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文明開化の音は縁

 「袖すり合うも多少の縁」
 このことわざは割と大事にしている。子どもの頃読んだことわざ辞典のなかでも、語呂が良いのか、意味もわからなかった頃からなんとなく残っている。数字だけでいえば、袖すり合うも、ちょっとした奇跡だ。

 昨日、ある会にお邪魔した。

 縁とは不思議なものである。

 文明開化の音がする、ではないがインターネットが繋いだ縁。文明にも感謝せねば。
そして昨日のことだが、いざ実際に参加する、となると、まぁ〜緊張する、した。
めいいっぱい力んだ私を、強い、そりゃつえ〜方が受け止めてくれた。一局の将棋に全力を注いで果てた。なにか、指導対局のような差し回しに、今も翻弄されている。

 やはり人と人。将棋は人をつなぐ。それも世代を超えられることが何より素晴らしい。他にもゴルフや囲碁などあるが、将棋を知ってよかったなぁ〜と思った。

 今回はめいいっぱい力んだので、次回からは少し肩の力を抜いて参加できたら、と思っています。昨日はありがとうございました。

 


 え〜今更ですが、書いておきたいカードなので遅れ馳せながら書きます。
 注目の棋王戦五番勝負第1局、千田が初手で珍しい一手を指した。相手が相手なら挑発的にもとれる一手。指し手は棋士の全てを写す。初タイトル戦で先手番の初手。彼にとって大きな意味をもつ一手になるのは彼自身が一番知っている。
 それを受けた渡辺は、さして時間を使わず普通に応じた。ある程度予想していたか、大抵の棋士なら立ち止まりそうなところだが、こういう見切りの速さも渡辺の強さの一つだろう。後は結果だ。結果が2人の今後、とりわけ千田の数年先の未来、あるいは一生を決めるかもしれない。それほどに初タイトル戦の第一局、リスクを伴う初手となれば尚更、その棋士にとって意味がある。なぜなら、忘れないからだ。

 それに関連して思い出したのが、当時7冠の羽生に対し、深浦が指した初手の端歩。棋戦の名前は忘れた、問題は指した手だ。私の印象はとても悪い、今でも悪い、深浦にどんなおもいがあったのかは知らないが、結局その一手が全てを表している。彼の不運といわれる経緯や、加藤一二三に対して振り飛車を指すところなど、棋力や時に見苦しく写るクソ粘りなどは、棋士やファンから評価されているが私は嫌いだ。認めるところはあっても魅力がない、そりゃ〜将棋や勝負の神様に嫌われるよ、と当然のようにおもう。羽生に勝ってタイトルを取ったとき、「羽生さんに勝ったから将棋の神様云々・・・」ってインタビューをみたことがあるが、その印象も悪かった。たしか受けの7七金だったか、羽生も読んでいない好手が出て勝ったのは覚えているが、深浦の力で実績が乏しいのは結局そういうことだ。印象が悪い=損をする。
 
 いかん、脱線しすぎた。今回の初戦、私が印象に残ったのは渡辺の指し手。ソフトにはないであろう間合いを作った手渡し、今まで、主に羽生と戦って得た感覚、それで勝負しようという意思が見えた。結果は負けたが、はっきり勝ちの局面で終盤を迎えたのは、方向性として間違ってはいないのだろう。ただ、あの手順(中継解説の手順)を終盤、時間のないなかで読めるか、といわれたら一流の棋士でも難しいだろう。△8六角は渡辺らしい攻めの手、本人もそれほど今回の敗戦は気にしていないだろう、なにせ経験値が違い過ぎる。
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笑顔からもまだ余裕が見てとれる

