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ぱっしょん・ぱっしょん・ぱっしょん。
 いや〜お久しぶりです。皆さん!・・・・・・(己の中では20人!)
今さっきNHKの溜めを見ていたんですが、何やら称号が変わっている人も増え、群雄割拠の時代、ではなく、天下を取った人が落日の時を迎えている為であり、下や中が突き上げた結果で起きた現状ではないことだけは記しておきたい。下がだらしないのか上が強すぎるのか、一般的に言えば後者だろうが、それにしても豊島、永瀬、渡辺、山崎、この辺りにはもっともっと結果を求めたいのも本音だ。特に永瀬は人気はあるだろうから頑張ってもらいたい。なんつーのかな〜、もうちっとアソビ心も必要なんじゃね〜の、と外から見ていると思う。圧倒的に人生経験が足りないだけだと思う。

 さて、羽生の話、巨大な太陽は確かに落日の時を迎えている。だがただ黙って落ちるはずもなく、絶えずその熱は近づく者、対峙する者の、ある部分の神経を焼き切る放射線ともいうべきだろうか、特殊な力は依然として帯びている。50歳を超えると体力が落ちる、とコーヤンがどこかで言っていたが、過密な日程は子供の頃からウンザリするほど経験しているし、もはや生活の一部といっても過言ではなだろう。余計な心配はしていない。する方が失礼とさえ思うほどだ。

 だが、今の将棋界、並びに棋士全般に言えることではあるが、やはりソフトという怪物の影響は少なからず、いや、引っ掻き回すほどにその影響を与えている。関西将棋会館で控室での検討が行われなくなった、と聞いたが、筆頭である豊島がソフト検討に切り替え、会館に姿を現さなくなったことが大きな要因だろ、阿部がほのめかしていた。増田も研究会は意味ない、といったが、それはそういったことだろう。何でもかんでも合理化、整合化、といった波は中世あたりから加速したと私のチンケな世界史感では記憶しているが、デカルトが悪いわけでも、ニーチェが悪いわけでもない。我はあり、神は死んでも、人間がいて他者がいて、将棋がある。そこには情念、想いがあると信じたい。先の増田ー藤井戦(竜王戦)などは、正直私の目には異次元に写り、気持ち悪いわ、ちんぷんかんぷんだわ、なんじゃこれ?と思わずにはいられなかった。だが、先頭をひた走る二人の棋譜は心の中に異物として私の中に残った。

 さて、前置きが長くなったが、NHK杯。司会の藤田が休みを頂く、なんて先週告知があった。産休だろう。代わりのなんとか愛、を早く見たい、と打ち切るはずが二回戦突入、まず司会に関して触れるが、やっぱりまだ不自然ですよね〜。むりやり作り笑いしながら喋るの大変そう、とか思いながら見ていたが、解説の谷川もなんだが扱いづらそうだった。手にはちょこちょこ意見するとこともあったが、これは好み、黙ってろやボケェ〜、って人も、まあ少しぐらいはいんじゃね?って人も両方いたと思う。これから慣れるだろう。伊藤かりんでなければ誰でもいい。

 将棋の内容は山崎ワールド全開でオーバーヒート、といったところか。まず序盤で松尾を持った段位者の方は悪いとは毛ほども思わないであろう局面だった。端角から流れをつかみ、ひょいっと王を角に当てた△5一王、この感覚が憎らしい。素晴らしい一着であった。それでも7ニではなく、反対の3四に逃げていれば優位が維持できたらしいが、あの局面で秒読み、松尾は責められない。王手飛車を睨んでの一連の動きだが、これは大いに参考にしなければ、と今思った次第である。どうしても局部戦だとそこばかりに目がいってしまい、あのような発想は棋力が低い者には出にくい。
マンガの囲碁で申し訳ないが、塔矢名人とSaiの一局、仕掛けたSaiの思惑を盤面全体で捉えていた(最近見直した)ことと重なり、一つのテーマが浮かんだのである。仕掛けられたら、歩を突き捨てられたら、全体を見る。これはこれでやってみる価値はあると、今は思っている。そうと決まれば早速実戦だ。どんなに情けない将棋を指しても、また指したくなる。今は糸谷辺りに猛烈に頑張ってもらいたい今日この頃である。

