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いろはにほへと ちりぬるをわか よたれそつねな らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし えいもせ す 47字 もうひとつ あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふせよ えのえを なれいて えのえをは enoyewo とEとYEとを区別していたらしい 48字 「いろは歌のなぞ」篠原央憲著 三笠出版 いろは歌は柿本人麻呂の暗号ではないかと推定 色葉匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて あさき夢見し酔いもせず 仏教の教えともとれる7・5調の歌 この世の栄華とやがてやってくるかもしれない衰亡 それを日本語の語彙を余さず重ならず表現する並々ならぬ才能 しかもひそかにメッセージを仕込んだとは!! 天地 星空 山川 峰谷 雲霧 室苔 人犬 上末 硫黄 猿 おふせよ えのえを なれいて 「あめつち」最後の行が意味をとりにくいのですが手習いのために普及していたそうです。 この「あめつち」の言葉と「いろは」の歌が同じ歌人によって作られたのではないか? また併せてメッセージを伝えているのではないか? 「あめつち」のことばの4字めを並べると 「ちはりぬる」これは「散(葉)りぬる」葉は落ちてちりぬる いろは歌の「色葉におへど散りぬるを」にリンクしています。 古今集を選んだ紀貫之をして歌聖と言わしめた柿本人麿呂はやはり当時の伝承のなかに他の人とは違ったなみなみならぬものを持っていたのでしょう。 万葉集の1巻は色が匂う世界2巻は葉が散りぬる世界を緻密に構成されていて柿本人麿呂が私的に集めた要素が強いのだそうです。 朝廷歌人で一世を風靡した人が、やがて無実の罪に貶められ、正史では猿とされ、人に数えられずに歴史の闇にけされた人・柿本人麻呂。もしかしたら万葉集はかれの渾身の猫パンチだったのかもしれません!!
Tom 2009年12月19日 15:14
いろはにほへと は人麻呂の暗号だった。という本、私も昔読みました。とても面白かったです。と、か、な、く、て、し、す ですね。 どうして朝廷に嫌われたのでしょうか?みずから権力闘争に参加したわけではないと思うのですが・・。日本書紀に、「さる、死す」。とだけ記載されているとか。人麻呂は従4位の下という位だったのでしょうか?貴族ですよね。上級貴族ではないですが。死す、という表現は位にたいして不似合いだ、とか、そんな解説があったような記憶があります。 配流の境遇で書き残した歌に、「島根まく・・」何とかかんとか、という歌があったとか。ずいぶん嘆きながら死んでいったようですね。可愛そうです。今でいう政治犯ですか。キューバのグアンタナモ基地のテロ容疑者達。飛躍?(笑)
Tomさん 書きかけて忘年会に出かけてしまいました!
早速のコメントありがとうございます。 この本に前後して梅原猛氏の「水底の歌」を入手、古代の謎にはまっているところです。 持統天皇の時代には不毛な権力の行使があったようで、粛清がさかんに行われたようですね。おそらく当時の知識人には納得のいかないこと、批判しないではいられないことも多かったのでしょう。 万葉集のなかに粛清された皇子・皇女や高官の和歌があるので不思議に思っていました。 罪人とされた人が万葉集の成立にかかわっていたとすれば納得ですね!
