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8年

 東日本大震災から今日で8年の月日が流れました。

 時間はふしぎだと、こんな日におもう。暦のうえでは人が一段階大きく成長するのに十分な時間であるから、知らない子供がその辺を飛び回る光景なんかが、見られ始めることと現地を想像してみる。その真っ白な子供に、どんな眼差しを向けるのだろう。

 過去に生きるも、かもしれない未来をみつめるのも、今だけを生きるも、自由だ。

 亡くなられた方々に、鎮魂のおもいをこめて、ささやかな祈りを。
 遅れ馳せながら今ミタ。よくできていると思う。
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 なんでもカンでも、アニメ化、映画化、の流れが当たり前になった昨今、この作品は完全にアタリだと思う。別に将棋を指さなくったって楽しめる内容になっている。現に近しい友人は「面白かったです」となんの嫌味気もなく言っていた。私はその時まだ見ていなかった(映画館で見たそうだ)ので、内心(ほほ〜う)と微かな期待を抱いた。しかし読み物や観るものってのは好みがやはり出る。のであまり期待しないといういつものスタイルで今を迎えた、ってわけである。
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 二時間ではムリ、って作品がそこらじゅうに転がっているなか、この作品は貴重な成功例だと思う。冒頭の久保王将を始め、そこかしこで見られる本物の棋士たちが画面を引き締めている。成功の一因であろう。静かで、無駄が無く、所作が美しい。
 監修の先崎が「一番は手つき」と言っていた。こればかりは胡麻化せないと。
 そこはやはり俳優陣と本物の棋士とでは、やはりハッキリ違うが、他の将棋モノの様なワザとらしい大振りなどが無かった。結果やはりストレスなく見れた。
 棋士の一手には・・・・・・、クサいので以下省略。
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 個人的に一番良かったのは新人王戦の対戦相手の山崎、スキンヘッドで眉毛もないビジュアルはそれだけで迫るものがあるが、見た目だけではない、きちんと投了するシーンが一番よかったのである。悔しい気持ちを押し殺して飲み込んで全部背負って未練なく、無礼なく、短く、ちょっと”おっ”ってなった。ここまできちんと演じてくれると、嗜む者としてはなんだか嬉しくもなったりした。
 次にはやはり二階堂。演じた俳優は知らないが、見事の一言です。すごいハマってました。なんか他人行儀になってしまうぐらい二階堂だった。それで見ていて思ったのは、この作品には二階堂は欠かせない、ということだ。(他レビューでも書いた)
 後は憎らしいがやはり冒頭の幸田を演じたトヨエツがいい男っぷりで嫉妬した。が冒頭の重要な所で、見る者を作品の世界へ誘うのに必要な、姿勢や温度などを伝えてくれたので流石の一言である。
 他の俳優陣は普通かそれよりもちょい上ぐらいだったと思う。
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 ヒドかったのは女優陣。ひなたと子役の香子を例外として、他は酷いの極み。特に香子役の有村。あんないい役なのに、なのに!キャストミスレベルである。ちょっと肩だしたぐらいじゃあの役は務まらない。危なっかしいミステリアスな色気がないとムリなので、じゃあ他は?と言われると今すぐパッとは出てこないが結果的には大失敗だった。(思いついたら書くかも、っていらね〜か)
 あかり役の倉科も相変わらずの乳アピ&ブリっ子のワンパターンで呆れる。後編の涙とか・・・両の頬にウソ、水、と書いてあった。ももちゃんは対象外です、勿論。

 棋士の世界、勝負の世界なので女優陣には難があったかもしれない。がやはりどこか違う、という感は拭えなかった。将棋という名の殺し合い。残酷で容赦のない女性でも質の違う世界なのかもしれない。が、こればっかりはプロにならんとわからん。