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 梅雨の季節がじめじめと染み入る今日この頃、天気など、どちらでもよい私や諸君、いかがお過ごしでしょうか。ホント雨や雪などの日はインターネットという文明に感謝します。同時に昔の人々の苦労と良い所を想像します。一長一短でありましょうが、やはり文明の波は大きい、と皆が言うでしょう。だって、便利だもん、やっぱ。
 ついに私もAIに手を伸ばしてしまいました……。そっちのが早いって、とっくにわかってはいたけれど、無駄な悪あがきを数年しました。あ〜無駄だ、人生は無駄でできている、byている〜。さて、本題へ。

 珍しく自戦記から、次の一手を掲載させていただきます。いくつかの局面を載せますのでお暇な方はどぞー、では第一問。
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 先手が私です。相手は△4五桂と3三の桂馬を跳ねてきたところです。気持ちの良さそうな手に見えます、が、次の一手を見つけて優勢を意識しました。うん、次の一
手は自信を持って指したのですが、AI(激指14)には次善手と、ガクン。
 ちなみに△4五桂では、△5四角と打つのが最善手とのこと。
 さて、形勢ですが、ここまでは互角できて、この局面で二種の候補手が示され有利と出てます。その一つは私の指した▲2六歩-先手有利352、手応えアリでしたが……次善。さてそれでは最善は? (答えは最後にまとめて載せます)

 第一問から▲2六歩△同飛▲4四角△6二角▲2六角△同角、で↓の局面に。ぶっちゃけますと、4四角打った時点で(この角打てれば勝ちだべ〜さすがに)です。
と、ところが、でここが第二問。今回一番見てもらいたい局面。

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 ノータイムで▲2一飛車、この手をノータイムでw指しちゃうのが私の棋力です。よくよく調べてみると……、お分かりですね、天守閣はちょっと異筋に気を付けなければならない、という見本みたいな手です。実戦は△4三角!に相手が気づかず△7五桂と跳ねてきて助かりましたが、角打たれてたら、桂馬も持たれてるし、かなり厄介ですね。天守閣で一番気を付けなければいけない筋なハズです。(を見落とす私)

 第三問。相手の見落としもあり、残るは着地、着地。大事なことなので・・・。
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 △7ニ銀と龍に当てたところ、ノーヒントで。
 この将棋に関しては7七の桂馬、途中相手の緩手で△5五角に▲7七角と合わせ同角、同桂となったのがすごく大きかったです。このラインは常に居飛車のアキレス腱になりますが、改めて認識、局面にもよりますが、塞いどいたら損にはなりにくいですよね〜やっぱ。一手使うか、との兼ね合いですがこの将棋で落しどころがちょっと変わりました。それだけでも大きな収穫です。
 ご観覧、ありがとうございました。



 問1.――最善手▲5二銀!先手有利544、これには目玉飛び出しそうになりました。端をつめているので無理くりこじ開けて角打って、なんなら9三で切って、端歩突いても、龍まわっても先手の勝ちは動きません。(調べましたよ、キチンとw)この感覚、攻め将棋の人は見えるのでしょうか?私は全く見えませんでした。いつもは舟囲いが多いので、こんな堅い玉で居飛車を持つことは滅多ありません。(かなり私的意見でスマソ&穴熊指さないので)その錯覚が、ない、といったら嘘になります。相手の形も大事ですが、自分の形も大事という当たり前すぎることを再認識する▲5二銀でした。
 問2.――最善手▲4一飛車、先手優勢882、ノータイムが罪、当たり前のように見える一手も、疑い、考える。これこそ私が魅了される要素ではないか!反省。でも、一目は2一でしょ(まただ苦しい言い訳)相手が気づけば有利が吹っ飛びます。▲2一飛車で162になってます。
 問3.――最善手▲9ニ金、これで詰んでます。珍しく実戦で見えたので記念に残しときます。初手が分かれば並べ詰みなので難度はそんなに高くないですが、秒読みの中発見できたのは自分にとって大きな前進なので。

 史上最速の七段誕生と巷は活気づいてますが、私には他人事。ほんとこの手のニュースはこれから先、イヤというほど見聞きするでしょう、そのたんびに一喜一憂してたんじゃ身が持ちません、は言い過ぎですが私はかなり引いてみています。勿論喜ばしいことなんですが、対抗がいないので面白くないんです。単に時間の問題。これって、いつぞやの米長みたいな事言ってる、ってことになるか?いや、そんなつもり私はないぞ。
 
 とまぁ〜今日はこの辺で、粗末な棋譜、ご観覧ありがとうございました。

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その光がもたらすもの

 十戒かよ!って、ほんとうに海が割れて道ができた。
 
 本当に困る。毎回、毎度、今更言っても仕方がないが、稲葉が挑戦すると思っていた。具体的には羽生に勝てると思っていた。しかし結果と内容は私の望外のものとなった。本音を言わせてもらえば「まさか」である。

 史上初の6人によるプレーオフとなったA級順位戦、最終日、一番長い日と言われる段階で、だれがこの結果を予想しただろうか?おそらく日本に5人もいないんじゃないかと、わりとホンキで思う。豊島の失速で本命は久保が6割、といったところだろうか?

