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ぱっしょん・ぱっしょん・ぱっしょん。

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 新年明けましておめでとうございます。
 お暇なときに、お気軽にお越しくだされば、それでだけで十分です。
 

 さて、本題に入ります。
 
 実際千田はどの様なソフトの活用方法をしているのか。
 −ソフトの棋譜を見るということは、ソフト対ソフトの棋譜を見る、ということ?

千田ー「そうです。フラッドゲートで見ます。丁度棋力向上の決心がついた頃、
『NDP』(ナイン・デイ・フィーバー)というソフトが現れた。そのソフトの棋風が自分にとてもしっくりきた。自然でありながら強さと深さがある、何より終盤での玉の見切りがすごい。中段に逃げ込んでの評価値が高いとか、一見するとすごく怖い端玉でも大丈夫であったり、とにかく一発で惚れ込んだ。それからNDP中心の棋譜研究が始まりました。他には、『GPS将棋』『ポナンザ』など、フラッドゲート上位ソフトを中心的に研究しました。」

 −棋譜を見る、を具体的に詳しく。

千田ー「ある戦型のこの局面が、これぐらいの点数でいい勝負だ、だからこの構想は悪くない、というように判断材料を溜めています。それは多いほど有利でしょう。それから評価値の推移を詳しく見る。▲という手を指したら数値が下がった、ならなぜだ、と推論を立て考える。それが正しくなっていけば強くなった実感を感じることができる。推論を立てる能力は才能に左右されるが、評価値を見ることで少なくとも形勢判断は誰にでもできる。実際にプラス500点の局面でも、自分では悪いと思っていた、そういう根本的な誤りが減るはず。」

 −ソフトの評価値はそれほど正しいのか?

千田ー「ソフトによって数値が違う時は確かに厄介。ポナが+100、GPSが−100、どっちを信用すべきか、勝った方、先に良くなった方を選ぶ時もあるが、本当に正しいかどうかはわからない。でも、終盤の評価値はおおよそ一致する。よく『ソフトを妄信してはいけない』と言われるが、それもどうかと思う。全部正しいと思った方が強くなると思う時がある。」

 若者らしい柔軟で先鋭的な意見を堂々と口にする千田、本日はこの辺で。

 現在 PM 21:37……
締め切りまで間に合うか〜!タブン、間に合わないけど、間に合うように書いてみる。

 え〜と、一応触れますが、やっぱり連盟をどうにか遷都(セント)いかんな〜と思うわけです。過去記事でも数回触れていますが、権力が有り過ぎ、封鎖的なんて言葉でも広いぐらいに小さく、お前らとは違うよ的な意識高い人達の集団です。特殊中の特殊!

 大山の影が大きいのでしょうか?未だに鎖国は解かれておらず、昭和初期のシステムで動いています。その中で、世間知らずな天才少年だった子供達が、そのまま大人になってるだけで、中身は子供。「強いのが一番」というどうしょうもない絶対に近い原則があるのは仕方がない。そういう子だった大人の集団ってだけです。
 
 簡潔に書きますね。将棋は強い。けど、その他知りません。って子供の大人集団。

 そろそろ外部の人間を、いい加減に入れるべきです。

 結局、魔太郎とか千田とかの意見に頼る。ただ、一部週刊誌に載った羽生の言葉。
やはり羽生は別物で取扱注意。(羽生が言うなら僕もそれに従います)結局そういう世界なんだよね、会長・・・かいちょおぉぉぉ。一昔前はすんげ〜輝いていたけど、何処へ置き忘れた?その宝物…・・・。

 この問題は、遅かれ早かれ起こったのはたれでも推測できます。だから今回の様な古い体制の処置に、一石投ずるチャンスだと私は捉えています。政治そのもので気分が悪くなる。政治の世界が一番古い様に、エリート集団ってのは、扱いに困るのさ。
 愚見と意見はここまで。

 千田翔太 つづき、

ー羽生だけは特別扱いをした千田、だが基本スタンスはソフトの方が強いと断言する。「棋力向上」に貪欲な彼は、批判を恐れず言葉にする。
レーティング・評価値・数値化・基準・ソフトの方が正確にはかれる、etc.