 だが作品自体は良くできていて、見ていて退屈しないし、新人王戦の会場なんか最初は大袈裟じゃね?とか思ったけど、今になって見るとアリだな、とか思ったり。
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 けど実際は大コケだったみたいで、やっぱ将棋には興味ね〜のか、と現実をちょっと感じたりも、するけど。この内容なら胸張っていいと思う。誰のせい、とか今更だし、けど、いい作品だった。
 
 p・s 後編については一言二言、テーマを絞った方が良かった。既にアニメの方でこれ以上ない位(私の知る限り)深刻なテーマに向き合い、真剣に描かれているので、(マジな話、教材になると思う)短時間の映画ではやはり無理があります。アニメでもその部分は数話に渡るし気持ち入れないと見れませんし、なので、ミスった感はあります。でも作者の希望だったらのみ、話は別で一番伝えたいテーマなのだとしたら、そこはアリになります。覚悟でのあえてなら支持の一票を。それ程アニメはよく出来てる。そこに行き付く人が増えれば、やる価値あったと思います。

 おまけ 対後藤戦の終局一手前、先手の桐山は飛車を持ちます。 どぞ〜。
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映画の一瞬で詰ませた方には洋ナシ。
正解はコメント欄に。 
 いや〜お久しぶりです。皆さん!・・・・・・(己の中では20人!)
今さっきNHKの溜めを見ていたんですが、何やら称号が変わっている人も増え、群雄割拠の時代、ではなく、天下を取った人が落日の時を迎えている為であり、下や中が突き上げた結果で起きた現状ではないことだけは記しておきたい。下がだらしないのか上が強すぎるのか、一般的に言えば後者だろうが、それにしても豊島、永瀬、渡辺、山崎、この辺りにはもっともっと結果を求めたいのも本音だ。特に永瀬は人気はあるだろうから頑張ってもらいたい。なんつーのかな〜、もうちっとアソビ心も必要なんじゃね〜の、と外から見ていると思う。圧倒的に人生経験が足りないだけだと思う。

 さて、羽生の話、巨大な太陽は確かに落日の時を迎えている。だがただ黙って落ちるはずもなく、絶えずその熱は近づく者、対峙する者の、ある部分の神経を焼き切る放射線ともいうべきだろうか、特殊な力は依然として帯びている。50歳を超えると体力が落ちる、とコーヤンがどこかで言っていたが、過密な日程は子供の頃からウンザリするほど経験しているし、もはや生活の一部といっても過言ではなだろう。余計な心配はしていない。する方が失礼とさえ思うほどだ。

 だが、今の将棋界、並びに棋士全般に言えることではあるが、やはりソフトという怪物の影響は少なからず、いや、引っ掻き回すほどにその影響を与えている。関西将棋会館で控室での検討が行われなくなった、と聞いたが、筆頭である豊島がソフト検討に切り替え、会館に姿を現さなくなったことが大きな要因だろ、阿部がほのめかしていた。増田も研究会は意味ない、といったが、それはそういったことだろう。何でもかんでも合理化、整合化、といった波は中世あたりから加速したと私のチンケな世界史感では記憶しているが、デカルトが悪いわけでも、ニーチェが悪いわけでもない。我はあり、神は死んでも、人間がいて他者がいて、将棋がある。そこには情念、想いがあると信じたい。先の増田ー藤井戦(竜王戦)などは、正直私の目には異次元に写り、気持ち悪いわ、ちんぷんかんぷんだわ、なんじゃこれ?と思わずにはいられなかった。だが、先頭をひた走る二人の棋譜は心の中に異物として私の中に残った。

 さて、前置きが長くなったが、NHK杯。司会の藤田が休みを頂く、なんて先週告知があった。産休だろう。代わりのなんとか愛、を早く見たい、と打ち切るはずが二回戦突入、まず司会に関して触れるが、やっぱりまだ不自然ですよね〜。むりやり作り笑いしながら喋るの大変そう、とか思いながら見ていたが、解説の谷川もなんだが扱いづらそうだった。手にはちょこちょこ意見するとこともあったが、これは好み、黙ってろやボケェ〜、って人も、まあ少しぐらいはいんじゃね?って人も両方いたと思う。これから慣れるだろう。伊藤かりんでなければ誰でもいい。

