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8年

 東日本大震災から今日で8年の月日が流れました。

 時間はふしぎだと、こんな日におもう。暦のうえでは人が一段階大きく成長するのに十分な時間であるから、知らない子供がその辺を飛び回る光景なんかが、見られ始めることと現地を想像してみる。その真っ白な子供に、どんな眼差しを向けるのだろう。

 過去に生きるも、かもしれない未来をみつめるのも、今だけを生きるも、自由だ。

 亡くなられた方々に、鎮魂のおもいをこめて、ささやかな祈りを。

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7年と10年と

 あれから7年の年月が経ちました。

 正直、僕も周りも、忘れ始めてきているように感じることが増えたように感じます。でも忘れられない人達も多くいることも、忘れてはならないことです。
 
 ですが、去年あたりからでしょうか、現地でも前向きな言葉が聞かれたのをはっきり覚えています。年月にして8年、気持ちが、気持ちの落としどころができて、というより、勝手にできて、作らされて、そんな気持ちに少しずつなっていくのでしょうか、でもこのことは、大袈裟にいえば人間の力であろうとも思います。そして実際に行動に移せるのは2,3年といったところでしょうか。そう考えると、やはり10年。やっぱかかっちまうんだなあ〜と思いたくないけど、事実思っちまう。

 その日私は経験したことのない地震の只中にいました。初売りで勝ったばかりのTVがあり得ないぐらいぐらんぐらん揺れて、それを手で押さえて踏ん張って耐えました。とても普通には立てません。家は壊れるな、2階だからうまく倒壊から逃れ外に出なければ、とそんなことを考えてました。揺れが収まって部屋を出ると全てがめちゃくちゃ、内も外も、形が戻ったのは2か月ぐらいたってから、基礎も壊れたし、

 しかし現地の復興は全くと言っていい程進んでいません。陸に上がった船を見世物に観光地化しようとか、意味のない盛り土で予算を使い、一部の人間がほくそ笑んだり、高い壁を作ってせっかくの海沿いの町なのに海が見えなくなってしまったり、個人の住宅間ではどこからどう、とかモメたり、なかなか外の人が思うように進まないのが現地のようです。若者は町や村を離れ、また来るところに家建ててどうすんだ、と吐き捨てます。言葉はキツイかもしれませんが、的は得ています。しかし捨てられない、ここでしか生きられない、という人達がいるものまた真です。 

 時折考えていますが、答えは出ません。数百年に1度来るか来ないかの天災を恐れて故郷を捨て去るのか、伝統の漁業で海の恵みを受けて生活していくのか・・・・・・。どちらのも十分な言い分があるで、こうしたほうがいい、などと軽々しく口を出せません。結局自己決定権に委ねるしかない、という俗なこたえに行きつきます。本人が納得しているかどうか、という一言に尽きます。

 もう一つの問題は原発ですが、この問題には触れません。不毛な議論をする気はありません。国会の前で叫ぶ気力もなく、(社会的活動は時間とお金がとてもかかり、生半可な覚悟ではとてもできるものではない)かといって読売の社説に乗っかる気もありません。

 ただ、当事者でないにしろ、あの「虚無感」は忘れないでしょう。

 子供大人、男女、善悪人、問答無用で飲み込んでいきました。時の天下人ではないですが、まさしく夢幻の如くなり。明日なんかあるようでないんだなあと、だったら今を悔いなく生きた方がいいんじゃないか?これって間違いなのか?計画立てて目標に向かうのが正しいのか?う〜ん、わからない……。なんとも締まりの悪い結びですが、わからんものはわからん。

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貴乃花の行方

 青木がヤクルトへ復帰、3年10億と紙面が伝えている。青木の能力や集客力を考えると安いと思う。複数年が決め手になったのだろう。3年フルはきついと思うが1年は出られない、なんてお約束はやめてもらいたい。

 さて、本題に入る。今回は大相撲。ここ数か月紙面やニュース、ワイドショーを白熱させている。この構図はどこかの本職の分裂の構造と一緒じゃね?と思う方も多いだろう。年寄りは若いのを潰す、若いのは古いものを壊そうとする。この構図はある意味世界に通ずる普遍的なテーマで最も古く、根源的なテーマであるといえる。破壊と創造。行きつけの風呂やのサウナで、貴乃花親方がインタビューに答える映像を見た。ので少々。

