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最後は「穴山信君」です。この名前よりも出家後の号である「梅雪」の方が知られていますので、ここでは以後梅雪とします。
【穴山梅雪】
本名穴山信君。穴山氏は古くからの甲斐の名族で武田家とは先祖を同じくする分家筋とも言われる。(異説有り)
分家とは言え、数代に渡って武田家から養子を迎えており、また信友―梅雪(信君)―勝千代(信治)の三代は続けて武田家の娘を妻としているなど、武田家中では親族衆の中でも特に重きを成していた。
穴山家は甲斐南部地方を領地としていたが、そこは駿河との往還を擁した通商の要地であり、また金や木材等の資源にも恵まれていた。
梅雪は川中島の合戦や北条氏との抗争等、多くの合戦に参加し、武田二十四将の一人に数えられるが、内政や外交の手腕も高い。
さて、御存じの通り彼も勝頼を裏切ります。然し、前述の二人とは少し様子が異なります。
と言うのは、彼は既に
長篠の合戦の際に勝手に戦線を離脱
するという真似をしでかしているのです。
ということは、ある意味既にこの時から勝頼を見限り、武田家を裏切っていたと考えることもできるでしょう。
その原因については諸説ある様ですが、その一つとして血筋に対する不満が挙げられています。その不満をざっとまとめると次の様になるでしょうか。
・穴山家は元来武田家から分かれた家柄である。
・また、二代目、三代目も武田本家から養子を迎えており、血の繋がりは深い。
・更に自分の母は信虎の娘であり、妻は信玄の娘である。
・一方、勝頼は信玄の実子とは言え、母は敵であった諏訪家の娘である。
信玄が勝頼の生母である諏訪御寮人を側室に迎え様としたとき、家中ではかなりの反対があったようですが、穴山家も反対派だったのかも知れません。その後、嫡男義信が謀反を起こした(とされている)事件でも、梅雪の弟の信邦が連座しているところをみても、その可能性は高い気がします。
また、前述の長篠の合戦での敵前逃亡に関して、戦後に武田四天王の一人高坂昌信が「梅雪に切腹を」と主張したにも関わらず勝頼が不問に付しているのも、家中の分裂を避けたというよりは、相続争いに係わる私怨と見られるのを避けたからではないかと思います。根拠はありませんが。
さて、話を武田攻めの際の裏切りに戻しますが、彼も小山田信茂と同様、ぎりぎりの段階で裏切ったとされていますが、それとは別に以前から徳川家に通じていたという説もあります。私見では後者が有力だと思います。というのも、実は穴山家は以前武田家と対立し、今川家に属していた時期もあるのです。(勿論梅雪の時代よりもずっと前の話ですが)
今でも外交というのは人脈重視の様なところがありますが、当時は更にそれが重要でした。当然、一度繋がりを持った人脈はそう簡単に手放しませんから、穴山家と今川家の交流はあったでしょう。まして穴山家の領地は駿河との国境地帯。その繋がりは武田本家より深かったと考えても不思議ありません。そして徳川家も元は今川家に属していましたから、パイプは繋ぎ易かったでしょう。長篠の合戦での不和も当然伝わっているでしょうから、信長や家康が放っておくわけがありません。かなり前から繋ぎが付いていたと考えても不思議ではありません。
梅雪の見積もり、そして信長、家康との協議がただの本領安堵だったのか、それとも武田宗家相続や甲斐国主就任だったのかは分かりませんが、とにかく彼の裏切りは一応成功します。
然し彼のその後はよく知られている通り不幸なものでした。1582年に本領安堵の御礼言上の為、家康と共に上京した梅雪は、堺で本能寺の変を知り、急ぎ甲斐へ戻ろうとしますが、家康と別行動を取った結果、京都南方で落ち武者狩りに遭い殺されてしまいます。
…と、通説では言われているのですが、一方では家康により謀殺されたという説もあります。
はっきり言って、私は100%謀殺だと思っています。
謀殺を否定する根拠としては、
(1) 当時家康も命懸けの逃避行中でそれどころではなかった。
(2) 梅雪の嫡子勝千代は後に家督を継承している。
(3) 梅雪の正妻である見性院も丁寧に処遇されている。
というものがありますが、ちょっと弱いと思います。
まず「家康も命懸けで逃げ帰った」というのも、全て後世の徳川家公式発表であるというのが問題です。当然都合の良いように改変されている疑いがあります。更に梅雪が別行動を取った理由として「梅雪が持っていた多額の金品を家康が狙っていると疑ったから」というのがありますが、前述の通り穴山家の領地は武田家に属さない金山もあり、物流も盛んで、内証はかなり豊かであったと想像されます。然も梅雪は長篠の合戦以降、戦を放棄しているので当時かなり貯蓄があったことでしょう。梅雪自身将領としての素質は高かったようですから、僅かな金品を命と引き換えに守る様な愚かなことはしなかったでしょう。
寧ろこのころ内証が厳しかったのは徳川家の方ではないでしょうか。元々三河はそれ程石高の高い土地ではありません。太閤検地のデータを元に計算すると三遠駿の三ヵ国併せて、約70万石。因みに織田家の主な勢力範囲である濃尾江の三州を併せると、その石高は190万石近くになります。山がちで物入りが少ないと言われる武田家の甲信両国でも63万石強ですから、徳川家は決して豊かとはいえません。まして三河は永らく織田・今川両家の領地争いが続いたり、一向一揆が多発したりしていましたから、かなり荒れていて、実収はもっと低かったことは想像に難くありません。更には度重なる織田家の戦への援軍派遣に掛かった費用も莫大なものだったことでしょう。
