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僕がタレントになりたかったわけ
昨日の夕方、
スポーツクラブに行きました。
ここ1年ぐらい
いつアザラシと腹筋対決をさせられてもいいようにと
体力維持のため通っています。
そうしたら、
ジムの入り口あたりで、
向こうからあるおじさんが、
満面の笑みで、
手を振りながら、
『テレビ、見たよ!』って、
近づいてきました。
このおじさんとは、
サウナで、
ちょっと話をするぐらいの関係でした。
僕は、
お名前も存知あげません。
でも、
そんな方が、
自分のことのように、
今まで、
少なくともスポーツクラブでは、
見たこともない笑顔で、
喜んでくれているのです。
ああ、
これが、
僕がテレビに出たいと思った原点だったなあと、
久しぶりに思い出させてくれました。
僕は、
小学生の5年ぐらいから
テレビの業界に興味を持ちはじめました。
実は、
たまにサインを求められた時にするのも、
その時に、
萩本欽一さんのものをまねて考えたサインです。
中学生の頃は、
『劇団ひまわり』とかに
何度応募しようと思ったことか。
そのたび、
千葉の佐倉に住んでいることと、
片親で金銭的に余裕がないことを、
自分なりの理由にして、
あきらめていました。
経済的理由から、
県立高校に合格できなかった時は、
『ビートたけし』さんの弟子になると
真剣に考えていました。
高校に入ってからは、
テレビ局に入社することを考えて、
志望大学を選択していました。
大学では、
よりマスコミに近いゼミを選び、
就職活動でも、
テレビ局を回りました。
でも、
不合格。
ここで、
僕の夢は終わり、
食べるためには働かなくてはならないので、
社風でリクルートの関連会社に就職しました。
そこで、
10年ほど働き、
30歳になったころ、
ふと、
自分が一番やりたいことってなんだろうと考えました。
それは、
テレビに出ることだったのです。
テレビ局に就職したかったのは、
テレビに出る方法がわからなかったので、
目標をすりかえていただけだったのです。
どうして、
テレビに出たいのか?
それは、
テレビが大好きだからです。
テレビは、万人に平等です。
今の世の中、
大きい小さいはあるにしろ、
テレビが見られない人はいません。
どんなお金持ちだって、
どんなに貧乏だって、
テレビから受けられるものは、
平等なのです。
感動だって、怒りだって、涙だって。
こんなに平等なのは、
テレビとビールぐらいです。
イヤなことがあったって、
テレビをつければ、
誰だって忘れられるのです。
そんな世界で、
僕なりの仕事ができれば。
お茶の間の皆さんが、
僕を見て
『ああ〜、あんな変な人もいるんだあ〜』
『うちは、まだ幸せだね。』
なんて感じてもらえれば、
最高なのです。
楽しくなければ、テレビじゃない!
だから、
ジムでのおじさんの笑顔が
本当に嬉しかったんです。
これを書いたタレント主夫は、こんな顔です
⇒http://blogs.yahoo.co.jp/yamashu4649
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