勝負はこれから

しかし、渡辺は初戦を非常に重視する印象がある

圧倒的な経験値の差を今後どの様な指し手に表現するのか











 代わって千田、彼にとっては非常に意味のある勝利となったのはいうまでもない。
この勝利が今後、彼の基礎となる。「自信」という大きな基礎を手にした。初陣での勝利は一生物。大流行の4八金・2九飛型の布陣、自身も得意にしている。(彼が流行らしたの?かまで知りません)まだ千田の将棋は数局しか見ていないが、彼の将棋から受ける印象は、鋭い刃と危うさ。切り合いを好む好戦的な棋風。といったところ。最も、これはソフトからの影響が大きいところではあるのだが、終盤で安全勝ちを目指すといったところは見たことがない。(知らないだけ?)そういうところは好印象を受ける。だが危険を伴うので逆転負けも多々あるだろう。だが貫いてほしい。相手が怯む程の鋭い終盤力を今後も見たい。
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喜びは隠さなくていい

リスクを取った初手

掴んだタイトル戦初勝利

得たものは、計り知れない















 クドイようだが今回ほど、結果が全て、という勝利もそれほどないだろう。
 総合力はまだまだ渡辺のが上だが、この勝利で一気に面白くなってきた。若さに勢いをつけてこのまま突っ切ってほしい。事実、終盤の差し回しは相も変わらず鋭く、寄せは美しかった。彼の敵玉に迫る様は美しい、と感じるのは私だけだろうか。

 ともかくファンにとっては楽しみが増える結果になった。(ナベファンにはメンゴ)
 今後も注目が集まるなかで成長してほしい。
 あと一勝、というところで千田がどういう将棋を指すかを見てみたい。恐らくそこまではいくだろう。その一勝の壁を乗り越えられるか、数多の棋士が越えられなかった、また自ら崩れ去った、一流の壁を。

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 フランス革命・序章2

フランス革命について書くのは久しぶり、といっても今回が2回目なので気まぐれです。

 フランス革命に関する本や資料は数多く存在します。そのすべてを読み調べることは不可能に近いでしょう。そこでやはり評価の高いものや古典と呼ばれるものを中心に入っていくは自然な流れで、いきなり難しいものに手を出しても気が萎えるだけです。 
 それと現代において避けて通れないのがインターネットの存在です。
ウィキペディアをはじめとする情報は、検索をすれば吐いて捨てる程に溢れています。その中で何を信用したらいいか、何を捨てるべきか、その基準は、やはり経験とその人の知力に委ねるしかないでしょう。正しく、論理的で、読みやすいものや、ユーモアを交えながらも知識に裏打ちされた面白いもの、データーを中心に展開する立証的なもの、等々、それらは確かに少ないですが、実社会も同じようなものです。それらを発見した時、自分と似た感性の持ち主に出会えた時は嬉しいものです。しかしながら悪意や便乗といった無責任な意見や言葉を、一方的に発信することができてしまうのも、また事実です。

 フランス革命は現在もその意義や是非について真っ二つに見解が分かれています。

 その双方の見解を踏まえ書かれた本として最も著名なものに、
「『フランス革命』歴史における劇薬」遅塚忠躬、岩波ジュニア新書、1997年、
が挙げられるでしょう。著者の遅塚氏はフランス革命研究者として広く知られ、著書もフランス革命に関連するものばかりです。なかでも本書は高校生に向けて書かれたものですが、非常に読みやすく、大人でも十分に読み応えがあります。
 その冒頭、下の絵が掲載されています。
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北蓮蔵画「岩倉邸行幸」(明治神宮聖徳記念絵画館蔵)
 以下引用、p5。

  維新の大業がやっと軌道に乗ったばかりの明治十六(一八八三)年七月、死の床
  にある岩倉具視を明治天皇がお見舞いに行かれたときの情景を描いたものがあり
  ます。家人にたすけられて半身を起こした岩倉を、まだ三〇歳の天皇が、肩を落
  としてじっと見つめています。国内の近代化を推進しながら、列強ひしめく世界
  の荒波の中に乗り出そうとしている若い日本。その日本のかじ取りをゆだねられ
  た若い天皇。その重責を負いながら、いま維新の功労者を失おうとしている沈痛
  な思い。ここに描かれた明治天皇は、後年の威厳に満ちた画像とは異なって、む
  しろ痛々しいほどの姿に見えます。