 将棋の内容は山崎ワールド全開でオーバーヒート、といったところか。まず序盤で松尾を持った段位者の方は悪いとは毛ほども思わないであろう局面だった。端角から流れをつかみ、ひょいっと王を角に当てた△5一王、この感覚が憎らしい。素晴らしい一着であった。それでも7ニではなく、反対の3四に逃げていれば優位が維持できたらしいが、あの局面で秒読み、松尾は責められない。王手飛車を睨んでの一連の動きだが、これは大いに参考にしなければ、と今思った次第である。どうしても局部戦だとそこばかりに目がいってしまい、あのような発想は棋力が低い者には出にくい。
マンガの囲碁で申し訳ないが、塔矢名人とSaiの一局、仕掛けたSaiの思惑を盤面全体で捉えていた(最近見直した)ことと重なり、一つのテーマが浮かんだのである。仕掛けられたら、歩を突き捨てられたら、全体を見る。これはこれでやってみる価値はあると、今は思っている。そうと決まれば早速実戦だ。どんなに情けない将棋を指しても、また指したくなる。今は糸谷辺りに猛烈に頑張ってもらいたい今日この頃である。

 梅雨の季節がじめじめと染み入る今日この頃、天気など、どちらでもよい私や諸君、いかがお過ごしでしょうか。ホント雨や雪などの日はインターネットという文明に感謝します。同時に昔の人々の苦労と良い所を想像します。一長一短でありましょうが、やはり文明の波は大きい、と皆が言うでしょう。だって、便利だもん、やっぱ。
 ついに私もAIに手を伸ばしてしまいました……。そっちのが早いって、とっくにわかってはいたけれど、無駄な悪あがきを数年しました。あ〜無駄だ、人生は無駄でできている、byている〜。さて、本題へ。

 珍しく自戦記から、次の一手を掲載させていただきます。いくつかの局面を載せますのでお暇な方はどぞー、では第一問。
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 先手が私です。相手は△4五桂と3三の桂馬を跳ねてきたところです。気持ちの良さそうな手に見えます、が、次の一手を見つけて優勢を意識しました。うん、次の一
手は自信を持って指したのですが、AI(激指14)には次善手と、ガクン。
 ちなみに△4五桂では、△5四角と打つのが最善手とのこと。
 さて、形勢ですが、ここまでは互角できて、この局面で二種の候補手が示され有利と出てます。その一つは私の指した▲2六歩-先手有利352、手応えアリでしたが……次善。さてそれでは最善は? (答えは最後にまとめて載せます)

 第一問から▲2六歩△同飛▲4四角△6二角▲2六角△同角、で↓の局面に。ぶっちゃけますと、4四角打った時点で(この角打てれば勝ちだべ〜さすがに)です。
と、ところが、でここが第二問。今回一番見てもらいたい局面。

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 ノータイムで▲2一飛車、この手をノータイムでw指しちゃうのが私の棋力です。よくよく調べてみると……、お分かりですね、天守閣はちょっと異筋に気を付けなければならない、という見本みたいな手です。実戦は△4三角!に相手が気づかず△7五桂と跳ねてきて助かりましたが、角打たれてたら、桂馬も持たれてるし、かなり厄介ですね。天守閣で一番気を付けなければいけない筋なハズです。(を見落とす私)

 第三問。相手の見落としもあり、残るは着地、着地。大事なことなので・・・。
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 △7ニ銀と龍に当てたところ、ノーヒントで。
 この将棋に関しては7七の桂馬、途中相手の緩手で△5五角に▲7七角と合わせ同角、同桂となったのがすごく大きかったです。このラインは常に居飛車のアキレス腱になりますが、改めて認識、局面にもよりますが、塞いどいたら損にはなりにくいですよね〜やっぱ。一手使うか、との兼ね合いですがこの将棋で落しどころがちょっと変わりました。それだけでも大きな収穫です。
 ご観覧、ありがとうございました。



 問1.――最善手▲5二銀!先手有利544、これには目玉飛び出しそうになりました。端をつめているので無理くりこじ開けて角打って、なんなら9三で切って、端歩突いても、龍まわっても先手の勝ちは動きません。(調べましたよ、キチンとw)この感覚、攻め将棋の人は見えるのでしょうか?私は全く見えませんでした。いつもは舟囲いが多いので、こんな堅い玉で居飛車を持つことは滅多ありません。(かなり私的意見でスマソ&穴熊指さないので)その錯覚が、ない、といったら嘘になります。相手の形も大事ですが、自分の形も大事という当たり前すぎることを再認識する▲5二銀でした。
 問2.――最善手▲4一飛車、先手優勢882、ノータイムが罪、当たり前のように見える一手も、疑い、考える。これこそ私が魅了される要素ではないか!反省。でも、一目は2一でしょ(まただ苦しい言い訳)相手が気づけば有利が吹っ飛びます。▲2一飛車で162になってます。
 問3.――最善手▲9ニ金、これで詰んでます。珍しく実戦で見えたので記念に残しときます。初手が分かれば並べ詰みなので難度はそんなに高くないですが、秒読みの中発見できたのは自分にとって大きな前進なので。