花水 2009年12月20日 17:55
柿本人麻呂・・・のこと・・・ 才能がありすぎるというものは辛いのかもしれないですね。。。 きっと・・・悲しかったのだろうなっておもいます。。。
花水の蛍 2009年12月22日 00:58
柿本人麻呂も大伴家持も政争に巻き込まれたようです。 花水さん 権力闘争に巻き込まれたのが辛いのです! 古代には容赦の無い処分が敗者を苦しめたようですね
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日本の古典
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源氏供養 橋本治 中央公論社 橋本治の窯変源氏物語は妙なネーミングのため本屋で見つけても手さえ出す気がしませんでした。 しかし立ち読みしますと源氏物語のパロデイなどではなくしっかりした解釈でかかれてあることがわかり集めています。 その橋本氏の源氏供養で源氏物語の詳しい構造分析が行われ面白いです。 六条御息所の扱いがどうもわかりにくい 先の東宮の妃で源氏より7歳年上という設定ですがその年代の東宮なら桐壺の巻きに出てきてしかるべきです。 しかも桐壺の巻きでは光源氏の兄が東宮に決まっているので先の東宮が亡くなったのであれば東宮擁立がその時代にあったはずですから たしかになんだか気にかかることでした。 御所に近い1〜3条は高貴な人の邸宅です。
夕顔のすむ5条は庶民の町で町外れで、六条は郊外で貴族たちの別邸があったのだそうです。 裕福な貴族の別邸にすむ格別な後見もない先の春宮の妃 夕顔の巻きでは六条のひととあるだけで詳しい説明はありません。 |
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四季が岳太郎著「隠和歌詠みによる源氏物語の真相解析」杉並けやき出版 より 天 海 雲 波 立 月 船 あまのうみに くものなみたち つきのふね 星 林 漕 隠 見 ほしのはやしに こぎかくるみゆ 柿の本人麻呂の歌集に出づ 哀しんでいるのね 波を立てて、荒波の中を天の海原に漕ぎ出そうとするのは誰 なんで隠れるというの? 何を見つけようというの この歌は万葉集の中でももっともロマンチックな歌です。 またとても悲しい歌です。 あまのうみに くものなみたち つきのふね 憂身 苦喪 亡身立 尽 訃寝 ほしのはやしに こぎかくるみゆ 死 早 死 来 隠 身 ね〜星の林に埋葬されているのは誰?なの ひとつの歌には表の表現と裏にひそかに隠された表現があると四季が岳さんは考えています。 ついこの間札幌の父が永眠しました。 父が考えそうな四季が岳さんの説明です。 特に柿本人麻呂の和歌にはいろんな思いがこもっています。 四季が岳太郎氏は上記の歌に夕顔をなぜか連想しています。 私にはあまりにもかけ離れた連想に思えます。 Tomさんならどう連想するでしょうか?
花水
お父様お亡くなりになられたのですね。 ご冥福をお祈りします。。。 万葉集ですか・・・ とても綺麗で切ないですね。 何だろう・・・夕顔もあるけど、浮き船的な気もします。 でも、星の林に埋葬されているのは自分自身の気持ちとか・・・? 意外と源氏の君の藤壺の宮に対する気持ちにも通じる物があったりして・・・。
花水の蛍
献体から戻ったら故郷の薄衣村で納骨するときにお坊さんに引導を渡してもらうかなどと考えています。 花水さん 父は献体したため、またカソリックに若い頃改宗したためどうしたらよいのかさっぱりわかりませんでした。 キリスト教となると先祖の墓はお寺にあるのでややこしいことになるんでしょうね! 美しい和歌におそろしい影の意味があるというのは面白いより不気味ですね。星の林に人麻呂の心が埋まっていても不思議ではないようですよ!! 夕顔の幸せはやはり頭の中将とともにあることだったのでしょう。 源氏とは会わないほうが良かったんでしょうね。 ・・・・・合掌・・・・・
ちゃねこ
昔の人は、素晴らしい感覚をもっていましたね。 同じ言葉に当て字をして、文章を二度美味しくする・・・ 今の若い人たちがラップで 似たような言葉を使って韻を踏むのとにているのかなぁ・・・ いやいやもっと、深いものであったのでしょうか・・
