大和三山

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山川・根占フェリー

○○2018年11月30日に、開聞岳に登ってきた。その帰り道、山川に立ち寄った。薩州山川海雲山正龍寺で有名な港町である。 ○随分久し振りだったので、嘗てフェリー乗り場があったところまで行った。現在は、もうフェリーが無いと思っていたら、ちゃんと存在した。それなら、薩摩半島から大隅半島へ移動して帰ろうと思った。 ○ちょうど、フェリー乗り場のところに、係の人が立っていたので、お尋ねすると、3時30分の最終便が出ますよとおっしゃる。空いてますかと聞くと、大丈夫と言うので、切符を買いに案内所へ行った。 ○案内所には待合室があって、椅子には猫が二匹、堂々と寝転がっている。人が来てもまるで動じず、平然としている。なかなか大物である。奥に受付カウンターがあって、そこで切符を買った。 ○まだ午後2時30分だったから、港すべて表示すべて表示

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○「日本書紀」の最後は、『巻第三十:高天原廣野姫天皇』紀となっている。高天原廣野姫天皇とは、普通には持統天皇と称される女帝である。その高天原廣野姫天皇紀を読むと、実に興味深い記事を目にする。 ○それが持統天皇の吉野宮御幸である。持統天皇は、在任中の九年間に、三十回以上もの吉野御幸を繰り返している。持統天皇は、いったい何を求めて、吉野宮御幸を繰り返し ...すべて表示すべて表示

○鹿児島県鹿児島郡三島村硫黄島には硫黄島三山が聳えている。   ・硫黄岳(703叩   ・矢筈岳(349叩   ・稲村岳(236叩 ○全く同じ風景を奈良県吉野郡天川村大峰山で見ることができる。これを吉野山三山と命名する。   ・大峰山(山上ケ岳:1719叩   ・大天井ケ岳(1438叩   ・稲村ケ岳(1726叩 ...すべて表示すべて表示

○前回、修験道の始まりは吉野山ではなくて、鹿児島県鹿児島郡三島村硫黄島だと言う話をした。吉野山では、修験道の開祖が役小角(役行者)だと言うことになっている。役小角が開祖であれば、修験道の始まりは七世紀だと言うことになる。 ○それはおそらく吉野山での修験道の始まりを指すのではないか。そして、修験道自体は、それよりもっと古い時代から行われていた。その場 ...すべて表示すべて表示



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