閑話落第

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多くの個性的な役柄をこなし、我々を楽しませて下さった方ですが、やはり私にとっては「藤田まこと=中村主水」です。


厳しさと滑稽さ、温かさと冷徹さ。
藤田まこと氏以外には演じきれない役だと思います。

敢えて役名で言わせて戴きます。

中村主水さん、お疲れさまでした。そして楽しい時代をありがとうございました。

また一人昭和の火が…

三遊亭円楽さん死去 古典落語の第一人者、笑点で人気

http://www.asahi.com/obituaries/update/1030/TKY200910300281.html
 人生哲学をにじませた正統的古典落語を得意とし、テレビ番組「笑点」の司会などでも人気を集めた落語家の三遊亭円楽(さんゆうてい・えんらく、本名・吉河寛海=よしかわ・ひろうみ)さんが29日、肺がんのため死去した。76歳だった。葬儀は近親者らで行う。喪主は妻和子さん。

 東京・浅草の寺に生まれた。55年に六代目三遊亭円生に入門して「全生」。62年に真打ちに昇進して五代目円楽を襲名した。66年に始まった日本テレビ系「笑点」で立川談志とともにお茶の間の人気者になった。ゆったりと構えて出演者を引き立てながら要所を締めるメリハリの利いた司会ぶりが持ち味だった。

 60年代には「星の王子様」「湯上がりの顔」などのキャッチフレーズで親しまれ、談志、古今亭志ん朝、春風亭柳朝とともに「四天王」として、当時の落語ブームを引っ張った。

 78年に真打ち制度をめぐって師匠の円生が落語協会を脱退した際に行動を共にし、円生の死後は「大日本落語すみれ会」(後に「円楽党」「円楽一門会」)を結成した。協会脱退で寄席の定席から締め出されたため、85年に6億円の私財を投じて東京都江東区に寄席「若竹」を開設。弟子たちの修業の場としたが、経営難で89年に閉鎖。独演会や講演などで多額の負債を返済した。

 端正な語り口を売り物とする古典落語の第一人者。晩年は「芝浜」「紺屋高尾」「中村仲蔵」など、教訓に満ちた演目を好んで演じた。

 落語界きっての博識でも知られた。政財界にも人脈が広く、教育問題に関する著書もある。参院選への立候補が取りざたされたことも。時事問題に関しても積極的な発言を続けた。

 長く腎臓を患い、05年に人工透析で通院していた病院で脳梗塞(こうそく)の症状が現れて入院。06年に「笑点」の司会を勇退した。07年2月25日に東京・三宅坂の国立演芸場での「国立名人会」で大ネタ「芝浜」を口演したが、高座の後で出来に満足できないと現役引退を表明。同年10月に胃がんがわかり慶応大学病院で手術を受けていた。

 弟子に三遊亭鳳楽、好楽、楽太郎らがいる。

また一人、昭和の火が消えてしまいましたね。

お亡くなりになった方に失礼かも知れませんが、少々勝手なことを書かせて戴きます。

円楽師匠は、正直に言って噺家としては道を誤った方だと思います。
師匠が偉大過ぎたのでしょう。円生師匠は老若男女自在に演じ分け、殿様であろうが太夫であろうが死神であろうが、全てその役になり切れる方でした。
勿論、その背景には並々ならぬ努力があった訳ですが、然し努力をすれば誰でも出来るというものではありません。
一方の円楽師匠は武士が主役の落語をやらせれば、その立派な顔や体格、インテリの風格等が相俟って、実に良い味を持っていました。
然し、記事にもある「芝浜」や「紺屋高尾」など、活きの良い町人や艶やかな女性を演じさせると、その特徴が逆に仇になって、どうしても棒手振りの魚屋や吉原の太夫では無く、「円楽」にしか見えなくなってしまいました。

円楽師匠が、もっと武家噺に力を注いでいたらと、残念に思います。

然し、それでも敢えて上記の様な古典をやり続けられたのは、勝手な想像ですが、師匠の芸を残す為だったのかも知れません。師匠と共に落語界の制度の頽廃を憂い協会を脱会し、「円楽」という名を高めることで弟子に活躍の機会を作り、更には一門の芸を守る為に無理を承知で「若竹」を経営し、と、この方の人生は「落語」、それも円生師匠の作り上げた緻密で芸術的な落語を守り続ける戦いの連続だった気がします。

今はただ、御冥福をお祈り申し上げます。

いつまでもお元気で

こういう嬉しいニュースは大歓迎です。

米朝さん「調子よろしい」 東京で7月の入院後初舞台

http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009091201000585.html
http://img.47news.jp/PN/200909/PN2009091201000609.-.-.CI0003.jpg
 脳幹梗塞で入院している人間国宝の上方落語家、桂米朝さん(83)が12日、東京・日経ホールの「桂米朝一門会」に出演、7月末の入院以来初めて舞台に上がった。