明治維新が軌道に乗ったと書かれているのは明治十六年。1883年です。
フランス革命の発端とされるバスティーユ牢獄襲撃が1789年7月14日。
実に100年もの時間差があることがわかります。ですが一概に比べることはできません。フランス革命から数年後、彗星のごとく現れたナポレオンやその後の戦争、そして王政復古(この辺りも岩倉がヨーロッパー史を参考にしたことが伺えます)フランスも革命から実に100年の時を経てその思想、つまり自由・平等・友愛。この3つの理念が根付くことになります。デカルトの『方法序説』が出版されたのが1637年。
 
 つまり人間は、二面性。変わることと変わらないこと。双方を併せ持つ存在であることをこれらの歴史が証明しています。ですから見解が分かれることもまた、必然といえるのではないでしょうか。

 あらゆる選択肢の中で私達は何を選び取って進むのか。時間は待ってくれません。そこで、歴史や思想を自分でみることよって選択に余分な時間をかけないですんだり、別の選択をあえて試してみたり、など、感性が豊かになり人間性を広げてくれます。そうして土壌を耕すことによって、そこから生まれた自分の思想、意思、直感などで決断し選択すれば、結果なんて二の次になると私は思うのです。そこに後悔があるかないか、これこそ一番大切なことです。

  

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この記事は、題に書いたWOWOWの放送を見ていない人には、伝わらないので、見たことのある人に向けて、未来の自分に向けて、

 「ANGEL」
 最後の曲になるやもしれぬ、そんな覚悟は彼の表情には、確かに在った。先日、引退を発表した氷室京介。その彼が選んだのはまさしく、満身創痍、裸の俺、であった。

 一BOOWYファン、そして氷室ファンとして、少々恥ずかしい。本当の彼の姿、そして、生き方、を私は今の今まで、全く知らなかった。

「選ばれた人間だと思うよ」そう語る彼は大真面目であり、嫌味でもない。そんなことは疑いようがない。氷室京介は絵に描いたようなロックスターじゃないか。この放送を見ていない人は、少なからずそんな印象を持っていると思われる。けど、実際は違う。
どこまでも真面目で、嘘を吐かない。オーディエンス(我々)に対しても自分にも。

 「はじまりとおわりは、いつも雨」「けど、そこで(おわり)んだよ、雨かよ。っていうのと、ああ雨か、知ってたよ。けど俺はここまでやってきたよ。」「前と後ろじゃ、全然違う。たとえ同じ結果であったとしてもね。」
 正直にいえば、彼の口から「哲学」ということばが出ただけで驚いた。(あの氷室が哲学だと!?)そんなこと考えて感じてるんだ。この時は、やっぱり嬉しかった。人間、歳を重ねれば、一度や二度は考えると、やっぱりおもう。生とか善悪とかetc、

 「選ばれた人間」が、確かに天に向いて唾を吐くように言った。
 
 「偶然じゃね〜って、こんなの偶然なわけね〜だろ」

 「俺、最初もコケたんだよなぁ〜、誰だ!こんな所にモノ置いたヤツは!って。」
メイクスタッフに向けて、確かにそう言った。左ひじを抱え込みながら。

 ツアー最後の横浜スタジアム、思い出深い場所らしく、本人いわく「最初の氷室京介としてのかたちができた場所なんだ。」だそうで、十数年前の同場所でのライブが完成度が非常に高く、ファンの間でも語り継がれているステージらしい。ちなみに「100回やって3回ぐらい、本当に勝った、って心から思えるのは。ほぼ負けてるんですよ、ああ、また負けるのかって。」数少ない勝利の場所なのだ。だから偶然じゃないのだ。「そこで一つの答えが出るんじゃない。」後でわかったことだが、これは彼の精一杯の、痩せ我慢、だったと私は今思っている。