   やっぱ違和感

 笑顔が気持ち悪い。その作り笑いに「やっぱこの人普通じゃないな」と思わされる。何でもこのTV出演は違反らしく、理事選の前に勝手なことしやがって、と八角周辺は息巻いているらしい。まったくバカげた話である。一派の会合があったホテルを張っているカメラがある時点でおかしい、明らかにリークである。そして各親方が高級車で出ていくなか、貴乃花だけはタクシーで、それもカメラに向けて会釈、完全にTVと通じていることが伺えた。そして例のインタビューへ、まるで茶番である。
 何かと付きまとう洗脳説、それを信じさせるに十分な映像と問答だった。実際には洗脳とまではいかないまでも、考え方や他人に対する接し方が著しく偏った人間になったのだろう。若い時に強くてお金持ちで地位もあった。そして、世の中の妬みにもてあそばれた。人を信用できないのだろう。何を考えているのかまったくわからない。だが、付いていく人間が相当数いるのは現在の相撲界が相当にオカシイのがわかる証拠でもある。中でも錣山親方の存在が大きく、「自由な立場でモノをいえるようになりたい」と割って出たのは有名。

 この2人の現役の時の初取り組みは有名で、負けた寺尾の悔しがり方は今でも焼き付いている。絶対に勝てると思っていたらしくそれをひっくり返されたことに我慢ならなかったらしいが、少々パフォーマンスも入っているのでは?と思ったものだ。

 だが人物は人を引き付ける。解説を聞いていると快活で適格で平等、精神的清潔感を感じさせる。マスクもよく女性受けも良いだろう。要するに貴乃花にとってはこれ以上ない援軍なのは明白で、これに追随する親方も多くいただろう。そう、この寺尾の存在が大きいのだ。

  力の世界

 私は将棋が好きで、その構図も将棋界とよく似ている。構成員は全て元力士であり、例外がない。(第三者がいない、横審は置いておく)そしてそれは「強い者が一番」という最も単純なルールが支配する世界であり、それが己の指針となっている人間が作る小さな社会ということである。「強え〜やつが一番、弱かったのは黙れ」ってな空気がどうしても存在するのである。だからそのルールからすると貴乃花と八角ではケンカにならないのである。貴乃花のあの強気はそこからきているのは容易に想像できる。
 なまじか人気があり過ぎる為に組織は潤沢であり、そこに発生する利権を巡る今回の抗争であるが、そこを考えると世論は貴乃花派を押すのは当然である、が、如何せんその貴乃花が危うい。

  貴乃花の資質

 やはり相撲界を背負って立つには問題がある、と言わざるを得ない。事の発端である日馬富士問題を見ても、伊勢ケ浜親方が部屋にまで横綱連れて謝りに行っているのに、それを無視した。これは足蹴にするようなものである。事の経緯はどうであれ、これは大人の取るべき行動ではない。知らなかったなどという子供の言い訳は通用しない。伊勢ケ浜の会見での涙は少々しみったれた感もあったが、己が弱かったから、との無念の思いも感じさせた。こういう所があっては大所帯を預かるにはどうしても問題があると思う。個人では強いだけでよいが、組織は強いだけではダメなのだ。それは弱い者が集まることで社会を形成していることと同じで、個人だけは限界があるのである。そのことをまだ十分に理解していない。あるいは理解できないかもしれない。

  寺尾こと錣山をトップに

 結論として理事選を勝てば(二名当選)錣山をトップに据えていくのが最も妥当な人選であろう。人気、信用、マスク、十分に頼れる人物である。横綱ではなかったので、どうしても力の世界である相撲界では、自分がトップに立つべきではない、との思いが本人には強くあるのだろう、だから貴乃花の元で相撲界の為に全力を尽くす、と思っているのではないか?
 貴乃花の元で若頭として尽力しているが、将来は錣山がトップに立つのがどう見ても理想である。本人にその気はないだろうが、周りがその方向へ持っていくべきだ。彼なら八角陣営とも上手く交渉できるだろう、これは貴乃花では無理だ。よって組織運営には錣山が最も適任である。

 血が濃すぎるから問題が起こる、これは将棋界も同じ。やはり第三者を入れることが最も簡単で効率が良いと思われるがこれができない、しようとしない。利権を他人に渡そうとしないのはわかるが、権力が集中しすぎていることが問題なのだ。相撲人気は衰えることを知らずまだまだ白熱が続きそうだが、そろそろ変革の時を見たい。