 米朝さんは担当医の外出許可を得た上で、孫弟子の桂南光さん(57)、弟子の桂米左さん(44)と、紺の着物姿でいすに座ってトークショーに参加。「今悪いところは?」と聞かれた米朝さんは「それが困ったことにない。今は調子よろしい」としっかりした口調で、笑顔で答えた。

 たばこ、酒ともに好きな米朝さんは、入院生活について「たばこは今やめています。お酒は、まあ…」と言葉を濁し、会場の笑いを誘っていた。

 米朝さんは3月に軽い脳梗塞のため入院、4月末に退院して仕事に復帰したが、再度入院。所属事務所によると、今回は7月24日に神戸市で開かれた一門会以来の舞台出演で、今後は本格復帰に向けてリハビリを続けるという。

江戸落語メインの私ですが、この方の落語は本当に好きです。
(と言っても高座を直に見たことは無いのですが)

上方落語は江戸落語に比べ擬音などが多く、私には時に少しくどく感じるのですが、米朝師匠は全然しつこさが無く、そういう上方落語らしさが120%生きている気がします。

(「素人が何を生意気な」と突っ込まれた方。私も激しく同意しますwww)

そして何よりも素晴らしいのは、この方が弟子をきちんと育成していらっしゃることです。
落語名人だけでなく育成名人でもある。こういう方は貴重と言っていいでしょう。

どうかいつまでもお元気で。そして一人でも多くの弟子を鍛え上げて下さい。

一落語好きの戯言でした。

人として

政策云々、理念云々以前に、まず人として信頼できるのはどちらでしょうか。

【09衆院選】麻生首相が初めての大阪入り まずは陳謝から

http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090822/elc0908222139011-n1.htm
(前略)
 「規制緩和で生活にひずみが出た点について、われわれに配慮が足りなかった。率直に認めておわびを申し上げないとならない」

 ノーネクタイでシャツを腕まくりした麻生首相は、陳謝の言葉から演説を始めた。
(後略)

【09衆院選】「国旗問題」の鹿児島4区 鳩山氏は遊説見送り?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090820-00000593-san-pol
(前略)
 一方、民主党側は鳩山由紀夫代表が21日に鹿児島1〜3区を回る予定だが、4区は控える方針だ。党関係者は「行ったら行ったで、『おわび』からあいさつを始めなければならない。選挙への悪影響を考えたのだろう」としている。
(後略)

以前の政権の政策ミスによる問題にも素直に謝罪する麻生自民と、現在自分が党首を務めているにもかかわらず責任回避をして謝罪すらしない鳩山民主。

どちらが政権を取っても、いずれ何らかの形で失策を犯すのは必然です。何故なら政権を運営するのは神ではなく人なのですから。

然し、失策が明確になった時、

それを償う人と、遁走する人


私なら迷わず前者を選びます。
 最後は「穴山信君」です。この名前よりも出家後の号である「梅雪」の方が知られていますので、ここでは以後梅雪とします。

【穴山梅雪】

本名穴山信君。穴山氏は古くからの甲斐の名族で武田家とは先祖を同じくする分家筋とも言われる。(異説有り)
分家とは言え、数代に渡って武田家から養子を迎えており、また信友―梅雪(信君)―勝千代(信治)の三代は続けて武田家の娘を妻としているなど、武田家中では親族衆の中でも特に重きを成していた。
穴山家は甲斐南部地方を領地としていたが、そこは駿河との往還を擁した通商の要地であり、また金や木材等の資源にも恵まれていた。
梅雪は川中島の合戦や北条氏との抗争等、多くの合戦に参加し、武田二十四将の一人に数えられるが、内政や外交の手腕も高い。


 さて、御存じの通り彼も勝頼を裏切ります。然し、前述の二人とは少し様子が異なります。
と言うのは、彼は既に

長篠の合戦の際に勝手に戦線を離脱

するという真似をしでかしているのです。

 ということは、ある意味既にこの時から勝頼を見限り、武田家を裏切っていたと考えることもできるでしょう。
 その原因については諸説ある様ですが、その一つとして血筋に対する不満が挙げられています。その不満をざっとまとめると次の様になるでしょうか。

・穴山家は元来武田家から分かれた家柄である。
・また、二代目、三代目も武田本家から養子を迎えており、血の繋がりは深い。
・更に自分の母は信虎の娘であり、妻は信玄の娘である。
・一方、勝頼は信玄の実子とは言え、母は敵であった諏訪家の娘である。

 信玄が勝頼の生母である諏訪御寮人を側室に迎え様としたとき、家中ではかなりの反対があったようですが、穴山家も反対派だったのかも知れません。その後、嫡男義信が謀反を起こした(とされている)事件でも、梅雪の弟の信邦が連座しているところをみても、その可能性は高い気がします。

