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ぱっしょん・ぱっしょん・ぱっしょん。

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7年と10年と

 あれから7年の年月が経ちました。

 正直、僕も周りも、忘れ始めてきているように感じることが増えたように感じます。でも忘れられない人達も多くいることも、忘れてはならないことです。
 
 ですが、去年あたりからでしょうか、現地でも前向きな言葉が聞かれたのをはっきり覚えています。年月にして8年、気持ちが、気持ちの落としどころができて、というより、勝手にできて、作らされて、そんな気持ちに少しずつなっていくのでしょうか、でもこのことは、大袈裟にいえば人間の力であろうとも思います。そして実際に行動に移せるのは2,3年といったところでしょうか。そう考えると、やはり10年。やっぱかかっちまうんだなあ〜と思いたくないけど、事実思っちまう。

 その日私は経験したことのない地震の只中にいました。初売りで勝ったばかりのTVがあり得ないぐらいぐらんぐらん揺れて、それを手で押さえて踏ん張って耐えました。とても普通には立てません。家は壊れるな、2階だからうまく倒壊から逃れ外に出なければ、とそんなことを考えてました。揺れが収まって部屋を出ると全てがめちゃくちゃ、内も外も、形が戻ったのは2か月ぐらいたってから、基礎も壊れたし、

 しかし現地の復興は全くと言っていい程進んでいません。陸に上がった船を見世物に観光地化しようとか、意味のない盛り土で予算を使い、一部の人間がほくそ笑んだり、高い壁を作ってせっかくの海沿いの町なのに海が見えなくなってしまったり、個人の住宅間ではどこからどう、とかモメたり、なかなか外の人が思うように進まないのが現地のようです。若者は町や村を離れ、また来るところに家建ててどうすんだ、と吐き捨てます。言葉はキツイかもしれませんが、的は得ています。しかし捨てられない、ここでしか生きられない、という人達がいるものまた真です。 

 時折考えていますが、答えは出ません。数百年に1度来るか来ないかの天災を恐れて故郷を捨て去るのか、伝統の漁業で海の恵みを受けて生活していくのか・・・・・・。どちらのも十分な言い分があるで、こうしたほうがいい、などと軽々しく口を出せません。結局自己決定権に委ねるしかない、という俗なこたえに行きつきます。本人が納得しているかどうか、という一言に尽きます。

 もう一つの問題は原発ですが、この問題には触れません。不毛な議論をする気はありません。国会の前で叫ぶ気力もなく、(社会的活動は時間とお金がとてもかかり、生半可な覚悟ではとてもできるものではない)かといって読売の社説に乗っかる気もありません。

 ただ、当事者でないにしろ、あの「虚無感」は忘れないでしょう。

 子供大人、男女、善悪人、問答無用で飲み込んでいきました。時の天下人ではないですが、まさしく夢幻の如くなり。明日なんかあるようでないんだなあと、だったら今を悔いなく生きた方がいいんじゃないか?これって間違いなのか?計画立てて目標に向かうのが正しいのか?う〜ん、わからない……。なんとも締まりの悪い結びですが、わからんものはわからん。

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