 今、手元に珍しく『将棋世界』2017年6月号がある。中古で買ったが実に数年ぶり、相変わらずの内容の濃さに、少しの安堵と重い息苦しさを覚える。買ったキッカケはナベのブログにおすすめとあったから。目を引く特集がある。これはナベが勧めた記事ではないのだが「棋士が選んだベスト対局10+1」というものがある。そこでダントツの一位を占めたのが第74期名人戦第2局-佐藤天彦vs羽生善治の一戦であった。今体調を崩している先崎が現代のコラムで羽生を太陽に例え、その太陽が沈みかかっている。と書いたキッカケにもなった一戦である。ご存知の方も多いと思うが、端的に言えば、終盤羽生が詰みを逃して負けた一戦。

 一位!という感じの将棋ではない。指し手の魂が、郷田風に言えば「情念」が滲み出るような将棋ではないと思う。しかし一位、これは先崎のコラムにもあったが、棋士が、正確には羽生を意識した、したことがある棋士、は書いてあるように「辟易」としたおもいが少なからずあったのは想像できる。言葉を借りれば「やっと負けたか、と。」やはりどう考えても普通の人間の勝ちっぷりではないのが羽生であるし、それこそが羽生たる所以なのだが、羽生らしからぬミスなので、そこに棋士たちが束になってヒビを入れようとワァーと襲い掛かったように思えて仕方がない一位なのだ。それほど羽生善治という存在が大きいか、恐ろしいか、そんなことを如実に表した、浮き出たといったほうが適切か、とにかくそんな結果に思えてならない。

 そして今、竜王を奪取し、永世七冠を手にし、国民の鏡となった羽生、
まるでモーセの十戒のようだ、と思わずにいられない。道ができていく
 名人の行方はまだわからない、だが恐ろしい、本当に怖い。本人はどう思っているのか本当に知りたい。7冠達成時の時に感じたといっていた「周りの空気」をどう感じているのか、そこに神はいるのか、このことは是非とも残してもらいたい「現象」であるし、現実でもある。

 すでにネット社会では「神」であるし、多くのマンガでその存在は絶対的な存在で描かれている。アラヒトガミであろうか?普通のタイトル棋士の何倍デカいのか?
やはり、とどのつまりは、ことばが追いつかない存在なのである。羽生の為にできたことば、というものができないだろうか、歴史の形成、それも恐らくは史上一位の巨星の光を、私たちは見つめ、その光が起こす化学反応に喜ぶ。
そして今、直視できないほどの光を放っている。
今はただ、この瞬間の光に酔いしれたい。

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A級プレオフと渡辺明

 順位戦も終わり、A級のプレーオフを残すのみの今日、豊島の進撃が続いている、開き直りの境地か、自力か、恐らく双方が相まって、最初は絶望的に見えた山頂も見えてきた。もともと普通に指せば挑戦している自力は持っているので驚かない。やはり「ここ一番」の自爆が弱点というイメージはまだ拭いきれない。勝率だけ見れば8割超える。初タイトルや挑戦が懸かると大抵の棋士は一度や二度は緊張や外野に押されて退くのがほとんどだ、しかし豊島ぐらいの経験値を持ってすればそろそろ十分すぎる。王将戦も負けた、棋譜はまだ見ていないが、久保には相性がよくないので責めることはしないが、名人挑戦権を手にすれば少なからず化けるだろう。谷川がよく言う「若いうちにチャンスをものにすることの重大さ」との言葉が頭をよぎる。今はただ応援している。遅すぎるぐらいなのだが。

 もう一人、谷川の言葉少なからず当てはまる、と私が思う棋士がいる、名は渡辺明。

 デビューしたころは金看板である「中学生棋士」を担ぎ、期待されだが、どうも目立った活躍はなかった。この頃の渡辺のことを老師は「敗け過ぎだ」と書いている。この一言のキレのよさに私は見事に真っ二つにされた、のはもうウン十年も前のことだ。だがしかし今になってみると、あたってる。チャンスはまた来る、とおもう若い頃は、実は短い。