 また、前述の長篠の合戦での敵前逃亡に関して、戦後に武田四天王の一人高坂昌信が「梅雪に切腹を」と主張したにも関わらず勝頼が不問に付しているのも、家中の分裂を避けたというよりは、相続争いに係わる私怨と見られるのを避けたからではないかと思います。根拠はありませんが。



 さて、話を武田攻めの際の裏切りに戻しますが、彼も小山田信茂と同様、ぎりぎりの段階で裏切ったとされていますが、それとは別に以前から徳川家に通じていたという説もあります。私見では後者が有力だと思います。というのも、実は穴山家は以前武田家と対立し、今川家に属していた時期もあるのです。(勿論梅雪の時代よりもずっと前の話ですが)
 今でも外交というのは人脈重視の様なところがありますが、当時は更にそれが重要でした。当然、一度繋がりを持った人脈はそう簡単に手放しませんから、穴山家と今川家の交流はあったでしょう。まして穴山家の領地は駿河との国境地帯。その繋がりは武田本家より深かったと考えても不思議ありません。そして徳川家も元は今川家に属していましたから、パイプは繋ぎ易かったでしょう。長篠の合戦での不和も当然伝わっているでしょうから、信長や家康が放っておくわけがありません。かなり前から繋ぎが付いていたと考えても不思議ではありません。


 梅雪の見積もり、そして信長、家康との協議がただの本領安堵だったのか、それとも武田宗家相続や甲斐国主就任だったのかは分かりませんが、とにかく彼の裏切りは一応成功します。

 然し彼のその後はよく知られている通り不幸なものでした。1582年に本領安堵の御礼言上の為、家康と共に上京した梅雪は、堺で本能寺の変を知り、急ぎ甲斐へ戻ろうとしますが、家康と別行動を取った結果、京都南方で落ち武者狩りに遭い殺されてしまいます。

…と、通説では言われているのですが、一方では家康により謀殺されたという説もあります。



 はっきり言って、私は100%謀殺だと思っています。

 謀殺を否定する根拠としては、
(1) 当時家康も命懸けの逃避行中でそれどころではなかった。
(2) 梅雪の嫡子勝千代は後に家督を継承している。
(3) 梅雪の正妻である見性院も丁寧に処遇されている。
というものがありますが、ちょっと弱いと思います。

 まず「家康も命懸けで逃げ帰った」というのも、全て後世の徳川家公式発表であるというのが問題です。当然都合の良いように改変されている疑いがあります。更に梅雪が別行動を取った理由として「梅雪が持っていた多額の金品を家康が狙っていると疑ったから」というのがありますが、前述の通り穴山家の領地は武田家に属さない金山もあり、物流も盛んで、内証はかなり豊かであったと想像されます。然も梅雪は長篠の合戦以降、戦を放棄しているので当時かなり貯蓄があったことでしょう。梅雪自身将領としての素質は高かったようですから、僅かな金品を命と引き換えに守る様な愚かなことはしなかったでしょう。

 寧ろこのころ内証が厳しかったのは徳川家の方ではないでしょうか。元々三河はそれ程石高の高い土地ではありません。太閤検地のデータを元に計算すると三遠駿の三ヵ国併せて、約70万石。因みに織田家の主な勢力範囲である濃尾江の三州を併せると、その石高は190万石近くになります。山がちで物入りが少ないと言われる武田家の甲信両国でも63万石強ですから、徳川家は決して豊かとはいえません。まして三河は永らく織田・今川両家の領地争いが続いたり、一向一揆が多発したりしていましたから、かなり荒れていて、実収はもっと低かったことは想像に難くありません。更には度重なる織田家の戦への援軍派遣に掛かった費用も莫大なものだったことでしょう。

 そう考えると「三河物語」で「徳川主従が梅雪の金品を狙っていると疑って別行動を取った」というのは「徳川主従が金品を我が物にする為に自分達の命を狙っていることを察して別行動を取ろうとした」と解釈した方が自然な気がします。

 さて、ここで問題です。家康は多額の金品を伊賀の上忍や行く先々の地侍に撒き、身辺警護をさせて無事に三河まで戻ったとされていますが…

その金はどこから出たのでしょうか

 一般的には家康の将来性に掛けた茶屋四郎次郎が出したとされていますが……充満する明智軍や落ち武者狩りを掻い潜り、馬を飛ばして堺まで駆けつけたとされる茶屋四郎次郎が、そこまでの大金を所持して来られたでしょうか。