 リハーサルにも手を抜かない、ふつうの人間なら、彼ぐらいのスターなら、リハーサルなど確認程度ですませるであろう。しかし彼は、手を抜かない。入念に毎回時間をかけて、一曲ごとの調整や照明の位置など、丁寧すぎるぐらいに準備する。「手を抜けない病気なんだとおもいますね。」嘘か本当かは、アナタと天がきめること。

 そしてその時はおとずれた。偶然じゃない時が。

 最後のリハーサルの曲の最後、足を滑らせ、コケたのだ。その下には、いつも足を乗せて歌う返しのアンプがあった。左脇からもろに崩れ落ちた。三角に出張った個所に左脇を当てて、彼のアバラ骨は折れた。

 すぐには動けなかった、大慌てでスタッフが駆け寄る。本番まであと2時間。責任感の強い彼が一番にしたことは、声が出るか、歌えるかどうか、それだけだった。痛みはあるが歌える、決断したのは決行だ。

 2日間の初日、昼での出来事、後に「天がタオルを放る時。」といった。

 初日の4曲目で音がした、と語るほどの違和感を感じ、ステージ後に診てもらった、その時にアバラ骨折の事実確認をした、が、本人は震えるほど、感じていたいただろうし、わかっていた、だろう。

 そして2日目の最終日、そこには、雷と雨。アンコールで50分もの中断を余儀なくされた。この50分という時間は、彼の人生において、最も色濃い50分であっただろう。あれだけ優しい彼が確かに怒っていた。天から轟音と共に稲光が落ちた。雨も降っている。そして彼は、リハでコケてアバラ骨を折り、満足なパフォーマンスができない。「最後の最後でこれかよ、ここまで来てこれかよ。」うつむいて、かすれた声で、彼はそう言った。

 ぐったりと椅子にもたれたその姿は、今も忘れることができない。

 この50分の内に、さまざまなことが彼の内外で起こった。「偶然じゃね〜って」と声を荒げたのもこの時であった、「こんなんじゃ歌えない、もうやめる。」自暴自棄にも写る言動も出た、必死で周りのスタッフがなだめる。そしてアンコールは再開される。その時、アンコールで選んだ、最後になるやもしれぬ曲は、の問いに答えたのが「ANGEL」

 この「ANGEL」は、彼の全てだ。

 不器用な俺を見つめなよAngel 今飾りを捨てるから
 裸の俺を見つめなよAngel ・・・・・・、

 ざっくり書いたが、今日はここまで、

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 特になし、本題に入ります。

 −ソフトの棋譜を並べる以外には何をしていますか?

千田ー「2015年、5月に『エイプリー』というフリーソフトが活用できるようになりました。それ以前にもフリーで使用できるソフトや市販されているものがありましたが、このエイプリーほどの棋力はありません。CPU性能が良いほど強くなるので、PCを再購入。まず6月一杯使ってエイプリーと五十数局の対局をしました。何はともあれ自分との差を明確にしなければ始まらない。持ち時間1時間、切れたら一手1分。それ以上長くすると有効な数をこなせない。」

 −結果は?

千田ー「望外の2割でした。ただエイプリーには頓死するクセや入玉に弱いという弱点がある。それを拾ったものが多く、実際の勝率はもっと低かった。私がまともに勝った将棋はほとんどない。とにかくひどい内容だった。」

 −勝てなくて打ちのめされたのですか。

千田ー「強いのは知っていたので、そういうことはなかった。50局指して一応データは採れた。次にどうすれば差が詰められるか考えた。ソフト相手に普通に指しても勝てないので、7月にから定跡に特化するのはどうかと思いつきました。たとえば角換わりのこの局面から20手指させる持ち時間は一手10秒にしてソフトに100局検討させた。寝ている間もソフトは動いてくれるので、使わないともったいない。開発者にその話をしたら、『(やり方は)完全にこっち(開発者)側やね』と言われて(笑)。

 疲れないのがソフト、その本質を知り、自分が寝ている時間をも活用するよに、
 本日はこの辺で。

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