 谷川に本の中で「活躍が足りない」とお叱りを受けたとブログにあったが、あのにくったらしい狐目の少年も33歳である。デビューから必死で将棋をしとけばよかった、と何千回、何万回ぐらいは思ったとおもう。つまるところそれも才能だと気づくのは大抵その大事な時が去った時だ。

 そしてその彼が今、経験したことのない不調に陥っている。それは勝率が5割前後を推移と、数字が物語っている。理由は明白だろう。

 彼のブログを読んで思ったのだが、はやり以前、以後では口調が違う。天彦をナベが「天彦さん」などと呼ぶだろうか?まさか〜ないない。読んでいて気持ち悪ささえ覚えた。どうも第三者が入っているような感じがする。大本の文はナベのものだろうが、チェックが入っているように思う。もし全文彼が書いたものだとしても、その傷の大きさは隠せない。だが今は、応援してくれるファンは少ない。返上してもいい、とまで啖呵を切ったのだ、それだけは、ナベ自身が「一番言われたくない言葉」なのか、とブログを読んでいて思った。

 元々シャープで歯に衣着せぬ物言いが特徴である。だが今はその切れ味のよい刃が自身にもグサグサと向けられ、血だらけでへたり込んでいるようだ。正直、折れたか、折れる寸前か、そんな状態だと想像させられる、あのブログを読んでいると、

 一過性のものか、ズルズルこのまま落ちていくのか、そんな言葉があったが33歳でいう言葉ではない。そんな老け込むような年齢ではなく、むしろ指し盛り、といっても過言ではないだろう。森内は30歳で名人になり、40歳で竜王・名人の二冠となった。なんで順位戦引退したかね〜ほんとわからん。まあ今はナベだ。

 ここからはあくまで想像だが、原因は自身に課したソフトとの決別、とまではいわないが、調整法、モデルチェンジの真っ最中であること。三月のライオンでの島田開の不調の原因をいう柳原の言葉、あれがそっくり当てはまると思う。
 そして言いたかないが、一番はやはりあのことが原因であろう。便利な時代にはなったが、便乗した心ない言葉が氾濫するネット社会において、その言葉を読んでしまっていたら(読んでいるだろう、そんな風なことも書いてあった)凶器と化した言葉の数々にズタズタになっただろう。今も。
 
 自身の言葉に責任を持つ、という強い姿勢と反比例する内なる自分、その内なる自分が勝手に敵を大きくしてしまっているように思う。今までのナベではないのは誰が見ても、読んでも、明らかなのだ。元には戻らない、と私は思う。人間は変わる。

 とどのつまりは本人次第だが、変わることは悪いことではない。

 今ふと思ったが、昔は将棋雑誌や新聞が力を持っていて、羽生なんか随分、口撃されたようである。それを思うと羽生からやはり変わったんだなあと、伸び伸び指している、きた、面々だと思った。

 

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7年と10年と

 あれから7年の年月が経ちました。

 正直、僕も周りも、忘れ始めてきているように感じることが増えたように感じます。でも忘れられない人達も多くいることも、忘れてはならないことです。
 
 ですが、去年あたりからでしょうか、現地でも前向きな言葉が聞かれたのをはっきり覚えています。年月にして8年、気持ちが、気持ちの落としどころができて、というより、勝手にできて、作らされて、そんな気持ちに少しずつなっていくのでしょうか、でもこのことは、大袈裟にいえば人間の力であろうとも思います。そして実際に行動に移せるのは2,3年といったところでしょうか。そう考えると、やはり10年。やっぱかかっちまうんだなあ〜と思いたくないけど、事実思っちまう。

 その日私は経験したことのない地震の只中にいました。初売りで勝ったばかりのTVがあり得ないぐらいぐらんぐらん揺れて、それを手で押さえて踏ん張って耐えました。とても普通には立てません。家は壊れるな、2階だからうまく倒壊から逃れ外に出なければ、とそんなことを考えてました。揺れが収まって部屋を出ると全てがめちゃくちゃ、内も外も、形が戻ったのは2か月ぐらいたってから、基礎も壊れたし、

