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「近きにありて遠く也・・」という諺があるように、以前から訪れようと思いながらも、中々その機会を得られず、今年の春に初めて探訪したのが、千葉県市原市にある「池和田城」でした。
場所は千葉県を横断する「小湊鉄道」の「日本の駅100選」で有名な「上総鶴舞駅」から徒歩7〜8分の非常に行きやすい場所にあります。
 
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さて、この池和田城・・・「里見義弘」の家臣、「多賀越中守高明」の居城で、「国府台合戦」で戦死した高明の嫡男「蔵人」と弟の「兵衛」が城を護っていましたが、1564年(永禄7年)、浦賀を発った「後の小田原北条四代当主・北条氏政」率いる1万の兵の攻撃を受け、蔵人と兵衛兄弟は奮戦するも城内に内応者が出てついに力尽き、自らの手で城に火を放ち自刃し、池和田城は落城しました。
周囲が田園に囲まれ、道路から見ても然程高い場所に位置しないこの城は、ちょっと見では比較的攻めやすく思えるのですが、周囲の岩盤を削った急峻な護りには「北条方」もかなりの苦戦を強いられたようで、数百の人夫を以て周囲の家を毀し、その残がいや草木を用い何とか防御を乗り越えようとするも、相当な数の死傷者が出たと伝えられています。
 
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この日、たまたま城跡内で犬の散歩をしていた地元の方から聞いた話では、その方が幼かった頃、城の内部にあった「洞窟」に入り、穴を掘ると当時のモノであろう「陶磁器の欠片」や「炭化した米」、「槍先」と思われるボロボロに錆びた鉄の一部、やはりボロボロに錆びた「刀の鍔」らしきものが出てきたり、鉄砲玉らしき小さな球状の鉛が出ていたそうです。
 
北条の上総攻めにおいてあまり鉄砲は用いられなかったのではないかという一部の研究者の説もあるようですが、池和田城落城の数年前に氏政の父「北条氏康」が、「上野国」の「富岡氏」に鉄砲と弾薬を送ったという書状が残っていることを思えば、池和田城攻略に鉄砲が使われたことは十分に考えられ、土の中から出てきた小さな鉛玉は鉄砲玉で間違いないと思われます。
 
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(城の崖上の突き出た部分にある平地。恐らく櫓跡では・・・・)
 
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(本丸跡、草が生い茂り中へ入れなかった)
 
さらにお会いした地元の方から、少々気味悪い話しも聞きました。
その気味の悪い話しというのは、今から数十年前に城の西側にあった溜池を埋めるため、土を取ろうと付近の塚を崩したところ、岩の間から2メートルもあるような大きな「白蛇」が現れ、さらにその下を掘ると塚下から落城時に死亡した兵士と思われる多量の人骨が見つかり、その中には槍で突かれたような傷や刀で斬られたような傷のある頭蓋骨も含まれていたとのことです。
気味の悪い話しはそれだけではなく、夜中に城脇の国道を走っていたトラックの前に甲冑を纏った兵が現れ、それを避けようとしたトラックが水路に脱輪させてしまったとか、戦国時代からいまだ枯れずに水が湧き出ている城内の古井戸跡で、全身焼け爛れた数人の武者がうめき声を発しながら水を啜っていたなど、空恐ろしい話しもあるようで、地元では成仏できずにさまよっているそんな武者の霊を鎮めるために、多賀氏の末裔が城跡内に祠を建てたり、現在でも月に1度は地元の人たちが集まり、城跡の中を清掃し、供え物と花を手向けてさまよう霊の成仏を念じているとのことでした。古城跡にはどこにでもあるような恐怖話ですが、あまりにも血なまぐさい過去を持つこの城にそんな話しはピッタリという感じです。
 
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(400年以上もの間、未だに水が湧き出ている古井戸跡)
 
見応えのある遺構はそれほど残ってはいませんが、まだ発掘調査もされていない「池和田城」の土の下には戦国がそのまま埋もれている・・・城好きなら一度は訪れることをお薦めしたい城跡です。
 

閉じる コメント(4)

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千葉県民として、たいへん興味深いお話を、ありがとうございました。
地元の方からもお話を伺うなど、取材力にも、恐れ入ります。

2012/6/2(土) 午後 0:41 [ jb-freak ]

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jb-freak様、ご訪問有難うございます。
地元の方のお話・・・・たまたまそこで出会った見ず知らずの方から聞いたお話しでそれが真実で正確なものかどうかは分かりませんが、千葉に限らず、どこの城址でも数百年という時を経る間には「伝説」に尾ひれがついて事実と異なることが現在に伝わったり、「東京・八王子城」を代表するように、城が落城した際に死者がたくさん出たような城跡では、怪談話化した言伝えがその地元では実しやかのように伝わるものだと思っています。
それはそれでまた楽しいものですが・・・・

2012/6/2(土) 午後 9:37 [ 戦国時代調査隊のブログ ]

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自分は生まれてから18歳まで鶴舞で過ごしました。
小学生の頃、池和田の友達の家に遊びに行くまでのこの道が怖くて怖くて・・・
その頃はそんな話があったなんて知りませんでした。
貴重な記事、ありがとうございました。

2012/6/3(日) 午後 10:25 [ こっこぽんち ]

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大バカばろん様、コメント有難うございます。
どこの城跡も城攻めで死者が多数出たところはそんな怪談めいた伝説が付きものです。
ただ、「武者の亡霊」は別にしても、戦で死んだ武者の骨が多量に出てきたのは確かなようで、「城郭総合辞典(新人物往来社)」にもその記述があります。
池和田城跡は遺構跡が少なく、マイナーな城跡ですが、いずれ「心霊スポット」で有名になるかもしれませんね(笑)

2012/6/5(火) 午前 1:41 [ 戦国時代調査隊のブログ ]


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