ー将棋の勉強法について伺います。一般的に、実戦・棋譜並べ・詰将棋。この三大方法で極限まで行って、そこからソフトで「棋力向上」を目指してはいけないの?

 千田ー「その方法では個人の能力で大きく差が出る。それで上手くいけば才があったで済むけど、例えば棋譜並べを取って見れば、人間の棋譜には『評価値』がついてない、よってどの手が良くて、悪いのか、人によっても違ってくる。だがソフトの棋譜ならば具体的な根拠に基づいて数値が出る。わかりやすい。この時にこうするといい、悪いがパターン化できて、より多くを吸収できる。
 
 千田ー「評価値が出るのは画期的なことです。」

                           今年はこの辺で。

 セーフにした! 来年から具体的なソフトの活用法に入ります。 よいお年を。

  先駆者と呼ばれる千田、その勉強法は誰よりも異彩を放つ。つづき、

 ー「棋力向上」を第一に、というけれど、そもそもそんな事は誰もがやっていることではないの?

 千田「より特化してやる、という意味です。純粋に棋力をつけるということを第一としようと。公式戦はもちろん大事だが、棋力向上という観点から見ると疑問がある。たとえば、対戦前に相手の棋譜を見て、調べたりすることが出来る。けど、これはその対局に勝つためであって、自分の実力を根本的に伸ばすものではない。また、対局前には体調を整えないといけないので、根詰めるような勉強はできない。もっと言えば、対局をする将棋会館に出向く時間だってもったいない。まあ、それをいうなら人間同士の研究会のがよりその傾向は強まりますね。たとえば家でソフト相手に研究しているほうがずっと有意義かもしれない、純粋に将棋が強くなるには、プロ制度とか関係なく、自由に勉強できる環境のほうがいいのかもしれないと思う時がある。」

 −ほぉーずいぶん斬新な意見ですね

 千田「『棋力向上』を第一にしていると、他の棋士との意見が随分と異なってくる。タイトルを取ることに一生懸命な人はいるが、私のような考えの棋士がいるかどうかはわからない。ただ棋力向上を目標にしてからソフトの棋譜を取り入れはじめた。最初のうちは人間と半々だったが、ある時期から考えが変わり、今ではソフトの棋譜しか並べない。人間よりもソフトの方が強いというのは、フラットゲートのレーティングから見ても明らかなので。」

 ーその辺りを詳しく

 千田「2009年の時点でGPS将棋が2630点、プロ平均2600点、高く見積もっても2800点、そして2010年の激指が2900点、よって9〜10年の5月には、およそ棋士と並んだ。もしくは超えていると思われる。ちなみに今の最強ソフトは3600点ぐらい、私より800点ぐらい上でもおかしくはない。私が勝てないソフトに対して49勝1敗などという圧倒的な成績を上げているソフトもある。」

 ー羽生と最強ソフト、どっちが強い?

 千田「う〜ん、『条件次第』とは言いますけど、情報処理学会が出した声明をそのまま引用するかもしれない。ソフトのレーティングが私よりはるかに高いのは間違いないが、羽生のレーティングがわからない。たとえば、タイトル戦での成績がそのままレーティングに換算できるかどうかは難しい。5番勝負でも3-0と3-2、同じ勝利でもそのまま換算するのは違う気もする。」

 独自の道を行く先駆者は、この後も興味深い話を続ける。 今日はこの辺で。


   森内俊之、『覆す力』、2014年、小学館、

 現在読んでいるが、なかなか面白い。
 森内といえば、何と言っても「永世名人」のことが一番に浮かぶ。これは恐らく私だけではないと思う。
 
 あの当時、歴史がどうだの秩序がどうだの、ようは「順序」のことで随分騒がれた。
 森内自身、相当マイッたと思われる。(まだ最初の名人戦防衛、ぐらいまでしか読んでいなくて、そのことは後に書かれていると思われる。ちなみに、今、目を通したところ、最後の目次は{永世名人の責任}とある、やはり触れているようだ。)