 しかし現地の復興は全くと言っていい程進んでいません。陸に上がった船を見世物に観光地化しようとか、意味のない盛り土で予算を使い、一部の人間がほくそ笑んだり、高い壁を作ってせっかくの海沿いの町なのに海が見えなくなってしまったり、個人の住宅間ではどこからどう、とかモメたり、なかなか外の人が思うように進まないのが現地のようです。若者は町や村を離れ、また来るところに家建ててどうすんだ、と吐き捨てます。言葉はキツイかもしれませんが、的は得ています。しかし捨てられない、ここでしか生きられない、という人達がいるものまた真です。 

 時折考えていますが、答えは出ません。数百年に1度来るか来ないかの天災を恐れて故郷を捨て去るのか、伝統の漁業で海の恵みを受けて生活していくのか・・・・・・。どちらのも十分な言い分があるで、こうしたほうがいい、などと軽々しく口を出せません。結局自己決定権に委ねるしかない、という俗なこたえに行きつきます。本人が納得しているかどうか、という一言に尽きます。

 もう一つの問題は原発ですが、この問題には触れません。不毛な議論をする気はありません。国会の前で叫ぶ気力もなく、(社会的活動は時間とお金がとてもかかり、生半可な覚悟ではとてもできるものではない)かといって読売の社説に乗っかる気もありません。

 ただ、当事者でないにしろ、あの「虚無感」は忘れないでしょう。

 子供大人、男女、善悪人、問答無用で飲み込んでいきました。時の天下人ではないですが、まさしく夢幻の如くなり。明日なんかあるようでないんだなあと、だったら今を悔いなく生きた方がいいんじゃないか?これって間違いなのか?計画立てて目標に向かうのが正しいのか?う〜ん、わからない……。なんとも締まりの悪い結びですが、わからんものはわからん。

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長谷部新四段誕生

  数日前のアクセス数が見たこともない数字になっていた。理由はこの度、新四段に上がった長谷部浩平君に関するヒットだ。めでたく栃木県初(戦後)のプロ棋士が誕生した。勝負は最後の最後までわからない。なるべく見て見ぬフリをしていた。結果を受けて本当に喜ばしい限りだ。おめでとう!長谷部君。実際に会う機会があったらメンタル面の改善方法を是非聞かせてほしい。もう君は立派な「棋士」だ。これからは堂々と胸を張ってもらいたい。君はもう棋士の分際なのだ。普及も大切だが、タイトルを視野にこれからも成長してほしいと思う。23歳は棋士としては若くないかもしれないが、晩学の手本である木村九段のように、今までの苦労を思いっきり発散させるような勝ちっぷりを期待したい。重ねて本当におめでとう。

 来季からの活躍を期待して結びとしたい。

 

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 対戦相手はどんな気分で少年と向き合うのだろう。

 ここまでのフィーバーで何かと記録、記録と中身のない下品な質問ばかりする記者にうんざりしてしばらく見ていなかった。キッカケになったのはやはり佐々木勇気戦。彼の準備に目が留まり、動画を追っていくと様々なことが見えてきた。とにかくマナーだ。

 佐々木勇気に関しては賛否あることは想像に易しい。だが若者らしく、私は好きである。生意気が通るうちは、思いっきり生意気すればいい。小奇麗な若者など何の魅力もない。若くて強けりゃ踏ん反り返る、その方が人間として自然だ。

 肝心の動画は1-3まであるのが、だんだんとスイッチが入る勇気は面白い。

この動画を全部見てみれば、藤井聡太が持つ様々な「クセ」に気づく。それをなんとなくほのめかす勇気、そう、目の前に座る中学生はちょっとしたPC並の速度で手を読むことができる「特技」を持つ少年なのだ。これは努力とかの部類でどうこうなる領域ではない。どうも「普通」ではないのだ。その様子は彼の対局姿勢を見ていれば自然とわかってくる。そして、私が一番言いたいのは、彼の持つ集中力がもたらしてしまう、マナーの悪さである。これが故意ではないのが始末に悪いのだ。これは師匠杉本の責任と言わねばならない。

 だが、ライオン風に言えば「金のガチョウ」に泥を塗ることは、どうも今の将棋界は厳禁らしい。

 皆、口を揃えて「すごい」「考えられない」そして「完成度の高さ」をいう。
そんな右ヘならえ、の空気に真正面からアゲインストの立場を取るのがこの時の勇気なのである。その反抗心と勝った実績からくる、漲る自信、が手に取るようにわかってこの頃の勇気は面白いオモシロイ。

