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朝日新聞は何をのぼせ上がっているのだろうか? しかし,先の福岡地裁(朝日は嬉々として『=確定=』と書く)にせよ大阪高裁にせよ原告敗訴である. なんの拘束力も持たない傍論を使っての個人的なイデオロギーの発露は見苦しいだけである. 「裁判を受ける権利」を侵害するような判決を堂々とだす裁判官が裁判官であっていいものだろうか? 今回の高松高裁の裁判長は至って普通の判断をしたということになる. しかしながら朝日にしてみれば,今回の高松高裁が傍論で違憲だと述べなかったことが不愉快でしょうがないようだ. どうせなら,高松でも傍論で 「政治的判断を司法の場に持ち込むのはやめよ.また,それを煽るような朝日新聞も同罪である」 と述べればよかったのである. これが判決となれば,どんな社説を書くのだろうか? 実際には,なんのことはない. 今回の高松高裁の裁判長は,朝日新聞が民意だと思わなかっただけの話ではないだろうか. 朝日新聞は「民意」ではなくただの「サヨク」に成り果ててしまったということである.
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傍論が意味を持たないのは英米などの裁判制度の場合であり、日本は別制度だから、傍論であってもそれなりに意味を持つようですよ。平凡社の世界大百科事典に書いてあります。あなたには悪いが私は大阪高裁の判決を支持します。
2005/10/6(木) 午前 6:45 [ yasukuni ]
↑名前は変わっても内容はあまり変わりませんな.書いてあることだけど,被告の「裁判を受ける権利」を侵害した判決ですよ.人権を蹂躙するような判決を支持されるのでしたら,どうぞそうされて下さい.
2005/10/6(木) 午後 5:10
違憲か合憲かの判断は最高裁しか出来ないはずですが。 憲法81条に示してあります。「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と。最高裁を無視して違憲か合憲かを判断するのはいかがなもとかと・・。
2005/10/22(土) 午後 11:24 [ 傍論の拘束力? ]