 史上最速の七段誕生と巷は活気づいてますが、私には他人事。ほんとこの手のニュースはこれから先、イヤというほど見聞きするでしょう、そのたんびに一喜一憂してたんじゃ身が持ちません、は言い過ぎですが私はかなり引いてみています。勿論喜ばしいことなんですが、対抗がいないので面白くないんです。単に時間の問題。これって、いつぞやの米長みたいな事言ってる、ってことになるか?いや、そんなつもり私はないぞ。
 
 とまぁ〜今日はこの辺で、粗末な棋譜、ご観覧ありがとうございました。

その光がもたらすもの

 十戒かよ!って、ほんとうに海が割れて道ができた。
 
 本当に困る。毎回、毎度、今更言っても仕方がないが、稲葉が挑戦すると思っていた。具体的には羽生に勝てると思っていた。しかし結果と内容は私の望外のものとなった。本音を言わせてもらえば「まさか」である。

 史上初の6人によるプレーオフとなったA級順位戦、最終日、一番長い日と言われる段階で、だれがこの結果を予想しただろうか?おそらく日本に5人もいないんじゃないかと、わりとホンキで思う。豊島の失速で本命は久保が6割、といったところだろうか?

 今、手元に珍しく『将棋世界』2017年6月号がある。中古で買ったが実に数年ぶり、相変わらずの内容の濃さに、少しの安堵と重い息苦しさを覚える。買ったキッカケはナベのブログにおすすめとあったから。目を引く特集がある。これはナベが勧めた記事ではないのだが「棋士が選んだベスト対局10+1」というものがある。そこでダントツの一位を占めたのが第74期名人戦第2局-佐藤天彦vs羽生善治の一戦であった。今体調を崩している先崎が現代のコラムで羽生を太陽に例え、その太陽が沈みかかっている。と書いたキッカケにもなった一戦である。ご存知の方も多いと思うが、端的に言えば、終盤羽生が詰みを逃して負けた一戦。

 一位!という感じの将棋ではない。指し手の魂が、郷田風に言えば「情念」が滲み出るような将棋ではないと思う。しかし一位、これは先崎のコラムにもあったが、棋士が、正確には羽生を意識した、したことがある棋士、は書いてあるように「辟易」としたおもいが少なからずあったのは想像できる。言葉を借りれば「やっと負けたか、と。」やはりどう考えても普通の人間の勝ちっぷりではないのが羽生であるし、それこそが羽生たる所以なのだが、羽生らしからぬミスなので、そこに棋士たちが束になってヒビを入れようとワァーと襲い掛かったように思えて仕方がない一位なのだ。それほど羽生善治という存在が大きいか、恐ろしいか、そんなことを如実に表した、浮き出たといったほうが適切か、とにかくそんな結果に思えてならない。

 そして今、竜王を奪取し、永世七冠を手にし、国民の鏡となった羽生、
まるでモーセの十戒のようだ、と思わずにいられない。道ができていく
 名人の行方はまだわからない、だが恐ろしい、本当に怖い。本人はどう思っているのか本当に知りたい。7冠達成時の時に感じたといっていた「周りの空気」をどう感じているのか、そこに神はいるのか、このことは是非とも残してもらいたい「現象」であるし、現実でもある。

 すでにネット社会では「神」であるし、多くのマンガでその存在は絶対的な存在で描かれている。アラヒトガミであろうか?普通のタイトル棋士の何倍デカいのか?
やはり、とどのつまりは、ことばが追いつかない存在なのである。羽生の為にできたことば、というものができないだろうか、歴史の形成、それも恐らくは史上一位の巨星の光を、私たちは見つめ、その光が起こす化学反応に喜ぶ。
そして今、直視できないほどの光を放っている。
今はただ、この瞬間の光に酔いしれたい。

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