 クセ、及びそれらを裏付ける事実

 ・絶えず手に取り、開閉の連続を繰り返す扇子。相手の手番でも絶え間なくその動作を繰り返す。その音がうるさい、私が相手なら恐らく我慢できない。それは他の動画を見て確認した。これは現在でも見られる。
 ・口周りの行儀の悪さ。下唇をブルル、パッパッと鳴らし、唾を飛ばす。不快な音が出る。相手の手番でも。(この動作は現在では見られない初期のもの。瀬川戦なので見られる。瀬川の休憩時のカメラに対するリアクション、投了時の口元にワザとらしく添えるタオル、記録里見のマスク、などがそれを物語る。)口元にハンカチを当てるようになったのはこの後のこと?。
 ・対松尾八段戦、局後の松尾の別室への誘導。対応が大人だが、その事実が見える。全ては見ていないが、その後の対局は大部屋ではなく個室で対局が行われているように思う。報道陣への対応が主な理由なのであろうが、音の問題もあると思う。
 ・読む時、左前傾姿勢になり盤に没頭する。
 ・自分が悪いとダレる。深浦戦が如実。
 ・詰み、読み切り、全てわかった時は背筋が曲がり、まるで「もう終わったよ」といわんばかりの態度が子供の様に出てしまう。(今は知らないが連勝中は見られる。)
 ・勇気の言う通り、相手の手まで読んで、それが態度に出てしまう。難しければ読む姿勢になり、答えが出ていれば、子供が出る。
 ・佐藤真一五段戦、扇子の音全開。口癖のブルル、パッパッも聞こえる。解説が読み切れない詰みを瞬時に読み切る。(イヤホン推奨。8:40から扇子→口ブル→指すのリズムがハッキリとわかる。昔は佐藤の黒いボヤキがあったように記憶している。32:55ぐらいの「簡単には折れないよう」は相手に対してではないか?現に将棋の内容は圧倒なのだ。)↓この動画は音のすごさがハッキリわかる。

 とまあ、ざっと挙げてみたが、これらは動画を見ただけで推測した私の主観である。が、そんなに遠い事実ではないと思う。もっと精査すればまだあると思うが、大体わかったのでこれ以上は調べていない。とにかく今の問題は扇子の音。

 動画を見ているこちらですら「うるせ〜な〜」となるのだ。対局者なら迷惑千万だろう。先にも書いたが、これは師匠がキチンと指導すべき躾の問題。相手の手番でもお構いなしの姿勢はさすがによくない。ようは、お行儀が悪いのである。

 おいおい直るとは思うが、相手が考えているときは邪魔しない、はスポーツマンシップならぬ最低限のルールとマナー、というか原則に近いものだと思う。これは年齢は関係ない問題なのであえて書いた。今はブームに乗っかっている連盟もそろそろ姿勢を正してもらいたい。棋士間から溜まった不満が出るのは時間の問題なのだ。

 世間の評価は将棋が強い天才少年だが、私にその印象はとっくにない。今はただ、特殊能力を持つ人間である。対局者、これからガチで当たりそうな面々は今、虎視眈々と人間的な弱点を探っている真っ最中だと思われる。そのPCに有効なウィルスを研究中なのだろう。そう、読みではもう勝てないとわかりきっているのだ。

 今までの棋士とはまるで違う、作りが違い過ぎる、ライバルは……現るか。
 

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その男 高橋道雄

 最近高橋九段の将棋を見ている。訳は色々ある、それが重なる、それが訳だ。
藤井九段の解説や雑談をユーチューブで見たり、羽生の昔の映像を見たり、んでもって一番印象深いのは「私は名人に成り損ねた人間ですから」と俯きながらいった姿。
全ては過去のことで、遠い昔を回想するような語り口と表情、(僕の全てはあそこにあった)と言わんばかりの口ぶりに思わず見入った。後はこの理由に周りの彼に対する反応を追っていけば、あ〜これは全棋士、それもトップが高橋の将棋を見てきたんだ、とわかる。米長・加藤らをストレートで破って防衛とか絶頂期は結構すごい。んで今日はまだ数局だが、高橋らしい、と唸るような将棋を見つけたので紹介したい。

 谷川がウサギなら高橋はカメ、誰もが疑わないだろう、これほど俗な例えがしっくりくる2人も逆に珍しい。そしてこの時ウサギはカメの恐ろしさを身をもって知った。このシリーズは3-1で高橋がタイトル奪取。谷川がはじめて後輩に抜かれた瞬間ともある。