そう考えると「三河物語」で「徳川主従が梅雪の金品を狙っていると疑って別行動を取った」というのは「徳川主従が金品を我が物にする為に自分達の命を狙っていることを察して別行動を取ろうとした」と解釈した方が自然な気がします。
さて、ここで問題です。家康は多額の金品を伊賀の上忍や行く先々の地侍に撒き、身辺警護をさせて無事に三河まで戻ったとされていますが…
その金はどこから出たのでしょうか
一般的には家康の将来性に掛けた茶屋四郎次郎が出したとされていますが……充満する明智軍や落ち武者狩りを掻い潜り、馬を飛ばして堺まで駆けつけたとされる茶屋四郎次郎が、そこまでの大金を所持して来られたでしょうか。
それ以外にも家康には梅雪を謀殺する動機があります。
甲斐の国は石高こそ低いものの武田家が積極的に開発した金山があり、織田信長の様に流通で金が稼げない家康には喉から手が出る程欲しかったことでしょう。然し自領の駿河と甲斐を結ぶ要地に穴山家が存在しているというのは、何とも邪魔です。また、徳川家としては戦力増強の為に、戦国期最強とも言われた武田軍を是非我が物にしたかった訳ですが、その為にも勝頼亡き今武田家の正当な後継者を自任する梅雪の存在は邪魔なのです。(姉川の合戦での徳川軍の奮戦等は後世の捏造で、武田の遺臣と軍制を取り入れるまでは徳川軍はそれ程強くなかったという説もあるくらいですから)
この様に考えて行くと、寧ろ
家康一行が梅雪主従を謀殺しなかったと考える方が不自然
な気がして来ます。
まあ、この考えは何も証拠が無い単なる妄想ですが、妄想ついでに「謀殺否定説」の残り二つの根拠についても考えてみましょう。
「梅雪の嫡子勝千代が家督を継承した」という件ですが、そりゃ嫡子がいれば継承するでしょう。この頃家康はまだ征夷大将軍でも何でもないのですから、それを阻止してお家取り潰しにする権利はありません。
然し、この勝千代、5年後の1587年に急逝しており、穴山家は断絶しています。この1587年という年がまた微妙です。1585年から三年間の出来事を簡単に見てみましょう。
1585年 小牧長久手の合戦 石川数正出奔
1586年 羽柴秀吉、朝廷より豊臣姓を賜り関白太政大臣就任。豊臣政権確立。家康臣下に。
1587年 豊臣秀吉による九州平定完了
小牧長久手の戦いで秀吉の圧倒的な軍事動員力と外交力を見せつけられ、然も数正の出奔で内情筒抜け。更に翌年には豊臣政権確立により更に窮地に立たされた家康は、何としても武田の遺領と遺臣を我が物にして、秀吉に潰されないようにしなければなりません。然も九州平定も予想以上に早く終わり、豊臣軍の矛先が東に向くのは今日か明日かという状況では、何としても領内を安定させて付け入る隙を無くしておかなければなりません。然しそうなるとどうにもこうにも穴山勝千代の存在が邪魔です。下手したら秀吉に利用されて「武田家の正当な後継者」として甲信の利権を全て奪われる惧れすらあります。
後に徳川家にとって邪魔な大名が続々と謎の死を遂げていますが、もしかしたらその走りが勝千代かもしれません。
最後の「梅雪の正妻、見性院が後々非常に丁寧な処遇を受けている」という部分についてですが、見性院は信玄の娘です。彼女を大切にする(しているように見せる)ことは、自らの傘下に取り込んだ武田の遺臣を手懐ける為の手段です。これは全く同じことを高台院に対してもしていますから、疑いの余地はほぼないでしょう。
「家康による謀殺」の話が少し長くなりましたが、とどのつまり梅雪の誤算は勝頼に逆らったことではなく、
本来財産である家柄や領地の富が逆に仇になり、同じ利権を求める者に狙われる
ということに気が附かなかった、若しくは気が附いていたとしても高をくくって油断していたということではないでしょうか。
いつも通りこの梅雪を今の政治に例えるとするなら、差し詰め鳩山邦夫氏でしょうか。彼は52・53・54代内閣総理大臣を務めた鳩山一郎の孫という名門で財産、人脈等かなりのものを持っています。然しその地位と財産を利用して自らの地位を高めようと画策しても他勢力に利用されるのが落ちです。
一番問題なのは、彼と同じ利権を争う者が身近にいることです。言わずと知れた兄の由紀夫氏です。由紀夫氏は表面的には「血の繋がり」を大切にしているように見えなくもありません。何しろ彼が掲げる政治目標は「友愛」ですからw。
然し祖父から引き継いだ人脈や名声等の財産を考えると、弟の邦夫氏は財産を減らす邪魔者です。
信長に麻生総理、家康に由紀夫氏、梅雪に邦夫氏を配置すると、気の所為か人間関係が似ている気がするのです。
信長と梅雪は元々は敵対関係にあったとはいえ、信長の財産と梅雪の財産は被ることなく、また梅雪の財産を当てにしなくても充分なものを持っています。利用価値はあるのでそれなりに大切にもしてくれます。
一方家康は国境を接しており、(潜在的に)利害が対立しています。然も家康は今が勢力を伸ばす絶好の機会なのに、梅雪がいるとその計画に障碍が生じてしまうのです。多分家康は以前から穴山家中に間諜を送り込んでいたことでしょう。そして普段は親切面していても、いざとなったら牙を剥き命を狙って来ます。
政治の世界は魑魅魍魎が跋扈する魔界だと言います。
友愛なんぞというお為ごかしを掲げる輩は、例え親族でも信じてはいけません
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