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ぱっしょん・ぱっしょん・ぱっしょん。

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 本当に久々の更新。物事を続ける、やり遂げる、などの類のものは、つくづく大変なことだと、とっくの昔に知ってはいるが、改めて認識する頻度が多い。継続は本当に力なのか?人によっては、それに縛られて、壊れてしまうことはないのか?と、ついつい疑いたくなる性分なので、なんというか、まぁ、疲れるのである。

   今回は新章に入る。第2章 「先駆者としての棋士の視点」 

 先頭で登場するのは、東大の客員教授という肩書も持つ勝又清和六段。
コンピューター将棋の黎明期から携わる人物である。最も、最初は連盟の方から棋譜の整理の為、データーベースを、という理由で連盟から近づいた経緯があったので、携わるきっかけになったという。実は先に手を差し伸べたのは連盟の方だったのだ。

 ここで、ブラックな私。名付けて、ブラックテイル。の時間です。
私の持つ勝又の第一印象は、言動と行動が一致しない人物。将棋は弱くて口は達者。実際に話したことは、勿論無いが、悪い人ではないのはわかる。それと関係があるのかわからないが、魅力という要素は、将棋でも言葉でも全く感じない。

 それと!ここで著者、大川慎太郎。についても述べる。
この著者は、元新聞記者で現在はフリーという。正直よくまぁ〜こんな文才でフリーで食えるなぁ〜と心の底から声がする。年は私の2コ上。ふむ〜会社に居ずらくなったか、出世を諦めたか、まぁ〜そんなところだろうか。偶々将棋関係の仕事が新聞社の時にできて、その人脈で現在がある、といったところか。それが彼の人生においての大きな幸運であるだろう。
 だが、だがである。
この勝又ページの見出しは「羽生さんがいきなり負けるのは見たくない」
である。その部分は、情報処理学会が例の、トップの棋士には追いついた。発言を受けて、三浦が負けた時に(これは私もおったまげた)あぁ、もう勝てないな、と思ったそうだ。それで2015年の「第1期叡王戦」羽生・渡辺の両名が不参加だったのをどう感じたか。という質問。ここから本文通り写す。

  勝又は「まあ、僕も見たくないところはありましたからね」
  著者−それはつまり……。
  勝又「ソフトと戦っても勝てない、と予想しています。トップ棋士とソフトが戦う
  時機 を逸してしまった感はありますね。2013〜14年ぐらいにきちんと
  スポンサーをつけてやっておきたかった。その頃なら羽生さんは勝ったかなあ。
  1回勝ったうえで負けるならいいんだけど、出場していきなり負けるのは
  見たくない」。
 
 どうだろうか、まるでTVのワイドショー。安っぽい演出法の様である。
人の目を引くように、羽生というビックネームを出して、そこだけ抜き取る、ならまだしも、書き換えている。書き換えてんじゃね〜よ!インタビュー整理したぐらいで本出すなら、せめて最低限のルールは守れ。ゴルアァァァ!お前の言葉なんか読んでんじゃね〜んだよ。棋士の生の声を読んでいるんだ。そこに勝手に手を加えるなど許される行為ではない。
 というのも、この私の怒りは、後の章で登場する山崎八段の章でも山崎が可哀そうになるぐらいの演出方法がとられて書かれているからだ。山崎は私が一番好きな棋士である。男性・女性問わずファンが多く、魅力に溢れる棋士だ。山崎の仲間で、家の鍵まで持つ千田・糸谷(両名後に登場)に、ソフトの事など聞いているはずだ。それなのに・・・んなろぉ〜!と叫びたくなるような手法で書かれている。とどのつまり、
この著者、大川慎太郎の記事及び書物を、私は今後一切信用しない。

 さて、話を戻す。理系の大学を出ている勝又三段(当時)は、機械に強かった。
自然、棋譜整理に大変便利な物であるから大物棋士に頼まれるのである。「お〜い勝又君、すまないけど僕も頼めるかな、この年になると新しいモノはなかなかねぇ〜、しかもコンピューターとなると・・・悪いけどインストールやセットアップ諸々、頼めるかな、勿論、それ相応のお礼はさせてもらうよ」。と、まぁ〜こんな感じだろうか。
奨励会三段の勝又は、高橋九段、森下九段、島朗九段、と層々たる面々に頼まれては、自宅に赴きチャチャっと仕事を終えると、将棋を教わったそうである。特に高橋九段には、矢倉をみっちり教えてもらったとかで、当時矢倉真っ盛りの時代で、奨励会で矢倉は負けなしだったそうだ。なんとも羨ましい話だ。自身でも分不相応と言っている。こんな事情があると狭い将棋界で生きていくのに俄然有利になるのは必定。めでたく「棋士」になれば、あっち行って、こっち行って、となり、コンピューター将棋の歴史と共に、歩んできた棋士になったのだ。

 最初は、棒銀の手筋を、どうプログラムするのかで苦労したとか。駒の損得が一番簡単な数値化であり、先に損をする棒銀は難解だったらしい。結果的に無理やり組み込む手段をとったそうだ。最初にソフトが棒銀を指したとき拍手が起こったという。と金も価値が高く、と金の残骸も多かったとか。

 そして一つの転機ともいえるソフトが現れる。そう「ボナンザ」である。
これまでの常識を覆し、駒損から始まる、駒の働きや玉の堅さなどを重視する、など今までとは、全く異なるプログラムで飛躍的ともいえる上昇曲線を描いたソフトだ。それと、開発者である保木邦仁氏が全てをオープンソースにしたことが将棋ソフトの歴史における一つの革命といってもいいだろう。今までアルゴリズムだけだったのをソースコードまで全て公開したことにより俗にボナンザチルドレンと呼ばれるソフトが多数出ることになった。良いアイデアを皆で出し合っては突き回す、を繰り返す。そうして飛躍的進化を遂げた。この点、保木氏の功績は、とてつもなく大きい。もし彼が全てを公開していなければ、10年違ったかもしれない、とまでは言い過ぎだろうか。
 
 その昔、東京オリンピックで多数の外国人が日本にやって来ることを想定して、勝見勝が若手デザイナーを集め世界に誇る「ピクトグラム」を開発デザインした時に、一緒に携わった若者達に、ある一枚の誓約書を書かせた。その内容は、「これを今後決して特許申請しないことを誓う」。という内容のものであった。若く、野心も才能もある若者達が成し遂げたモノを、今後一切お金にしないと誓ってくれ。と。当然反発もあった、だが、「良い物は、みんなで使ってもらうべきだ」。と勝見は説得し、全員が署名捺印した。私は、この話をTVで見た時、溢れるものを堪えた、だが堪えても堪えても、溢れた。

 少し逸れた、そして話は、あの男に触れる、羽生善治。その人である。
ソフト開発者の中でも、やはり別格らしく、数字も抜きんでているとある。YSS開発者の山下宏氏の「将棋名人のレーティングと棋譜分析」という論文がネットに出ている、(私は読んでいない)そこには、羽生が持ち時間20分でもタイトルが取れる、とあるそうだ。つまり、相手は5・6・7・8時間あって羽生が20分でも、ということ。

 それと触れておきたいのは、ソフトに本当に勝ったのは、永瀬だけだという。

 長くなったので、今日はこの辺で筆をおく。最後の一行を書くのは次回以降、結構大変なのだ。次回は、ソフトといったらこの二人、の代名詞にもなっている一人が登場する。いつになるかは、わからないが(笑)期待しないでお待ちいただきたい。

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