1987年棋王戦第三局 58手目
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4筋で銀交換をした直後、後手の谷川は狙いの一手を指す。端から香を入手して4四から打つ狙い、対して高橋の次の一手は観戦記者中平邦彦によると「谷川には絶対指せない手」と記している。『棋士ライバル物語』強者たちの盤上盤外、参照。
 高橋は黙って4八に飛車を引いた。以下△9六歩に▲9八歩と受けた。中平は無条件の屈伏、と書き、屈伏を二回重ねた後に「これが高橋将棋の強さ」と述べている。
 プロにとってはそんなに指しにくい手らしい、だが高橋は「この手が一番粘れる」と忍んだ。非を認め、砦一個タダでやった、って感じだろうか?まぁ〜私の感覚などどうでもよいが、ともかくこの飛車引きを堺に谷川がおかしくなったらしく、形勢は高橋へと傾くわけだが、そこはプロ、そんなに簡単ではない。

 図から高橋が放った一手に驚愕しこれを書いているわけなのだが、さぁ〜果たして当てられる人はいますかな?まぁ〜難しいと思う。
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  30秒〜













  55秒〜  7.   8.   9.



 87手目 先手▲3九角  打てる?これ。

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打たれてみれば、なるほど納得できる理屈は見えてくる、が8四とか8二とかが自然で、もしこの角が空ぶったらそれでおしまいである。ギャンブルするには、にしてもこの角は打てない、まぁ〜すごい感覚だ。5七の銀を取ってしまえば話が早いということだが、それにしても、まだ6三歩成りとかのがわかる。谷川にしてみれば文字通り、一秒も読んでない手であったであろう。事実この二十手後に谷川は投了に追い込まれる。

 全盛期を知る人ならタイトル獲得数5期の実力は承知だろうが、今はアニメ好きのオッサンである。そして謙虚でいつも所在なげなやさしいオッサンである。当時の読み物を見ると、相当無口だったらしい、中原曰く「あんまり無口なのもね」と周囲に愚痴をこぼしたらしい。なんでも自分が勝った感想戦でも喋らず、指摘されると黙って駒を動かすだけだそうで、なるほど、それはちょっと困る。藤井九段戦の藤井の敬意の態度とか、羽生のコンピューターのデータにやたら高橋の文字が並んでいたとか、理由はそんな小さな断片が積み重なって私はこの角に行きついた訳だが、そんなことで、次の一言で締めたいと思う。

 「流行の雁木より終わった矢倉」

 増田君、アマにも捻くれた意地は確実に存在するのだよ。タイトル5期以上取って高橋に言ったら認める、今は勝って当たり前の時期、履いた唾呑むんじゃね〜ぞぉ。と嫌味を言いつつ、純文学の再ブームを待つとしよう。

 以下はその棋譜です。↓

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貴乃花の行方

 青木がヤクルトへ復帰、3年10億と紙面が伝えている。青木の能力や集客力を考えると安いと思う。複数年が決め手になったのだろう。3年フルはきついと思うが1年は出られない、なんてお約束はやめてもらいたい。

 さて、本題に入る。今回は大相撲。ここ数か月紙面やニュース、ワイドショーを白熱させている。この構図はどこかの本職の分裂の構造と一緒じゃね?と思う方も多いだろう。年寄りは若いのを潰す、若いのは古いものを壊そうとする。この構図はある意味世界に通ずる普遍的なテーマで最も古く、根源的なテーマであるといえる。破壊と創造。行きつけの風呂やのサウナで、貴乃花親方がインタビューに答える映像を見た。ので少々。

   やっぱ違和感

 笑顔が気持ち悪い。その作り笑いに「やっぱこの人普通じゃないな」と思わされる。何でもこのTV出演は違反らしく、理事選の前に勝手なことしやがって、と八角周辺は息巻いているらしい。まったくバカげた話である。一派の会合があったホテルを張っているカメラがある時点でおかしい、明らかにリークである。そして各親方が高級車で出ていくなか、貴乃花だけはタクシーで、それもカメラに向けて会釈、完全にTVと通じていることが伺えた。そして例のインタビューへ、まるで茶番である。
 何かと付きまとう洗脳説、それを信じさせるに十分な映像と問答だった。実際には洗脳とまではいかないまでも、考え方や他人に対する接し方が著しく偏った人間になったのだろう。若い時に強くてお金持ちで地位もあった。そして、世の中の妬みにもてあそばれた。人を信用できないのだろう。何を考えているのかまったくわからない。だが、付いていく人間が相当数いるのは現在の相撲界が相当にオカシイのがわかる証拠でもある。中でも錣山親方の存在が大きく、「自由な立場でモノをいえるようになりたい」と割って出たのは有名。