花水の蛍
万葉仮名で言葉遊びをやられると現代人からはわけのわからない解読困難な歌になるそうで昔の人の注釈だけが頼りになるのだそうです。 ちゃねこさん 万葉集は素朴で直情的といわれますが実は掛け言葉のような言葉遊びも結構あるんですね! 白と書いて99とかつくもとかよませようとすることもあるそうでこのようにわかりやすい場合は説明されるとわかります。 陰の意味は説明されても難しいですね
Tom
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。私の父も、肺炎で入院しておりましたが、先日亡くなりました。 夏は、高齢者にはとりわけ厳しいですね。 柿ノ本の人麻呂は、流刑地で死亡してますし、宮廷歌人としてあれほどの作品を残していながら記紀の記載はわずか。ということで謎の覆い人物とされているようですね。いろいろ教えていただけたらと思います。 この歌は、恋の歌なのですか? 私は、ひょっとして若くして亡くなった草壁の皇子の死を悲しんでいる歌かなと、ふと思ったのですが・・・。
花水の蛍
父の残してくれた蔵書の中に梅原猛氏の水底の歌がありますので読もうと思っています。 Tomさん お父上のご冥福お祈り申し上げます。やはりそうでしたか 井沢元彦氏が盛んにほえていますから日本書紀の猿がそうかなと? 万葉集すこしばかり見直しています この歌 恋の歌とはとても思えないですね! それにしても人麻呂は美しい言葉がほとばしりますね。
coco
個性的なお父様のようでしたね。 お父様のご冥福をお祈り申し上げます。 札幌へおいでだったのですね。お疲れ様でした。 人麻呂のうたをさりげなく・・添えて花水の蛍さんらしいです。 Tomさんのお父様もでしたか? ご冥福お祈り申し上げます。 介護日記で大変そうな様子を拝見しておりました。 合掌
Tom
いつか、是非、紹介してください。楽しみに待っています。「猿」という記述も謎めいていますね。 >梅原猛氏の水底の歌 昔、何かの本で人麻呂が暗号を残した、というのを読みました。 いろはにほへと ちりぬるおわか よたれそつねな らむういのおく やまけふこえて あさきゆめみし えひもせす 6行まで、7字で区切ると、行の最後の文字は「と・か・な・く・て・し」となり最後は「す」で終わっています。これが暗号というわけです。つまり、「咎なくて死す」 自分は無実の罪で死に行くのだ」と。 「猿」という記述とも絡んできてミステリアスです。是非いつか快刀乱麻の解説をお聞かせ下さい。 |
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「紫式部の娘 賢子」の中で三条天皇と道長がそりが合わず道長が権力をかさにことごとに意地悪をしたことが書かれています。 三条天皇はストレスからか病気になり退位に追い込まれたらしい。 右大臣に手を焼く桐壷帝の姿です。 この平安時代の全盛の時期エクセルで天皇の立太子、即位、退位を表にしてみると幼少期に立太子、即位している例が多い。 古代天皇家が国政を担っていた時期、立太子は成人してからまた即位はそれにふさわしい人格識見を求められていたように思います。 古代には天智天皇、天武天皇などおくり名も格式がありましたが平安のこの時期天皇の名前もおざなりと言うか、一条、三条、後一条などといい加減なおくり名を適当にあしらったような感があります。 天皇が機能しないように藤原氏が一族の女を中宮とし生まれるや否や立太子とする悪弊が定着、あろう事か摂政、関白の意にそわない天皇を廃位に追い込む、逆転の時代が続きます。 紫式部も藤原氏の出ですからあまりはっきり書いてはいませんが源氏物語として藤原氏ではなく源氏=皇胤の物語をそれも藤原氏に勝る源氏の姿は当時としてはありえない設定をしたのは不思議といえます。 もしかしたら藤原氏の傍若無人なあり方に対し皇室が政治の主導権をとりより公平な社会を望む世論があり、皇胤が政治の実権をにぎる物語が期待されていたのでしょうか? これから100年ばかりあとに院政と言う形で政治の主導権が皇胤側に取り戻されたり、皇胤をにおわす平家が政権を掌握、藤原氏以上の弊害をもたらしたりして武家政治の時代へ変っていきます。
