から説明を受けました。
「おたくは、どのような方ですか?どこから来られましたか?」と、最初に聞かれ、
「なんでもありません。一般の者です」
「いろいろな方が見に来られますからね〜」と、こんな具合で、
貴重な写真を見に来られる方が多かったことが伺えました。
中には、先祖が写っているからと、貧乏な生活をしていても誇りに思い、
とても気位の高い人達がいるそうです。
(2011年10月2日撮影)
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