 この2人の現役の時の初取り組みは有名で、負けた寺尾の悔しがり方は今でも焼き付いている。絶対に勝てると思っていたらしくそれをひっくり返されたことに我慢ならなかったらしいが、少々パフォーマンスも入っているのでは?と思ったものだ。

 だが人物は人を引き付ける。解説を聞いていると快活で適格で平等、精神的清潔感を感じさせる。マスクもよく女性受けも良いだろう。要するに貴乃花にとってはこれ以上ない援軍なのは明白で、これに追随する親方も多くいただろう。そう、この寺尾の存在が大きいのだ。

  力の世界

 私は将棋が好きで、その構図も将棋界とよく似ている。構成員は全て元力士であり、例外がない。(第三者がいない、横審は置いておく)そしてそれは「強い者が一番」という最も単純なルールが支配する世界であり、それが己の指針となっている人間が作る小さな社会ということである。「強え〜やつが一番、弱かったのは黙れ」ってな空気がどうしても存在するのである。だからそのルールからすると貴乃花と八角ではケンカにならないのである。貴乃花のあの強気はそこからきているのは容易に想像できる。
 なまじか人気があり過ぎる為に組織は潤沢であり、そこに発生する利権を巡る今回の抗争であるが、そこを考えると世論は貴乃花派を押すのは当然である、が、如何せんその貴乃花が危うい。

  貴乃花の資質

 やはり相撲界を背負って立つには問題がある、と言わざるを得ない。事の発端である日馬富士問題を見ても、伊勢ケ浜親方が部屋にまで横綱連れて謝りに行っているのに、それを無視した。これは足蹴にするようなものである。事の経緯はどうであれ、これは大人の取るべき行動ではない。知らなかったなどという子供の言い訳は通用しない。伊勢ケ浜の会見での涙は少々しみったれた感もあったが、己が弱かったから、との無念の思いも感じさせた。こういう所があっては大所帯を預かるにはどうしても問題があると思う。個人では強いだけでよいが、組織は強いだけではダメなのだ。それは弱い者が集まることで社会を形成していることと同じで、個人だけは限界があるのである。そのことをまだ十分に理解していない。あるいは理解できないかもしれない。

  寺尾こと錣山をトップに

 結論として理事選を勝てば(二名当選)錣山をトップに据えていくのが最も妥当な人選であろう。人気、信用、マスク、十分に頼れる人物である。横綱ではなかったので、どうしても力の世界である相撲界では、自分がトップに立つべきではない、との思いが本人には強くあるのだろう、だから貴乃花の元で相撲界の為に全力を尽くす、と思っているのではないか?
 貴乃花の元で若頭として尽力しているが、将来は錣山がトップに立つのがどう見ても理想である。本人にその気はないだろうが、周りがその方向へ持っていくべきだ。彼なら八角陣営とも上手く交渉できるだろう、これは貴乃花では無理だ。よって組織運営には錣山が最も適任である。

 血が濃すぎるから問題が起こる、これは将棋界も同じ。やはり第三者を入れることが最も簡単で効率が良いと思われるがこれができない、しようとしない。利権を他人に渡そうとしないのはわかるが、権力が集中しすぎていることが問題なのだ。相撲人気は衰えることを知らずまだまだ白熱が続きそうだが、そろそろ変革の時を見たい。

 やはり気持ちのいい人ですわ 暇つぶしにどぞ↓
 

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 ついにこの時がきた。この目で見ることが、瞬間を共に生きることが、

 羽生善治が空前絶後・前人未踏・千載一遇、言葉が・・・追いつかない。

 将棋界の七大タイトル全ての永世称号を手にした。

 誰もが、あと一つ、と願っていただろう。

 屈辱の3勝からの4連敗という記録を作った彼は、その借りをその相手から返した。

 なんという喜びと驚愕と感動だろうか、

 とにかくおめでとうございます。と賛辞を贈りたい。と共に感謝を。

 素晴らしい瞬間、時、今、過去、未来、全てに感謝したい。

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