Tom 2008年05月20日 22:19 非常に面白いですね。時間がないので改めてコメントを書かせて頂きますが、非常に面白いですね。
エクセルの図、写真に撮っていただけません?横軸が年齢?縦軸は? 式部が何を考えていたのか?興味津々です。
coco 2008年05月21日 00:02
教えてください。 その昔は天皇は退位することが珍しくなかったようですね。 退位して「院」となったり、仏の道に入る方も多かったようですが。 いつ頃の時代から、途中での退位が無くなったのでしょう。 今では、亡くなられて初めて皇太子が即位されて天皇になられますよね。
友木 2008年05月21日 14:44
紫式部という人は藤原氏の出てありながら 藤原氏をよく思っていない、いなかった、 そんな気がしますが、違っていますか? 天皇は1947年、法律によって終身制となったようです。 これは敗戦による改正に伴うものだと思いますが、 実際はいつ頃に廃止されたのでしょうか。
coco 2008年05月21日 22:32
友木さんありがとうございます。 まぁ最近のことなのですね。西洋の王国に習ったのでしょうか・・
Tom 2008年05月23日 01:30
そこですねえ。 >藤原氏ではなく源氏=皇胤の物語をそれも藤原氏に勝る源氏の姿は当時としてはありえない設定をしたのは不思議といえます。 >藤原氏の傍若無人なあり方に対し皇室が政治の主導権をとりより公平な社会を望む世論があり、皇胤が政治の実権をにぎる物語が期待されていたのでしょうか? その解釈は面白いですね。源氏物語がだんだん見えてくる思いがします。 無知蒙昧な私にとって非常に有益なサジェスチョンです。たぶん、花水の蛍さんがご指摘のとうりではないかと私も思います。 それに加えて、紫式部は、貴族の心(貴族とはかくあるべき、という、今でいうなら「貴族の品格」を描こうとした気がします。そこには仏教の教えも流れているかな、という気がしています) 花水の蛍さんは、歴史を長いスパンでご覧になっていますから、両者の力関係の揺れというか揺らぎまでも見て取れるのですね。 たいへん勉強になりました。
花水の蛍 2008年06月02日 13:27
cocoさん 天皇が退位して天皇の父親として、太上天皇として政治の実権を握ることが藤原氏に蹂躙され天皇として発言力を持てなかった天皇家の究極の選択だったようですね!! 花山帝のようにだまされて出家させられてすべてを失う天皇、冷泉帝のように狂気のために天皇としての務めが果たせず退位させられたり、院政が始まる前の上皇は悲惨な感じがします! |
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東京の旧家で発見されたという源氏物語の展示 国立新美術館まで拝みに行ってまいりました! ネットで見てもどうなっているやらさっぱり分からなかったのです。 書道展の歴史的展示 奈良、平安時代の展示としてありました。 包装がシンプルですがきれいな漆塗りの箱に入って、昔の貴族の姫たちが愛読するするにはかくもありなむと思う風情がありました。 一見の価値ありでした。 室町時代の写本で藤原定家本とは違うらしいということで関連した資料など手に入らないかと期待していましたが残念空振りでした。 書道展は13時からと言うことも行ってから分かる始末でなんとも情報社会の盲点のような馬鹿ばかしさです。 熱心に見ているご夫婦が居られて、訳文ではなく原文で読んでおられる方でした。玉上博士の本を全巻そろへて、これが一番良いですとおっしゃっていました。 コメント 紫仙人 素晴らしいですね・・・ 速攻,見に行ったでしょうね。 こういう展示会があることさえ知らない地方の人間ですので こんな時にはいつも地方が文化的に劣っていることに 残念な気持ちを持ってしまいます。 源氏物語の写本があるお家の由来も 聞いてみたいものです。 きっと色々といわれを持っている御家なのでしょうね・・ 写真ではさすがに大切にされているらしく
状態のよい源氏物語の写本ですね。 |