 40代で竜王と名人。将棋界の二大タイトルを名乗った。この事実だけ見れば立派だが、ここのところパッとしない印象は拭えない。郷田が一つ、名人を奪った丸山は今、竜王挑戦中、すると、佐藤と森内。島研組の二人が静かだ。実力と実績から見ても、もっと活躍しそうな年頃だと思うが、やはり「ソフト」の存在が、今の将棋界に何らかの影響を及ぼしているのは間違いないと見ていいだろう。佐藤は後の章で「ソフトに背を向ける者」として登場している。一方森内は……、その時書きます。

 いや、不屈じゃなくて『覆す力』です。皆さんに今、ご紹介したいのは、
出版は二年前、割と新しいのに驚いた。未だ途中だが良い。読んで損はないと思う。
 
 その「謙虚」から生まれる彼の哲学は、将棋では、ふつう、の我々(アナタとは言ってません)にも、実戦・導入できるものが多々ある。

 そしてそれらの思考原則、根本的姿勢、それと、ワガナスコトハ、ワレノミゾシル。ではないが、己を知る。ということ。それと、敗北から学ぶこと。この二つが特に身に染みる。{ちなみに最も印象深かった一局のうちの一つとして結ばれていたのが、2003年、名人初防衛戦で羽生に4−0で負けた4局目、千日手指し直しの末、指して負けた一局だそうだ。}

 やはり、羽生の話が多く、心から尊敬と感謝の気持ち。畏敬・畏怖にも近い感情。それらを確実に持っていて、羽生がいたから今の自分がある。という先にも書いた彼の思考原則がいちいち出てくる。だが、決してクドくない。相当の覚悟と時間をかけて書いたもの。だとわかるが、この気持ちは「嘘」ではないので、読み手にもそのまま彼の「謙虚」が伝わってくる。そしてそこから生まれる彼の棋風……なるほど〜。「本物」(永世名人だ、許される言葉だと思う)の謙虚というものは、こういう事だったのか。頭をガツンと叩かれる、私は今、叩かれ続けている。自分の根っこを引っ張り出して磨いている気分、いや磨かされている気分だ。だが悪くない、決して悪くないのだ。
 
 たぶんだが、清潔だからだと思う。清潔で謙虚。欠点といえば、地味で退屈。
 やはりユーモアにかける所だろうか、ユーモアは大切。これはホントの本当。
 ユーモアの天才で将棋は元天才。もとい、天才先崎もちょこちょこ出てくる。長くなるので全部読んで、改めて書くと思う、先崎との伝説の一戦。この話にも後に少々触れたい。
 
 
  初王手 目のくすり
  八段 先崎学   表紙裏に直筆でそう書かれた一冊の本がある。
 
 『先ちゃんの泣き笑い順位戦熱局集』2000年、日本将棋連盟、
 
 私が初めて手にした先崎の本だ。ちなみに親父が買ってきてくれた。年は20歳を超えていたが、子供心のようにうれしかったのを今でも覚えている。私は将棋を本格的に始めたのは遅かったが、後悔みたいな、そんな立派な感情はこれっぽっちもない。むしろ遅くてよかったと思って・・、は言い過ぎだが、その理由の一つに、この本の存在がある。それほど大きな出会いだった。親父からの贈物。本は本当に人だった。
 
 読めば読むほどに面白い。将棋の内容なんてどうでもよかった。先崎の気持ちを読むのがたまらなく面白かった。「んだこんなろ〜銀だけノコノコ出て来やがって、まったくもって頭に来る局面である」なんて口調が、当時の私にピッタリだった。
 だが、そこは順位戦。時に本場所と比喩される、棋士にとって最も力を入れる場所だ。それに本の題に、泣き笑い、とある。