 それ以外にも家康には梅雪を謀殺する動機があります。
 甲斐の国は石高こそ低いものの武田家が積極的に開発した金山があり、織田信長の様に流通で金が稼げない家康には喉から手が出る程欲しかったことでしょう。然し自領の駿河と甲斐を結ぶ要地に穴山家が存在しているというのは、何とも邪魔です。また、徳川家としては戦力増強の為に、戦国期最強とも言われた武田軍を是非我が物にしたかった訳ですが、その為にも勝頼亡き今武田家の正当な後継者を自任する梅雪の存在は邪魔なのです。(姉川の合戦での徳川軍の奮戦等は後世の捏造で、武田の遺臣と軍制を取り入れるまでは徳川軍はそれ程強くなかったという説もあるくらいですから)

 この様に考えて行くと、寧ろ

家康一行が梅雪主従を謀殺しなかったと考える方が不自然

な気がして来ます。

 まあ、この考えは何も証拠が無い単なる妄想ですが、妄想ついでに「謀殺否定説」の残り二つの根拠についても考えてみましょう。

 「梅雪の嫡子勝千代が家督を継承した」という件ですが、そりゃ嫡子がいれば継承するでしょう。この頃家康はまだ征夷大将軍でも何でもないのですから、それを阻止してお家取り潰しにする権利はありません。
 然し、この勝千代、5年後の1587年に急逝しており、穴山家は断絶しています。この1587年という年がまた微妙です。1585年から三年間の出来事を簡単に見てみましょう。
1585年 小牧長久手の合戦  石川数正出奔
1586年 羽柴秀吉、朝廷より豊臣姓を賜り関白太政大臣就任。豊臣政権確立。家康臣下に。
1587年 豊臣秀吉による九州平定完了

 小牧長久手の戦いで秀吉の圧倒的な軍事動員力と外交力を見せつけられ、然も数正の出奔で内情筒抜け。更に翌年には豊臣政権確立により更に窮地に立たされた家康は、何としても武田の遺領と遺臣を我が物にして、秀吉に潰されないようにしなければなりません。然も九州平定も予想以上に早く終わり、豊臣軍の矛先が東に向くのは今日か明日かという状況では、何としても領内を安定させて付け入る隙を無くしておかなければなりません。然しそうなるとどうにもこうにも穴山勝千代の存在が邪魔です。下手したら秀吉に利用されて「武田家の正当な後継者」として甲信の利権を全て奪われる惧れすらあります。

 後に徳川家にとって邪魔な大名が続々と謎の死を遂げていますが、もしかしたらその走りが勝千代かもしれません。


 最後の「梅雪の正妻、見性院が後々非常に丁寧な処遇を受けている」という部分についてですが、見性院は信玄の娘です。彼女を大切にする(しているように見せる)ことは、自らの傘下に取り込んだ武田の遺臣を手懐ける為の手段です。これは全く同じことを高台院に対してもしていますから、疑いの余地はほぼないでしょう。



 「家康による謀殺」の話が少し長くなりましたが、とどのつまり梅雪の誤算は勝頼に逆らったことではなく、

本来財産である家柄や領地の富が逆に仇になり、同じ利権を求める者に狙われる

ということに気が附かなかった、若しくは気が附いていたとしても高をくくって油断していたということではないでしょうか。


 いつも通りこの梅雪を今の政治に例えるとするなら、差し詰め鳩山邦夫氏でしょうか。彼は52・53・54代内閣総理大臣を務めた鳩山一郎の孫という名門で財産、人脈等かなりのものを持っています。然しその地位と財産を利用して自らの地位を高めようと画策しても他勢力に利用されるのが落ちです。

 一番問題なのは、彼と同じ利権を争う者が身近にいることです。言わずと知れた兄の由紀夫氏です。由紀夫氏は表面的には「血の繋がり」を大切にしているように見えなくもありません。何しろ彼が掲げる政治目標は「友愛」ですからw。
 然し祖父から引き継いだ人脈や名声等の財産を考えると、弟の邦夫氏は財産を減らす邪魔者です。

 信長に麻生総理、家康に由紀夫氏、梅雪に邦夫氏を配置すると、気の所為か人間関係が似ている気がするのです。

 信長と梅雪は元々は敵対関係にあったとはいえ、信長の財産と梅雪の財産は被ることなく、また梅雪の財産を当てにしなくても充分なものを持っています。利用価値はあるのでそれなりに大切にもしてくれます。
 一方家康は国境を接しており、(潜在的に)利害が対立しています。然も家康は今が勢力を伸ばす絶好の機会なのに、梅雪がいるとその計画に障碍が生じてしまうのです。多分家康は以前から穴山家中に間諜を送り込んでいたことでしょう。そして普段は親切面していても、いざとなったら牙を剥き命を狙って来ます。


 政治の世界は魑魅魍魎が跋扈する魔界だと言います。

友愛なんぞというお為ごかしを掲げる輩は、例え親族でも信じてはいけません

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