 やはり気持ちのいい人ですわ 暇つぶしにどぞ↓
 

 祝!我が母校 作新学院が夏の甲子園出場を決めた。これで7年連続の快挙である。

 まぁ〜私が在学中だった頃と比べるとまさしく「雲泥の差」
 監督が違うと、ここまで差が出るのか、とここ数年噛み締める思いだ。

 現監督の小針(ちなみに前監督は大学で監督やっているらしい大塚{あんなダイコン辞めさせろー、在学生がカワイソウだよ、ホントに、冬の練習が郵便配達のバイトだけ、ってありえないでしょ〜もう・・・})いやいや、切り替えて小針ですね。このちょっとした天才監督は在学中から目を付けられていてセンバツにも出場した経験を持っている。筑波大学に合格した直後に、内々に将来は監督に、とのお声があった程の人物で、卒業直後の23歳の若さにして監督に就任。その時、監督を受諾する条件として以下の2つを出した。

  1.OBのグラウンドへの介入禁止。
  2.実力がある者なら、たとえ1年でも使う。

 以上を条件として出し、了承され晴れて監督に就任した。その時、「3年で甲子園に連れていく」との言葉を残し、それを見事に有言実行し、3年後にナインを甲子園へと導いた。これだけでも凄いが、ここで筑波大の監督の言葉を、記憶の許す限り紹介する。

 「1年でレギュラーを取る、ということは、周を納得させないといけない。その点小針はクリアーしていた。」「肩は弱かったが、練習熱心で、ある時、グラブを逆さまにして変な格好で球を取っていた。何をしているんだ、と尋ねると、イレギュラーの球を取る練習をしています。と答えた。この時ばかりはこの子の熱心さとアイデアに驚かされた。」

 こんな感じで覚えている。就任11年で8度の甲子園出場、優勝1回、ベスト4が1回、ベスト8は覚えてない、その実績と誠実さから生徒(ナイン)からも絶大な信頼を得ている。それと特質すべきは、地元の生徒が中心ということだ。約9割は県内の中学出身だ。いわゆる特待生などはいない。練習風景などは厳粛たるもので、去年の優勝の日の翌日、早朝6時からバットを振る選手がグラウンドに姿を見せていた。(この子達はベンチに入れなかった選手が主で、優勝の喜びと同時に、なぜあの輪の中に自分はいなかったのか、という悔しさから自発的に練習しにきた者がほとんど。)地元新聞より。

 古くは八木沢・加藤での史上初の春夏連覇、怪物江川を擁しての江川フィーバー、それから実に50年近く甲子園出場を逃していたままだった。監督が代わり、文字通り「名門復活」を実現し、去年確か〜54年ぶりに深紅の優勝旗を手にした。今年はその優勝旗を、栃木県代表校として胸を張って返しにいく。一流監督というには若すぎる(現在34歳)年齢なので、名将とか常勝監督とは、まだ呼ばれていないが、その実績からすれば、もうすでに十分に、その域に達している。繰り返す11年で8回だ。

 今年のセンバツにも出場したが、3回戦ぐらいで敗れた、だが!夏の連覇の権利を持っているのは、我が母校「作新学院」だけである。夏春連覇はかなわなかったが、夏の2連覇に向けて、選手達はもう動き出している。

3.11

 3.11 あの揺れから6年の歳月が経った。

 時の流れと、アメリカ同時多発テロの呼び名も重なって、さんてんいちいち、又はさんいちいち、と呼ぶメディアが多い。

 6年、小学生が中学生になる時間。

 流れるものか、経つものか、在るものか、与えられたものか、奪われるものか、

 答えはないのかもしれない、でも、人は考える。

 考えることができるのが何より尊い、フランスが生んだ哲学・数学者はいった。

 経験したことのない揺れ、買ったばかりのテレビとPCのモニターが今にも倒れそうになったので両手でそれぞれを抑え、踏ん張った当時。私は被害などといった大袈裟なものは幸いにもなかった。家のなかがメチャクチャに散らかったことや、数日電気が使えなかったことなど、そんな程度、海なし県の栃木は、後の津波の被害はなかった。

 多くの人達の未来を一瞬で奪った。

 以来、いろいろな価値観が変わった。

 今も、爪痕が深く残る。

 少しづつ、進んでいると信じたい。

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