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引越ししました

 
 
 
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     「戦国調査隊のブログ」は下記へ引越ししました。
      今後ともよろしくお願い致します。
 
 
引越先・・・・「ちょっと気ままな俺流日記」
 
 
「市原城跡」は「勝浦街道」の「山木三叉路」から入って、勝浦方面へ約100mほど行った左側に場所にある。
城跡と言っても「光善寺」という寺が建っている場所以外はほとんど宅地化されており、遺構らしきものはほとんど残っていない。
私も勝浦街道は何百回も通っているのに、今回が初めての訪問となった。
 
さて、この「市原城」は「里見氏」の家臣で「忍丹波守」という武将の居城だったらしいが、記録もほとんど残っておらず、詳細は分かっていないようだ。
ただ、「関八州古戦録」という「軍記」には、1554年(天文23年)の「北条氏康」による「久留里城」攻めの際、市原城主「芦野丹波守」の舎弟「丁民部少輔」が里見氏に従属していたということが記載されている。
 
ただ、市原城が戦国の争乱に関わってことは間違いないようで、平成9年に行った「市原市埋蔵文化財調査センター」による発掘調査では、「刀傷」を受けた15体分の「頭蓋骨」が周辺の土塁跡から発掘されている。
 
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(市原城の中心部とされている場所に建つ「光善寺薬師堂」)
 
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 (千葉県下ではかなり古いとされている石塔)
 
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(お寺の駐車場に接する隣家との境が土塁の名残か・・・?)
 
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(城主「忍丹波守」の居城跡と井戸跡)
 
 

北条氏照と八王子城

歴史研究会の元会員で、埼玉県に住む「Tさん」から一冊の本が届いた。
題名は「北条氏照と八王子城(八王子市郷土資料館編)」。
 
「八王子城」へはTさんとも三回登城している。
実は今年の春にも一緒に行く予定を計画していたが、探索の当日に私が不覚にもインフルエンザで高熱を出してしまい、四回目の「八王子城」登城はドタキャンになり、Tさんには申し訳ないことをしてしまった。
 
5月に千葉県の「本佐倉城」へはTさんを案内させていただいたものの、八王子城の同行は今年に入ってまだ実現していない。
 
この「八王子城と北条氏照」はまだ熟読していないが、かなり内容は濃そうである。
 
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源頼朝と北条五代の墓

 
 
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源頼朝の墓・・・・神奈川県鎌倉市
 
 
 
 
 
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北条五代の墓・・・・神奈川県箱根町・早雲寺
 
 

葛西城

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先日、仕事の途中でトイレに立ち寄った公園が「葛西城址」だった。
環状7号線に分断されて遺構らしきものは全く残っていないが、葛西城は「後北条」の支城として幾多の騒乱の舞台になったようである。
道路工事に伴う発掘調査では戦国期の物と推定される生活用具などが出土したほか、人間の「頭蓋骨」が見つかり話題になった。
 
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