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先日、姉が送ってきたお土産。 通常のよりも10倍くらいの巨大なペンネ。 茹でるのに15分もかかるので、 時間差でグツグツ。 おもしろかった。(笑) 話はかわりまして先日の伊豆ツー。 ○べログ話題の店ということで とある中華店を訪問。 パーコー麺がうまいとのことでしたが、 実際はそんなに大騒ぎするほどのものでもなく、 パーコーも麺もフツー、 スープはたぶんできあいのだと思いました。 おまけに餃子は家庭の味。 まずくはないのですが、 こういう宣伝方法は考えものですな。 また○べログに騙されました。 そんなで実はボツにした記事がたくさん。 もうこのサイトは参考にしません。 |
屋根裏部屋
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メモとして書き留めておく。 |
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※Yahoo画像より 浮世絵と言ったら、北斎と言ったら、 って折には必ずといっていいほど登場する”神奈川沖浪裏”。 摺絵は遠く海を渡り、かのゴッホも絶賛したと言われる名作です。 大波にもまれる3隻の船は”押送船”(おしょくりぶね)というそうで、 江戸へ活魚・鮮魚を輸送する高速船なんだそうです。 一説によると、本牧沖あたりから見た景色じゃないか、 ということで…、 対岸の大黒埠頭にある”海づり公園”から撮って来ました。 しかし今回も富士山は見えませんでしたね…。 天気もよく昨夜少し雨も降ったようなので、 今日こそは見えると思ったんですが残念でした。 神奈川宿には神奈川湊が併設されてたそうで、 南に戸部湊、野毛湊とあったそうなので、 本牧沖が”神奈川沖”と言ったかどうか、少々疑問です。 押送船も江戸へ向かうなら本牧沖まで出る必要がなく、 瑞穂埠頭あたりの最短距離を海岸沿いに北上したはずです。 ま、いつか再チャレンジですね。 オレが勝手に大好きな大黒ジャンクションです。 こういう大規模建築にこそ人間の知恵が真価を発揮するワケで、 ずる賢く人のものを騙して掠め盗ったり、 利権尽くめで国民を欺いて増税したりする、 政治家や官僚のような悪知恵は神への冒涜ですね。 今日は富士山が見えないことが判ったんで、 第三京浜でかっ飛ばして引き返すことにしました。 おまけで、これは”寿々喜家”の全部のせです。 ”正しい家系”は今でも行列が絶えないんですね。 オレの好みは”麺カタメ”。 オレ流の正しい食べ方は、まずスープをレンゲにとって数杯飲み、 その日の気分でコショウを少しふりかけます。 スープに浸したほうれん草と半熟の味玉を食べ、 海苔を1枚ずつ麺に絡めて食べていきます。 チャーシューでもとろけるんで同じく麺を絡めて食べます。 最後は禁断の、海苔とチャーシューの両方を麺に絡めます。 スープも残さず最後まで飲み干し、 あ〜食べ過ぎた…ってちょっと反省しながらも満足して帰るのがオレ流です。 ラーメンショップ寿々喜家 神奈川県横浜市保土ヶ谷区上星川2−3−1−101
営業時間 11:00〜21:00、土・日・祝11:00〜20:00 |
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そして今日はもうひとつ、”東海道程ケ谷”です。 ”程ケ谷”は現在の”保土ヶ谷”、JRの横浜の次の駅ですね。 日本橋から品川宿、川崎宿、神奈川宿と続く東海道五十三次4番目の宿場で、 分岐する街道も多くとても栄えていたんだそうです。 ※Yahoo画像より わらじの紐を直す駕籠かき、馬上の僧侶?ですかね、 虚無僧のような人もいますね。 松並木越しの富士山がまたいいですね。 保土ヶ谷から富士山を望むとほぼ西を向くことになるんで、 虚無僧は江戸へ向かい、駕籠かきと馬は京へ向かってることになりますねぇ。 また程ケ谷宿の松並木は、現在の宮田町1あたりと岩崎ガード付近、 そして権太坂から品濃坂にかけてあったそうで、 コレはどこなんでしょうかね…、調べてみると諸説あるようですね。 とりあえず松並木は今はないですが、 権太の中腹にこんなお店があったんで、ココの近くで撮ってみました。 旧東海道を入れて西を向くとマンションやらなんやらでなにも見えないんで…。 残念ながらココも今日は曇ってて富士山は見えなかったんですが、 それがコレ↓ 疑問なのは、絵のように右に登っていく場所はないんです。 程ケ谷宿自体、平地から高台へ抜ける、 つまり右から左へ上っていく地形なんです。 どうやらこの先の品濃坂説ってのがあるらしいんですが、 そこまで行くと実は”戸塚宿”なんですね。 ですからオレが勝手に思うのは、 元町ガードを花見台に登っていく急坂あたりか、 仏向町あたりもありかなと…。 ”権太坂”の完成は北斎の時代よりも200年近く早いようで、 当時も”権太坂”ともし呼ばれていたのなら、 絵のタイトルにも”権太坂”ってつけそうですよね。 ま、好奇心のおもむくままに…、宿題ですね。
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富嶽三十六景シリーズです。 かの”名作”を求めて、先日豪雪に見舞われた県西部へ向かいました。 ところが…、 ココは国道412号線を北上してるんですが、 さすがに豪雪、未だ雪もとけず路面はまだ凍結していました。 相模湖へ近づくにつれてどんどん残雪の山が大きくなり、 道路の幅も狭まって、まだ濡れてたり凍ってたり…。 オフローダーならまだしも、フツーにナナハンでこけてはシャレにならんので、 途中で仕方なく引き返してきました。 ココでこの状態ならば”道志みち”はもっと残ってるだろうと。 引き返して南下し、平塚方面へ。 ”名作”は諦め次回に期待して、今日はほかの三十六景”相州仲原”へ。 ※Yahoo画像より 手前の山は”大山”とのこと。 この道も大山街道へ続く道ですから、 大山詣での人もいたりするんですかね。 川でなにか獲ってる人、天秤棒の行商人もいますね。 大山のご祭神はオオヤマツミ、 富士山はその娘のコノハナノサクヤヒメですね。 ただ、実際にこの”仲原”(平塚市中原)から富士山を見ると、 ”大山”はもっと右にいてフレームに入ってもいない。 手前の川は”渋田川”、橋は中原下宿の大縄橋です。 実は中央あたりに肉眼で少し富士山が見えたように思えたんですけど、 これじゃあなにがなんだかわかりませんね。 新湘南バイパスを走ると、 天気のいい日は結構キレイに大きめに見えるんですけどね。 また不発でしたね。
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