鞍手里山探訪

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古(いにしえ)のはなし

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タケル・天神さん・太閤が見た風景

 植木天満宮の周辺の逸話で、8/12記事(https://blogs.yahoo.co.jp/yamato2863/57984524.html
の続編です。
 今日は9/16、台風18号の進路を随時確認するのと、ホークスのリーグ優勝確認のため終日TVの番人でしたv^^。
 

 さて、写真の森は植木天満宮の鎮守の杜です。県道が本神社の参道を叉越すため道はスロープになっています。千年以前の古代、この付近は遠賀川と海水の入り込む汽水域の湾で、岸辺でした。
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 天満宮の一の鳥居です。県道をアンダースローして参拝します。これが申し訳ないことから、車道のガードレールは朱色に塗ってあります。イメージ 2
 
 

 
 参道を振り返ると福智山系の第二峰尺岳が正面に見えます。
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 右側に目をやると犬鳴川に架かる天神橋、その先に遠賀川袂に開けた直方平野の市街地が広がります。
 直方の地名の由来は『皇方』…鞍手・直方周辺の荘園の歴史は天領の時代が長かったからでしょう。
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    明日(9/17)植木天満宮は四年に一度の大祭が行われます。
   下は、7-ELEVENに掲示されていた祭りのポスターです。
    山車の小屋では、一ヶ月ほど前から太鼓の練習の音が聞こえていました。
   雨天順延なしとのことですが・・・。 
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筑前植木天満宮放生会、奉納大名行列について(福岡芸能ライブラリーより)
●由来等
 筑前植木(庄)岡分流の大名行列は古くは遠賀川の主神・おかのおかみ古天神にささげられてきた豊穣祭の大榊御幸川清之神幸の流れをくむ芸能である。寛永年間(1624〜1644)から幕末に至る約230年間の間、見慣れてきた黒田五十二万石の大名行列が植木宿・木屋瀬宿・黒崎宿から消えた慶応明治の頃、古式の御幸に参勤の形を取り入れ山王山笠(日吉神社)と共に供奉行列に仕立てたのが今の形である。その由緒は、遠賀川で発祥した稲作に由来する年中行事の古式を受け継ぐもので、地元の古老によると川筋唯一の郷土芸能であると言い伝えられている。
●活動の歴史
 直方市史によれば、1869(明治2)年より大榊中心の古式神幸にこの大名行列が加わって今日に至っているが、当天満宮が去る平成元年5月31日未明、不慮の火災にあい焼失するという思いがけない事態になった。平成5年に再建委員会が設立され平成7年に当天満宮が完成した。そのため、平成元年〜平成7年まで神幸祭が行われていない。また、平成8年以降は植木町内の鉱害復旧などにより神幸祭が行われず、平成13年に行われた。原則的に4年ごとに行われることになっている。
●芸能を行う理由・目的
 五穀豊穣、無病息災、家内安全
●舞・踊りの特徴
 草履取りの役目は、冬期の寒い時期に殿様の草履を常に温めて保管し所持することである。

 


 
 植木天満宮の杜周辺をG.g.Eで見てみます。手前犬鳴川と前方遠賀川の間は、沖積地で、中州状の半島(島)は徐々に育ち、やがて直方平野になったのです。
 ここは水運の分岐点で、更には陸行の路も今の小倉、宗像、田川、飯塚に繋がる古道が交差して要所だったのでしょう。 
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     この植木天満宮周辺での『日本武尊、菅原道真、豊臣秀吉』 三者の動静
   を考えてみました。
 
 一、約二千年前、日本武尊が熊襲征伐の折、この地に留まり必ず帰還することを
    祈願して一株の松を植えた(待つ)そしてこの地を植木の里と名付けた。
    鞍手の八剣神社創起の文書『中山八剣之伝記』に武尊が残した言い伝えに
      色濃く残っている。
 二、約千五百年前、菅原道真公の左遷旅程は豊前から海上を経て古遠賀湾に入
   り植木に上陸、そのあと陸行して博多入りした。(私案)
   菅原道真が詠んだ歌、『一木の松』は日本武尊を偲んだものとの説あり。
    通説は福岡県椎田町上陸後、海路で関門海峡を通峡し響灘を渡って宗像若
    しくは、博多に上陸した。
 三、約五百年前、豊臣秀吉の九州平定の折、古遠賀湾を船団で入り、植木に上
    陸後、陸行して宗像を経由し博多入りした。(所謂太閤道)イメージ 7
 
 


 
 古代遠賀湾をG.g.Eでみてみます。図は標高5mまでを水域としたもので、数千年の前は、標高10mを越すとのこと。
  北部九州の霊山の主峰は英彦山で、太古から崇められていたものと考えます。宗像三女神の遷座もこの山からです。
 
  つまりこの地に上陸する意義は、
陸に入り込んだ穏やかな湾奥で、水深もあって寄り付きが良い。また、なにより
大神宿る英彦山を遥拝するために海からも見えるこの地は、絶好の上陸場所だっ
た。と考えます。
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 以前Blogアップした『鞍手の太閤道』で使用したフォトで、下の航空写真に海岸線を入れたものです。    鞍手の太閤道を行く https://blogs.yahoo.co.jp/yamato2863/57394912.html
 昔は建物も無いし、空気も澄んでいて遠くの英彦山も鮮明にみえたと思います。
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 上の元画像です。
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