 この人の、本当の才能は、棋士の泣きを書くこと。今は本当にそう思っている。

 「尾を引いた一局」
 そう題された太文字を見たとき、背筋がビンっとなった。この自戦記を読んだときのことは、今でも忘れられない。私の中で確実に何かが変わった。
 
 何よりタイトルが衝撃的だ。
 そして内容は……。言葉では、足らない。

 あの瞬間から私は先崎の虜になった。一気に心臓を鷲掴みにされた。
自分の辛いこと、嫌なこと、思い出したくないこと、それらの感情と素直に向き合い、それを言葉にする。そのことに、どれだけの勇気と時間がいるだろう。今、おもふ。
 たかだが23歳ぐらいの小僧だったが、人の悪みたいなものが、だんだん見え始めた23歳ぐらいの小僧。ファンになるには十分すぎる理由だった。

 結びには、A級に上がった先崎が10年の時を経て、再び森内と順位戦をA級で戦う決意が記されている。結果は負けた。応援はしていた。いつも応援はしている。でも彼は負ける。そんなことは、はじめっから知ってるっつうの。でも彼のことが好きなのだ。揺るがない。一生揺るがない。君が見せてくれた勇気を決して忘れないから。

 不屈の、千田の続きの予定が・・・。
 まぁ〜こんな脱線もあり、だと思うので、このまま上げます。

 本記事を書くにあたってこの男だけは違うアプローチで書かないといけない、痛烈に思わされた。なので正直な所、どの様にするのがより良い方法なのか、小々悩んだ。
 
 端的に言ってしまえば、「千田翔太の所だけ読めばいい」
そういえる内容だからだ。実際に私も、本書の7割の比重はあると思っている。
 なので、詳しく書くつもりだが、要約と引用。やはりこの2つしかないので、基本はこの形で書く。他の記事と違う所は、私個人の意見を入れない点。いつもの生意気な私は本章では封印する。純粋に先入観なしに是非多くの将棋ファンに読んでもらいたい。
 
 だが、だからといって丸々写すわけにはいかない。権利の問題もあるが、何より大変な作業なのだ。たかだか22頁(本書・142-164頁)分でも。だが本書の純粋な先端部分はこの中にある。代名詞のもう一人、いや、もはや一人といっていいかもしれない。
 
   千田翔太。いよいよ、本書の核へ。

 「試行錯誤の末に見出した『棋力向上』の道」千田翔太。

 「事実上ソフトは棋士を超えた」本文冒頭、太字。
誰もが、千田君みたいに、と表現する。ソフトを積極的に取り入れ、今や100%に近い割合でソフトを活用する棋士である。ソフトを使っていることを話したがらない棋士も少なからずいるが、千田は全く違う。ツイッターなど公の場でも堂々と公言している。そんな彼はこう切り出す「私よりソフトの方がずっと強い可能性があるんです」
 この言葉の意味は彼の生まれにある。千田は1994年生まれ。よって彼が将棋に取り組んでいった頃には、もうソフトは相当に強かった事実がある。なので、羽生世代を中心に見る景色と全く違うということになる。「ソフトと指すためにプロになったのではない」と言った渡辺とも10歳違う。千田世代は既に強い将棋ソフトが将棋を始めた頃からあった、という事実だ。この事実とそこから生まれる感覚は、我々の世代には無い。そして奨励会に入り昇段を重ね三段リーグに在籍していた時期に、彼の中である転機が訪れる。

 −ソフトを活用し始めたのはいつごろから。
千田「その前に将棋の勉強法の話をさせてください。奨励会三段リーグ在籍時、将棋倶楽部24で3200点という最高点を叩き出した。なのにリーグでは11-12勝止まり。そこで疑問が生まれた。普通これだけのレーティングならもっと勝ってもおかしくない。そこで勉強法を見直した。具体的にはほとんどやらなかった、棋譜並べ、をした。それもただ闇雲にならべるのではなく、強い人、つまり永世名人(6人)に絞った。そしたらすぐ四段に昇段できた、棋士一年目には全て並べ終えた」

 プロになったとはいえ、自分が今、どのぐらいの位置にいるのかわからなかったが、一年後に王位戦の挑戦者決定戦までいった。この事で(自分は今、半分よりは上にいるのがわかった)という。
ここで私は決断しました。これからは「棋力向上」を第一に目指し、やっていこうと。

   本日はこの辺で。

 

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